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生者と死者の、小さな境目  作者: 仲島香保里
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助手席の彼女

 ねえ。

 ふと、女の声が聞こえ、真壁を仕事の思考から現実へと引き戻した。

 「ん?あ、どうした?ごめん、ちょっとボーっとしてた」

 「塾、忙しい?」

 「そうだなぁ。どうしても受験中心に動くから、生徒も親もピリピリしてるからなぁ」

 夜八時。帰宅ラッシュの渋滞には巻き込まれにくい田舎と都会の良いとこ取りの町の国道を、買ってから七年ほど経つ車を走らせている。ハンドルを握りながら、助手席に座る彼女の横顔を見る。

 ――ん?

 いつもより顔色が悪い気がする。寝不足か?それとも女の子の日か?

 真壁の彼女――植野美世うえのみよは、中堅の出版社の企画部に勤めている。出版される本の帯に掲載する宣伝や、新刊のポスターの企画など、幅広くやっているようだ。読書が好きだった美世は、大学を卒業後、すぐに出版社に就職したかったようだが、就職活動が思うように進まず、出版社への就職は叶わなかった。初めは小さな人材派遣会社に勤務していたらしいが、連日の何時間にも及ぶサービス残業と、上司からのセクハラが原因で体調を崩し、半年程で退職したのだ。体調を崩して休んでいる間は生活が心許ない。そんな美世が、休息と仕事を同時に行いたいと願って探していたのが、パートタイマーとして働ける場所だった。

 そんな美世が働きだしたのが、真壁の勤める塾の受付スタッフだったのだ。

 人材派遣会社での経験だろうか、もともと得意だったのか、パソコンの扱いは他の事務員と比べても非常に慣れたものだった。

 体調を崩していたからか、今にして思えば仕事中も、手はテキパキと動かしているのに、どこか儚げで、弱々しく微笑んでいたのが印象的だった。

 しかし、その顔は、疲れ切って全てを投げ出した微笑みではなく、優しげで、人を安心させてしまうようなそれだった。早口にまくしたてるのではなく、おっとりと話すところも、人を安心させる要因だろう。

 実のところ、そんなところに惚れ込んだのだ。

 二年前ほど前、一蹴されるのを覚悟で、他の講師が講義に出て、事務員が電話対応等に追われている間に、LI●EのIDを書いたメモを渡した。メモを受け取ったときの美世は、少し戸惑ったような、びっくりしたような顔をした。見ていたかのようなタイミングで電話が鳴ったので、美世は対応することになってしまったので、真壁は自分のデスクへと戻った。

 その日の美世の勤務時間が終わって、しばらくすると、LI●Eに miyo という名前の人物からメッセージが入っていた。

 真面目な美世らしく、真壁さんでお間違いないですか?というメッセージだ。つい笑ってしまったが、間違いないよ、と返信し、メッセージくれてありがとうとも付け加えた。勢いで、次の日曜日に、食事だけでも行かないかという誘いの内容も送ってしまった。

 まだ一緒に働きだしてから僅かな時間しか経っていないから、断られるかと思っていたのだが、予想に反して、美世からはOKの返信が来た。デスクの前で山積みのテキストに囲まれてはいたが、小躍りしたい気分だった。

 これで、あと数日の勤務も乗り越えられる。

 

 初めての食事で、女性をどこに誘えばいいのか、正直わからなかった。あまりにも高級な店だと、気を遣わせてしまうだろうし、下心を疑われてしまうし、そもそも金が続かない。かといって、男だけで行きそうな居酒屋やファミレスだとムードに欠ける。

 悩んで悩んだ結果、お互いの家の中間あたりにある、こじんまりとした個人経営のレストランに決めた。

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