終わり 始まり
「…最期に話したいことがあるならば、言いなさい」
「………」
「……何も無い、か。ならば」
「…っ俺は、、俺は……ッッ
”やってない…!!!”」
この世の、誰も、そう、例え…小学校からの親友でさえ、中学けらの恋人でさえ、可愛がってきた血を分けた弟でさえ、これまで愛情を注いで育ててくれた両親でさえ、信じてはくれない言葉を紡ぎ出す事のなんと無意味なことか。
無実の自分を守ってくれるモノはこの世で誰一人、何一つ、哀しい程に断言出来る。
ない。
その事実が俺をどうしようもないくらい深く、、抉った。
20XX年、未だ死刑のある日本、その中を轟かせる事件が起きた。
…子供を含む5人を惨殺するというどうしようもない大事件。
犯人は見つからないということで警察へのブーイングが殺到しマスコミは連日報道を続けた。被害に遭った子供はこんなに優しく正義感に溢れた将来有望な子であった、その未来を、犯人は奪ったのだ。そんな内容で。
ネットは瞬く間に荒れに荒れ、犯人捜しを気のままに行っていた。
そして、ブーイングの処理に追われる警察は血眼になって犯人を炙り出した、そう、犯人”と思われる人物”を世間に公開しブーイングの避雷針を作り上げたのだ。
犯人”と思われる人物”は犯人だと決まったわけではない。そしてその人物は実際に否認を続けていた。
だが、マスコミはそしてその報道を見た世間は否認を続けているという人物を一斉に責め立てた。
『さっさと認めろよクズ』
『往生際が悪い』
『あんな優しい子を殺しておいて…最低』『氏ね』
そしてそれは警察も同じ事だった。
雲の上の上司が事の大きさを察知し部下に圧力という名の激励の言葉を掛け、それを受けた遥か上の上司が自分の上の上の上の上司を責め立てたらしい…との言葉を疲れ果て少し窶れた上司に聞いた刑事達は急き立てられ、彼が犯人となる物的証拠を、動機となりそうな事柄を寝る間も惜しんで洗い出したのだ。
そしてこの警察全体を揺るがし脅かすブーイングを避ける為に、腐った上層部は一人のまだ年若い人柱を立てたというのも事実。そして、正義感に溢れた刑事が様々な…上層部の創り上げたニセの証拠を見て彼が犯人だと信じて疑わなくなったというのもまた事実だった。
”自分がやった”と言わせるまで終わらない拷問のような尋問。
いつまで経っても終わらないばかりか往生際が悪いと暴行を加えてくる刑事、そしてこの残虐極まりない犯人にはこのくらいどうという事は無い…と全く止めないばかりか参戦してくる他の刑事。
そして彼等は憔悴し切って刑事に反撃した彼を不敵な笑みで嘲笑うと公務執行妨害で逮捕した。
彼の身元まで暴露され、彼の家は火の車、恋人は逃げ、友人と弟は”そんなことをする奴じゃ…なかったのに……”と涙ながらにマスコミに話し、両親も最初は信じてくれたもののその酷い環境でノイローゼになったのか終には”自身の犯した罪を償って欲しい”と言い出す始末。
そして誰も、そう、家族を含めて誰一人彼を犯人だと信じて疑わず、やる気も腕もない弁護士以外誰も彼の元に足を運ばなくなったのだ。
結果は惨敗。
世界中の誰一人として味方の居ない彼には至極当然の結末だった。
弁護士もこれで負けても自身の弁護士としての名に傷は付かないと仲間からも同情されたらしくやる気を最後まで出すことはなく。
往生際も悪く年月が経っても反省の心も垣間見得ず、残虐極まりない最低な”犯人”に下された判決は何度裁判を起こしても当たり前のように死刑であった。
マスコミは堂々と一面に載せ、被害者の遺族はこれであの子が救われる、ですが、幾ら、どんな、刑を下されてもあの子は戻ってこない、犯人を許せることはない、そんな内容を嗚咽しながら語り、世間は良かった、素晴らしい判決だと裁判官を褒め称えた。
そして…全ての真相を知り得る警察上層部は部下を褒め昇進させながら、憐れな人柱に心の中で黙祷を捧げたのだった……
そして年月は更に経過し今に至る。
そんな、世間と正義、広く言えば国家に絶賛今から殺される悪役は心中穏やかである筈がない。
いつ、そんな時が来るのかわからないまま生きた心地のしない毎日を送り続け、ただの犯罪者から死刑囚となった無実の青年は今日、この日この時看守に連れて来られたのだ。
––––––首を吊る為の部屋に。
「まだ言うか!!往生際の悪い奴め、貴様のような人間が居るからこの世界は平和にならない事を好い加減悟れ!!」
頬はこけ、窶れた、元の面影などどこにもない顔になり随分と痩せて…それでも彼は最後まで自分の主張を貫いた。
––––––信じて……いたから
神様ならば分かってくれる、無実の俺を助けてくれる。
これといって信心深くもなかった彼が、
信じていた家族、親類、親友、彼女に見捨てられ世間と正義の味方に粉々にされた心を拾い掻き集め、人と話す事すらもう恐ろしいものと感じていた彼が、
藁にも縋る思いで祈ったのは神様だったから。
獄中生活を祈りで過ごした無実の青年。
そしてその藁すら無情にも、彼を見捨てたのだった。
最期の言葉をバッサリと否定され、麻袋を被らされ首にその紐を巻かれた青年は心の中で祈ることを辞めた。
なんだ、結局、ダメか。
無実の罪で牢にブチ込まれ、全てに否定され、嫌だ嫌だと現実を否定して神に縋って怯えて暮らした自分にしては呆気ない程の最期。
神にさえも見捨てられた悪どい自分。
世間の言う通り、死んだ方がいいだろう。だって、神でさえ俺を否定したのだから。
笑みと涙が自然に溢れ真麻の袋を濡らす。
なのに思考は驚く程混沌としていない。
あからさまに怯える俺をこの部屋まで引き摺りながら看守がかけた言葉。
–––––死ぬ時は一瞬だ。苦しませは、しない。その為にこの刑があるわけではないから。
今となってはあの言葉が救いの声に聴こえる。
いや、やはり思考は混沌としているのだろう。これが救いに聴こえるなど末期も甚だしい。
だけど、あれだけが…いや、あの人だけが、忘れかけていた人の温もり、優しさをこの極悪非道の死刑囚の俺に向けてくれた世界中で唯一人の人間だったから。
家族も親類も恋人も友人も世間も正義の味方も神でさえも誰も彼も信じない。
二度目など無いと、転生など所詮死を恐れる人間の只の幻想だと思っている、だけど、本当にもし、もし次があるならば。
ただあの人に、救われたと心の底からお礼が言いたい。
「…ただ、それだけだ。」
正義の為に、人々の心の安寧の為に、または私欲の為に、嘗ての事件の囚人の刑が執行されたというニュースは思った程には駆け巡らず新聞の三面に載るほどで終わり、とうにその事件を忘れた人々はまた素知らぬ顔で平穏を貪るのであった。
「……いやいやいや、後味悪過ぎるし可哀想過ぎるでしょ彼、、」
これは、そんな極度の人間不信に陥った人柱に憐憫の目を向けたある一つの存在が織り成す大したことのないストーリー。……だ。
思ったより暗い始まり方ですね…
次はもう少し明るくなると思いますので!
感想とかお待ちしてます!w