少女の正体
真壁は珍しく、絶対に譲らないという意思表示をするように、強めの口調で言った。
「どうして?」
「確かにに俺も見たよ、その子。赤いセーターきて、青っぽいズボン穿いてて、手を振ってた子だろ?あの子には関わるな」
「え……どうして?」
美世は心底不思議そうな顔をしている。無理もない。普段の真壁は、授業中でない限り口調を強めることはないし。付き合いだしてからの二年間、喧嘩はおろか、苛立った口調での会話さえ一度もなかったのだ。
「さっきの子な、指先を下に向けて手を振ってただろ?普通、手を振るとき、美世ならどうする?」
「えっと……普通なら、手のひらというか、指先は上向きだよね?」
「だろ?なのにあの子は指先を下にして、手のひらを自分側に向けて手を振っていた。あれはわざとじゃないんだ。ああしかできないんだ」
「……なんで?怪我――とか?」
「いいや。あの子は、既に死んでいる子なんだ」
「うそ」
信じられない、という言葉が続きそうだった。ちらっと美世を見ると、僅かに顔が青ざめている。
「あの子、せいぜい四歳とか五歳くらいだっただろ?あれくらい小さい子供だと、生きている人間、死んでいる人間関係なく寄り付こうとする。悪意があるわけじゃないんだ。ただ、寂しいからなんだろうな。よく聞かない?水子の霊って。あれは亡くなった赤ちゃんの霊なんだけど、赤ちゃんは悪意も善意もないぶん、真っ直ぐすぎるんだ。だから、自分と合うと思った人間についてしまう」
「合うって……何が?」
「わかりやすく言うと、気が合うっていうのかな。美世だって、この人とは気が合うけど、こっちの人とはどうも合わないなって思うことがあるだろ?それは赤ちゃんも同じなんだ。亡くなった赤ちゃんは、直感に近い形で、気――波が合う人間を探す。生きていたら可愛がってくれるだろうと思う相手をね。虐待されてなくなった赤ちゃんなんて尚更らしい。可愛がってくれるはずの母親に愛されなかったから、その変わりに可愛がってくれる大人を探すんだ」
「虐待されて死んだ子が……さっきの手を振っていた子なの?」
「それはわからない。事故だったのかもしれないし、何か病気だったのかもしれない。いずれにしても、あの子が死んでいるのは間違いない。死者と生者の見分け方、というほどでもないけど、亡くなった人は年齢に関係なく、生きている人間とは逆の行動をするんだ」
美世はしばらく自分の足元を見つめ、聞こうかどうか迷っているようだった。
「なんで、死んでしまっているのに、手を振ったり、人を探そうとしてるんだろ?」
「悪意があって人に憑こうとしている霊だとわからないけど、ほとんどの霊――特に、亡くなった直後って、自分が死んでいることに気付いていないケースがあるらしい。亡くなった日に待ち合わせしていれば待ち合わせ場所に行ったり、家に帰る途中であれば家に帰ろうとするらしい。場合によっては死んだとに気付かない本人以外の人も、その死んだはずの人の姿が見えることもあるらしいな」
「としくん、詳しいね。オカルトなんて信じてないって言ってたのに」
「いや、今でもそこまで信じてないよ。ただ、受け持ちの生徒に心霊スポットとかポルターガイストとか、オカルトオタクがいてね、質問に来るたびに蘊蓄を垂れていくくらいなんだ」
「本当に好きみたいだね、その子」
「まぁ、受験勉強を真面目にやってくれればそれでいいんだけどね」
「ねね、他にも何かないの?オカルト知識」