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狐男さんは最低野郎  作者: にゃるらとほてぷ
第一章『一週間くらい引きこもる話』
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7話

ギルドマスターの執務室。


場所として遮音性に優れたこの場所が利用され、また事件が事件であるだけに断る事も出来ずに使用は続けられていた。


ギルド側としても、登録したばかりとはいえ。ギルド所属の冒険者が関わっているとなれば断る事も出来ずに今に至っている。


この件については国家に関わる問題であるとしてギルドマスターとしても協力する必要もあるし、サブマスターの彼女もまたハーフエルフとして協力は惜しまなかった。


軽く補足させてもらえば、ハーフエルフは他種族との混血とはいえ差別に関しては同じ血を引く者として存在していなかった。


「見失ったとは、どういう事だ…っ!?」


そして、そんな彼らの混迷はピークを迎えていた。


ギルドマスターにしても驚きを隠せないというように目を見開いていた。


カールと呼ばれるダークエルフの貴族が声を荒げるのも無理からぬ話であった。


エルフの精鋭とは狩人であり、獲物を追い詰める熟練者達ばかりだ。


それが揃いも揃って獲物に逃げられるとは考えられない事態である。


仮に逃げられたとしても、都市間ゲートを使用する事についても彼らは想定していた。


エルブンシアは世界樹という存在を拠り所とする特殊な環境の為、他の都市とは違い都市間ゲートが存在しない箇所に王都がある。


傾向としてエルフ社会は閉鎖的で、世界樹の恩恵により殆ど流通を必要としていないからだ。


エルフ・ダークエルフに類する種族のNPC総人口はおよそ4万人。


食料自給率は200%を軽く超え、自然に恵まれ資源は豊富。精霊魔法に優れた長命種という優良種。


他者に与える恩恵はあっても、施されるような環境下ではない。


元々、北海道エリアについてはエルフ領として当初は定める予定だったのだが、この町には都市間ゲートが存在しているのにも関わらず数百人規模の町というのにはそういう背景もある。


北海道エリアについては札幌の方がネームバリューとしても強いのでそちらに人員が集中しており、道東エリアのエルフ達はこぞって屈斜路湖にある世界樹の方へと移動。かくして旧釧路は衰退してしまったのが現状である。


そんな閉鎖環境にある為か、多少はゲートの扱いに不慣れであったとしても十分に追いつく事は可能であったはずだ。


北海道から南は九州エリアまで、都市間ゲートが設置されている場所は両手の数では足りない。


追跡班の数は激減したものの、ゲートから移動してすぐに見つければ良いだけの話である。


一度のゲート間の転送速度は約10秒。


それだけの時間があれば、各都市を回り切るのには十分だ。


その考えには間違いは無い。


たった一つだけ彼らにミスがあるとすれば、ゲートの特性を理解していなかった事である。


ハンニバルは確かにゲートを利用した。


尾行をしていた追跡班も数秒の遅れはあったが、集合した仲間と共にゲートを利用する。


移動完了し、ハンニバルは東京エリアからすぐに釧路エリアへと戻る。


この微妙な時間の遅れと、東京エリアという場所に問題があった。


ゲートとはつまりワープである。


転送先で物体と物体が重なる、そんな事になれば大惨事となる。


そんな問題を防ぐ為、ゲート間の転送には約10秒という時間と、人と人が密集しないようにある程度の『離れた距離』に転送されるようになっている。


同じエリア内からほぼ同時に、しかも『GW中の人口過密地帯』と言える東京エリアへの転送。


そうなればプログラム上では一定の距離よりも多少は余分に離れてしまう。


結果、彼らは人ごみの中で彼を見失ってしまう。さらに釧路エリアへと逆戻りしているとは彼らは考えず、たっぷりとハンニバルには時間稼ぎが出来たという訳である。


ハンニバルがより悪辣なのは盲点と言える場所を選んでいた事だ。


彼が服を購入していた場所はギルドホールの目と鼻の先。さらにフォクシーという狐の耳に尻尾、これも本来は隠す事は出来ない。が、彼は自分のアイデンティティと呼べる特徴をあっさりと消していた。


耳はあっても尻尾はいらない、耳はいらないけど尻尾は欲しいというプレイヤー用の設定である。


両方消すなんて獣人アバターを選んだ理由が無いのでプレイヤーも普通はしないし、エルフ達の心理からしても彼らにとってのエルフ耳とは種族の象徴でもあるのでまず考えつかない。


意地悪いのは次に選んだ場所はギルドホールの『内部』だ。しかもカフェスペースなんて場所に居ると誰が想像出来るか。


「貴様達が居ながらどういう事だっ!? もういい、私が出向く!」


これにはヒルデガルドも声を荒げ、温厚を絵に描いたような外見と性格のフリーデリンデですら顔を歪めて親指の爪を苛立ちを抑える為に噛んでいた。


「二人とも落ち着いてくださいっ! 貴女はすぐに隣にいるロゼッタとコンラートと共に、引き続き追跡に向かってください。ヒルデガルドは今の立場を弁えてください、それに連絡の為に行ってはなりませんよ。カールもヒルデガルドの護衛です。」


王位継承権・第一位はヒルデガルドに移譲しており、事実上の次期女王は彼女である。それに彼女は追跡よりも戦闘向きなタイプであり、さらにエルフの手練からの追跡を簡単に逃れるような相手だ。


ましてや都市部となれば彼女にいかに実力があろうとも、王位継承権・第一位ともなれば最低限の護衛が必要となる。そんな人数を今は割り振れるはずも無く、カールもまた戦闘向きであるしヒルデガルドの護衛として残ってもらう必要である。


フリーデリンデもまた怪我をしているので動けず、都市部の追跡には不慣れだった。


付け加えるなら、三人とも悪い意味で温室育ちなのだ。森の中であればエルフ種族は無類の強さを発揮する狩猟民族である。アウラにしても森の中で仕留めるつもりだったからだ。


だが都市部という環境下には彼ら、いや育ちの良い三人にはあまりにも不慣れ。それを理解しているからこそ、余計に苛立ってしまう。


「了解しましたっ!」


見失ったと報告しに戻っていた追跡班の一人は、隣室に居る護衛二名と共にハンニバルの追跡に向かう事となる。


ハンニバルの容姿については黒髪の男性でフォクシー族、服装は白衣という『特徴的な姿』である為に逃げたとしても追跡には時間がかからないと思っていたが、彼らの予想とは異なる結果を生み出していた。


だが、この短時間に服を購入し。あまつさえ、耳と尻尾まで消えていればもはや人間族と見分ける事も出来なくなり。困難を極めるどころではなかった。


プレイヤーには相手を凝視するか、指の操作によって相手の名前等を調べる事が可能である。一応はNPCにもあるのだが、両者どちらも距離があると判別は出来なくなる。


犯罪行為を行っていなければプライベート保護の為に名前等を隠す事も出来る為、さらに追跡は難しくなってしまう。


「ならば我々は此処で黙っていろとでも言うのか!?」


カールの言はもっともだ。それに対し、フリーデリンデは首を左右に振った。


「世界樹の枝の『導き』を再度使用します。可能性のある限りは諦めるつもりはありません!」


フリーデリンデの言う『導き』とは、正式名称は『精霊の導き』


森の番人とも言えるエルフ達も道に迷う事もある。その時に使用するのが『精霊の導き』と呼ばれる精霊魔法の一つだ。無論、普通の精霊魔法なのでプレイヤーも使用出来る。


効果は一定時間の間、半透明の手のひらサイズの精霊アバターが出現してプレイヤー達を近くの町まで案内してくれる魔法だ。この魔法はもう一つ効果があり、登録した『指定のオブジェクト』の場所を教えてくれる効果もある。


そして世界樹の枝というアイテムも重要になる。


世界樹の枝と呼ばれるアイテムは世界樹の親木を素材にしており、世界樹の苗木はその子。精霊魔法の効果を上昇させるだけではなく、世界樹の苗木というある意味で同種のアイテムであるそれとの繋がりは深い。


「そうだな―――だが、無理はするな。最初は私が使う。」


ヒルデガルドはフリーデリンデの肩に手を乗せて静止させた。


彼女だけでは無い、追跡をしていた全員はほぼ不眠不休である。


ヒルデガルドの場合は妹と親友を失しなった。


もし、何かをしていなければ悲しみに追いつかれて身動きが出来なくなってしまう恐怖感―――今、立ち止まればきっとゼンマイが切れた人形のよに動かなくなってしまうはずだと感じていた。


「いや、最初は自分だ。二人は少しでも休んでいてくれ。」


そう声をかけたのはダークエルフのカールであった。


カールの場合は許嫁を失い、貴族として拭いきれぬ汚名を背負った。


親同士が決めた事とはいえど、交流が無かったわけではない。ある程度の頃から知っていた…さらにエルフ族の王族を許嫁が殺してしまった。貴族としてもはや家名は途絶えて当然の末路である。彼を動かしていたのは義務であり男としての最後のプライドであった。


フリーデリンデもまた妹のような存在を、未来を担う巫女を、そして追跡班として苦楽を共にしてきた仲間達を全て失っていた。


彼女が負った怪我は中々治らず、未だに力が入らずにいた。動きがぎこちなく、無理をしているというのは目に見えており。そんな自分に対して声をかけてくれた二人を見て、困ったようにぎこちなく口元に笑みを浮かべて二人に任せた。


そんな三人の行為をあざ笑うかのように『精霊の導き』は効果を示さず。


出現した精霊に問いかけても、ただ首を真横に振って分からないという態度を見せるだけだった。


寝不足、疲れ、食欲も無く、精神的にも彼らには今日がギリギリのラインだった。


ギルドマスターもサブマスターが出来るサポートも、各ギルドホールのマスター達にハンニバルという人物を発見したら同行を求めるようにという最低限の事しか出来なかった。



絶望。



そんな言葉が頭を過ぎる。


それが好転したのは昼を少しばかり過ぎた時刻。


そろそろ昼食を取りたいと思う時間帯であるし、彼らにも休息を入れてもらわねばこちらも休めぬとギルドマスターが口を開いた瞬間だった。


トントンという控えめなノック音。


「…失礼いたします。」


聞こえてきた声も何処か抑え気味な、ルルというギルドの受付嬢の声である。


声のトーンの様子から、吉報では無いとこの時は執務室に居た者達は落胆を表情に出していた。


「入れ。」


言葉は短く、ただ簡潔に返事をしたのみ。


扉を開けて入ってきた様子からも、それが吉報とは思えなかった。



「ハンニバル様が会議室にてお待ちしております。」



もしも、運命を変える歯車が見えているならきっとこの一秒、この一瞬、この刹那。


この部屋の誰かがルルに一言だけ、声をかけているだけで何かの変化はあったのかもしれない。


いや、声をかけても運命の歯車はギシギシと不協和音を奏でて回ったのかもしれない。


誰もがきっと疲れていたのだ。


だから些細な事に気がつけないままに、動きの鈍った歯車に機械油が垂れてしまった。


ルルと交流のあるギルドマスターとサブマスターは違和感を感じていたが、感情を沸騰させたカールがルルに詰め寄ってしまい、問いただせずに終わってしまい。


ヒルデガルドにしても、腰に帯刀していたレイピアの柄を自然に触れており一触即発。


フリーデリンデもまた抑圧されていた感情を剥き出しにするように、両手の拳が白くなるまで強く握りしめていた。


かくして、運命の歯車は軽快に回りだす。


例えばほんの少し、ほんの少しだけ休憩をしていただけで変わったのかもしれない。


ほんの少しだけ休憩をし、空腹を満たしていれば心に余裕が生まれたのかもしれない。


『誰か』が悪意を持ってこの微妙な時間えを選びさえしなければ。







もしIFが存在するなら、そもそも『彼』に関わった事が間違いだ。








_________________


会議室の扉を最初に開いたのはダークエルフの貴族、カールだった。


一気に扉を開いたかと思えば、開口一番に怒鳴り声をあげる。


「貴様がハンニバルかっ!?」


円卓の会議室の上座席。本来はギルドマスターが座るべき場所に男は居た。


火が点けられたばかりの葉巻を口に咥え、紫煙を燻らせる男の姿。狐耳は無く、大きな狐の尻尾をゆらゆらと気だるげに揺らしながら、まるで何事も無かったかのように足を組んで椅子に腰掛けていた。


多少の食い違いはあるが黒髪に眼鏡、白衣を彼は身に纏っていた。美形揃いのエルフからしても見劣りしない整った顔立ちの優男。


怒鳴り声を上げたダークエルフのカール、純粋培養の貴族社会で育ってきた彼にとってみれば、エルフ種族達こそが優良種であり。他の種族よりも優れているとして他種族を見下す傾向にあった。


同族でも無く、貴族でも無い身分の下等な獣人種族。


そう…カールからすれば、その態度も顔も存在も全てが一目で気に入らなかった。


普段の冷静な彼なら、精神的に追い詰められていなければ多少は違っただろう。身内受けは良く、感情的になりやすい面はあるが仲間思いで能力にも優れている。でなければ次期女王候補の護衛等、間違っても回ってこない。


そんなカールを今回はヒルデガルドも抑える事は無く、彼女自身も声を荒げて問いただしたい気持ちがあるので静観していた。遅れてやってきたフリーデリンデ、続けてギルドマスターのグスタフとサブマスターのカリーナもまたこの時に顔を初めて合わせる。


尚。この時にはもうギルドの受付嬢、ルルの方は姿は無く。通常業務へと戻るものの、体調が優れないとして業務を早退していた。


名を問われ、ハンニバルは1、2―――ゆっくり二秒の間を置いて、彼は口の中から紫煙を吐き出し。


「ふぅ…そうですが、何か?」


疲労に空腹、精神的にも限界だったカールが、ハンニバルの尊大な物言いと紫煙を優雅に吐き出す姿を見て胸ぐらに掴みかかるのも無理からぬ話である。


「苗木だっ! 貴様っ、苗木の事を知っているのだろっ!?」


胸ぐらを両手で掴み上げ、今にも殴りかからんとするカール。そんな彼をヒルデガルドが止めなかったのは、カールがやらなければ彼女の方が真っ先に胸ぐらを掴み上げていたからだ。


「…酷い事をするなぁ。せっかくの一張羅がシワになてしまうじゃないか?」


カールの態度にハンニバルは頬を僅かに歪ませ上げる様な笑い方をした。


一気に怒りが沸点へと到達し、カールは己を抑えきれずに拳を振り上げた。


「この――――――」


「やめろカールっ!!」


これは流石にまずいとヒルデガルドが拳を振り上げた腕を止めさせた。


「初対面の相手に対して、この扱いはエルフ流のもてなしかな『黒いの』」


舌打ちしながらカールはハンニバルを僅かに殴るようにして椅子へと突き落とした。そんな風に乱暴にされれば、そのまま無様にもハンニバルは反動で地面へと転がる。


「カールっ!? 申し訳ない、部下が失礼を―――」


これには頭の冷えたヒルデガルド、ハンニバルは慌てて起こそうとしたヒルデガルドを手で静止させた。


「なぁに、気にしちゃいませんよお嬢さん。『子供』のやる事にいちいち目くじらを立てる程の事ではありませんから。」


ハンニバルの物言いに奥歯を噛み締めるカール。このままではまともな会話にならないと、ヒルデガルドはカールを抑えつけさせ会話を続ける事にした。


「貴殿がハンニバルで相違ないな? 私はヒルデガルド・エルブンシア・シャルロッテンブルク。この者はカール・フォン・シュタインベルク。後ろに控えているのはフリーデリンデ・フォン・ツェツィーリエン。それと――――――」


彼女の言葉に続くようにギルドマスターが口を開くが、ハンニバルの方は彼らが自己紹介をしている間に立ち上がり。また椅子に座り直して足を組む。


「ギルドマスターのグスタフ・カールセン。それにこっちのはサブマスターのカリーナ・レイラインだ。F級のハンニバルだな…今日呼んだのはこちらにいらっしゃる方々の用事だ。エルブンシアについて知っているか?」


「エルフの王族、それもエルブンシアなんて名前は直系にしか存在していない。そっちの黒いのは聞いた覚えは無いがさしずめ貴族。緑色のヒラヒラ服のお嬢さんも貴族って所ですか。」


相手が王族、貴族と理解していながら態度を変えないハンニバルにギルドマスターは困ったように眉間に皺を寄せていた。このような態度をとる連中も少なく無いだけに、注意しようとするものの。すぐにギルドマスターから会話を引き継ぐヒルデガルド。


「先日、ブラウンベアの討伐に協力したそうだな? 我々が聞きたいのは貴殿の入手したアイテムについてだ。」


「『世界樹』の苗木ですか? 事情は伺っております。勿論、所持しておりますよ。」


ハンニバルの言葉に全員が反応を見せた。ヒルデガルドは露骨に安心したように胸を撫で下ろし、カールはすぐに返せという言葉を今はヒルデガルドが会話しているので間に入らぬように自重し、だが安心したようにやや身体からは力が抜けていた。フリーデリンデも笑顔を浮かべ、グスタフとカリーナのギルド側両名も安心したと緊張がやや解けていた。


「そうかっ、念の為に本物かどうか確認をさせてくれないか? ひょっとして何処か安全な場所にでも隠しているのかな。」


花を綻ばせたような美貌の笑顔のヒルデガルド。


彼女の笑顔に釣られたかのようにハンニバルも満面の笑みで返します。


「いいえ、こちらにあります。こちらとしても事情が特殊でして…これですよね。」


魔法の鞄の中から取り出すのは、彼女らが追い求めた『世界樹の苗木』であった。淡く輝く緑石のような葉の一本の苗木。これを求め、彼女らは大切な友を、彼は許嫁を。そして、エルフの同胞の犠牲を払ってようやく巡り合えたのだ。


砂漠の中でたった一滴の水に出会えたような歓喜。


ヒルデガルドは自然と目に浮かんだ涙を拭いながら、そっとハンニバルの方へと両手を差し出した。


ああ、やっと―――この手に取り戻す事が出来たと、ヒルデガルドの心にようやく日が差したのだ。


背後に控えるカールもまた頬を熱いものが伝い落ちていた。フリーデリンデもまたほっと胸を撫でおろし、ギルドマスターやサブマスターらも安心したと表情を崩す。



「で、『私の所有物』がどうかなさいました?」



一気に空気は凍りつく。


一瞬、何を言っているんだと彼女らの脳内は情報を整理出来なかった。


特にハンニバルの前に居たヒルデガルドはきょとんと実に可愛らしい顔で静止してしまっていた。


「い、一体何を言っているんですかっ、それは『世界樹の苗木』なんですよ! 事情を知っているなら、それが我々エルフの物だとわかって言っているのですか!?」


いち早く再起動出来たのは顔を怒りに歪めるフリーデリンデだった。


温厚な彼女とは思えぬ激しい剣幕に残りの者達もようやく正気に戻る。


「私が拾ったアイテムの所有権を主張して何が悪いと?」


ハンニバルの言葉に腰に帯刀したレイピアを抜刀しようとヒルデガルドは手をかけた。奥歯を噛み締め、全身から溢れ出た殺気を抑えきれず。確実に相手を殺すという意思を込めてヒルデガルドはハンニバルを威圧する。


「即座に苗木を置いて離れろっ……王位継承権第一位として、貴様を処断しても構わないのだぞ。」


ギシリと空気が歪む。戦闘力としてはエルブンシア随一…先程までハンニバルに対して高圧的な態度をとっていたカールですら一歩足を引いている。


他の者達が威圧されて動けないが、歴戦の猛者であるギルドマスターのグスタフは踏みとどまっていた。


「ハンニバル、ギルドマスターとして命令する。今はヒルデガルド様の言う事に従え。」


「色々と説明したいと思います。お座りになったらどうですか?」


ハンニバルは温和な笑顔を浮かべて話始める。もっとも、彼の言葉に従う者は誰もいなかった。彼は肩をすくめたが、会話をそのまま続ける事にした。


「まずはアイテムの所有権…これについては「ふざけるな!下等な獣人風情がさっさと」折りましょうか、これ?」


再び空気が凍りつき、カールの動きが一瞬止まった。


世界樹の苗木は今は彼の手の中に存在している。


もっとも今度はすぐに氷解した。


「無理だな。それには最上位のエルフの守護が施されている。例え竜種でも噛み砕く事も出来ぬし、燃やす事すら困難だ。」


カールが自信たっぷりに言い放つ。


「ほほぅ? なら試してみましょうか。」


それは一瞬だった。


ハンニバルの袖口から出現したのは飾りっけの無い一本のナイフ。


それを軽く、苗木の細い幹へと押し当てるようにすると、幹に触れる寸前で魔法の障壁が形成された。


室内に居るそれを見るのは初めてだったギルドの二人は別として、エルフそれぞれは安心したように笑みを作り―――――――――


パリンと甲高くガラスが砕けるような音を聞いて、その顔が絶望に歪む。


一瞬の出来事。


まるで何事も無かったように魔法で生み出された障壁はあっけなく粉菓子のように砕け散り、ハンニバルはナイフを収納すると特に表情の変化も見せず。当然の結果だというように、苗木を手の中で弄ぶように触れていた。


「お座りください。私は話し合いという事で来ているのですが?」


まるで三日月のような笑みを作って笑う。


ヒルデガルドら三人とカリーナですら動く事が出来なかった。


彼女らの人生経験の中で、こんな風に笑う邪悪の塊のような存在は見た事が無かったからだ。言い知れぬ恐怖に背筋が震える。


「下衆が…話し合いと言ったが、目的は金か? 確かにアイテムの所有権という意味でなら、事情はどうあれ貴様の物だ。だが、ギルドに所属している以上はギルドマスターとして認められるものではないな。」


この中で真っ先に動いたのはやはりグスタフだった。エルフ族は寿命が長いが、やはり人生経験としての厚みはギルドマスターのグスタフの方が上である。


「先程、ギルドを『退会』しました。マスターとしての権限は私に意味はありません。」


中指で眼鏡のブリッジを押し上げるハンニバルは、頬を僅かに歪ませ上げる様な笑い方をしてギルドマスターを嘲笑う。


「くっ、貴様…ギルドを退会する意味が分かって――――っ、『F級』か…いや、だがギルドを退会するという事の意味を完全に理解しているのか?」


まず功績ポイントについては『初心者』に言った所で溜まってないので意味が無い。


アイテムやら様々な恩恵が得られるが、それは無いので省略。だが退会するという意味。


ギルドとは、ほぼ全てのNPCが所属していると言っても良い巨大組織である。


仕事を受注するだけでは無く、仕事を発注するにも登録する必要がある。


ギルドについては各都市のみならず各町にも大小問わず存在しており、仕事の斡旋のみならず市役所としての機能も兼ね備えている。


言わば国から受ける補助も何もかもを捨てる行為である。


さらにギルドを通しての仕事も出来なくなってしまう。


これが普通のゲームであれば確実にゲームとして終わってしまう。


「ええ、良く知っておりますよ? それが何か?」


ギルドマスターだけではない、他の四人ですら驚いていた。


何故なら、彼らにとってギルドに所属するというのは、彼らの社会構造的に見ても『常識』であるからである。


「あっ、ありえませんっ!? そんな事するだなんてっ!? 確かに退会は出来ますっ! ですが、それはシステムとして存在しているだけに過ぎませんっ!!」


そう…システムとして可能だったとしても、ありえない。


何故ならチュートリアルからゲームを進めなくなるようなものだ。


ゲームの中で生活するならクエストを受けて金を稼ぐ、仕事を受けてアイテムを手に入れる。


それが常識である。そう…普通のMMO等のゲームであればだ。


「別にギルドに所属していないからと言っても生きるのに問題はありますか?」


その言葉にギルドマスター達は黙ってしまう。


モンスターは外に居て、素材の売買はギルドでは無くても別に問題は無い。多少は金銭を稼ぐのに不便はあるかもしれないが、生きるという意味においては問題は無いのだ。


「ご理解していただけた所で、座っていただきましょうか?」


「狂人め。エルブンシアを、エルフという種族を敵に回すという事も理解しているのか?」


「そうだっ! 我々を敵にして生きてなど―――」


ヒルデガルドとカールの言はもっとも。


「敵とは、これまた随分な言われようだ。私は『話し合い』に来たと申し上げましたのに。」


狂人と言われた彼は肩をすくめておどけてみせた。


これは『話し合い』である。


「お座り。あまりに行儀が悪いと、怒りのあまりに…つい手に力が篭ってしまいます。」


五人から一点に向けられる殺気によって空気が歪むように見えてしまうのは気のせいでは無い。


それぞれが多少なりとも実力を備えているからこそ放たれる威圧感。


ただ今は逆らえる事は出来ず、彼の言う通りに五つの円卓の椅子へとそれぞれが座る。


空気がビリビリと肌を刺激するような感覚―――それを受ける狂人は、三日月の笑顔を返すのだった。


「結構。有意義な話し合いを始めましょう…」


彼はそう言うと、片手でアイテムのウィンドウ画面を操作しながら会話を開始した。


「私が提供するのは、まずは世界樹の苗木…これは宜しいですね?」


彼からの言葉に彼女らは無言のままでこちらを睨むだけだったが、そのまま会話は続けられた。


「次に私の手元にあるのは『世界樹の枝』」


これもある程度は予測はついていたのだろう。


ただし、ヒルデガルドはさらにきつくハンニバルを睨んだ。


「ああ、これで終わりではありませんよ? 世界樹の枝とセットで『持ち主』もございます。」


真っ先に反応を見せたのはヒルデガルドだった。


「この下郎っ!! クリスの遺体まで弄ぶのか貴様はっ!!!?」


流石にこれには我慢出来なかったのか、怒髪天とはまさにこの事。ヒルデガルドは思わず立ち上がり腰に下げたレイピアを抜刀していた。


だがヒルデガルドを無視して、ハンニバルはさらに言葉を続けるのだった。


「おっと、その前に実は少々気になっていた事がございまして。アウラ・ノイシュヴァンシュタイン…一応は確認しておきますが、名前の間に『フォン』はつきますか? 予想だと貴族の方だとは思うのですが『本人から』はそう名乗らなかったものでしたので。」


「『本人』ですって? 何を馬鹿な事を言ってるのですか、彼女は死んだはずです!!」


こちらの言葉に真っ先に反応したのはフリーデリンデだった。


「フリーデリンデ、どういう事だ? アウラは死んだと…」


「はい、間違いなく致命傷でした。回復を施したとしても無理です。おそらくは名はアイテム化してそこから知ったはずです。」


ヒルデガルドの問いにフリーデリンデは即答し断言した。


「説明は…まぁ省略しましょう。大体の内容は騙されて秘法を奪って姫を手にかけ、最後は正気に戻り苗木を取り返したと言ってましたね。勿論、最初からゆっくりとお聞かせいただきましたが。」


ハンニバル以外の全員が押し黙る。


彼の語った情報は月牙にも明かしていない内容であるし、その話を知っているのは関係者のみで情報漏洩はありえない。


「その話を信じろと? 私達からの追跡を逃れている間に盗み聞きでもしたんですか? いいえ、そもそもあの致命傷では生きていられるはずもありません。」


これにも即答したのはフリーデリンデだった。


確かに、彼女達の最後を知っているのはフリーデリンデだけだ。


生きていると信じられるはずもない。


「さぁ? 自分を信じろとは言いませんが、アウラは『フォン』という称号は名乗らなかった。私等よりも貴女方の方が彼女の性格や心情に詳しいのであれば、どういう意味かは理解出来るかと。」


「間違い無い……あの気高いアウラならば、自らフォンとは名乗らない。本当に…生きているのか?」


ヒルデガルドの声が微かに震えていた。


もし―――という希望を捨てきれていない。


「ブラウンベア【人食い】から入手したランダムボックスというアイテム扱いでした。この時点ですでに致命傷の、確実に死んでいるも同然の怪我。虫の一息程度ですね…そして、ブラウンベアには『新鮮な生肉』として扱われて回収されました。」


そうじゃなければ人がアイテムとして収納出来るはずが無い。


本人の四次元ポケットのインベントリ、魔法の鞄やアイテムコンテナでも生きた人は無理だ。ほぼ死が確定した新鮮な生肉扱いでインベントリの中に処理され、時間経過と共に腐っていく。そう『腐敗』するのだ。


アイテムコンテナ等の上位の収納で無ければ時間経過と共に劣化してしまう。


では、どうして生きていたのか?


これにはシルバーネームという理由が存在している。


「ですがアイテムには鮮度が存在しており、内部では完全に死んでおりました。ただアイテム化されたのが良かったのでしょう…ここでレアドロップ率上昇効果が発揮されます。」


「どういう意味だ? 仮にレアドロップ率が上昇したとしても、死人が生き返るはずが無い。」


ここで口を挟むのはギルドマスター。元々冒険者として生活していただけに詳しい。


「アイテム化された、もっとも品質の良い状態…つまり、アイテムとして虫の一息という程度の状態でランダムボックスの中から『もっとも状態の良いレアアイテム』として取り出す事に成功しました。」


最初に取り出した頭蓋骨はレアドロップの効果が低かった結果が反映され、九体目の白骨死体が元に戻したものの、白骨死体として状態が固定された。だが、他の死体は結果としてレアドロップ率上昇効果により。保存が比較的良い状態の情報が優先されてああなったのだ。


「だとしても無理です! あの致命傷では回復が間に合いませんっ!!」


フリーデリンデは確信を持って言い放つ。


「でしょうね。死にましたよ?」


「えっ?」


唐突に告げられたハンニバルの同意の言葉にフリーデリンデは目を丸くした。


「現在進行形で生きているとは一言も申し上げておりません。」


「なっ!? 私をからかっているんですかっ!!?」


「ですが話はしましたよ? 致命傷でも多少の延命は出来ましたので事情を伺う程度には…それに」


ギリっとフリーデリンデは歯軋りをし、カールは勢いよく机を叩き立ち上がる。


「貴様がアウラと会話をしたというのは事実だろう、だからどうしたというのだ!?」


PCと違ってNPCの死人は蘇らない。


「最後まで人の話は聞くものです。竜種の心臓、世界樹の樹液、それに世界樹の葉の朝露に…さて、問題です。答えはなんでしょうか?」


「エルフの秘薬かっ!?」


ハンニバルの問題、その答えを最初に導きだしたのはヒルデガルドで、その顔には嬉々とした様子も伺えた。


「確かに…あれなら死人であっても蘇ります。ですがそれは前提として死後10分以内が使用の条件だったはずです。」


フリーデリンデは親指の爪を噛みながらハンニバルを睨みつける。


彼女の言葉にヒルデガルドもカールもやや落胆した表情を見せた。


エルフの秘薬は王家に伝わる世界樹を主な原料とした秘薬であり、死後10分以内でればどのような怪我や病気であっても蘇られる秘薬である。今回の件に関しては危険も伴うとして、ヒルデガルドらも所持していた。


「ギルドマスターに訪ねますが、これ……何か知ってます?」


ハンニバルがそう言って尻尾の隙間から取り出して見せたのはゴミ箱扱いしていたアイテムコンテナである。これを見て、ギルドマスターもまた驚きの表情を浮かべているのだった。


「何でそれを…盗み―――いや、貴様…それをどうやって手に入れた。」


これの事については何もしらない他の四人はそろって疑問符を浮かべた。これにはカリーナも知らないらしく、ギルドマスターに尋ねた。


「マスター…あれが何だというのですか?」


「ああ、あれはアイテムコンテナだ。ギルドマスター級の権限のある者にしか所持できない代物だ………アレには、あの中に収納したアイテムの時間は完全に停止するタイプの収納アイテムだ。」


ならば、彼の手元にある死体は蘇る。


それぞれが息を飲んだ。


希望はあるのだと。


「言い忘れておりましたが、『ツインテールの女の子』からはあいにくと怪我の具合が酷くて、その場では声が小さくて聞き取れませんでした。」


「クリスも生きていたのかっ!!?」


僅かに見せた希望の光。


もし彼の言う事が本当であれば、ヒルデガルドの妹は蘇る事になる。


「残念ながら他の方は既に事切れておりまして…時間経過の度合いは不明です。」


それでも十分過ぎる希望の光である。


「金か!? 金ならいくらでも払うっ! だから妹を…妹を返してくれ。」


祈るようなヒルデガルドにハンニバルは言葉を紡ぐ。


「それと犯人側と思わしき連中も…まぁ、そっちは別に良いでしょう。さて……私がするのは話し合いです。別に交渉に応じてくれるのであれば、それが例え『誰であろうと』不満はありません。敵でも味方でも無く、あくまでも私に有益であれば『それだけで良い話』なんです。」


彼は満面の笑みを浮かべて告げる。


「いくら、ですか…」


真っ先にフリーデリンデはそう問いかけ息を飲んだ。


この時点では彼女らには余裕があった。


何故ならエルブンシアという国家は金銭面から見ても、まさに『金のなる木』が存在しているのだ。時間さえあればいくらでも用意は出来る。


「世界樹の苗木が七千億G、世界樹の枝とその他もろもろの値段は一億飛んで250万G。合わせて七千飛んで一億と二百五十万Gになります。」


だが、彼はあっさりと彼女らの支払い金額を遥かに上回る額を提示してきた。


「なっ!? そ、そんな金額…」


これには尋ねたフリーデリンデも含めて全員が絶句した。


彼が提示した額はエルブンシアの国家予算を遥かに上回り、現在存在している一国を家ごと購入してもまだ余りある金額だった。現実の価値に換算すると軽く一兆円を超える膨大過ぎる金額に彼女らも流石に口が塞がらないという状況となっている。


「ふざけるなっ!! 貴様、それはつまり返すつもりが無いとっ、そう言いたいのかっ!!!!?」


「そんな馬鹿げた金額払えるわけが無いだろ!? やはりこの下衆は切り捨てるべきですっ!!」


ヒルデガルドとカールの怒鳴り声を浴びせかけられてもハンニバルは涼やかな顔のままで、最初にヒルデガルド、次にカール、そしてフリーデリンデ、ギルドマスターのグスタフ、サブマスターのカリーナへとゆっくりと視線を合わせる。


「私の話は終わってませんよ。静かに、そして『お座り』…躾がされていない子は私はとても嫌いです。質疑応答は後にしてもらえませんかね。」


彼の言葉に逆らえなかった―――何故なら、彼の手には世界樹の苗木と二人の命が握られているのだから。


「結構。では話を続けましょう……この金額に関しては、価値としては間違いでは無いはずです。いいえ、むしろ定価よりも低めですよ。そうですね…ではカリーナさん。サブマスターの貴女は多少は現実的な金銭感覚をお持ちだと思いますが、世界樹の苗木の価値。これをどう思われますか?」


「どうって…世界樹の苗木そのものに価値をつけるのが間違いです。もし仮に金銭的価値を見出すとしたら国一つを購入しても余りある金額でしょう。そういう意味でなら格安かもしれません。」


悔しいが確かにそれに同意するしか無かった。


「でしょうね。では、私がこの世界樹の苗木を植えた場合はどれほどの価値になると思いますか?」


「ふんっ…浅知恵だな。そんな事しても世界樹は育つものか。」


鼻で笑うカールにハンニバルは微笑みながら返事をした。


「貴方に聞いてませんがそれは正しい。湖はほぼエルフに独占されている…では前提として『水』の魔結晶が存在すれば問題無いでしょう?」


そう―――世界樹の生育には最初に大量の『水』を必要とする。


まず条件として世界樹の為に広い土地が必要とされ、さらに湖に匹敵するだけの大量の水を一度吸い上げる。一度吸い上げた後に再び世界樹から清水が吹き出して元に戻る。


ただし現在、この国内における世界樹を生育するに相応しい湖はほぼエルフの領地となっている。


「不可能です。『水の宝珠』以上の魔結晶が無けれ……ば…」


フリーデリンデの言葉を止めたのはハンニバルの笑みである。


「私がその気になれば『国を作れる』…それもエルブンシアよりも効率的にです。」


彼の背後、それも2mを超えるサイズの水の魔結晶が突如姿を現した時には五人の視線が一斉に釘付けとなった。このサイズは天然の物を遥かに超えていた。現在発見されているのは最大でも1m以下しか存在していない。もし2m以上のサイズの魔結晶を増幅器として使用した場合、生み出される水量は計り知れないものがある。


そして水の宝珠と言っていたのはエルフ族の国宝、直系およそ30cmくらいのサイズの魔結晶。それを使って世界樹の管理を万全のものにしているが、その効果は大きさに依存しているので比べるまでもないだろう。


「無論、この他の属性の魔結晶の準備が整っております。私の要求金額は国庫を空にしても満たされないでしょう。なら代わりとして、私が欲しいのは支度金と、素材…それに金では変えない優秀な人材くらいですかね? ああ、地位とかそういうのはいりません。」


金、素材、人…結局は全てという意味と大差無い。


「世界樹の苗木を私にも利用出来るとご理解していただきましたかな?」


それぞれはただ無言のままに頷いた。


完全に彼に主導権を握られており、今は逆らう事も出来ない。


いざとなれば、彼女らはハンニバルを殺害するつもりでいた。


そう…いざという機会を狙っていたのだ。


「ご理解していただけた所で、私としても落ち着いて話がしたいのでこの辺で邪魔な方にはご退場願います。」


だが彼女らが考えているよりも先。


一瞬、彼の言葉に何が起こるのかとそれぞれが身を強ばらせた。


世界樹の苗木をアイテムコンテナへと収納すると同時。


くっ、と。まるで『糸』を引くように彼の指が動く。


刹那、バゴンッ!!という爆音が円卓の間に響いた。



「ひぎいいいいいっ!!!!?」



豚のような悲鳴をあげて円卓の上へと倒れ伏すフリーデリンデ、その臀部は真っ赤に染まっていた。椅子は少量とはいえ【C4】の爆発によって粉砕されており、無数の破片が彼女の臀部へと突き刺さった結果は…無残だった。


「おっと失礼…豚の躾には慣れていないものでして。」


頬を持ち上げるような笑い方をしたハンニバルの非情な言葉がフリーデリンデの悲鳴と共に聞こえてくる。フリーデンリデの状況は…ほぼ尻肉が消し飛び、糞と尿と血の入り混じった臭いが会議室に充満していた。おそらくは大腸にまで怪我が達しているだろう。


「なっ!?…フリーデ、リン…デ?」


ヒルデガルドは何が起こったのか理解出来ず、両耳を塞いだ体勢で自分の隣に居るはずのフリーデリンデを見て……まだ何が起こったのか理解出来ないでいた。あまりの出来事に彼女自身の脳処理が追いついていない。


「貴様…貴様ぁああああ!!!! ――――――ごふっ!?」


一方、カールはすぐに状況を理解し、激昂し斬りかかってくるのを―――ハンニバルは当然ながら回避する事は出来なかった。


何故なら彼はいまの所、その程度の実力しか無いからである。


ただカールの刃が届いても……


ガキンッ!


「何っ!? ミスリルがっ!!!?」


袈裟懸けにハンニバルは斬られた。


が、服は切り裂いたが皮膚に触れた瞬間にミスリル製の片手剣が逆に砕け、カールは驚きに声を上げる。


切り裂かれた服の内部から『黒い甲殻』が姿を見せた。


先程と違ってハンニバルが耐えたのは皮膚と筋肉組織を変化させていたが為だ。


「ほほぅ、子供とは思っていたがミスリルを砕く力量とは御見事。」


ハンニバルはカールの黒い鎧の装甲を手刀で一気に貫通させ、そこから腸を掴むと一気にずりゅ!と引き抜き、赤黒い鮮血で足元を汚していく。


「がはっ!? あぎぎっぎっ、こっ…の…」


「嫌あああっ!!?」


「下がれカリーナっ!! この下衆が…ギルドから生きて帰れると思うなっ!!!」


ギルドマスターのグスタフはカリーナを庇いながら壁際へと下がっていく。


「確かに唐突でしたね。ですが、ツインテールちゃんとアウラを死に至らしめた犯人ですよ、それ? こいつの方は知りませんけど。」


邪魔だと、カールの顔面をハンニバルは容赦無く裏拳で殴り飛ばした。


容赦の無い威力で殴られ、鎧に身を包んでいるはずのカールの身体は会議室の壁へと弾き飛ばされていった。


「あっ、えっ、まさか…いや…そんな…クリスとアウラが言っていたのか!?」


この状況にヒルデガルドは困惑しているが、抜刀したものの彼女の心情は複雑で、完全に悪党はハンニバルの方である。だが、妹とアウラを助けた相手―――実際には助けていないのだが、ヒルデガルドにはそのせいで剣に迷いが生まれる。かといってフリーデリンデに剣を向けれずに自分を守るのみに専念しながら話を聞いていた。


「そういうお話は直接御本人から確認するのが一番ですよ?」


彼は円卓の上に飛び乗ると、そのまま上を歩いてフリーデリンデの元へと歩いていき―――ぐしゃっと彼女の顔面を強く踏みにじりながら問いかける。


「ギギギッ、ギザマッ!! どっ、うじでっ『裏切っだ』!!」


口から血の泡を噴きながら呪詛を撒き散らすように罵るフリーデリンデを、ハンニバルは踏みつけたまま笑みを浮かべた。


「おやぁ? 裏切るとはご冗談を、通報は『善良な市民』の義務ですので。」


尚、ハンニバルがフリーデリンデを『犯人』と特定出来たのはつい『先程』の事である。


あまりに唐突といえば唐突な出来事であるが、爆発物に関しては最初から『話し合いの材料の一つ』として彼が予めセッティングしておいたものだ。


ルルにわざわざ呼びに行かせたのはそういう理由である。この会議室に、円卓の広い会議室に椅子が彼の分も合わせて6脚しか無かったのはそういう事だ。


そもそも最初から、実際に彼が知っている情報の中に、真犯人に関しての情報は一切所持していなかったのだ。


いかにも自分は何でも知っているぞ、死人も蘇らせるぞとアピールしているが、彼は何も知らない。エルフの秘薬は知っていても、仮に手元にあったとしても使うはずもない。


可能性があるかもしれないが、アイテムコンテナの中を探すつもりも無く。あったとしても何故使わなきゃならんのだという事である。


そして『誰も』信じていなかった。


アウラの遺言らしき言葉すら嘘っぽいと思っていた。


何せ、『誰に殺された』『誰に注意しろ』等の言葉を彼女は一切口にしなかった。


もしかしたら本当に遺言だったのかもしれないが、あんな風にいきなり言われても『だからどうした』としか言いようが無い。何せ、初対面でいきなりの事に迷惑以外での何ものでもない。可哀想ですねーくらいの感情しか彼は持ち合わせていない。まぁ、知ったところでだからどうしたという話だ。


だがもし二つどちらかを口にしていれば多少は信じたが、操るというキーワードが頭に引っかかっていた。


NPC限定スキルとして洗脳魔法は存在している。


性能は名前の通りで、プレイヤーが覚えたとしてもプレイヤー同士には一定の効果しか与えない。さらに悪用は出来ないように制限はされている。


ただNPC同士の場合は制限が無い。当然の話で熟練する必要もあるが、それにはプレイヤーよりも長時間の訓練を必要とする。まず『普通の寿命』であれば習得は出来ない。


あ、これエルフの誰かが犯人じゃね?と簡単に予想は出来た。


もっとも彼は探偵では無いし、そんな犯人探しをするつもりも無かった。死体漁りも遠慮したい。


多少の興味はあったが、彼は『最初から金目当てで』交渉しているだけだったからだ。


とまぁ、そんな感じでハートフルボッコは話し合いがスタート。


フリーデリンデが若干怪しいとは思っていたが、話し合いの途中まで確証は掴めていない。


「裏切り? お前らはグルだったって事か。」


一番冷静だったギルドマスターがハンニバルを疑っているという視線を向けてくる。


「まさか。話し合いの途中から熱烈な恋文を送ってきたので、つい面倒になっただけです。」


「恋文って、メールの事か…」


話し合いという名の脅迫も順調に進み、『何でも知っているような思わせぶりな事』を口にしている内に、向こう側から勝手にメールが送信されてきたのだ。


此処はゲームの世界である、NPCにも当然のようにメールとチャット機能は実装されていた。


ただ、メールにしてもチャットにしても相手と直接会う必要がある。チャットだけならパーティーを組むか、フレンド登録をすれば両方が解除され以降はフレンドリストから使用可能になる。


先にフレンド登録の催促をしてきたのは彼女の方からである。


そこから何度も会話の途中でお互いに隙を見て文面によるやりとりをしていた。


「知っているんだろ」「本当の目的は何だ」「協力しないか」


とまぁ、まるでハンニバルを『自分の』交渉相手だと勘違いをくれた。


結果は「あっ、こいつが真犯人だ。」とハンニバルが知ってしまった。


そして、ご覧の有様である。



さて………ここまで、彼の性格が変わり過ぎだと思われるだろうが―――そんな事は実際には無い。まるで狂気の塊のような風を装ってはいるが…まぁ、最初からチビっていた。ビビってました。


彼の内心を文章にすれば、終始とても見せられないような三下以下の叫び声で原稿用紙が埋め尽くされてしまう。笑っているように見えるが…それは単に殺気を向けられて泣きそうなのを我慢していたりと非常に情けない。


一部のみ抜粋するなら「だずげでぇぇえええ、おかあちゃあああんっ!!」である。


殴られた時ですら、実際には半分近くHPが減っていたし、ミスリル製の剣で斬られた時には当然ながら回避なんて無理だし死んだと思っていた。


この時点で失禁しなかったのは、事前にトイレに行ってたおかげです。だが、パンツには若干の染みが出来ていたという事実は否定しない。


ダークエルフのあの貴族は実際には洒落にならないくらいに強いNPCで、素材による強化でどうにか出来たに過ぎないのだ。カウンターで「モツ抜き」が出来たのは単なる運が良かっただけである。


実際に、今も「やっちまった…女の子の顔踏んでるぅ!?」と後悔してるし。そのせいで膝が震えているのはグリグリと顔面踏みにじっているかのように見えているだけである。


もっとも、踏みにじるのを止めないのはフリーデリンデ自身に踏み躙るだけの理由があるからだ。



「メールの内容はこんな感じです。」


最初に残りの三人へとフレンド登録送信、受理されたなら送受信していたメールを全てコピーしてそれを二人へと内容を送信する。


二人とも、それぞれが文面へと目を通し―――そして、それぞれが違った表情を浮かべた。


「フリーデリンデが…そんな…だって、ずっと一緒にいて…」


「成程…多少は臭いとは思っていたが、真っ黒だったとはな。俺の勘も鈍ったもんだ。」


「マスターの勘が働いた事なんてありませんよ…ですが、この状況はあまりに……」


あえて繰り返すが、彼は探偵では無い。


「ご理解が早くて何よりです。」


そう…間違っても彼は探偵では無い。


「ヒルデガルド様っ!!! ご無事ですかっ!!!!」


扉を蹴破り、新たな乱入者として護衛のエルフ達がゾロゾロと抜刀して会議室へと姿を見せた。


「フリーデリンデ様っ!? おのれっ!!! 獣人風情がっ!!!!」


「待てっ!!!!! あの獣人に手を出すなっ!!! お前たちはカールの治療と共に念の為に捕縛準備をしておけ。それと…フリーデリンデには世界樹の苗木の盗難及び、クリスの殺害容疑がある! 間違っても今はまだ獣人に手を出すな。」


ようやく完全に自分を取り戻したのか、ヒルデガルドは毅然とした態度で遅れてやってきた一触即発という空気を漂わせている護衛達に命令を下す。やはり蛙の子は蛙、オタマジャクシでも王族として堂々たる立ち振る舞いであった。


「さぁて……観客も整いましたし。フィナーレと参りましょうか。」


「いだっ!? 殺す殺す殺す殺すころ…ひぃいいいっ!!!?」


ハンニバルは踏んでいた豚の後頭部を片手で鷲掴みにして持ち上げる。


繰り返そう、彼は絶対にそういうのに向いていない人種だ。


ただし、彼が最低な人間である事には間違い無い。



例え、相手がゲームの中のNPCなら遠慮がいらないという理由だったとしてもだ。



彼の黄金不文律、この世界はどんなにリアルでもゲームの中。



NPCがどのように生きていても、彼にとっては現実は現実、ゲームはゲームなのだから。



VRMMOがどんなに現実に等しくても、彼には絶対に揺るがないものがある。



『ゲームと現実を一緒にするな。』



NPCには理解出来ないだろう…ワレワレをまるでモノとしか見ていない残忍な真っ赤な目。三日月のような心底嬉しそうな子供のような笑み。まるでクリスマスに貰ったプレゼントを嬉しがる子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、そっと頭を掴んでいる玩具に囁くのだ。



「さぁ、たっぷりと遊びましょうか?」

 頭:普通の眼鏡

 上:白衣の下に灰色のYシャツ、ネクタイは紫色。

 下:黒系のスラックスとサスペンダー。

 手:白い手袋

 足:黒い革靴



 スキル12/12


 《変化Lv42》《尻尾Lv3》《短剣入門Lv1》《交渉Lv1》《格闘術入門Lv1》

 《MP最大値上昇Lv30》《危機察知Lv4》


 《身体能力強化Lv4》《隠蔽入門Lv3》《演技入門Lv2》

 《初級水魔法Lv3》《中級土魔法Lv1》


 スキル控え


 《料理入門Lv1》《初級死霊魔法Lv1》《錬金術入門Lv1》《初級槌Lv3》

 《初級火魔法Lv1》《鍛冶入門Lv1》《木工入門Lv3》

 《蹴り入門Lv1》《投げ入門Lv1》《殴り入門Lv1》

 《農業入門Lv2》《林業入門Lv5》《石工入門Lv2》《初級斧Lv3》


 SP 84

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