顔っ
辺境の地アイヒェンドルフ。
そんな所に建てた家は大きく、とてもではないが辺境のドドド田舎でもないと一般市民には建てることの出来ない代物と化している。
そしてその家を建てた俺の両親を紹介しよう。
まず父、オリヴェル
黒髪青目の純朴そうな青年。
牧場とかで牛の世話していそうな穏やかな雰囲気を持つくせ意外にも剣の腕は確かなようで時々見えない速度で振るっているのを母に抱えられながら見ている。
どうやら子供に良いところを見せたいらしい。
…その時だけはかっこいいと言ってやらなくもない。
対する母、ベアトリーチェ
長い金髪を指で弄ぶ巨乳の艶やかな美女。
こんな何もない丘には不釣り合い、どちらかというと銀座の高級クラブに居そうな雰囲気が醸し出されているが、心の底から笑うと純真な笑みが浮かんでまたそれも…こほん。
純朴な父はこの色香とギャップに騙されたのだろうか?
血のように緋い目
人間として振る舞ってもバレない程度に尖った耳
人間にしては少し尖っているが怪しまれない程度の犬歯
そして銀と昼間と十字架が苦手。
…ここまで言えばお分かりだろう。
俺の母は吸血鬼だ。
成る程ね、エーレン。
片方が魔族だから邪龍への風当たりも強くなければ、吸血鬼の見た目は人間を惑わせられる位近くに居てもバレない。
バレてしまうくらい耳が尖っているなら首に噛み付けるくらい近くに寄ることすら叶わないから…そうかこれが現実か。
人間と吸血鬼のハーフなら尚更バレないだろうし人間の血も入っているから全ての属性魔法を覚えられる。
この家族を選んだのは正解だよ。
ただそういう+-を考えずとも早くも好きになりかけている自分が居て。
家族だし、一線を引いて接するなんてことはしたくない。
と思いつつ前世のように傷付きたくもないとも思ってる。
ほんと…どうしようもないな。
…話は戻って辺境の地アイヒェンドルフ。
なんとこんな所にも利益度外視で来てくれる商隊が居る。
しかも売ってくれるのはライヒェンバッハの更に都会。麗氷の街、ディースターヴェークの物。
珍しい時にはディースターヴェークよりも更に中心部に近い物を持ってきてくれることがある。
そんな商隊は今日来るらしく朝から両親は慌ただしく準備をしている。
季節は秋。
近々雪が降り、積もってしまう為、これを逃せば次商隊が来るのは春以降だ。
何かと色々買い込んでおきたいらしい。
それと、もう一つ。
「ヴィンくんも自分の顔見るの楽しみだよねー」
そう、実はこの家には鏡がない。
というのも一番使いそうな母ベアトリーチェは鏡に映らない。
そのくせ服だけ映るものだから軽いリアルホラーになるのだとか。
俺がまだ生まれる前、父オリヴェルがそれを見て何度もビビるのでじゃあもう捨てちゃいましょうとケンカして全て捨てたらしい。
だが子供は人間の血が入ったハーフ、もしかしたら映るかもしれない。
それを確かめる為に今日また新しいものを買うらしい。
…正直、映ってほしいな。
自分の顔を見られないのは色々と悲しいし、顔が鏡に映らないホラーな奴にはなりたくない。
頼む。
祈りながら俺はオリヴェルに抱っこされて両親と共に丘を下りた。
産まれて初めての外出だ。
…着いたのは昼過ぎ。
俺を抱っこするのは母に代わる。
どうやら父はこれから戦場のような食材コーナーに行って揉みくちゃにされながら勝ち取るらしい。
そこに俺を連れては行けない、と。
懸命な判断だ。
商隊はもうそこに居た。
アイヒェンドルフの村の皆が群がっている。
もう売り切れとか言われたらどうしようかと不安になったがそこは幾多の試練を乗り越えてきた商隊。
抜かりなく品を残してある。
そもそも辺境というのは王都やその近辺では売れない中央の品が馬鹿みたいに売れる所なのだ。
大量に持ってきて大量に買っていく。
次いつ来るか分からないからこその爆買い状態に、商人もそれから村の人々も、皆ウィンウィンだ。
当然、俺たちも。
「おやおや…これは可愛いお客さん!」
俺と、それから傾国の美女ベアトリーチェを交互に見て目の色を変える商人。
「あら、ありがとう。まだ4カ月なの…首が座ってきたばかりで」
「4カ月ですか!大変な時期です。ならば色々物入りですね…ええと、こちらにどうぞ」
俺を抱え日傘を差す、大変な母を座らせると商人は様々なベビーグッズを取り出してきた。
「…ィンくん、ヴィンくん、ヴィーンくーん」
あれ、寝てた?
いつの間にか爆睡していた俺を揺り起こし、起きた俺に微笑んで言った。
「ヴィンくん、鏡だよ、鏡」
鏡?……ああ、
覗くとそこにはちゃんと俺の顔が映っていた。
良かった、オリヴェルの血ありがとう。
母の少しクセのある金髪と父の…んん?青は青でも父のは濃いけど俺のは言うならばアイスブルー。
顔はどちらかと言うか言わなくとも母似だった。
少し違うけど概ね父と母の子のような顔をしている、でいいのではないだろうか。
「ぅー♪」
鏡に向かって笑ってみる。
……ああ、うん、母似だ。
「ふふ、ヴィンくん気に入ったねー♪…すみません、これ」
「はぁい、毎度あり」
俺が笑ったことで気に入ったと思われたらしく、母は商人に言って手鏡を包んでもらっている。
なんかごめん。
アイヒェンドルフは来てくれる商隊に優しい村だ。
そうしなくては来てなどくれない辺境という悲しい現実もあるが、兎に角商隊が来た時には丁重にもてなし、小さな花火を打ち上げる心遣いでは負けたくないと言わんばかりに張り切っていた。
来た時には真昼だったのに俺が寝息を立てる最中に太陽は空を大分通過し気付けば夕暮れになっている。
父が前に哺乳瓶の時に使った大きなリュック×3に蓋が閉まらない程大量に物を入れて戻ってきた。
セットしてあった髪が揉みくちゃにされてボロボロになっている。
「今日も…戦争だった」
「お疲れ様、オリヴェル。」
「ぉっぁぇー」
「「…え?」」
「あ。」
生後半年で喋れるのって早過ぎないか、
大丈夫か…?
俺はつい出てしまった言葉に慌てるが両親はもっと慌てていた。
「ああああヴィンくん喋ったぁああああ」
「もう一回!いや、ヴィン、パパって呼んで、パーパ!パーパ!」
ダメだウザい。
静かに花火待とうよ。
「ママだよーヴィンくんマーマ、ママ、ママだよーー」
「…ぁー………マ、マ…」
押し負けた。
「ママって言ったぁああ!!ヴィンくん偉い!!もう一回!マーマ、マーマ!!」
「なっ!!パパだよーパーパ、パーパ、パーパ!!」
うああ、更に五月蝿くなった。
「…パ【ヒューーーードカァーーーーーーン】
溜息を吐いてパパと言ってあげたら運悪く花火と被って掻き消され、全く聴こえなかった。
残念な父だ。
そして。
「…綺麗な花火ね……」
色とりどりの花が暗く藍色の空を照らして咲き乱れる。
大きな音を立てて一瞬だけ咲く儚い花はとても美しかった。