5話 ※
二日目の……時刻は夕方を過ぎたくらい。場所は変わらずの地下です。
まだまだアトラク・ナクアさんの摂取作業は続いております。蜘蛛の脚を切断し、円筒形に変化させた尻尾ワームの中にポイポイっと入れていく。作業効率は上昇して、二匹目を消化するまでサクサク終わりましたよ。
不思議だ……悲しくないのに涙が出てきちゃう。
もう普通に食べなくて良いんだね! 希望も魔法もあるんだよ!? 慈悲もセットでくださいよっ!!
『《変化Lv41》のレベルが上がりました』
『《尻尾Lv2》のレベルが上がりました』
………うん、あれから何があったかはもう聞かないでください。
レベルが上がった…それだけだ、良いね?
そうそう。暇を持て余して途中でアトラク・ナクアに完全変身!とかやって、頭痛から嘔吐へのコンボもやりました。
まだ口の中が酸っぱいです…ねっちゃねっちゃする…うむ、やっぱり完全変身とか無茶でした。腕が四回転くらい捻れて、腰が半回転して身体が折りたたまれるような感じです……きつい。
そうしているとテンションもだだ下がり…「自分…何してるんだろう」と膝を抱えて落ち込み。休憩しては取り込み作業を続けるというローテーションで、どうにか此処まで来ましたよ。
途中でまた開発スタッフのがっかり美人の山本さんから連絡があって
『えっ? 本当に? えっ、えっ? 冗談じゃなくて……食べたんだ……変身も?…うわぁ…うん……ごめん……』
と、こんな風に謝罪されるくらいにドン引きされておりました。
えぐっ……やっぱりもう少し泣かせてください…。
けれどね、これだけ取り込めば出来ると思いませんか?
「ほほう…映画の方のあれは人工の蜘蛛の糸って設定だったのか。」
ここまでくると自棄っぱちになりますが、夢はまだ残っている。
Wikiって便利! そう…地獄からの使者、スパイ○ーマッ! 日本人なら東映版ですよね。
右手の手首の部分から糸を発射出来るように変化して早速やっちゃいます。
「のびーる のびーる のびーる……ストォオオオップ!!」
どうだい? 肩の骨が外れるくらいの圧力が『ココ』にたまってきたろ?
もげるもげてまう!? 人間の関節はこれ以上は上になりませよ!? 脱臼するお! 素人が腕一本で宙吊りとか、肩にすっごい負担くる!
真上に向かって手首から蜘蛛の糸を射出して天井にぺたりと貼り付ける…此処までは良かった。射出した糸を縮めようとして地味に痛い。よくあるアニメなどの危機一髪的なシーンなんて絶対に無理、脱臼待った無し。
「大泥棒の人……これ無理ですって、無理。」
アニメじゃないんですよ? 肩が千切れるかと思いました。
他にも色々な主人公キャラの人がやってますよね。あいつら人間じゃねぇよ絶対に。
二度目の挑戦は腕と肩をアトラク・ナクアの筋繊維に変化させて自分を強化。
ターザンごっこならいけたが、これ……怖い。だって、間違ったら壁にびたーんと叩きつけられますよ? 要慣れ必須である。
次は壁登り。
両手両足に蜘蛛の糸を粘着質を維持させ、ほぼ垂直の壁を登って行く―――こっちは筋力任せなので無問題、安定感も悪くない。
けど、使い道が…今の所は木登りくらいしか無い。それに帰りも楽になるくらい。
「保留だなぁ…さてさて、落ち着いてきたし…あっちも試してみるかな。」
鉱石リベンジです。
先ほどの鉱石採取ポイントへと移動し、尻尾ワームを構成。
ゴミ―――もとい、アイテムコンテナの中はもう…えっと……数の表示が万を超えてましたよ! ソロプレイ専門のプレイヤーでは、このMMOじゃまず見られない数字ですねー。量的にギリギリ大型船? 鉱石の中には魔結晶が混じっているので、精錬してみないとさっぱりである。
鉱石の主成分は鉄、ミスリル、オリハルコン…チタンも確かあったし、レアメタル系の素材も多く採掘できたはず。
魔結晶は火、水、土、風、雷、氷、木、金、光、闇と多彩な属性を持つ。これの他にも追加されたり、加工で変化したりするともう分からないが、大体は10属性くらいがメインとなる。
使い道はもっと多彩だ。
粉末にすれば薬にも毒にも肥料にも。武器、防具、アクセサリー等に細工を施せば付与効果が得られる。
宝石や球体状に加工された結晶体はそれだけでも魔法の発動体としても優秀であり、両手で持つようなサイズの結晶体は国宝級の価値を持つ。
自分の目的は『水』と『土』と『光』である。
『水』はろ過装置として水源に大量に埋め込み、『土』は土壌を活性化させ肥料いらずという具合に有効活用するためだ。『光』は安定した光量を確保する為。それにサイズが大きければ大きいほど、自動的に大気中からエネルギーを取り込みMPを補充しなくても使える。
当初の目的通り、生産を忘れているわけではない。
いや…むしろ生産がメインなのだ。生産こそが真理。だが、米や小麦で金儲けをするつもりは無い。
米や小麦が悪いわけではない。土地面積に対して収穫しても収入が少ないのだ……いくら作っても金になりにくい。実際の農家も抱えている問題である。広大な土地面積を持つ百姓貴族と呼ばれるような連中は別としても、素人がどうこうするのは難しい。
MMOなら少しは話が違ってくるが、それでも生産職オンリー集団のクランと勝負してもまず勝てない。
複数の職人による万全の管理体制と広い土地。まず作付面積ですら負けてしまう。
作付面積の差が出るならどうするか―――横が駄目なら縦にするだけだ。
空中栽培と呼ばれる方法が存在している。さらに水耕栽培も組み合わせ、地下の安定した水源と環境で栽培すれば…現実にはまず無理過ぎる方法だが、ファンタジーとしての要素が素人である自分をカバーしてくれる。
そう…さらに時代は単価の高いメロンだ。
何を真面目に農業を素人が語ってると言われればそれまでだが、ここは仮想空間。MMO、ゲームの中である。
現実としてのメロンは高級品だが、MMOの中でも価値は高い。ゲームの中では価値が高くなれば果物系のアイテムはHP・MPの回復効果が得られるのだ。
この回復効果が特に重要となる。
ゲーム内のポーションはガチの薬で、味は糞不味い青汁です。中毒性もあるので必然的にクールタイムも必要となる不人気商品。
メロンは回復効果に加えてポーションとして加工すれば、味わいも良い高級ポーションになるのだ。
どうです? お金の匂いを感じましたか?(アルカイックスマイル)
尻尾ワームの中に落ちてくる鉱石をアイテムコンテナに吸い込まれる前に受け止め、ぽいっとワームの口の中に。それを繰り返しているとニヤニヤしてきますよ、鉱石成金って言葉も素敵ですよね!
ネット画面を開き、作業用としてバックグラウンドでBGMを流しながらスタートです。このVRMMO内部ではゲーム中にBGMとしての音楽は本来は流れません。そう…DLCで購入出来ますよ!
非常に耳に心地が良い音楽ですよー。それにフィールド、ダンジョン、戦闘、ボスと様々な場面でBGMが切り替わりますので、音で判断出来るというのは非常に便利です。DLC商法というやつです…使えるんだ、使えるだけにプレイヤー達は購入していくんです。
無論、購入はしているが…飽きる。ダンジョンなんて特に緊迫している感じなので普段はオフにしてます。
さぁ、BGMを適当に設定して鉱石は尻尾ワームの中にしまっちゃおうね。
採取スピードは大体1秒1個。流石は最難関ダンジョンの採取ポイントですね、最低ランクで鉄以上確定です。採取ポイントに背中を向けて座り込み、尻尾ワームの吸収する動きをエンドレスさせます。
「うおっ…恐ろしい速度で国宝が出来た。」
切り離しをせず、手の上に魔結晶を球体をイメージして精製してみるとずっしりとした30cmの球体……これ一個あれば―――ふふふっ、でもね…すっごい気持ち悪い。こう…何がとは言わないが、メリメリって内側からせり上がってくる感覚…ゲロ吐きそう…すぐに元に戻しました。
時刻も夕方を過ぎて18時を経過。途中でアイテムコンテナの中から夕食として……うん、またアトラク・ナクアさんの脚ですよー。今度はバナナ味だよ馬鹿野郎。取り込んだ数なら80匹超えてるんだよ畜生め。
これからやる事はずっと同じです。単調な作業を通り越してずっと座りっぱなしです。作業じゃないですね、待機です。
暇なのでゴミ箱の整理の続きをしながら、少しだけVRMMOの実に『素敵』な御話に触れておきます。
たかがゲーム、されどゲーム。
VRMMOは非常に優れた学習シミュレーターの側面を持つ。国家が絡んでくる時点で不自然だと思われるだろうが、当然の結果である。
分かりやすい一例として、この国が保有している自衛隊という軍隊へのVRMMOの有用性について軽く触れておく。
一つは軍事費の大幅削減、何せ実包―――弾丸からミサイルに至るまで、VRMMOの内部で練習が出来るというのは非常に有益である。訓練プログラムを組めば実戦さながらの訓練が体験出来る。事故死も防げる上に非常に高度な学習も体験出来る。これだけでも十分過ぎる価値である。
もう一つは徴兵制度という問題。付近の国には存在しても、この国には無い。だが、ゲームならばどうだろうか?この国の中でゲーム内ならどれだけのゲームプレイヤーが銃火器に触れた事があるだろうか?
ゾンビが暴れまわっているのを銃でどうにかするゲームでも、本格的なFPSでも構わない。法律では銃火器の所持は禁止されているが、それがゲームの内部なら撃ち放題だ。
実際に体験したように銃火器に触れ、その重さを感じ、引き金を撃った時の反動を、硝煙の匂いを、生き物を殺す事を経験出来る。
そうなれば、徴兵制度が存在していない国家が実に100万人単位の銃火器に触れた事がある経験者を保有する事になる。本格的なFPS経験者なら10万人単位、戦闘機にヘリコプターに戦車を仮想空間の中で操縦したいと考えるプレイヤーはどれだけになるだろう?
これで軽く触れただけである。他にも有効活用出来る方法は素人ですら簡単に思いつく。公式発表はされていないが、既に軍事利用はされている。というのも、そういうのも含めた時から開発に加わっていたわけで……そうじゃなければ、開発スタッフとあんなに仲が良いはずがない。
先程、ゴミ箱と称したアイテムコンテナの中に【C4】が入っていたのはそういう理由です。それに素人が容易く高性能爆薬を扱えた理由もそれである。
αテスターとしての裏側の話になるが、『そういうプログラム』を構築しテストする様々な作業にも参加していた。銃火器の扱い多少は学んだ―――無論、曲芸みたいな銃器の扱いは出来ない。
二丁拳銃とかは浪曼ですが……あれ、弾の交換とかどうするの? そもそも拳銃はしっかり構えないと当たらないもんですよ?
もう少し深みに踏み出すと楽しい話はうんざりする程出てくるが、軍事関連についてはこの辺で今は終わろう。
MMOでは珍しくも無いが、ネカマ・ネナベプレイというのが可能である。でもVRMMOという環境下です。
男性が女性、女性が男性へと変わるという影響はどうだったのかという話である。
それについてはVRMMOとしての初期段階で優先的に研究が進められていた。
正確には研究の『副産物』として得られた結果である。
元から手術としての性転換や、DNAにしても染色体の違いや、ホルモンバランスの操作もあるのだから実装はスムーズに行われた。無論、これについてのテストにも自分は参加していたので良く知っている。
こっちの方の影響は既に大まかな結果は出ており、肉体を《変化》させる影響は同じ人体であるという事もあり影響は殆ど見られないので安心である。
仮想空間が及ぼす人体への影響―――もっと噛み砕くと仮想空間を利用した人体実験である。それがこのVRMMOの根幹の一つでもある。VRMMOという楽しい夢の裏側なんて大体こんなもんです。
「いや、だからと言っても死体いれんなよ。」
アイテムコンテナの中に収納されていたのは、データの採取が完了した一度は仮想空間内で生み出された物である。その中に死体や魂が組み込まれていない『人形』がごっそりと詰まっていても不思議では無いが……ちょっと見せられない程度には多い。
「………うみょ?」
思わず変な声が出てしまった。ゴミ箱の中にあった名前の欄の中には過去に使用していた自分のアバターの名前が登録されていたからだ。
身に覚えは……あるな。アバターテストという事で面白がって黒髪巨乳美少女やら男の娘も作りましたよ? 趣味です。趣味ですので。大事な事なので二回言いました。
「これは…流石にシステム対応外だよ………ねぇ?」
今、自分が何をしようとしているのか―――もうすでにお察しですよね?
「黒髪ちゃんはテスト用のやつが19体か…十分だな。」
同じ顔、同じ姿の同種アバターの数が多いのは、テストとして色々と作っていたからだ。見た目にはそれなりに自信はある。各種アバターは数ヶ月単位でじっくりと作成したので凡人にしては上出来な出来栄えであった。
自分の鉱石採取は一時中断して、アイテムコンテナの中からアバターを取り出す。
「おぅ…視点が違うとやっぱり良いな。」
黒い着物を着用した外見年齢十代後半という設定処理を施した自分が過去に使用していたアバターの一つ。
種族は人間の女性体。
背中に届く艶やかな長い黒髪。
きめ細かい陶磁器のような白い肌。
整った顔立ちに切れ長の瞳。
肉欲をそそる豊満な乳房に肉付きの良い躰。
頑張ったんだよ造形…素人なりに頑張ったんだよ……不慣れでもコツコツと頑張ったんです私。下衆な話をすると昔はバッチリ自撮りもしました! それ程までに下衆な心を満たすくらいに頑張って作りましたよ。
「よっこいしょっと……どーれ、何でも度胸。頂きます。」
洞窟の床面に二体取り出して、早速試す………試す…ざ、罪悪感というか…こう……何か色々と問題がある気もしないが、レッツ吸収。
無論、着物とパンツは最初に脱がして―――おっと、一部は有料放送ですよ?
会員又はBDの購入者のみが湯気とかビームとか暗闇が外れるシステムです。
条件を満たしていない方は脳内で強制的に日本海の荒波を受けながら荒々しく太鼓を叩く男達のイメージでも再生してください。
吸収そのものはサクっと終了してしまう。
尻尾ワームのサイズも二人同時くらいまで飲み込めてしまうサイズにまで大きく出来るからだ。
問題なのはこの先……《変化》とは違う、完全な【変身】である。
先程のアトラク・ナクアへの【変身】とは違って、肉体そのものが…ちょっと縮むような……じわじわと痛みも無しに内側から溶けて、全身の細胞が入れ替わってしまうような感覚。
「うぐっ………これ…どっちにしても慣れないと厳しい…」
それなりの頭痛と吐き気…この程度ならまだ許容範囲かとも思う。
尻尾の変化も解除し、今は男性体から女性体へ変化させるのに意識を集中させていく。全身が熱湯を浴びせられたかのように熱い、きっつい…設定を調整すればどうにかなるが、初見は厳しい。
「はぁはぁ…がはっ……ぐあっ…やべ…声が男のまんまだ……」
10分程してようやく落ち着いてきた。
感覚100%の状態でやるもんでは無い、変な汗が止らないし、口の中から水分が消えて喉がガラガラしてる。
「あ~…あー、あーっ、あーあー、あ~っ……あいうえおかきくけこ、OK」
声を出しながら喉元を抑えて音声調整、少し色っぽい声優を意識する。音声については機械音声との合成技術により設定から調整可能となっている。無論、元のアバターデータの影響を受けるので現在セーブしている音声はそのままに、別のデータを呼び出して読み込んだりと少し時間がかかった。
「まだ馴染むには多少の時間が必要か…」
吐き気も頭痛も熱も収まっているが、先程とは違う肉体に違和感を感じる。
特に胸だ。重い…これが重力か。
「使えるが……何度か練習も必要だな。」
身長データは165cm、胸99、腰周り59、尻89というデータになっている。
完璧過ぎるグラビア体型の見た目って逆に馬鹿みたいでしょ?
理想の女はああだこうだ話合いながら、開発スタッフの協力によって完成した命名「黒髪ちゃん」である。
変装やら色々と使えるので女性体というのも悪く無い。
まぁ、アバター操縦者の中身はおっさんですよ? 見抜きしたいと思われる方は要注意な!
まずは服を着ます。黒いショーツに……って、胸で足元が見えん! メロンはここにあったんや!?
パネェ! 生えても無いし―――おっと、落ち着け。だって、今は中の人だからな。次に着物…は、黒いのを浴衣のように適当に着る。
「よし―――脱ごうっ!」
準備が完了すると、脱衣をスタート…背中を向けるようにして半脱ぎ状態となるスクリーンショットを撮影。
ちょっと背景とか色々と加工してタイトルに「踏まれたい?」と入力。
メールを作成、画像を添付……サムネホイホイされたら、アイテムを振り込んでください……っと。こっちは振り込める詐欺ですからね! 釣られたらアイテムを振り込むか腹筋で…っと。相手は勿論、仲の良い開発スタッフのメンバーです。
みんなも簡単にホイホイされたら自分の年齢×2倍の腹筋な!
何やかんやで時間はあっという間に過ぎていく。
メールは…即返ってきてるのが多いって!?
何件か届いているが………そっとしておこう。
『件名:今日もトレーニング出来ました!』
『件名:健康って大事ですよね。』
『件名:踏んでもらえる上にパンツまで見せてくれるなんて』
『件名:これくらい余裕です。毎日三セット続けますね。』
『件名:日頃の運動不足が解消されました。』
『件名:アイテムやるから次は耳と尻尾はよ』
『件名:このSSを撮影したのは誰だ!中川を呼べっ!』
『件名:そんな餌に俺がクマァアアアアアアァ!!』
…………そっとしておこう………
元の男の姿に戻り…うわぁ、色々とひっどい絵面ですよ。
ガチムチ姿でショーツも脱いで全裸スタイル。
流石に………もう色々と見た目の意味で酷い事になっていたので、自重する意味でまずは白衣を取り出して着用。
「おっ、眼鏡があるじゃないか。」
服を探してアイテムコンテナを漁っていたら、自分にとっての重要アイテムを発見。
このゲームの中では眼鏡は伊達扱いのファッション眼鏡である。プレイヤーにしてみたら仮想空間では実際の視力は関係無いからだ。アクセサリーとして価値は付与出来るが、個人的に眼鏡が大事である。
元々の視力が0.1と眼鏡無しでは生きられぬというか身体の一部です。無いと…こう落ち着かないのである。
眼鏡、白衣、裸………うん、ズボンは履こうね。
時刻は25時を経過した。
また鉱石吸収です……刺身の上にたんぽぽを乗せるくらいに短調な作業なので、深夜アニメをまったりと見て。他にはネットの広大な海を巡回するという作業から、ブラウザゲームで提督として海の治安を守ったりと忙しく時間を浪費していきます。
あ、ちなみに何とは言いませんが資材を大量消費して失敗すると凹みますよね…ちくせう。
ここで悩むのは徹夜で採取継続か、仮眠をとって早朝に退散するかである。
片方ボスが残っておりますが、ツァトゥグァ先輩には喧嘩は売りません。
倒せると思う? 日和りますって、無茶言わんといてください。
現状ではブラウンベア【人食い】にギリギリで勝てるかなーってくらいなもんです。レア武器にレア素材、レベル30に届く一部の能力。これだけでもボスモンスターを正面から相手にするのは厳しいのです。
このVRMMOのソロで活動する場合の適正レベルは、初期地点以降はじわじわと上昇していきます。
ソロで森の中で熊さんに出会ったら、死ぬがよいという難易度ですから。
選択したのは徹夜決定。寝落ちギリギリまで粘る。
べ、べつに艦隊業務と色を組み合わせて遊ぶソーシャルゲームが面白いわけじゃないんだからねっ!
時間はまだあるが現在のペースに納得出来なかった。結局、さらに別の採掘ポイントの割れ目を【C4】で爆破して回収ポイントを増やし、そちらを尻尾ワームからの回収専用に調整。
結果は……洒落にならない量を入手する事となる。
後々の話になるが、これには開発サイドも思わず苦笑い。
山本さんも里中さんも想定していたのは『ツルハシ』による採掘であった。
バグや爆破等による破壊できたとしても、それは一過性のものであると予想していたが。
彼らの誤算はアイテムコンテナのゴミ箱としての吸収力をすっかり忘れていた事。
それと、まさかお前…「蜘蛛食って尻尾で吸収とか出来るようにとか想像してないです。」ってという話だ。
時刻は最終的に早朝の6時となり、アイテムコンテナも回収。
元の出入り口となっている蜘蛛の巣の中心地点、ロープが垂れ下がっている場所から拠点へと戻っていく。
あ、炭鉱夫用エクスカリバーという名のツルハシなら邪魔なので置いてきました。
ごめんなぁツルハシ…だって、使わへんもん。
さようなら、地下100階層の邪神…さらば、地下鉱物達よ………多分、十年後くらいにはチラ寄りするかもしれないが、もう用は無い。
いや、というか来る必要もほぼ無い。
鉱石成金どころじゃねぇ、もう鉱石大富豪。鉱石ゲイツ級だ。
こっちは炭鉱夫じゃねぇんだ、炭鉱夫モードは狩人のゲームで散々やったので飽き飽きしてるんだよ!
岩盤部分と思われるラインを超えた時、ふと下を見た。
岩盤部分より下の円筒形に作成されていた石柱が唐突に消滅する。
ロープはそのまま残っていたものの、ダンジョンの自浄作用とも言うべき効果により元へと戻っていく。
どうやらボスエリアは、その手前から独立しているエリアらしく。プレイヤーが居なくなると自動的に戻る―――というのは知っていても、こうして実際に見れる事はまず無い。
「…アトラク・ナクアさん、ちっす。」
無論、自浄作用によって戻らない部分もあり。それが本来は破壊不可能な岩盤である…なので下を見れば居た。
松明10本分くらい明るい炭鉱夫用エクスカリバーの放つ光によって巨大な蜘蛛の姿が見えた。
岩盤のラインをプレイヤーが超えた事により、ボスがリポップしたらしい。
念の為に、岩盤ラインの上に足場となるスペースを確保するべく、壁を【アースホール】で四角い小部屋を作るように削り取り。次に【クリエイト:ストーン】でしっかりと壁が崩れないように固定する。
蜘蛛の巣まで垂れ下がっているロープをひとまず回収。
「ふぅ…ここで、ちょっかい出して死ぬのもアレだしなぁ。」
ゴミ箱という名のアイテムコンテナから色んなのを真下に投げつけてやりたいが……やっぱり自重しよう。
うん、死ぬ。絶対に死ぬ。
遠距離から直視しても感じ取れる死の気配というような感覚。
『《危機察知Lv2》のレベルが上がりました。』
『《精神耐性》のスキル条件が開放されました。』
『《危機察知Lv3》のレベルが上がりました。』
やっぱり、きっちりと直視すればそうなる。そうなってしまうのだ。
殺気を含めた死を感じるという本能的な感覚をスキルとして処理するにはどうするか?
実は処理としては簡単だった。脳波へ影響を与え精神的な負荷をかける。
心拍数の増加、呼吸の乱れ、汗等…それらをコントロールするというものだ。
危機としての脅威度の判定は自らのスキルレベルから自動的に計算され、それに応じて負荷量を算出するというものだ。
「はぁ…はぁ…はぁ………やば……あれ、無理だわ。」
寒気に吐き気。『アレ』に関わってはならないと脳が警鐘をかき鳴らす。
軽く直視しただけで《危機察知》のレベルがこうも簡単に上昇するのだ。
気分は最悪だ。あれは駄目だ、あれには関わりたくないと精神が拒否反応を示す。
直視し続けても良い事は無いのですぐに視線を外し岩盤に蓋をした。
石豆腐ハウスの中へと到着したのはもう朝の7時だ。
時間帯的には朝でもゲームとしてはまだ日は登りきっていない。
無論、きっちり時間通りに日が昇ったり沈むのではなく。若干だが、日中の時間が多い。
「はあああっ……長かった。長かったよぉ…」
岩盤までブチ抜いていた穴からようやく這い出ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
アイテムは色々と手に入れたはずなのに、代償がデカすぎると思うのは気のせいではない。
縁の部分に座り込み、ほっと一息つく。真っ暗で何も無いけど、実家に帰ってきたような安心感。
火魔法で少しだけ明かりを作り、石豆腐ハウスの天井に下げているランプへと火を灯す。
「眠たい…眠たいけど、風呂入らんとなぁ…」
明日…じゃない、もう今日だ。ずっと地下に居たからもう時間の感覚が狂っている。
初日に入手したアイテム整理が終わったら人と合う予定もあるので風呂にも入っておきたい。
悪臭させておくとか失礼ですからね。キレイキレイしたいです。
「名前なんて言ったっけ…TENG○さん…じゃないや、月牙さんだったか。」
面倒だが、約束をしていたので会わなければならない。
別にアイテムをメールのように送る事も出来るが……んー、面倒だ。
でも、町に行く予定もあるので会っておく。
どっちにしてもギルドの方にも用事はあるし、買い物もしなければならない。
「もう…昆虫食は嫌だぁ……そうだ、普通の食事だ。食事をするんだ。」
食料は結局戻ってきませんでしたよ? だって、あるからね! 蜘蛛がっ!
一に食料……絶対にだ。絶対に普通の食事をしよう。二に衣類。うん、服は大事。普通のを買おう。三番目に家具も欲しい―――そう家具だ!
「石ベッドは今日で終わりだ。買ってやる…絶対にふかふかのだ…」
これさえ終わればきっちりと引き込もれる。
気分も前向きになった所で、早速だが風呂だ。
石風呂の中にまず杖を手に持ち、魔法で最初に石風呂自体を火で熱する。次に魔法で温い水を…ジュウウウッ!と水が一瞬蒸発して湯気が凄いが、これで準備は完了である。
念の為に少しだけ石の温度が安定するまで待ち、それから風呂の中へと入る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛…生き返るわぁ……これだよ、これ。」
風呂とは命の洗濯である。
温めたお湯に入っているだけだというのに心地良い…
無論、皆さんの要望通りの『男』の姿です。
サービスシーンですよ皆さん? BDが販売されたら暗闇と湯気が取れちゃいますよー。
まるで鋼のように引き締まった肉体。しなやかに伸びた手足。
そぉれ、腹筋もシックスパックだHAHAHAHA……需要無いな、これ。
「ふぃ~……良い風呂だった。」
日本人はやっぱり風呂だ。
熱い風呂は苦手で、少しだけぬるいのが好きだけどね。
風呂に入ったあとはゆっくりと微睡むようにのんびりする時間が大好きである。
風呂から出るとアイテムコンテ…もうゴミ箱でいいや。ゴミ箱の中から未使用のタオルを取り出して水滴を拭き、身体に巻き付ける。セクシー…おういえい。
少し熱いかなと思って脱いでいた白衣はシーツ代わりにして、石ベッドの上で全裸で寝そべるが―――やっぱり少し何か着るものを…と思い、取り出したのは【セーラー服】だった。
…………どうして手にした私。
「いや、そもそも何で入ってるの?」
特に優れた性能も無い普通の衣類。説明を見るまでもなくセーラー服だ。
入手時刻を考えると間違いなくアトラク・ナクアのドロップ品だった。
スキルレベルやらは上昇する前に戻してもらったが、ドロップアイテム等はそのまま残っていた。
最強クラスと評価して差し支えない武器やら防具やら………は、ゴミ箱行き。使う予定も無いので年単位で肥やし確定である。
けど何故にセーラー服……と、考えて直ぐに意図を察してしまう。
ああ、そういえばエロゲーにありましたよね。
うん……ちょっと許す。おや? 何だかすごく良い匂いが
「何これ…すっごい……花というか甘いというか…ふむっ……」
セーラー服の方は試しに取り出してみた瞬間、漂ってきたのは形容し難い良い匂い……クンカクンカ、フガフガとしました。
Good Smell
おのれ!! この雄山の嗅覚を試そうというのかっ!
僅かに漂うこの匂いは…女子高生か!? うん、適当に評価してるだけです。
「寒い………寝よう………」
徹夜明けのテンションって不思議ですよね。
思ったより寒いしそろそろ寝ようと思い、どうせ誰も見ていないなら、自由に生きる事を選んだ結果がセーラー服です。
意味が分からないって? うん…でも誰も見ていないし、こう…つい、やっちゃったんですよ。
「やべ、ちょっとキツな……お、着れた。ギリ…いけた。」
寝る前に暖炉となっている場所に薪を追加して就寝となり―――その結果が三日目の朝の惨事である。
三日目、時刻は朝の10時を過ぎました。
もう少し寝たかったけど、暑さと水分不足で目を覚ます。
寝起きの水分補給に自分の親指を加えて、そこからちゅうちゅうと魔法で水を生み出して摂取して水分補給。
寝汗やらをどうにかしたいが、石豆腐ハウスの内部の不愉快指数は下がらないと意味が無い。
「窓をもう少し大きくして、換気しなきゃなぁ………」
やらんきゃいけない事が多すぎる。
朝一番の仕事は窓として存在している箇所、石が格子状になっている部分をもう少し広げる事だ。
ゲームの中にも天候というものは存在している。
地域によって差はあるが、二~三週間は意図的に晴れにしているので雨の心配は無いのが不幸中の幸いだ。
この道東エリアの釧路方面は霧という天候は多いが、他に比べて比較的安定している。
本州地区に比べて寒い、それでも暑すぎるという事は無い。このエリアを選んだのもそういう理由もある。
現実世界とかなり違うが適度に安定した気候の地域である。
一応の『窓』としての密閉型石豆腐ハウスの換気部分を改良し終わると早速朝風呂。
お湯が温いので直火で温め直して。ほらぁ、読者様には二回連続のサービス回です。
だが男だ。
見た目はイケメン、中身はおっさんのセクシーショットでございまぁす。見た目がイケメンなら許されるって問題じゃないですね。
「は~ぁ……やる事が多いよなぁ。人材の確保も急がねばならんし…それにしてもまともな風呂にも入りたい。」
石豆腐ハウスに不満は大いにある。
ここ最近はランクの高い宿屋に宿泊したり、クランを創設すればギルドホール内で部屋をレンタル出来るので普段はそちらを利用していた。
当然だが金額に応じて内装も違ってくる。家具も一切存在しない木造の部屋に始まり、最高クラスになるとロイヤルスート。もっと上になるとペントハウスと呼ばれるギルドホールの屋上部分にあるVIP専用フロアを『購入可能』となる。
すっごいんですよ?
実装前のテスト兼ご褒美として宿泊させていただいたんですが、凄すぎて逆に落ち着かないってくらいにパネェ。
ギルドホールはそれなりに大きい建物ですが、クラン用の部屋というのは別に設定された空間に繋がっているので、部屋のサイズは自由自在です。
そのせいでペントハウスの名に恥じない仕様になっている。自分も何から説明すれば良いのか分からない。
東京都内や海外にあるペントハウスを参考にしたらしいが……その為に、『資料集めの為』に特別に一泊だせさせてもらったタッフ達は驚愕したという。
ホテルの部屋の中に階段もエレベーターもあったり、キッチンがあったり、プールがあったり、備え付けのサービスがすごかったりと…あ、ちなみに宿泊したスタッフは年二回のボーナス無しです。宿泊費用が洒落にならんくらいかかったらしい。
興味がある方は調べてください。ペントハウスで画像を見たら大体分かります。
そう……そんな高級感たっぷりのペントハウスを『購入』出来るのです。
ペントハウスの最低購入額は100M単位…ネットゲームに詳しいプレイヤーならお分かりだろうが、知らない方の為に説明しておく。
1Kはつまり1000ゴールド。1Nだと1万。1Mなら100万ゴールドという巨額な値段。
最低ラインが1億ゴールド…ゲームの中でこの金額を稼ぐのは厳しい。
ギルドで得られる報酬と比べ、どれだけの価値があるかというのは値段が示している。
まず普通に部屋自体はすっごいのだが、ゲームとしては最上級の設備がペントハウス内部に備わっている。
各種工房、調合に必要な簡単な素材各種、食料も自動的に補給され、温泉も完備されている。追加で月々100万ゴールドを支払えばNPCのメイド・執事を雇う事も可能となる。
最難関ダンジョンのボスを討伐して、それの素材やドロップ品をパーティが全て売って金銭を得られたとしても価値は1000万ゴールドくらい。
ペントハウスの購入というのはクランという集団の中ではある種のステータスとしての価値があり、所属しているプレイヤー達にしてみれば最高位の称号の一つである。
「きょ、今日くらいは普通の宿に泊まっても大丈夫だよな……誘惑に負けそうだ。」
普通の食事、普通のベッド、安全な空間。
ただの画面に向かうだけのゲームだったら、初期の頃ってワクワクするけど。これがリアルでどうにかするとなると萎える。
気力を補充する意味で今日は宿屋に泊まりたいとも思うものの、やる事が多すぎて我慢するしか無さそうだ。
大きくため息を吐き出しつつも、風呂から上がり。昨日使って干しておいたタオルで身体を拭く。
重要なのは着替えである。
白衣…は、上着として大丈夫。パンツとズボン…血が乾いて色合いが素敵ですね。
「ノーズボンノーパンツは…駄目か。ギルドで熊の討伐報酬受け取ってから、服買わなきゃなぁ…」
多少の不具合はあるものの、それが無ければ下半身の自由主義者は逮捕されてしまう。
「逆転の発想で女性―――はアウトですね。」
うん、痴女はあかん。
逆に何かこう……今も駄目だが、もっと色々なものが駄目になってしまう気がする。
今にして考えるとコスプレグッズ関連を捨てたのは痛い選択だった。
上着もズボンもあったのだ―――それだけでも使えば良かった。
後悔しても今更遅いので今は我慢。
シーツ代わりにしていた白衣を着用すると、杖を手にしてまずは石豆腐ハウスの中に魔法で石階段を作る。
部屋の隅、天井部分には穴を空けて屋根の上に移動出来るようにした。
《隠蔽》のスキルを使用して屋根の上で四つん這いになる。
気配を殺しながら周囲の様子を観察。
もし家の壁に穴を空けて、モンスター御一行と遭遇したら洒落じゃ済まされない。
私有地でも周囲のモンスターを駆除し、柵か壁で周囲を囲わなければ安全を保てない。
「……………わんわんお?」
( ーωー)スヤァと寝ているわんこ発見。
屋根の上からひょこっと顔だけ出して真下を覗き見ると、居ましたよ。
いやー、やっぱり居ましたよ。窓のから少し離れた場所で無警戒に寝ております。
恐ろしい…危ねぇ、危うく無警戒に外に出たら噛まれる所だったじゃないか。
そんな危険生物はしまっちゃいますよ?
変化にも慣れてきた尻尾ワームさんの出番です。
真上から蛇のようににゅるっと―――うん、見た目はこっちがどう考えてもモンスターです。
蛇じゃねぇなこれ。色は黒いけど、モン○ンのフル○ルかギ○ネブラです。
「ギャ―――――」
飲み込み、起きた時にはもう遅い。悲鳴となった鳴き声すらも飲み込まれていった。
ゴギュ、ゴリュ、ゴリュ、ゴリュ……うわぁああっ、噛み砕き磨り潰していく感覚が伝わってくるお……尻尾ワームにごっくんと飲ませると、残るのは僅かに滴り落ちた数滴の血痕だった。
「安全地帯を先に作らんと、こりゃあどうもならんな。」
周囲にはもう危険は無いと思う。
屋根の上から降りると、杖を地面に突き刺すようにして魔法を発動させていく。
SPを30支払って《中級土魔法》へと進化させる。
スキルを進化させると効果範囲や使用可能となる魔法が増える。
「【クリエイト:アイアンケージ】」
中級から開放される鉄系統の魔法、今回のは名前の通りの鉄の檻である。
鉄と言っても金網程度の耐久力しか無いが、石豆腐ハウスを2mの高さで周囲編を囲うように精製されていく。
この鉄の檻の耐久力については、一角兎は問題無い、狼は地面を掘らないでください。熊ならごめんなさいという程度です。
周囲の安全が確保出来ると、次は石豆腐ハウスに入口を作って中に入ってゴミ箱と魔法の鞄を外に持ってくる。
『《人間らしき古い食べ残し》』×12
年代が経過して判別出来なくなったブラウンベア【人食い】の食べ残し。
判別不明な装備と白骨化した人間と思われる骨が残っている。
制作ランク:不明
そう…こいつの開封作業だ。
シルバーネームの時間経過によるレア入手率のアップ効果。おそらくはもう最大限に発揮されている……と、思うので。レアイテム狙いで開封作業を頑張ってみようと思う。
「よぉし、レア来いレア来い。」
アイテム欄のウィンドウから選択して…まずは一個目を地面を指定して、ポチッとな。
ベチャ
生々しい水音が朝の小鳥が囀る森の一角に響く。新鮮な血を滴らせた人間の死体。仰向けに倒れ、臓腑は抉られたように獣に貪られたばかりの痕跡が生々しく残っている。鼻に届くのは糞尿と血のむせ返るような悪臭。苦悶、後悔、憎悪…それらの感情がごちゃまぜになったような表情を浮かべた男の死体だった。
「……生キタアアアアアアッ!!!?」
違う! こっちじゃない!! こっちの生は狙ってない!!? えっ、何!? まさか、レアドロップ率上昇って入手困難という意味ではなく生って意味ですか!? 古くない!フレッシュだよっ!?
「装備をはぎ取れるって話じゃないよこれ、完全にアウトな死体発見イベントになってる……」
軽装鎧のエルフの男、安定のイケメンです。戦士―――だと思う。
喉首の部分は噛み切られ、鎧は…駄目っぽい。腹部は柔らかい内蔵部分から食われたのだろう…ぽっかりと空洞になっている。死んでも剣だけは離さないというように、右手には柄と共にロープで巻かれた血に濡れた剣を所持していた。
『《血に濡れた森番の剣:鋼鉄製》』
ブラウンベア【人食い】に殺された森を守り歩く者が持っていた頑丈な鋼鉄製の片手剣。
血に塗れており、持ち主の復讐心が乗り移っているのか獣に対して効果を発揮する。
ATK+40 対獣補正 制作ランク:6
や、ややややったね…レアですよ、レア。呪いは…無いと思いたい。
死体はゴミ箱に回収。剣は魔法の鞄の中に収納。
「一個めからこれか…SAN値がゴリゴリ削れる気がする。」
二個目……いや、二体目。取り出すと、グチャって音がした。
「うわぁい…生ドロップ率が高いやぁ……」
やったね、これからは生ドロップ率が高くなるよ!
二体目の死体は女性でした…狩人っぽい。金髪のエルフさんです。生前はさぞかし美人だったんでしょうね………顔半分から分かります。こっちは弓は壊れていたし。矢は無事でしたけど…即回収。
三体目。今度は―――人間っぽい男? 顔も駄目、装備もぐちゃぐちゃ。
四体目。イケメンエルフ男…お? 武器は無いけど大丈夫かなって思ったら、表面は無事でも『裏側』は無かった。
五体目。全身鎧のドワーフの男…身体半分が無い。装備は鉄製だったのでゴミ箱に回収。
六体目。炭? いや、焼死体か…剣が出た。
『《汚れた森番の剣:鋼鉄製》』
ブラウンベア【人食い】に殺された森を守り歩く者が持っていた頑丈な鋼鉄製の片手剣。
汚れているが、いずれまたその輝きが戻る日が来るのだろうか。
ATK+20(-20) 制作ランク:5
七体目。小柄の女戦士? 重装鎧に両手斧装備。無事…では無い、頭が無い以外は綺麗に残っているので武器と鎧は回収しておく。
『《血に濡れた森番のバトルアックス:鋼鉄製》』
ブラウンベア【人食い】に殺された森を守り歩く者が持っていた頑丈な鋼鉄製の両手斧。
血に汚れているが、いずれまたその輝きが戻る日が来るのだろうか。
ATK+80 制作ランク:6
『《血に濡れた森番の重装鎧:鋼鉄製》』
ブラウンベア【人食い】に殺された森を守り歩く者が持っていた重く頑丈な鋼鉄製の鎧。
血に汚れているが、いずれまたその輝きが戻る日が来るのだろうか。
DEF+70 制作ランク6
八体目。生、多分…女で壊れた弓と折れた剣、緑色っぽい軽装鎧。
九体目。白骨死体、無理。
十体目。生、人間女。こっちは大丈夫だったが食いかけで装備一切無し。
十一体目。
「……慣れたら以外とサクサクやね。」
うん、ここまでくるとどうでも良くなってきた。
思ったよりも生率は高い。
「どういう事だろ? 死体が新しい…んー、熊さんが上手い事仕入れたのかな?」
NPCはこの世界で生きている。プレイヤーと違い、NPC同士の殺し合いには管理は不干渉である。何が起こっても不思議では無いので、殺し合いをしている現場に熊さんが鉢合わせして漁夫の利を得た可能性かもしれない。
熊さんだって新鮮な餌の方が良いから、結果としては中身がそっくり交換されたのだろう。数が多いのもその為だと思われる。
それにしても…回収しても修理しなければ使えない物も多いので、何が良いかとは言えないが。思ったよりもエルフ率が高い。
森というくらいなのだからエルフが多いのも当然か、そんな考えをしながら開封作業。
「…くぁ………ぁ………っ………」
瀕死来ちまったぁああああっ!!?
虫の息!? 生きて…あ、駄目だ。HPがもう無いので確実に死ぬ寸前です。
にしても…熊にやられたにしては傷が変だ。いや、明らかに殺され方が違う。
仰向けに出現したエルフと思われる金髪のツインテールの美少女。
外見年齢は14歳くらい?と幼い感じがする。見た目だけで言えば、アリだ。好みだ。うん…ロリも悪く無い。胸も慎ましやかな感じがして非常に良い。
服装は緑色を基調としたヒラヒラとした神官系の上位装備っぽい。
首と心臓に矢が刺さっており致命傷。もうこっちの姿は見えていない様子だ。
「ひ………ほ………う………まも………ら………な……ね…さ…ま……」
何やら複雑なエルフの里のお家事情でもありそうですね。ですが、こっちにはそんなお家事情は知ったこっちゃありません。
―――――――――ほぉ……紐パンの白か。
「南無阿弥陀仏っと。」
どの道、助けられませんからね。助けられるならどうにかしますが、無理なもんは無理。
はーい、それじゃあサクサクっとアイテム回収しますよ。
多少は後味も悪いんですが、速攻で死んでしまいましたからね。
服は……まぁ、そこまで外道をするつもりは無いのでそっとしておきます。お目当ては持っている杖かな? ワンドと呼ばれる種類の短杖なんですが…何か強そう。
『《世界樹の枝:木製》』
世界樹の枝を丁寧に短杖へと加工した、エルフ族の王族が所持していた武器。
短杖に加工はされているが非常に強力で、精霊魔法の効果を高める。
MATK+250 MP自然回復(大) 精霊魔法補正 制作ランク:9
よし、見なかった事にしよう。
速攻で証拠隠滅という名の回収。その代わりに最後の十二体目を取り出す。
十一体目は存在しなかった。良いね?
王族なんて面倒なのに関わるのが間違いだ。
「…秘法を…奪い………姫も……手にかけ…私は……」
瀕死二号も来たああああああぁ!!? 熊さん、ちゃんととどめ刺してけよぉ!!!?
こういう後味悪い系のイベントは胃に来るんだから勘弁してくださいっ!?
今度のは銀髪ロングストレートに褐色のダークエルフの性格が少しきつそうな見た目の20歳くらいのお姉さん。巨乳か…悪く無いって思うんです。好みのタイプなんですけどねぇ…こちらは両手と下半身が炭化しており、今の状況で助かる見込みはまず無い。
「そこ………に……誰か……いるの………か……」
あ、こっちはまだ元気だ。
急いで雀の涙程度の効果しかないポーションを浴びせかけてみるが…効果は無いな。
「はい、此処にいますよ。ですが私にアナタを助ける術はありません。」
「そ……か………いや、私は………もう……いいのだ……騙され…里から秘法を奪い……姫を手にかけた…最後は……正気に戻り……取り返したが……」
かすれた声を出し、彼女が力無く震える手で虚空から取り出すのは一本の苗木だった。
「私は…死ぬ……頼む…どうか……私の、代わりに…これを……里に…」
状況から察するに、十一体目のが姫で。何か色々と騙されたりして里から秘法とやらを盗み、結果として最後は正気に戻って取り返したと。で、自分に秘法とやらを里に返せと。
「分かりました。これを里に返せば宜しいのですね?」
「御願い…します………私には、もう…私には…何も無いけど……私の全てを…魂を…捧げても……どうか…御願いします……どうか、里に……わた……し……」
薄幸系の女の子。嫌いじゃないんだよなぁ、こういうのは。
こちらへと抱き寄せ、最後の言葉をしっかりと聞き届けようと顔を近づける。
「自分はハンニバルという名前です…貴女は?」
「ア…アウラ……ノイシュ…ヴァンシュタイン……ありが…と……」
そう言い残し、彼女は息を引き取った。
息を引き取る際の寝顔はやけに満ち足りた笑みを浮かべていた。
さようなら、アウラ。
『《世界樹の苗木:不明》』
神域に存在する世界樹の巨木から枝分かれした苗木。
これを植えれば世界樹は根を張り、その地に莫大な恩恵を授けるであろう。
制作ランク:不明
うん…最後に本当に核爆弾級のアイテムを残して逝きやがった。
スキル12/12
《農業入門Lv2》《林業入門Lv5》《石工入門Lv2》《変化Lv42↑40UP》
《MP最大値上昇Lv30》《危機察知Lv4↑2UP》
《身体能力強化Lv4》《隠蔽入門Lv3》《初級斧Lv3》《尻尾Lv3↑1UP》
《初級水魔法Lv3》《中級土魔法Lv1↑NEW》
スキル控え
《料理入門Lv1》《初級死霊魔法Lv1》《錬金術入門Lv1》《初級槌Lv3》
《初級火魔法Lv1》《演技入門Lv2》《鍛冶入門Lv1》《木工入門Lv3》
SP 114