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血に狂れる太刀。

 昔々――、とは言っても数十年ほど前のことなのだが、一人の刀匠がいた。風貌こそ枯れ木のような翁ではあったものの、翁の打つ刀は時の天皇でさえ求めた至高の業物であった。

 それは翁の意思とは全くかかわりなく、偶然に生みだされた。刃がこぼれようと、刀身が折れようと、それは人間の血を吸うことで、より一層鍛えられた刀として蘇る。さらに、刀の主は血が枯れるまで息絶えることがないという。

 西洋に棲まうと噂される魔物――吸血鬼さながらの力を秘めた妖刀。のちに吸血刀として伝説となる大太刀。

 翁は畏れた。数多くの妖刀を生みだしてきた翁であったからこそ、この大太刀は危険であると。これまで翁が打ってきたどの刀よりも異質であると悟ったのである。

 人を狂わせる刀は数あれど、刀自体が狂っていてはそれを刀とは呼べない。むしろなまくらの方が余程刀らしい刀なのである。もしも大太刀が人の手に渡ることがあれば、その者は人でなくなってしまう。人の道を外れたあやかしを生みだすことになる。

 翁は畏れた。どれほど人を狂わせようと、翁はただ刀を打ち続けるのみ。『刀神とうしん』と崇められていようとあるいは畏怖されていようと、翁は一人の刀鍛冶として刀を打ち続けるのみ。

 異常な力が秘められた刀は全て妖刀と捉えられている。が、異常な人間は人間として扱われない。同じ人間であるからこそ、それは人外であると差別されるのだ。

 これまでは、『奇怪で異様な刀を生みだす刀匠』が大衆の認識であり、半ば伝説の存在として遠巻きに観察されていた。刀は人を傷つけるとはいえ、刀が人を『意志を持って』傷つけることなどありえないのだから。

 しかし、大太刀は人を魔物に変えてしまう。『意志を持って』人を傷つける、人の道に背いた化物を生みだしてしまう。つまり、翁は魔物を生みだしてしまったのだ。

 翁は畏れた。翁があやかしを生みだしたと知られたならば、民衆にしいたげられることは必至。あるいは囚われ、二度と刀を打てなくなるかもしれぬと。さらに、その力を手中に収めようとくわだてている悪漢に捕らえられ、翁の好きなように刀を打てなくなることも考えられる。

 翁は自分の望むように刀が打てればそれだけでよかったのだ。

 翁は大太刀の存在を隠すことにした。『破壊する』ではなく、隠すことにしたのである。刀匠として、生み出した者として、そして刀をでる一人の翁として、大太刀の存在をなかったことにはできなかった。自身が生み出した刀を翁自身の手で、さらには一度も刀としての役割を果たせないままに『破壊する』など翁には堪えられなかった。

 美しき魔物――吸血鬼に魅了されるがごとく、翁は大太刀に心を奪われていたのだった。

 大太刀は人知れず生みだされ、人知れずその存在を消され、人の血の味を知らぬまま長い時間を過ごした。

 ――もしも、翁が一思いに大太刀を折っていたならば、この物語が始まることもなかったのだろう。

 翁の死後、大太刀はある男の手に収まり、そして吸血刀の噂がちらほらと立ち始めた。しかし、噂を知る者の誰一人として吸血刀を実際に見たものはおらず、噂話だけが広まっていくばかりではあったが。

 さらに時が経ち世は戦国時代。吸血刀は伝説となり、いつしかいくさ四大刀神よんだいとうしんの動向が話の種となっていた。

 錆びたなまくらへと化し、少女の血に惹かれた大太刀は今まさに、刀を愛する者の血を喰らおうとしていた。



羽衣ゆいっ……!」


 國丸くにまるの叫びが夜の静寂を切り裂いた。

 仰向けに転がる少女の心臓めがけ、白いやいばの太刀が振り下ろされる。

 止められないと國丸はあきらめた。國丸が遅かったのではなく、過切よぎりが速かったのだと。四大刀神の一角とはいえ、一人の少女が敵う相手ではなかったのだと。全ては運命であると、羽衣の命が残りわずかであることを受け入れたのだった。

 ――しかし、刀は羽衣に届かなかった。羽衣を斬るどころか、過切は後ろに飛びのいたのである。

 國丸が呆気あっけにとられたのも束の間、次の瞬間には過切の纏う装束の片袖が深々と裂けていたのだった。

 喉元を貫かれていたはずの羽衣が錆びた大太刀を構え、感情の無い眼を過切に向けていた。


「羽衣っ、退くんだ! そんななまくらじゃあそもそも勝負などできない! 刀なら俺がいくらでも打ってやる。羽衣が一緒に戦える刀くらいいつでも打ってやる。刀を奪われた上に、手持ちが錆びた鈍一振(ひとふ)りとなっちゃ、自刃するようなもんだぞ。勝ち目は気にしない? 刀と一緒に戦う? そんなもの、命があってこそだろう? 今の羽衣は過切と変わらないぞ。刀に取り憑かれた亡霊だ」


 國丸の言葉など意に介さず、目の前の標的をただ黙って見つめる。敵意も害意もなく、自我を失った少女に残されたものは『斬る』という目的のみ。

 先に動いたのは過切であった。羽衣はごろもだったその太刀を羽衣の心臓めがけて突いたのである。羽衣ゆい身動みじろぎひとつしなかった。少女のやわい胸に刀がズブリと突き刺さり、着物に赤い染みが広がる。

 目の前で何が起こっているのか國丸には理解できなかった。奇妙な動きをする刀の化け物と、錆びた大太刀で向かおうとする感情を失くした少女。一目で致命的だとわかる傷を負ってもなお羽衣は倒れない。


「これで終わりにするとしよう」


 深々と刺さった刀が引き抜かれ、傷口から血が溢れだす。呼吸は荒く、口角から血を垂らしていようと、それでも少女は倒れなかった。

 飛び散った紅い雨が大太刀に降りそそいだ、その瞬間だった。大太刀が紅色の輝きを帯びると同時に、羽衣の瞳が赤く色づいた。


「何が起こっている……? 光が消えた、だと?」


 戸惑いによりすきが生まれた過切に、羽衣は一瞬で距離を詰めた。しかし、躊躇ためらいなく大太刀を振るうもすんでのところで防がれてしまう。間髪をいれずに重ねた攻撃もことごとくかわされる。


「まあ、よい。ならばじふせるのみだ」


 過切の右蹴りを鳩尾みぞおちに受け、背中を地に打ちつける羽衣。過切の追撃を刀で防ぐも形勢逆転には到底及びそうになかった。


(………………、……)


 傷口からは途切れることなく血が流れ、それが染みなのか、もとよりそのような模様だったのかの区別がつけられないまでに羽衣の着物は赤く染まっていた。絶えず吐きだされる荒い吐息だけが、羽衣が生きていることを示していた。

(このままでは羽衣は斬られるだろう。それに、万に一つ羽衣が勝てたとしてもあの血の量では助からない。どちらに転んでも羽衣は死ぬ運命にあるということなのか……)


(……………ヲ、……)


 腕を蹴られ、大太刀が羽衣の手から離れてしまう。丸腰となった少女をめながら、過切は勝ち誇るように言った。


「光が見えずとも、闇もろとも斬ってしまえば終わる話だ。貴様の血が絶えたとき、私の脅威となるものはこの世から消え去るだろう」


 羽衣の喉元に刃が向けられる。

(策はないのか? 一瞬だけでいい。何か、奴に一矢いっしを報いることのできる策はないのか? 羽衣がなす術なく命を落とすのを、黙って見ていられるわけがないだろう。せめて一太刀、一太刀だけでも届かせてやらないと。羽衣の覚悟と見合わねえ……!)


「さあ、狂った涙を降らせよう」


 絶体絶命などうの昔に過ぎた状況でも、國丸はまだ諦めてはいなかった。刀を愛する少女のために、刀に愛された少女のために、最後の最後まで光を探し続けた。

 それは國丸が引きよせた奇跡なのかただの偶然なのか定かではない。はたまた気まぐれだったのかもしれない。しかし、確かに聞こえたのだった。


(少女ノ心臓ヲ、貫ケ)


 その声を認識した國丸は傍らに転がっていたあか色の小太刀を、ためらいなく羽衣へと投擲とうてきした。刀は寸分(たが)わず羽衣の傷口に届き心臓を穿うがった。

 辺りに赤い飛沫しぶきが散る。


「気でも狂ったのか? 私に傷をつけるどころか、手負いに追い討ちをかけるとはな」


 視線を國丸へと向け、薄ら笑いを浮かべながら過切は続ける。


「安心するがいい。私は器を手に入れた。後は忌々しきこの女の血が尽きれば私の望みは全て叶う。貴様が生きようが死のうが私には関係のないことだ。ここから去るもよし、女の最期を見届けるもよし。貴様の好きなようにすればいい。貴様ごときが私をはばむことなど不可能なのだからな」


「それは……、どうでしょう……」


 過切が振り返ればそこには、満身創痍にして瀕死状態ながらも、強い意志のこもった眼をした少女が立っていた。血は流れ続け、いまだ瞳の色は紅色ながらも羽衣は自我を取り戻すことができたのであった。ある刀の力で。そして、諦めなかった國丸の力で。


「私は……。たとえ、勝ち目のない戦いだとしても……。刀を振ることができるのならば、刀とともに……最期まであなたを阻み続けます……」


「呼吸をするだけで死にそうな貴様に、刀を振る力が残っていると? 喉にも心の臓にも穴の空いた貴様が、私を阻めるとでも? まあ、よい。ならば二度と立ち上がることのできぬよう、四肢を斬り落とすとしよう」


 紅色の太刀と白い太刀が向かい合う。

 かたや立っていることがやっとの少女。片や刀に取り憑いた無傷の剣豪。誰が見ても少女に軍配が上がるとは到底思えない状況であるにもかかわらず、羽衣は立っていた。父ののこした大太刀を握り締めて。

(確かに……あいつの言う通り、もう一歩も動けそうにない……。全身が熱くて……冷たくて……私は、限界なんだろうな……)

 ゆっくりと歩を運ぶ過切。唇に笑みを浮かべながらも、心の内では少女の命を狩り、その血を絶やすことしか考えていない。


「さて、全てを終わらせようか」


 過切が刀を振りかざす。

 羽衣はゆっくりと息を吐きだした。

(私は死ぬ……。それくらい……私が一番理解している……。それでもどうせ死ぬのなら……。私は、最期まであらがおう。最初に戦ったあのときは、何もできず……何も分からないままに、終わってしまった。刀をつかう者として……刀を愛する者として……。このこたちの一番近くで死ねるのならば……私はそれでも、構わない!)

 歯をきつく食いしばり右足を一歩踏みだした。刀に覚悟と愛を込めて。

 少女の咆哮が空気を震わせる。


「仔犬がいくらえようと私には届かない。貴様の血、ここで絶やしてくれる」


 交差する二振りの刀。一瞬の空気の揺らぎの後、静寂が場を支配した。地に沈むように倒れる一つの影。少女の命の結末を静かに眺めていた國丸はようやく状況を理解すると、横たわる少女のもとへと駆けだした。


羽衣ゆいぃっ!!」


 過切の存在は消滅していた。羽衣は勝ったのだ。

 過切の魂と強く結びついたことで、白色の太刀は過切と一体化していた。過切となったその太刀を羽衣の刀が斬ったため、刀とともに過切の魂もまた死を迎えたのだった。


「羽衣っ、勝ったぞ! あの亡霊を、羽衣の刀が倒したんだ! 羽衣と、羽衣の刀が勝ったんだ」


 だが、羽衣の命の終わりもすぐそばまで近づいていた。

 過切に受けた傷は言うまでもなく、切断された白い刀の刃先が羽衣の腹部に突き刺さり、羽衣に残るみそぎの生き血を喰らい続けていたのである。羽衣の血を絶やすという過切の最後の望みを叶えようとするがごとく。


「く……國丸、様……」


「口を、閉じろ……! まだ何か、羽衣の生き延びる策があるかもしれねえ。過切を討った羽衣になら、また奇跡を起こせるかもしれねえんだ。そうでないと……」


 血がにじむほど握り締められた國丸の拳に、羽衣は手のひらをそっと重ねた。


わたくしは、死にます……。刀たちに、血を与えることはできます……が、刀たちに、血は流れて……いません。私は、血を失いすぎました。傷が塞がったとしても……私は、死にます……」


「しかし!」


 羽衣は静かに首を振った。小さな手が國丸の拳を包んだ。


「國丸様……に、お願いが、ございます。わたくしの死後、私を……この場所に、刀たちと一緒に……埋めてほしいのです……。刀たちが、誰の手にも、渡らぬように。二度と、血にふれることのないように……」


 羽衣の手は既に冷えきっていた。

 何度もうなずく國丸に、羽衣は静かに微笑んだ。


「父の……かたきを倒せた、だけでなく……私の愛する刀たちと、一緒に、眠ることができる。これ以上の……幸せは、ございま……せん」


 そして羽衣は息を引きとった。白みはじめた空の下には、折れた刀をいた國丸の嗚咽が響いていた。



 國丸は羽衣の願い通り紅色の太刀と過切だったモノを埋め、その場所を生涯他言することはなかった。

 羽衣の死により禊の、そして神伐の最後の血が絶え、両双もろとものみとなった四大刀神よんだいとうしんは事実上崩壊。そして、時の幕府は四大刀神の打った刀を回収する令を出し、妖刀の存在は闇にほうむられることとなる。

 四大刀神のうち唯一滅びなかった両双は、〈蟲綜むそう〉を冠する刀のほぼ全てを幕府に差しだすとその消息を絶った。

 数年ののち、時代は変わり、世は平和な空気で満たされていた。刀は武器ではなく地位と誇りを示すモノとなり、四大刀神や妖刀といった存在は人々の記憶から消え去っていた。

 ある新月の夜、國丸が刀を埋めた場所に一人の女がいた。それは羽衣に忠告した壺装束の女だった。服装こそ町人の女性たちのような、着物に前掛け姿になってはいたが、女のまとう橘の香りは変わらない。

 女は金鍬かなぐわを操ると、折れた刀の破片を掘りだした。長い間土の中にあったにもかかわらず、埋められる前と同じ錆一つない状態だった。


「せっかく変える機会をあげたのに、残念……。でも、代わりに欲しいものは手に入ったわけだし、筋書き通りに違いはないから仕方ないよね。彼女が決めたことだもの。私が口を出すいわれもないわ」


 女はふところに刀だったモノを仕舞った。

 手のひらの土を落とす音が暗闇に大きく響く。


「さぁて、帰りましょうか。まだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるからね」


 掘りかえした穴に両手を合わせ、女は呟いた。


「さようなら、また、逢えなかったね」


 女の声は空に消えた。

とてもお久しぶりです……。白木 一です。

前回の後書きで、この後書きに刀の解説を書くと言いましたが、面倒になったのでもう一話分として投稿します。

もうしばらくお待ちください。

とりあえず、本編はこの話で完結です。

つらつらとした感想みたいなものもそちらの後書きにて。


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