魔法。
雪遊びから一週間。
ここまでなんと長かったんだろう。
短いようで長かった。
でも楽しかったから長いようであっという間だった。
外は晴天。
暇を持て余した父は火魔法で庭の雪の一角を溶かすと素振りを初めていた。
そして母は同じく雪を溶かして洗濯竿を雪の中から掘り出し洗濯物を干している。
…いいのか赤ちゃんほっといて?
俺は手が掛からない子だから良いけどさ。
そんな俺は今、ずり這いをしている。
要するに匍匐前進だ。
ハイハイなんてさっさと出来ると思ってた俺が馬鹿でした。
手と足いきなり連動させられる程世の中甘くはない。
っくそ、邪魔だなこのおもちゃ。
迂回せねば。
到着。
ふー疲れた。
やっと本棚の前だ。
一週間前、両親に見せてもらった水魔法と重力魔法。
氷剣と浮遊に見惚れた俺は改めて魔法を使うべく、先ず自力移動が出来るように訓練し始めた。
…そこからか、、と呆れるのも分かる。
そこでハイハイの練習を始めたのだが、赤ん坊の身体は思うように動かず中々途中でバテてしまう。
その上床に寝そべり一休み入れている途中で母が
「おむつ換えなきゃねー♪」
と言ってベッドに戻されしかもそのままにされた事だってある。
苦難の連続だった。
何度母を呪ったことか。
だが、今日、遂に!
遂にホッとかれた!
今日を逃せば次はない。
ここの棚の本は全て俺用でだからこそ子供の童話程度の物しかないだろう。
だが、こういう場合は初級でも魔術の教本が入っていると相場が決まっている。
いるったらいる。
だから片っ端からそれらしいタイトルの物を読み漁ることに決めた。
〈しろバラひめ〉
違う。
〈シレーヌのひめ〉
違う。
〈ばしゃうりのロッペ〉
違う。
〈エルフの暮らし〉
…ちょっと気になるけど、、違う。
〈ばしゃずかん〉
馬車に種類なんかあるの?何々……ってあぶねっ
〈まぼろしのきゅうけつき〉
俺の母、幻だってよ。ウケる。何々……
……一時間後。
ねーんだけど。おい。
少し寄り道したけどちゃんと探したのに…
そうだよ、普通に考えればさ、こんな匍匐前進出来たばっかのいつ本をビリビリに破くか…大体予想出来るような子供の部屋の棚に大事な教科書混ぜ込めたりしないもんな。
だからといって父の書斎なんてどこにあるか知らないし、そもそもあの人が本を読んでる姿見たことないから書斎があるかすら分からないんだけど。
何なの?あの顔で脳筋なの?似合わねえよ!
「ヴィンくーんまんまの時間だよ〜……ってもーこんなに散らかして!」
項垂れて唸っていると昼食を持った母がやって来て注意された。
そう言えば今気が付いた、見た本全部出しっ放しにしていること。
「お返事は?」
「ごめんなあい」
ぺこりと頭を下げると母は満足そうに頷いた。
本当はもっと滑舌良く言いたいのだが滑舌が悪くて悪くて中々上手く発音出来ない。
「で、いきなり本なんかに興味出してどうしたのー?」
昼食を机に置いてから再度こちらに来て片すのを手伝いながら単純に不思議そうに聞いてくる。
これは、チャンスだ。
「ま、ほ、ぅ」
よし、言えた。
「…ま、魔法?ああ、この間見せたあれをもう一度やってもらいたいのね?なら最初からそう頼めばいいじゃないー」
あーでもここじゃ狭いな、外に出て…と悩んでいる母にそうではないと伝える。
すると、
「…魔法、使いたいっていうこと?」
そう!やっと理解してくれた…と満足げな俺を他所に母は難しそうな顔をしてから言った。
「それは後で相談することにして…取り敢えずまんま食べよっか!」
食べた後ベッドに置き去りにされたのは言うまでもない。
「ヴィンがそんなことを?」
「ええ」
素振りを終え、リビングのソファでゴロゴロとしていたオリヴェルに事の顛末を伝えたベアトリーチェ。
二人とも表情は真剣だ。
「…駄目だ、あり得ない。あの子はまだ産まれて一年も経ってないんだぞ。せめて三つ……いや、四つからが普通だ。」
「……そうね、」
「魔力を上手く扱えないような幼い子が自分の魔法を暴発暴走させたら手の打ちようがない、それは常識じゃないか」
「でもそれは……貴方達の、でしょう?」
実の子の前では滅多に見せない、妖艶で不敵な笑み。
これこそオリヴェルがノックアウトされた微笑だった。
「吸血鬼は違うわぁ、寧ろこんなに早くから興味を持ってくれて良かった、とも思ってるの。だって…始めるのが早い程、上達する時間がとれる、ということですから。」
「ビーチェ、…危険だ。」
「オリヴェル、貴方の気持ちも理解出来る……だけどあの子は吸血鬼の子なのよ?
私の知り得る重力魔法を成人するまでに全て受け継がせたいというのが正直な気持ち。
あの難解な魔法をあの子なら全てモノに出来ると私は思っているの。
…そう、色々な名前を考えていたはずなのに、何故かあの子にはヴィンフリートの名 以外を付けることは出来ないと本能で感じたあの日から。」
重力魔法は極めて難解な魔法。
他の魔法と違い、詠唱というものがある。
皆、そこにしか注目しないけれど、その難しさは本質はもっと違う所にある。
自身の想像を魔力に阻害される感覚。
|重力という自然の摂理に抗う事は無理だ、と魔力が暴れ出す中、力尽くで押さえ付けるのではなくあやすように、かつ泰然として魔力に命令を下す。
吸血鬼と熾天人にしか伝わらなかったのは単に皆が忘れただけ。
この魔法が、あまりに難し過ぎて…後世まで残す前に廃れ、結果、傲慢と強情で出来た二つの種族しか伝えられなくなっていた。
私たちは強情で、出来ないことを良しとせず、傲慢で、皆が出来ないことを出来る、そのことを鼻に掛け驕り高ぶる種族だってこと。
それだけの話よ。
そして私はそれを、ヴィンに伝えようとしてる。
「……確かに、アレは可笑しかったな。直感で名前を決めてしまうなんて。僕たちはどうかしてた。」
「でしょう?あの子にはきっと何かがある。それこそ私たちの知らないナニカが。
それに、もし無かったとしても…吸血鬼は基本的に魔法を覚えるのが人間よりも早い。これは当たり前のことなのよ。」
「…………分かった。ビーチェがそこまで言うなら僕だって何も言わないよ。
たーだーし、半分吸血鬼が入っているからってこんなことも出来ないのか…なんて怒るのは許さないからね。
彼は吸血鬼でもあるけれど人間でもあるのだから。
これでもし魔法を覚えられたら人間の中では天才の部類に入るんだから褒めてあげないと。
それと、僕も協力する。元々産まれてきた子が男なら剣を教えるってのが夢だったし。
…魔法だって水魔法と土魔法だけなら君に負ける気は無いし、何より光魔法は僕にしか教えられないだろう?」
いつになく真剣にオリヴェルが畳み掛ける。
「……ふふっ、そんな必死にアピールしなくても最初からそのつもりよ?」
「んなっ……そ、そうだよな!」
「ねえ……オリヴェル。」
「なんだい?」
「…頑張ろうね。」
私たちだって子供が出来たのは初めて。
子供が魔法に興味を持ったのは初めて。
子供に魔法を教えるのだって初めて。
だから、ですから、
「……一番頑張らなきゃいけないのはヴィンだろ?」
「あら、そうだったわね」
あまり期待しないで下さいね、エーレンフリート様。