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白雪姫と魔女、その告白

作者: 井川宗介

コメディーです。

ご意見ご感想いつでも大歓迎です。

 昔々あるところに、大変利に聡い魔女がいました。

 お金に目がない、強欲な魔女です。


 ある日の朝、魔女はとても割りのいい依頼を受け、森の中にある一軒の家の前にいました。

 ドアをノックすると、中から大変見目麗しい少女が出て来ました。


 依頼人曰く、この少女が白雪姫らしいのです。


 魔女は早速仕事に取り掛かりました。


「おや、美しいお嬢さん。お近づきの印にこちらのリンゴをどうぞ」

「結構です」


 光の速さで断られました。


 それでも、魔女はめげません。

 一旦仕事を引き受けた以上、簡単には引き下がれません。

 魔女のプロ根性が炸裂します。


「お嬢さん、こちらのリンゴはブランドものでとても高価なんですよ。この機会に是非」

「結構です」


 タキオン粒子の速さで断られました。

 これは闇雲に仕掛けるよりも懐柔策を取った方が確実と判断し、魔女は尋ねます。


「ああ、美しいお嬢さん。お名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」


 本当は知っているくせに、白々しい魔女です。


「白雪姫よ」

「白雪姫さん、どうしてリンゴを食べてくれないんですか?」

「嫌いだからです」


 大変単純明解な理由でした。

 理由を把握した魔女は、月並みな別れの言葉を述べてその場を後にしました。


---


 森の中。

 白雪姫の家から大分離れたそこは、木が程よく密集しており、密会にはうってつけでした。


 そこに、二つの影がありました。


「大変ですよ。白雪姫、リンゴが嫌いらしいのです」


 一人は当然魔女。

 もう一人は、


「何ぃッ⁉︎ それでは余の作り出した完璧過ぎるシナリオが台無しではないか!」


 国の王子様でした。

 何故こんな、およそ人生が交わらなさそうな二人が森で密会しているかというと、


「王子様、作戦を根本から見直してみてはいかがでしょうか」

「馬鹿を言うな。白雪姫に毒リンゴを食べさせ、私が解毒薬を口移しで飲ませるという名目で白雪姫とキスをする作戦を見直せだと⁉︎」


 こんな理由でした。


「しかしながら王子様、口移しで解毒薬を飲ませるというのがすでに強引すぎませんか」

「どこが強引だと言うのだ」

「解毒薬なら手動で飲ませられるではないですか」

「ぐぬぅ……」


 あっという間に押し黙った王子様を見て、この国の未来は大丈夫だろうかと本気で思いましたが、そんなことは口にはしません。


 そんな事を言えば処刑コースまっしぐらだからです。


 魔女は利に聡いのです。


「そもそも、王子様ともあれば権力で女一人くらいどうとでもなるのでは」

「余はそのような強引な愛に興味などない。命を助ける的なロマンチックなシチュエーションが好みなのだ」


 魔女を雇っておいてロマンチックもクソもあるかと思いましたが、そんな事は口にはしません。


 そんな事を言えば以下省略。


 魔女は利に聡いのです。


 魔女は一つ、王子様に提案しました。


「とりあえず、白雪姫はリンゴが嫌いなわけですから、リンゴ以外のものに毒魔法をかけましょう」

「ああ。そういえばお前は触れたものに毒を付与出来る魔法の使い手だったな」

「ええ、だからこそ王子様も金貨10枚という大金をはたいてまで私を雇ったのでしょう」

「フッ、白雪姫とキスし、結婚できるというのなら金貨10枚など安いものだ」


 いつの間にか結婚にまで話が大きくなっていますが、もはや魔女は気にしません。

 気にしたら負け。


「結婚の暁には、金貨100枚はくだらない指輪を贈呈してやろう、フッ、喜ぶであろうな!」


 気にしたら負け。

 そう思いましたが、魔女はあえて尋ねました。


「王子様、白雪姫に金貨100枚はする指輪を贈るのですか?」

「うむ。仮にも王子の結婚相手が貧相な装飾では映えんだろう」


 魔女は後半の台詞をほとんど聞き流していました。

 金貨100枚の指輪。

 その単語だけが脳裏に強く残ります。

 怖いぐらいに、魔女はその言葉を脳裏で反芻しました。

 しばらくの静寂の後、魔女は新たな作戦を明示しました。


「王子様、私に考えがあります」


---


 王子様との密会の後、魔女は再び白雪姫の家を訪れていました。

 太陽は背の高いところにあり、時刻はちょうどお昼といった頃合いでしょうか。

 あえてこの昼食どきを見計らって、魔女はドアをノックしました。


「ごめん下さい」

「はぁい、……あら、貴方は朝方の」

「えぇ、何度も申し訳ございません」


 応対した白雪姫の口元には、パンかなにかと思しき食べカスが付いています。

 思惑通りお昼を食べていたようです。


 魔女は心中で笑みを浮かべ、白雪姫の口元に皺だらけの指を重ねます。


「白雪姫。口元に食べカスが付いていますよ」

「あらいやだ。ご丁寧にありがとうございます」

「いえ、気にしないで下さい」


 魔女はすまし顔でそう言いつつ、心中の笑みをいっそう深めました。

 これこそが魔女の作戦。

 白雪姫の口に直接毒を付与することで、白雪姫がなにを食べたとしても、必ず口を経由して体内に毒を送り込めます。

 これこそが完璧な作戦。

 王子様のそれとは格が違います。


 自身の作戦に酔いしれつつ、魔女は適当な別れの言葉を告げてその場を後にしました。

 白雪姫はどうして尋ねてきたんだと言わんばかりの目を向けてきましたが、魔女は無視しました。

 白雪姫もお昼ご飯を再開したかったのか、家の中に引っ込んでいきました。


---


 夕暮れ。

 太陽は大分傾き、空は一面の橙色に覆われていました。

 そんな、灯火のような光に覆われる森を、一人の男が歩いていました。

 言わずもがな、王子様です。

 王子様は、悠然と道を歩きながら魔女の作戦を思い出していました。


 魔女の手筈通りなら、白雪姫は今頃家の中で倒れています。

 致傷生の毒ではないにせよ、人一人を倒れさせるくらい造作もないでしょう。


 そこへ偶然を装って王子様が白雪姫の家を尋ね、

 返事がないことを不審に思い勝手に家の中に突入、

 横たわる白雪姫を毒で倒れていると何故か一目で見抜き、

 手動で飲ませられる解毒薬をわざわざ口移しで飲ませ、

 トドメに助けた事を脅し文句に白雪姫に結婚を迫ります。


 どう考えても思考回路がチンピラのそれですが、王子様はさしたる様子もありません。

 王子様は悠然と白雪姫の家までたどり着きました。

 そのままドアをノックして、返事がないことに安心して家の中に突入。

 適当に家の中を歩き回っていると、リビングで倒れる白雪姫を発見。

 王子様はダッシュで白雪姫の元へ駆け寄ると、いただきますと言わんばかりの表情で解毒薬を口移ししようとして、


「——ッ⁉︎」


 大きく後方へ飛びさりました。

 敷かれていた絨毯が大きく捲り上がりましたが、それに意識を割く余裕はありませんでした。

 王子様は、何か恐ろしい予感をしたのです。

 この状況で起こりうる恐ろしいもの。

 王子様はしばし逡巡し、直後に顔を曇らせました。


「もしや、毒が効き過ぎた——」


 あり得る事です。


 白雪姫に盛られたのは、腐っても魔女の毒。

 予想以上の効力を発揮しても不思議ではありません。


 その可能性が脳裏をよぎると同時、王子様は白雪姫の元へほとんど滑り込むように駆け寄りました。

 再び絨毯が大きく捲り上がりましたが、やはり意識を割いている余裕はありませんでした。

 そして、手動で解毒薬を口に含ませ、強引に飲み込ませました。

 その行動には、王子様の二つの感情が内包されていました。


「間に合ってくれよ……ッ‼︎」


 一つは、焦燥。

 毒が効き過ぎているのであれば、症状が回復するかどうかは処置の速度に掛かっています。

 手動で解毒薬を飲ませたのも、飲ませる速度を優先した結果です。

 

 もう一つの感情、それは—–


「余は、なんてことをしてしまったのだ……」


 後悔でした。


 自分の身勝手な欲望のために、想い人に毒を飲ませた。

 その結果が、現状を作り上げている。

 その事を自覚したとき、王子様の目に薄い水の膜が張られました。


 「余は、最低だ」


 謝って済む問題ではない。

 殺されても仕方のない事をした。

 その自覚は既にありました。


 だからせめて、謝ろう。

 目を覚ました白雪姫に、精一杯の謝罪をしよう。

 望むのであれば、目の前で首を切ろう。

 

 そんな慚愧の念が、王子様の脳を埋め尽くしていきます。


 鳴り止まぬ怨嗟の声が脳裏を白熱させます。

 

 やがて、解毒薬が喉を通り抜けるのを確認すると、王子様は自らの唇を白雪姫の唇に重ね合わせました。


 そこに卑猥な感情は無く、ただ命を救おうという一心からの人工呼吸でした。


 王子様は白雪姫の命が危ないと決めつけていました。

 それだけ、先ほど感じた予感が悪いものだったのでしょう。

 しかし、その心配は無用でした。


「うぅん……」


 白雪姫は、まるで何事もなかったかのように目を覚ましました。

 ゆっくりと瞼を開け、その直後に視界が見知らぬ男の顔で覆われている事実を確認、そして自分の現況をゆっくりと認識すると、


「きゃああああああぁぁぁっ‼︎」


 甲高い悲鳴をあげました。


 当然です。


 白雪姫は叫び終わると感電したようにばたつき、目の前の男から逃れようとしました。


 大方、目の前の男を無頼漢の類だと思っての行動でしょう。

 しかし、王子様は白雪姫の覚醒を確認すると、自ら身を引き、その直後に土下座しました。


「大変申し訳ない事をした!」

「えっ⁉︎」


 王子様の唐突な土下座に、白雪姫はおののきました。

 見知らぬ男に寝込みを襲われたと思ったら土下座されたのですから、事態を飲み込めないのも無理ありません。


 王子様をそれを感じ取ってか、これまでの言動からはとても考えられない優しい口調で自らの罪を告白しました。


 自分が白雪姫に惚れている事。

 結婚したいと思うほど好いている事。

 自らの想いを満足させるために、魔女に頼んで毒を盛らせた事。


 王子様は包み隠さず全てを告白しました。


 その告白は、嗚咽交じりの声で、しかし懸命に語られました。

 白雪姫はその告白を、どこか呆然とした体で聞いていました。


 それもそうでしょう。

 何せ、目の前の男が王子様で、その王子様が自分に惚れていて、およそチンピラのそれとしか思えない作戦を決行したというのですから。

 これで呆然としないわけがありません。

 もっとも、いい意味で呆然としたわけではないでしょう。


 自らに毒を盛った輩を許せるはずもありません。

 王子様も、それを重々承知した上で罪を告白したのでしょう。

 これで王子様をあっさり許すようなら、むしろ白雪姫の方がヤバイです。

 

 ところが、白雪姫はそのヤバイ方の人種でした。


「お話、よく分かりました」

「…………」

「あなたの事は、許します」

「えっ⁉︎」


 王子様は驚愕に目を剥きました。

 まさか許されるとは思っていなかったのでしょう。


 王子様は驚愕したまま、白雪姫に尋ねました。


「あ、あの、一つ訊いてもよいか」

「なんでしょうか?」

「どうして、許した?」


 王子様は単刀直入に問いました。

 何故なら、理解が及ばなかったのです。

 自分なら、毒を盛った相手を決して許しはしないでしょう。


 なにがなんでも処刑コースに流してやりたくなるほど憎いはずです。


 どうしてその考えが作戦結構前に出てこなかったのか疑問ですが、とにかく王子様は白雪姫に問いました。


 答えはあっさり返ってきました。


「貴方は、自分の罪を認め、謝罪しました。それで充分です」


 その言葉に、王子様は胸を打たれたような気がしました。

 

 そして、同時に納得しました。


 思い出すのは、ほんの半月ほど前の出来事。

 気分転換に護衛も付けずに森を散歩していたときのこと。


 のんびりと歩いていた王子様の目に一軒の家が、正確にはその家の玄関口を掃き掃除している白雪姫の姿が止まりました。

 その瞬間、王子様は恋に落ちました。

 まるで底の無い穴に落ちるかのように、恋という現象に落ちてしまったのです。


 王子様は、自分の目は間違っていなかっという確信を得たのです。

 

「ところで、一つ尋ねてもよいですか」

「ん、何かな」

「毒を、どこに盛ったのですか」


 当然の疑問でした。

 王子様は毒を盛った事は話しても、何処に盛ったのかは一切説明していませんでした。


「ああ、昼食のサラダに盛ったと聞かされていますが」

「……え?」


 何処か呆然としたように、白雪姫が呟きました。

 そのことに強烈な違和感を覚えた王子様は、一体何事かと尋ねました。

 すると、白雪姫はおずおずと答えました。


「あの、昼食にサラダなんて食べていませんよ?」

「えっ?」


 返ってきた否定の言葉に、王子様は呆気にとられました。

 それもそのはず、王子様は魔女から事前にサラダに毒を盛ったと説明されていたのです。

 でも、白雪姫はサラダを食べていないと言います。

 困惑した王子様は思考しようと目線を下げ、

 捲れ上がった絨毯に視線が向きました。


 そういえば、と王子様はふと思います。

 先ほど感じた悪い予感。

 そのおかげで王子様はてっきり毒が効き過ぎて白雪姫の命が危ないと解釈しました。

 でも、白雪姫の命に別状はなさそうです。

 これなら、口移しで解毒薬を飲ませても間に合ったでしょう。

 でもそれなら、王子様が感じ取った悪い予感とは一体なんだったのでしょうか?


 そこまで思考すると、視界が揺らぎました。

 そして、気が付けば絨毯が視界のほとんどを埋め尽くしていました。

 目が霞んだのかと思い目を擦ろうとして、しかし手は腰と絨毯の間に挟まっていて身動きが取れませんでした。

 それで王子様はようやく、自分が絨毯の上に倒れていると気付きました。


「え……」


 困惑したような白雪姫の声が上から降ってきます。

 王子様の位置からでは白雪姫の顔色は伺えませんが、恐らく狼狽していることでしょう。

 大丈夫だよと、そう伝えようとしましたが、体に力が入りません。

 全身が金縛りにあったみたいに身動きが取れません。


 まるで、毒でも盛られたかのように。


「ひ、人を呼んできます!」


 そう言い残して、白雪姫は家を飛び出して行きました。

 白雪姫に、自分の愛した人に心配はかけまいと、なんとか立ち上がろうとします。

 しかし、身体は言うことを聞いてくれません。

 それどころか、意識はだんだんと微睡んでいきます。

 薄れゆく意識に必死に手を伸ばしますが、その手が意識を首根っこをつ掴む事はありませんでした。


 王子様は目を閉じ、そのまま動かなくなってしまいました。


 そして、静寂だけが家の中を満たしていき、


「……ふぅ、よっこらしょっと」


 不意に、その静寂が破られました。

 物陰から姿を現したのは、魔女でした。

 魔女は腰をさすりながらゆっくりと王子様の下まで歩み寄りました。


「意識はないようですね」


 確かめるように、魔女は問いかけます。

 当然のように、返事はありません。


「危ないところでした。てっきりキスをするものとばかり思っていましたから」


 嘘を、魔女は王子様についていました。

 毒です。

 魔女は、毒を唇に付与しました。

 しかし、王子様にはサラダに付与したと嘘の説明をしました。

 

「人工呼吸してくれたから結果は変わりませんでしたが、あまりひやひやさせないでもらいたいですね」


 どこか薄気味悪い微笑みを浮かべながら、魔女は王子様のふところに手を伸ばしました。


 そのまましばらく懐を弄り続け、ようやくお目当のものを見つけました。


「これが、金貨百枚すると言う指輪ですか」


 魔女は考えていました。

 王子様が金貨100枚するという指輪の話をしたときから、ずっと考えていました。

 金貨10枚と、金貨100枚。

 より金額が多いのはどちらか、火を見るよりも明らかです。

 そして、行動に移しました。

 どうして王子様に嘘を吐いたのか、その理由は行動に現れました。


「美しい指輪ですね」


 魔女は恍惚とした笑みで指輪を眺めると、それをそっと自らの懐にしまいました。

 そのまま魔女は立ち上がると、未だ足元に横たわる王子様を一瞥して、こう告げました。


「王子様、知っていましたか? 魔女は利に聡いのです」

筆者は白雪姫を読んだことがありません。

こんなの白雪姫じゃねぇだろと思われた方、すみません。

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