友達
最初の何行かは生々しいので注意です
読み飛ばして頂いても問題はありません
『…………。。』
眼前には頭に真麻袋を被った恐ろしい事に落下の勢いで少し身長の伸びた…俺が吊るされていた。
血の気はまだある。
恐らく本当に死んだ直後だからだな。俺は幽体離脱している訳ではなく紛れも無く死んでいるのだから。
どんどん血の気がなくなり冷たくなっていく自分を見るのもつまらないからヒトダマはそこから上へと突き抜け部屋を出た。
『死体を観る趣味はない。』
…なんて無い口で呟きながら或る意味の現実逃避をした。
途中であの人にお礼を言いたくて、捜したら看守の休憩室みたいなところから声が聞こえてきた。
「看守ってのは、犯罪者を更正させる為に居るのにな…やっぱ死刑は辛いな。更正なんてさせてやれやしない。」
そんな話を看守同士でしているらしい。
…なんとなく、居た堪れなくなって臆病な俺は『この姿で何を言っても見えなければ聞こえもしないし』と屁理屈を付けてその場を後にし天井を突き抜け空まで飛んだ。
見えた空は生憎の大雨で曇り切り、ヒトダマでなければ傘は必須だろう。
だがそんな鬱々とした天気も水分をたっぷりと含んだ雲を抜ければがらりと変わる。
下は灰色の雲が覆い尽くしているというのにその上は何もない、薄青い空と照りつける日光、まさに絶景だった。
いつだったか、こんな感じの綺麗な景色を見に行った事がある。
柔かに笑いかけてくる彼女が隣に居たはずだ。
…止めよう、こんな絶景を見て思い出すべき事じゃない。
大気圏とやらを抜け、あっという間に宇宙へと辿り着いた。
振り返ると青い地球、教科書通りの美しい星がそこにはあった。
『それじゃ』
特に思入れもない母なる星に別れを告げぐんぐんと加速するヒトダマ。
本当なら何処に行けばいいのか迷うはずなのに何故だか路を知っている、変な感覚だ。
もう一度振り返るとそこにはもう地球は無かった。
人工衛星など軽く凌駕する驚きの速さで進んでいく俺。
少し経つと白く眩い光が降り注ぐ世界が見えた。
『あれが、俗に言う天界ってやつ?』
息を飲むような美しい、此の世とは隔絶した世界。
ヒトダマとしてそこに吸い寄せられはするけれど、正直言うと俺は行きたくなかった。
神と聞けばつい先程まで必死に祈っていたのに何も叶わなかった存在だからだ。
よく”手違いで”とか、”そういう運命だった”とか言う神様の話を聞くが本人にしてみたらたまったものではない。
俺の心が狭いのか、または失ったものがあまりに多過ぎたのか。
何にせよ目を背けたくなるような存在なのには変わりがない。
『神様が嫌い、なんて…どんなバチ当たりだよ。』
ヒトダマはボッチで呟く。
いつの間にかほかの天体は見えなくなっていて白い光の世界へ行くしか無くなっていた。
そしてヒトダマは引き寄せられるようにそこへ行く。
自分がどんなに嫌がっていようと魂の本能には逆らえないから。
引き返すこともしたくない、あの楽園にも行きたくない。
見事に詰みながらそこへとノロノロ向かうヒトダマにふと声が聞こえた。
「ほんと、そうだよね〜(笑)こっちに来なよ、無理してそっちに行く必要は無いでしょ?」
その声が聞こえてきた方を向くと雷のような音がしたかと思うと天界までの光の道に赤黒い亀裂が走り、ガラスのように割れ見事な…ドス黒い魔界への道…のようなものが出来上がる。
途端本能が警鐘を鳴らす。
(絶対ヤバい絶対ヤバい絶対ヤバい、いやなんかワケのわからないヤバい奴に引っかかったかもしれない超ヤバい)
ヒトダマが身震いするとか意味不明だが兎に角一刻も早く天界まで行かなければならないと急いで立ち去ろうとする。
(今のは無視だ無視!!必殺知らん振り!!!)
マッハextraで史上最高速で天界まで行く俺。
最早、神嫌いとか言ってられない。
「えっ、ちょちょ、折角道作ったのにそっち行っちゃうの?」
(五月蝿い!!!!そんなRPGの裏BOSS感漂う魔宮へ行けるかァッ!!!!)
心の声で必死にツッコミながらもう程近い天界へと登っていく。
あと、もう少し。
あと、もうちょっと。
あと、ほんの、ほんの少し。
「ダーメ、あんまり世話焼かせないでよ」
竜の手のようなものがあの空間から伸びてきてヒトダマをその3本の鉤爪のような物でボールを掴むかのように握るとそのままあちら空間に戻って行き。その刹那、ヒビ割れた道は何事も無かったかのように元通りになった。
画してなんて事はないごく一般のヒトダマは謎の竜に異次元空間に連れ去られたのだった。
『ぎゃぁアアアア!!!!』
まあ当然ヒトダマからしてみればただ事ではなく。
限界まで行ったヨーヨーが戻るかのように縮んでいく竜の手に掴まれたヒトダマはその手と共に魔宮へと繋がる道をヌリヌリ進んでいく。
恐怖心から起きた放心状態から解けると道はもう終盤に差し掛かっていて、間も無くこの手の主とご対面するところだった。
『た、たす、タスケテクダサイ』
効力がないと知っている神様にまたも必死に頼み込むも効力はやはりないらしく。
「なーに怖がってるのさ」
見事にご対面を果たしてしまった。
『……子供?』
だがその外見は黒い少しクセがある…というよりはただボサボサなだけの髪にこちらを嘲るように愉しそうに見てくる透明感のある翠の目を持つ只の好奇心旺盛な小学生くらいのガキ。
途端に警戒心が薄れると共に困惑する俺を見てその子供はケラケラと笑った。
「会って最初の言葉がそれか、随分と失礼な奴だね、まぁいいけど、そういう風な見た目にしてるのは紛れもなく僕だからね。」
『あんたは?』
「僕?…ああ、そうだったね、僕達は一応初対面だから自己紹介しないと。
僕は邪龍エーレンフリート、これから永い付き合いになるだろうし、よろしくね。」
『………………。。。』
ぶっ飛び過ぎてて訳が分からず思わず閉口する俺は絶対に間違ってない。異論は認めない。
邪龍?龍ってほんとに居たのか?いや、見た目が明らかに龍じゃないしそれに、、ああもう取り敢えず!
『……で、その…邪龍エー、エー』
「エーレンフリートね」
『…が俺なんかに何のよう?』
ヒトダマだから顔はないが、もしあるなら酷く歪んでいるだろう。
こんな接点の欠片もない伝説上の生物だと名乗る子供に連れ去られたのだ。
なまじ俺を連れてきた手が龍の手だっただけに鼻で笑う事も出来ず困惑している。
「一言で言うなら…そうだね、シンパシーを感じたんだ」
『………はぁ、?』
「そんな面倒くさがらずに聞いてよ、僕は最近、暇を持て余して数ある星の中からチキュウという星を選んで観察してたんだ。その中でも特にニホン、あそこの本には僕に似た生物が描かれてあって興味深いからね。それで双眼鏡を使って見ていたワケなんだけど、日本全国皆がなーんか妙に騒ついていたのさ。それで調べてみたら残酷な事件が起こっていたらしくてね」
肩を竦め話し続ける。
「僕の世界じゃ五人死んだとかちょっとした話題にしかならない程度なのに、この平和な国はそんなに大事にするのかとちょっと興味が湧いてね」
流石邪龍、俺たちとは妙にズレている。
「まあその犯人はどんなものかと覗いたら極悪卑劣な盗賊とかそういうのではなくごく普通の青年で、しかも容疑を認めないからと散々に暴行を加えられていたのさ」
『………。』
「証拠もでっち上げ、鑑定は嘘っぱち、上の上から圧力を掛けて青年を犯人に無理矢理仕立て上げる執念には驚いたよ、おまけに国民はみんなそれを信じて青年を責め立てる」
『……っな、なんだって…?か、鑑定が、証拠、あれ、全部嘘……?!』
「あれ、知らなかったのかい?いや…信じたくなかっただけで実はもう気付いていたでしょう?あれ全部嘘だよ、やった罪の重さに耐えかねてこれを残したのを忘れただろう。とか言われてたのもあれも本来ない証拠品だったしね」
『……そ、んな…』
目の前が真っ暗になる。
俺じゃないと訴え続けたけど俺になったのは俺を犯人にしたかったからだなんて。
どうしてそんなものが、俺の指紋なんか出るはずがないのに、と思っていたのを思い出す。
ああ、確かに、、僕は正義に嵌められたんだ。
「そりゃ、逃れられないわけだ。可哀想だけど流石にこの僕も他の星に行けるわけじゃないからね、助けられもしないし見ている事だけしかできない。…久々に無力を感じたよ。」
『やめろ…!』
「ただね、まさか君の両親やら友人やら恋人までもが君を」
『やめろよ、やめろくれ!もう、ッ聴きたくない!!!!』
「……」
それ以上、その先を、聴きたくはなくて。
嫌な言葉を無理矢理遮ってみっともなく慟哭する俺を邪龍は静観していた。
『過ぎた事だ、終わった事だ、もういいだろ?!俺は死んだ、殺されたんだ、色んな人に裏切られて、してもない罪償って、地球に別れを告げた、だからッ、だから……ッ…
…もう、思い出させないでくれ……っ』
「………………さっき、シンパシーを感じたって言ったね。」
『…………へ…?』
「僕も、君と同じさ。…君と同じように裏切られた。…君と同じように嵌められて極悪非道の”邪龍”エーレンフリートになった。……君も極悪非道の犯罪者になった。そうだろう?」
言葉を一つ一つ選ぶように、口に出しながら確かめるように、躊躇いながら、それでも伝えたいという確かな意思が見て取れた。
その顔は哀しそうで、とても”邪龍”だとは思えない。
「僕達は同じだ。君が誰一人として信じられないように僕も誰一人として信じることは出来ない。そう、たとえ神であっても。……でもね、僕と同じな君なら、僕は…君ならば信じられる。まるで、…そうだね、僕の分身を見ているようでさ。」
「僕が、君が神に拾い上げられるよりも先に君を連れ去ったのは君と友達になりたかったからだと思う。……君に嫌な思いをさせてしまったのは謝るよ。ごめん。…いつも君の事を見ていたからか初対面だとは思えなくてね、つい配慮が欠けてしまったんだ。……それで、どうかな…?僕と改めて仲良くしてくれないかな?」
ぺこりと可愛らしい礼をすると邪悪の邪の字もない心の底からの毒の無い微笑みで握手を求めながら尋ねてくる。
が、俺は初対面だ。
人間不信…いや龍不信…?は健在で、ただ嘘を言っている風にも思えなくて、一頻り悩んだ後、こう応えた。
『…エーレン……の今後の行いで、信じるかどうか、決める』
「ああ、そうだね、…まず最初は僕の名前を覚えて貰うトコから始めなきゃね?」
『うぐっ』
「エーレンフリートだよエーレンフリート、いい?エーレンフリート」
『な、長い…いいじゃんエーレンで…』
「……あ、それも愛称っぽくていいかもしれない」
『だろ?』
「ああ!」
異質な空間でかなり長い間龍とヒトダマは楽しそうに笑い話していた。