3話
朝日が眩しい…でも実際には21時で15時から六時間経過しただけなんだけどね。
ログイン開始時刻は10時から、現在の時刻は21時。未だにログインしている人間の数は多く。各種ニュースサイトでもトップで取り上げられる程度の人気はあるようだった。
そんな人気ゲームですが、ご覧の通り…アイテム欄が素材でパンパンであるというのは幸せな話のはずなのに。
「丸太しか持ってねぇ…」
結局、あれからまた焚き火の所に戻り。時折、衛兵さん達とフレンドリーに会話しながら―――御願いだから、そっとしておいて。そんな一度の戦闘で仲間意識とか止めてください恥ずかしいです。あと、作業出来ません。
とまぁ、おっさん達に見守れつつ【隠蔽】のスキルを使って気配を殺して黙々と作業に没頭した。
【隠蔽】のスキルは名前の通りに気配を殺して相手に気がつかれないようにするスキルである。説明は省略したが、使用するとMPがじわじわと減っていく。今回はスキルレベル上げが目当てだし、下手にMPを消費しても衛兵さんがいるから大丈夫。
丸太を作る作業をしつつ、他のスキルを開放出来ないかも検証します。
今回はこちらの二つ《聞き耳》《夜目》
《夜目》は夜間や暗い場所で視界が確保出来るというスキル。
《聞き耳》は遠くの音を聞くとかそういうの。
夜間はどうせ安全地帯に避難するので今は優先順位は低い。《聞き耳》は…ちょっと欲しいかも。あれ?暗殺者プレイスタイルだっけ?と考えてしまう。
「どうしたら行けるかな…耳出してみるか。」
設定変更。アバターの設定を調整して狐耳と尻尾を出す。今回は初獣人プレイなのでどんなものかと挑戦してみる。
耳は飾りではなく、意識すれば動かせるし音も聞こえたりする。尻尾も動くがこっちは飾りである。
「うご…動く……かな?」
ぴこ、ぴこっと、かなりぎこちなく動く耳と尻尾。普通の人間には獣耳と尻尾は無いので動かせるはず無いですよ。だが丸太作りの作業にも飽きが出るので休憩ついでにちょっと暇つぶし。
「腕の代わりに丸太支えたりとかできんかなこれ。」
耳はともかく、狐の尻尾はサイズは程々に大きい。1mより長いので身体の前に回せるから、冬場はクッション代わりにならないかと思う…自分の体温なので虚しいが。
感覚は一部でも通っている感じがするので、膝の上に乗せ試しに加工中の丸太を持ち上げようとしてみる。
「いけ…ぬ?」
持ち上がらない。別なのは―――試しに枝を取り出し、尻尾に絡めさせて持たせてみる。こっちは大丈夫そうだった。複雑な作業は無理そうだが…
「器用な作業は無理だな…次は武器って……重いな。」
スコップも無理。ハンドアックス…ちょっと重い。鉈はいけた。
「…読書しながら尻尾を動かして薪割りとかできんかなこれ。」
物は試しと、座ったままで自分の後ろに横に置いた未加工の丸太を置き。尻尾に鉈を絡めさせるように持たせて、位置を調節して真っ直ぐに振り下ろす。ガッ!という音がするけど、鉈は丸太の表面を傷つけるくらいで終了。何度かチャレンジしてみるが…きっつい。
「何か軽い物だったらいけるから、しばらくは出しっぱなしで良いかなこれ。」
ぽーん
『種族制限:《尻尾》のスキル条件が開放されました。』
何か出た。
え、何これ知らぬ…いつの間に導入されたんだこれ?
聞き耳よりこっちが気になるじゃないか。
「《尻尾》……あった、これか。」
調べたらWikiにあった。
分類:一般スキル(検証中)
技:無し
種族制限:尻尾のある種族限定スキル。
必要SP:2
説明:尻尾の扱いを上達させるパッシブスキル。将来的に手足のように扱えたり、攻撃に使用出来るという期待もあったが確認されていない。獣人系アバターではスキルレベル20で二本目の追加され、レベル30でさらに一本追加。レベル10毎に尻尾が追加される仕様であるらしい。また尻尾の数は設定から変更可能。
ドラゴニュート等の一部の種族では追加は無いが尻尾のサイズが大きくなり、動作が若干向上されたという報告もある。いずれにせよ操作性が難しく、武器や直接打撃による戦闘も検証されたが貴重なスキル枠を埋める程の価値は報告されていない。
「判断に困るなこれ…」
なさそうである。ありそうでない。ぽりぽり頭をかきながら思考する。
ケモナー御用達みたいなスキルではあるが、スキル枠を埋める価値……
「メールしてみるか…」
メールの宛先は知り合いの開発スタッフの人。普通は直接質問しても絶対に答えてくれない―――なので変化球を出す。ちょっと失礼して通行人のおんにゃのこの獣人さんのスクリーンショットを無許可で撮影。件名は『朝焼けに見るケモナーも悪く無い…』 内容は楽しんでますという挨拶、さらに自分も獣人にしました~という内容と「みえ…みえ………」と書き込み送信。
ぴろりろりん!
「はや!? そして長っ!!?」
楽しんでるかい?等の短い挨拶の後…ケモナーに目覚めたんだねというお言葉と、クンカクンカ(ryの長文に始まり、長々とチラリズムについて熱い内容がメール三通分で送られてきた。最近は尻尾についてのマニアックな使用方法を伝授していただき、そっとメールを削除した。
「…………成長要素の可能性……あるな。」
SPも低いので採用。まだSPが余っているので他に何かないかと物色中…回復は光魔法・水魔法のどちらかでいけるので大丈夫。
他に何があるかと悩む…。SPはスキルを進化させるのに使用するので多数使う、なので…悩む。
《死霊魔法》《召喚魔法》《契約魔法》《調教》《付与魔法》《精神魔法》《風魔法》《火魔法》《闇魔法》《MP自然回復》《MP最大値上昇》《器用な手》《腕力向上》《脚力向上》《殴り》《蹴り》《投げ》《鞭》《罠》《鷹の目》《夜目》《裁縫》《細工》《錬金術》《危機察知》
多いなぁ……《死霊魔法》《召喚魔法》《契約魔法》《調教》はどれも似ているが少し違う。
《死霊魔法》死体が必要になったりと色々とやや特殊。召喚する時にだけMPが必要。餌は不要。弱点として総じて光魔法には抵抗が弱い。日中は動きが悪い。
《召喚魔法》特に何も必要としないが、召喚時は常にMPが消費する。餌は不要。
《契約魔法》モンスターや精霊等と契約する必要がある。召喚する時にだけMPが必要。餌は不要。
《調教》モンスターを捕まえる必要がある。MPは必要無いが常に召喚されっぱなし。餌が必要。
………他にも多すぎて頭がフットーしそうだぉ。
結局、SP25を使用して取得したのはこちらである。
《死霊魔法》《錬金術》《火魔法》《MP最大値上昇》《危機察知》
《演技》と《鍛冶》はまだ使用しないので、先に《火魔法》《危機察知》と入れ替える。すると何となーく危ない場所かなっていうのが、感覚的にかなりぼんやりと分かってきた。
やっぱり衛兵さんの近くは安全らしいというのがわかってほっとした。
そして21時になるまでの間、また丸太作りの作業を再開した。途中で暇つぶしに衛兵さんと話をしたりを繰り返している内に周囲が明るくなり朝になる。爽やかな夜明けである。
「ありがとうございました。自分はそろそろ失礼しますね。」
挨拶をして別れを済ませると早速だが、自分の土地へと戻っていく。
《危機察知》はやっぱり便利で、何となくだが敵の居るっぽい場所を感じれるような気になり。【隠蔽】を使用しながら昼間の伐採地へと帰ってくる。
「昼に伐採して、夜は衛兵さんの所で加工。材料さえどうにかなれば…三日あればギリギリか。」
迷っている暇があれば手を動かそう。
ハンドアックスを取り出し、今度は少し大きなサイズの木の伐採スタート。この土地を訪れた時と変わらず森林破壊である。それでも最初と違う点はあるのだ。
「おおっ? スピードが上がってる。」
《身体能力強化Lv4》になると身体が軽いし力も出る。最初に比べたら一本を伐採するペースが多少太い木でも5分ペースとサクサクいける。
ぽこぺん
『《林業入門Lv2》のレベルが上がりました』
二本目の伐採が完了したと同時に響いた音。レベルアップの上昇音は幸せの音である。
動き出したらもう止らない―――「そぉい!」という威勢の良い掛け声と共に気合を入れてハンドアックスを振り下ろす。
もっとだ! 広葉樹も針葉樹も許しはしないっ!!
周囲に響く伐採音。その速度は時間が経過するにつれて連続した殴打音と間違いかねない程に響き出す。
時折、彼の所へとやってきた一角獣やウルフがテンションMAXとなっている彼の犠牲になったのは言うまでもない………――――――本来、このゲームのレベルアップはかなり時間がかかる。
平均的なプレイヤーで初日の現段階ならスキルレベルが2に上昇した頃である。そもそもからして初日からハイペースで飛ばしている人間なんて山ほどいる。彼と同程度の廃プレイヤーなら、この時点で戦闘系なら軒並みスキルレベルが3を超えていた。スキルレベル4という数字は今の所は彼くらいだが、それでもワースト100位以内という所である。
時刻は深夜25時…彼が正気に戻ったのは手にしていたハンドアックスが壊れた時であった。砕けたハンドアックスの柄が握られており、巨木が倒れる音でようやく正気に戻れたのだった。ハンドアックスの刃部分も潰れていておそらく研いでもかなり厳しい。ただの鉄の塊となったそれをアイテムボックスの中に収納し、切り終わった木の切り株に腰掛けて息を整える。
「はぁはぁ……もう、木は切りたくないって気分だわ…」
汗に濡れて肌触りの悪い服が着心地が悪い。返り血もあって酷い状態だった。
途中で物音に誘われてやってきた兎に狼はタイミングに合わせてスコップのカウンターで対処。身体能力が強化されている事と、数が一匹づつだった事。【危機察知】のスキルで来ると何となく先に感じれたのでソロでも助かったのだ。
兎は十一匹、狼は三匹。モンスターと遭遇する確立が高くなってきた原因は深夜になって狩場のプレイヤーが減少してしまった事が原因である。そのせいで、こっちのエリアにまでモンスターが普通にやってくるようになってしまったのであった。
それでも広葉樹、針葉樹合わせて合計数十本を伐採。その他に適当にキノコとか薬草っぽい草をむしったりしていった結果。一個目の魔法の鞄の中はパンパンである。伐採した木については鞄の中に入るはずもないので現状では放置しっぱなしであった。
おかげでスキルレベルも上昇してご覧の通り―――
『《農業入門Lv1》のレベルが上がりました』
『《林業入門Lv3》のレベルが上がりました』
『《林業入門Lv4》のレベルが上がりました』
『《木工入門Lv2》のレベルが上がりました』
『《隠蔽入門Lv2》のレベルが上がりました』
『《初級斧Lv2》のレベルが上がりました』
『《初級水魔法Lv1》のレベルが上がりました』
『《初級水魔法Lv2》のレベルが上がりました』
『《MP最大値上昇Lv1》のレベルが上がりました』
『《危機察知Lv1》のレベルが上がりました』
『《一角兎》の初回討伐により1SPを入手しました。』
『《一角兎》の一定数の討伐により2SPを入手しました。』
『《ウルフ》の初回討伐により2SPを入手しました。』
「これから枝を落として、加工して回収作業か…寝貯めしておいて良かった。」
此処からが本番である。
『《白蛇の鹿角刺又杖:複数素材》』
鹿角を刺叉のように加工し、白蛇を絡みつかせ特殊な加工を施した杖。
鹿角の『生え変わり』・蛇の『脱皮』という二重の術的な再生の効果が杖本体に施されている。
ATK+25 MATK+80 自動修復 MP自然回復(中) 制作ランク8
初日で使用するにはあまりに目立ち過ぎる武器である。
元々の予定は素材集め、整地、建築の流れであった。予定建築物は【竪穴式住居】
最初に作成するなら石器時代からスタートするのが楽なんですよ…木造建築なんて丸太を板に加工する必要もあったし、ログハウスという考えもあったけど…素材がどれだけ初日で入手出来るか分からなかったので諦めていた。
しかし、初日で高性能の杖という補助があれば選択肢が広がる。
「広さ良し。人影無し。工房作るんだったら平地だし問題無いか…【クリエイト:ストーン】」
まずは伐採した森で、杖を装備して地面に向かって魔法を放つ。
【クリエイト:ストーン】
MPを消費して石を作成する能力。土という素材があればMPの消費は多少は少なくなる。
勿論、地面にぶっぱして使用。まずは土台からの作成となる。
サイズ指定は10m×10m、高さは地面下は10cm、地面より上は20cm。
「一気に減ってきた…やっばぃ、これ…」
杖のMATKが高く無ければ半分も作成出来ていなかったろう。身体が脱力し、MPが一気に減っていく…それでも時間を空けて自然回復させながら作業は継続。ゆっくりと時間をかける方が丁寧になる。杖による自然回復とスキルのMP最大値上昇が無いときっと無理。
MPを消費すると脱力感に襲われたりと厳しい。体感100%ならなおさら来るものがある。
足元の地面はまるでセメントでも流し込んだように固まっていき、同時に地面の上に生えていた草を押し上げるようにして土台の石がせり上がってきた。
「次は壁か…」
土台の上に四面の壁を作成。壁の厚さは30cm。高さは出入り口が2・5m、後ろの方が2m。屋根は蓋をするようにするだけなので最後は楽。見事なまでの豆腐建築であった。
なんという事でしょう…大自然の中にコンクリート打ちっぱなしみたいな違和感たっぷりの四角い灰色の豆腐ハウスが誕生しました。
高い位置に小さな格子状の窓っぽく光兼空気の取り入れ口を空ける。屋根の部分にも同じように中心部分に格子状に空気の取り入れ口を空ける。最後は出入り口を封鎖して本当の意味で完成となるがそれは本当に最後。
二本目のハンドアックスを取り出して、伐採した木を枝を落として丸太に加工。
今度は薪を作る為のサイズは30cmに直径は70cm以上のサイズの丸太土台を作成。
0では無いが1から始めるというのも実に苦労する。
一通りの作業を終えて薪を作成する為の準備を終えて豆腐ハウスの中に引きこもれたのは周囲が暗くなってからであった。
出入り口を封鎖し、窓からの侵入もまず無い。厚さ30cmの石壁は一角兎も狼でも破壊は出来ない。可能性があるのはブラウンベア、ギリギリ削られるが…おそらくは大丈夫なはず。フィールドボス級は町にはそれなりに近い場所なので今の所は安全地帯のはずだ。
「さーて、まずは内装をどうにかしなきゃな。」
魔法の鞄の中から取り出したランタンで無機質な内部を照らす。天井にランタンを引っ掛けて吊るしてから、最初に考えていた間取りを同じように【クリエイト:ストーン】で作り出していく。
素材は石オンリーだが色々と作っていく。
最初に釜戸・キッチンっぽいスペース、排水は垂直に細い穴を空けて地面に垂れ流しとなる。
風呂場も同じように排水を設定、他にもベッドっぽいのとか、鍛冶場っぽいスペースやら色々と作成。
室内の一角で薪を用意する為に丸太をハンドアックスで割ったりとしてから、石ベッドへと寝袋を敷いてIN。
時刻は深夜26時となり…その日はそのまま寝落ちしていった。
翌朝――――――――時刻は朝の8時頃。
まだゲーム内では日が登りきっていなかった。
今日の朝食はもそもそとした市販のまずいパン。魔法で出した水で喉を潤して早速作業スタート。
朝の確認は昨日上昇したスキルの確認である。
「……あ、レベル上がってた。」
過去ログを確認すると
『《石工入門Lv1》のレベルが上がりました』
『《MP最大値上昇Lv2》のレベルが上がりました』
『《初級土魔法Lv3》のレベルが上がりました』
「ペース速すぎだよな…これ、『シルバーネーム』の補正効果か…」
昨日からの成果はご覧の通りである。
スキル12/12
《農業入門Lv2↑1UP》《林業入門Lv5↑2UP》《木工入門Lv3↑1UP》《石工入門Lv2↑1UP》
《MP最大値上昇Lv3↑2UP》《危機察知Lv2↑1UP》
《身体能力強化Lv4》《隠蔽入門Lv3↑1UP》《初級斧Lv3↑1UP》《初級槌Lv3》
《初級水魔法Lv3↑2UP》《初級土魔法Lv4↑1UP》
スキル控え
《料理入門Lv1》《尻尾Lv1》《初級死霊魔法Lv1》《錬金術入門Lv1》
《初級火魔法Lv1》《演技入門Lv2》《鍛冶入門Lv1》
SP 18
ログインしっぱなしの効果というのは最終的に恐ろしい事になりそうだ。
無論、通常の一般人には制限がある。連続ログイン時間は最大でも12時間が最初の警告であり、24時間が経過した場合は強制ログアウトと一時間のログイン禁止制限処置が設けられている。
ただし、例外もある―――元々は医療用がゲームの始まりである…24時間のフルダイブ環境下。重度の障害者用の特別処置の一つである。
医療技術が発達した近代でも治療困難な病気や怪我は山ほどある。それでも昔に比べれば患者に対する負担はかなり少なくなっているらしい。
しかし…それに頼らなければ生きていけない人間も存在している。
「…よし、今日も頑張るか。」
最初の病名は記憶するのが面倒になるくらいに長ったらしい名前だった。
……あれは、24歳になる前だったか。交差点を横断中に交通事故の被害者として病院へと運ばれる。
精密検査を受けてみると、あれよあれよという間に出てきた病気のオンパレード。日頃の不摂生が祟ったのか、あっさりと入院決定。今まで勤めていた仕事は止める事になって、次々に訪れる不幸の連続に人生お先真っ暗と…今だから不幸話として言えるが。当時だったら病院の屋上から何度飛び降りようかと真剣に考えていた。
人生が好転する気配も見せず、当時付き合っていた恋人とはとっくに終了しており独り身状態。人生どうするかと悩んだ矢先に訪れたのは『フルダイブ化のVR被験者の募集』という言葉だった。
話を持ちかけられたのは事故の加害者から。VRの本家本元の開発者さんだったらしく待遇も良かった。加害者さんに対しては恨みは正直無かった、逆にそれなりに早期発見だったという事で身辺整理の時間が出来たからだ。
当時、VR技術というのは発表されたばかりで開発段階と言えた。だが昔から読んでいた小説やアニメにもあった夢が現実となると知った時は心が踊ったものであった。
さらに美味しい話として、病院は移動する事になるが医療費は負担してくれるというし、給料も発生するという事。基本的にVRを24時間毎日使用しつづけなければならないという事だったが、それは自分にとってみれば負担にはならない。
動かなかった身体が自由に動くというのは嬉しかったし、最先端のVRに触れられるという喜びもあった。
さらに幸運だったのはVRを開発していた研究チームがVRMMOを作成する為に被験者を応募していたというのも嬉しい誤算である。
バグだらけ、問題だらけ、歩くのすら困難、死にかける事もあったが非常に楽しかった。今までの人生で一番自分が生きているという充実感。しかしαテスターの何人かは最終的に途中で止める事になったが開発は続けられ、βにまで漕ぎ着ける事が出来た。
その時にαテスターの仲間達と再会したり、何人かは病状が悪化して…という話を聞いたが。それでもβでは被験者としての仕事をこなしつつ、バグ探しに色々と動き回り。戦闘にクエストに生産にと手探りで調べたりと仕事も兼ねていたが生きているという充実感を堪能していた。
製品版となり、ようやく被験者としての仕事は終了したが…身体は完治したわけではない。本体の方は延命処置として、特大シリンダーの中、低温の特殊な溶液の内部で冬眠に近い状態となっている。この状態であれば老化も抑制されるらしい。
病院にも医療用としてVRが導入され始めるが…完全に普及したわけではない。高額であるし、完全なフルダイブの為の医療用装置となれば馬鹿みたいな値段の単位になる。
コネはしっかり利用してもらいました。
テスターと言っても普通のプレイヤーと同じようにプレイしていて良いという事と本体の方に何かある以外はアップデート中を除き、メールでのやり取りだけという素晴らしい話。
残念ながらモニターの方は給料ががっくりと下がってしまったが、使い道も…今回のパッケージ版を入手したり月額課金以外には無いので問題は無い。
第二の人生…本当に言葉通りに楽しませてもらっている。
「あ、メール来てるな……」
知り合いの開発スタッフの方から何件か…
『件名:最近、嫁が冷たい…』……話を聞けば良いんじゃないかな?。
『件名:プレイベートで遊べるように、観光地の開発はよ』……土地とアイテムキボンヌ。
『件名:白ファン求む』……別会社のゲームだろ!?このゲームやれよ!!
『件名:壁|ω・)』……何したいの? えっ、何処に居るかって…教えませんよ。
暇なのか…いや、忙しくて逆に何かしたくなっちゃうパターンか。送られてきたメールは他にもあるが、目を通してから適当に返信。続いて友達からのメール―――友達、ちゃんとい、居るからねっ!? い、いちおおおう居るんだおっ!!
『件名:PTかもん』……忙しいのでお断りします。
『件名:決闘』……PvPも無理っと。
『件名:クラン創りました。』……しばらく保留で。
メールの返信を終了すると、さっそく本日の作業の取り掛かります。
まず―――服を脱ぎます。
次にパンツを脱いで全裸になります。
股間のロケットペンシルですか? 無論、むき出しですよ! モザイクだって? ここじゃ逆光さんも仕事をしてませんとも。暗闇先輩は仕事を若干していますかね。
さて……変なテンションになりましたが、理由はあるんですよ?
そういう趣味が『無いとは言わない!』 YESにはYESと言う日本人ですよ自分は。まぁ、趣味じゃなくて汚れるからというのが最大の理由。臭い系のシステムの弊害で洗濯もせにゃならん。風呂場に水を魔法でためて水洗い。乾くまでは放置して『全裸』のままで……『全裸』のままで、『全裸』のままで!! 本日の作業スタート。
完璧なシステムにも穴はある……ごくり。
若干、開放的な気分になりながら室内の一角に全裸・杖という姿で作業です。
「【アースホール】……丸描いて、穴~に螺旋で、穴を掘るっと。」
深さ3m×直径2mの四角い穴を空ける。次に魔法の鞄の中から昨夜倒したモンスターの血の滴る生肉でMPを込めると発動する【アースホール】の1mの円形魔法陣を描く。続いて【クリエイト:ストーン】を1cmくらいの厚さの石を被せ、その上に【クリエイト:ストーン】を3m×2mで発動する円形魔法陣を1mサイズで描く。その上にまた【クリエイト:ストーン】を1cmと、交互に繰り返し。最終的に3mの深さが埋まるまで石と魔法陣でサンドイッチしていく。
βテストの最終日に発見した未報告のバグの一つ、必殺『岩盤砕き』
魔法陣をこうして重ねる事で倍以上の効果を低コストの消費MPで発動出来る。
欠点はこの組み合わせでしか発動しないという事くらいであった。
通常、フィールドやダンジョン等には破壊制限処理が施されている。リアル志向と言ってもゲームはゲーム。フィールドでどっかんどっかん魔法や技をぶっぱすれば、環境破壊待った無しである。フィールドでは制限として二日以内には大抵の穴とかも元に戻る。ダンジョンは半日以内、フィールドも含めて一部では破壊不可能。
自分の購入した土地ならば制限は解除されるが、植物等は植林すれば三ヶ月以内に大木も元に戻る。ここで重要とするのは地下だ。まず10mから20mを掘れば井戸水となる水源が確保出来る。50mから100m以内なら温泉。200mになると破壊不可能な岩盤がある。
本当に重要なのはこの先。岩盤を超えた先にはダンジョンが存在する。
他のエリアとは違い、この町には最大の特徴として現実にも存在するが近くに炭鉱がある。そこがモデルになる形で鉱山系ダンジョンが存在しているのだ。
東京にはスカイツリーや都庁、駅だった場所をモデルにした塔やダンジョン。大阪なら通天閣。四国や九州は……なんだっけ? ま、まぁ…そっちはともかく。鉱山系ダンジョンというのがポイントになる。
プレイヤーさん。地下資源ですよ!地下資源!
この鉱山マップでは、ゲート設置エリアの初期地点で最終的に都市に発展するという事。次に都市が近いので鉱山マップそのものの階層が非常に深いのだ。具体的には地下100階の最難関ダンジョンの一つである。
重要なのは他のダンジョンと違い、鉱山設定なので地下に潜れば潜る程に採掘可能な鉱石のレア度が上がる。採掘ポイントはプレイヤーに配慮して、二日程度で再度の鉱石が採取可能になるというシステムがある。
―――もうお分かりですね?
穴掘る、岩盤壊す、最難関ダンジョンを裏側から鉱石ザックザックでハッピー。
【クリエイト:ストーン】と【アースホール】で穴を掘りながらトンネルを同時に作り、岩盤を超えて掘り進んでいく。周囲の壁が崩れる危険性と水と温泉を防ぐプラン。
「さくっと行きますか。【アースホール】―――――――――」
魔法陣の中央にて、MPを込めて杖で魔法陣の中央を石突で叩くと――――――
「――――――――――――ヘルゥプっ!ヘェルゥプっっ!!!」
テンション上がってて忘れてましたけど…そりゃあ、真上で発動させたら穴に落下しますよね!!
ふわっと消えたと思ったらすぐ落下ですよ!
今のバグ技を解説すると、今の自分ではMPは全て消費してしまうが、破壊不可能に設定されているはずの岩盤まで貫通する程の破壊力を瞬時に出せる。
でもね…現在、穴の縁に杖を引っ掛けて両手でぶら下がっております。
腕がぷるっぷるしおるっ! あかん、いきなりで腕ぴーんってなった!?
………やべ、MP切れで意識が朦朧と…やばい、指滑る、超滑るっ!!!
その後、どうにか無事に這い上がりましたよ………走馬灯を見たのって五度目くらい。
今度はきっちりロープを準備、長さは100mを三本。結んで窓に縛ってスタンバイ。先程、脱いでいた上着を引き裂いて両手両足に巻きつける。
魔法の鞄の中も整理して、二つを空にして持つ。杖も一応は背中にくくりつけておく。
深さが300mを超えるようだったら戻る事になるが…けど…そこまで深くは無いと思う。
厄介な問題はロープを垂らすために穴の中を覗き込んだ時だった。
「………ちょっとだけ…光が見える? 風が吹き上げてくる…熱は感じ無いから溶岩ダイブって事は無いだろうし…洞窟の中までいっちゃったかな。」
うっすらと見える光。かなり淡い光がチラっと見えた。
最初は全く気がつかなかったが、これなら空気の心配も無さそうだ。面倒なのが洞窟で最下層の敵なんて今のスキルレベルじゃ傷一つ無理だ。
スキルレベルを一定まで上昇させると魔法なら初級・中級・上級・精霊級・幻想級の五段階まで上昇可能となる。
初級でスキルレベル30が上限で進化に50SPが必要となり、中級でレベル50で100SP、上級でレベル99で200SP。精霊級もレベル上限が99で、幻想級にするには設定では300SPが必要となる。
他に入門と名のつく場合には進化させると徒弟、熟練、達人、皆伝という具合に変化する。
さらにマスターさせるのにも時間がかかる。初級なら三ヶ月くらいで中級に、中級から上級には半年。上級なら一年以上。精霊級は指定クエストの消化で解禁となり、マスターするまでの設定時間はさらに伸びて軽く二年以上。幻想級に至っては現状では開放されていないので必要となる時間は推定10年単位。
一方でそれに苦労に値する威力もある。αの時のテストでは精霊級で軍隊規模を相手に出来る想定となり、幻想級となっては都市規模の大破壊というとんでも仕様となっていた。威力と共に距離も伸ばさないと完全に自爆技であり、死ぬ程痛い。
そんなゲーム設定の中の最難関ダンジョンの地下100階相当の敵ならどうあがいても現状では即死確定である。
ゆっくりと…慎重にロープを使って降りていく。
えっ、ボス? 無理ですって、無理。美味しく食べられてしまいます。
ボス名『深淵の神性 アトラク・ナクア』『深淵の神性 ツァトゥグァ』
この手の話題に詳しい方ならご存知の通り、クトゥルー神話が原典のボスです。
さらに詳しい方なら、いつから日本の道東の炭鉱がン・カイになったんだ馬鹿野郎とツッコミたくなりますよね。そりゃあ、最初はツッコミましたがゲームですので。
最初は夕張の方とかどうよ?って話もありましたが、あっちの方は広いからもう少しでっかいのでという事で別なのになりました。
さてさて…以上の二大ボス。αテスター時のボスモンスターのテストで戦った事がありますが、洒落にならん程糞強い。
魔結晶と呼ばれる各種装備の強化やら、その他色々な事に使える鉱石が多く存在するダンジョンの奥底。ぼんやりと淡い光に反射してキラキラとして自然な色合いの七色の宝石が散りばめられたような景観も素晴らしい洞窟を抜けると、深淵の谷間と呼ばれる空間に出る。
深淵の谷間まで来るとボス戦は目前であり、此処から先の道中には敵が出没しなくなる。
ここからルートが二手に分かれる。
『深淵の神性 ツァトゥグァ』
こっちは道なりに谷間を少しだけ明るい方に進んでいくと、広いドーム状の空間にボスが居る。外見は具体的に言うと昔にN○Kで放送されていた海外テレビドラマに出てくる「ア○フ」をかなり気持ち悪くした感じの大型トラック以上のサイズのボス。あ、一応このボス何ですが原典通りに比較的危険度は少ないです。一定の会話は可能で、神として崇拝して生贄を渡したりするとアイテムや知識をくれたりする子です。
このルートを通れば、「仲間」という多少の犠牲は支払う事になるが安全に入口まで戻れます。生贄にされると、もう片方のボスと生贄にされた人数と共に戦わなければならないですがね。
戦いになるとツァトゥグァは非常に面倒。まず、柔らかいけどダメージが通りにくい。身体を変化させ、自由に形を変えるし攻撃は多彩。外見醜悪で物理攻撃半減や無効化、魔法も耐性ありあり。こっちからの魔法も通りにくいし、直視しているとSAN値という意味でMPが減っていく仕様の鬼畜ボス。
『深淵の神性 アトラク・ナクア』
個人的にはこっちの方が苦手。下へ下へと谷へと降りるルートを選び、谷間に張られている蜘蛛の糸の上を歩く。蜘蛛の糸には魔結晶が侵食するように付着していて、足場は頼りないが蜘蛛の糸で出来た橋の上を歩き進み蜘蛛の巣の中央へと行く。広さは円形で30m程度、周囲には無数の蜘蛛の繭がある。もうこの場所にまで来ると向こうの方から勝手に出てくる。
サイズは人と同じくらいで巨大な蜘蛛だが、他のフィールドやダンジョンに出没する蜘蛛と同じくらいのサイズ。大きさはこっちも原典通りだし、初見ならまず慣れたプレイヤーなら苦労しないと―――思うが、実際は違う。
まず足場が不安定な蜘蛛の巣の上。糸を吐き、それが身体に付着すると高スキルレベルプレイヤーでも簡単に切れないちぎれない燃えない。普通に行動速度が他の蜘蛛よりも速いし頑丈だし力強い。こっちも見てるだけでMPがごりごり減っていく。戦い続けていると徐々に足場が無くなって落下死する。逆にボスを谷の底に落とせても登ってくる。自分で魔法もバンバン使うくせに、プレイヤーにしろボス自身が破壊したにしろ蜘蛛の巣が半分以上壊れると子蜘蛛が繭から大量に出てくる。子蜘蛛が極細の糸を吐き出し、それに引っかかると身体が切れる等……無理ゲーである。
ロープの結び目が二本目へと到達した。
「岩盤まで綺麗にいってるな…」
周りに変化は無い。綺麗な円形にくり抜かれており、加工された石の壁が周囲を覆って安全なトンネルとなっている。
大体、250mくらい到達した頃だろうか…どうも暗い。
「火魔法で明るくするのもなぁ…アトラク・ナクアさん家の蜘蛛の巣の上じゃ危ないし。もうちょっと行くか。」
するすると降りてようやく300m地点なのだが…
「アトラク・ナクアさん家の…足場だよなこれ?」
足元が光っていた原因は魔結晶が放つ淡い光で、その下にはアトラク・ナクアの蜘蛛の白い糸も見えていた。
もし足場の一つに直撃しているなら、アトラク・ナクアは怒ってこの石壁を壊しているはずである。この地点に来るまでの時間は軽く20分以上は経過しているはずだ。そんな時間があれば、とっくの昔に破壊されているはずだが……
「少し上で様子を見るか…………ここくらいなら見えるかな。」
しゅるしゅると腕だけの力で20m程上り、垂直に伸びている石壁トンネルの内側を一部分だけ壊してスペースを確保する。1mくらいの穴を空け、恐る恐る外の様子を伺って―――――――
「………………………GMコールするか……」
【訃報】アトラク・ナクア終了のお知らせ【死んでた】
一気に300mを破壊不可能な岩盤を超えて生成された【クリエイト:ストーン】
より正確には、全てが石素材に置き換えられたという現象である。破壊不可能とされた岩盤でさえも、魔法陣の重ね発動による効果により強制的に上書き破壊され、置き換えられた内部も同時に一気にくり抜かれていく。後に残るのは300mの垂直トンネルであった。
今回の不幸な事件について解説すると、購入した土地が不運にもボスの待機初期位置であった事。
次にボスと言っても人型サイズだったので身体の大部分が巻き込まれて一瞬にして即死。魔法に耐性があるボスでも、バグには勝てなかったよ…
後に残るのは…ご覧の有様。遭遇フラグとかじゃないよ! 死んでたよっ!!
あ、ログがぴこんぴこんしてる――――――…
「ひぃぃぃっ!? ログ見たくないログ見たくないっ!!!?」
さっきは色々あって気がつかなったがログを開くとヌルヌル出てきた。
ブラウンベア【人食い】の比では無い。恐ろしいくらいに重なったレベルアップのお知らせでログが埋まっていた……次に見えたのは最強武器やら防具やら素材のオンパレードである。
いらんっ!! こういうのはちゃんと集めるんで、やめてくださいっ!
………………でも、少しくらいなら良いよね!
※欲望には素直になりましょう。
「おおおおおおお落ち着け…まずはパンツを穿こう………話はそれからだ。」
今回のバグはわりと洒落にならん予想外すぎる結果となったので、パンツとズボンを履きなおしてから恐る恐るアトラク・ナクアの巣へと降りていく。
いきなり親蜘蛛死亡のお知らせに子蜘蛛ですら反応できていない始末。
すいません。お母さんはもう変なオブジェみたいになってるんだよ。
良ーく見ると、石壁と同化している蜘蛛の脚が見えたが………忘れたい。見なかった事にしたい。
「GMコール、音声認識、αテスターコード『8Y9N731』 バグ発見に伴う報告の為のアクセス申請。」
ウィンドウ画面を開き、空中で指を指定された動作に動かして行く。バグ報告はテスターの義務です。
『確認しました。αテスターコード『8Y9N731』…プレイヤー『ハンニバル』様、本人と認めます。しばし、御待ちください…』
女性の機械音声が流れ、数分待機……この場所で一人で何もしないで待機というのも怖いものがある。
暇つぶしもしつつ待機して――――――
『開発スタッフコード『902「はいはーい。こんな時間に呼び出しだなんて…そんな格好でどうしたの、しーたん? 初日からNPCナンパして病気でも貰ったの? それともプライベートビーチ…じゃないよね、お風呂中?」』
機械音声に重なるように聞こえてきた声は妙齢の女性の声。ウィンドウ画面に映し出された顔はぼさぼさの髪の美人なのだが…目の下にクマが出てたりという顔。
「排水トラブルだったら良かったんですけどね……発動条件の難易度は初日からでも出来ますが、やる人が居ないって意味でEクラス。サイズにもよるでしょうが、岩盤ぶち抜いてアトラク・ナクアを撃破可能という意味で危険度はBからAクラスですかね。」
『え、何? 初日からそんな面白いの発見しちゃったの? アトラク・ナクアって事は深淵の谷間だから―――…ぶふっ!? 何これ何これっ!? 楽しい事なってるじゃないの。OK、そこなら誰もまだ到達してないし。折角だから何人か連れて見学行くねー』
ぷつんと、自動的に空中に浮かんでいたウィンドウが閉じる。
さらに数分が経過すると、ガチャっという音と共に。空間の一部が切り取られたかのように変化し、ファンタジー世界に不釣合いな白衣姿の人間が数人程『空中に浮かんで』現れる。
「おはおー 元気してる?」
「おはようございます、山本チーフ。あ、今日は里中さん達も一緒ですか。」
先頭に山本という名の女性が一人、これは先ほど会話をしていたぼさぼさ髪の美人で有名な開発スタッフ。その後ろに里中さんと呼んだのは同じく開発スタッフのおじさん、年齢は50歳程になる優しそうな眼鏡のおじさんだ。他にも数名を引き連れての登場となった。
「おはようございます、その囚人っぽい姿にハンニバルとは…羊の方ですか?」
「この前、古い海外ドラマを見ましてね。特攻野郎Aチームが元ネタですよ。今の所、服については金が無いもので。」
「ああ、そっちでしたか。ところで…今回はまた見事な事になってますね。」
「魔法陣の連続使用で短時間のレベル上げを狙ってたんですが…ちょっと凄い事になりました。」
嘘だが、実際に出来るのであながち嘘でも無かったりする。
このエリアの天井まで現在位置から100m以上の高さである。岩盤下の天井から垂直に伸びる石柱というのはオブジェとして見ればかなり立派だろう。こんな風になるとは思わなかったが…
「里中さん達が来るまでの間にデータはまとめておきましたので御確認ください。」
そう言うとウィンドウを開き、その角を指で押すような動作をして山本さんと里中さんに転送する。
「んー、一応は重ね効果みたいなのは修正しているんだけどねー。誰も真似しそうに無いし、ゆっくりで良いかなー」
「分かりました。修正プログラムの作成と更新なら明日の朝には休憩込みで大丈夫ですね。」
「あ~…すいません。終わったらスキルレベルを元に戻すのとかお願いしたいんですが良いですか?」
「ふふふっ……しーたん、私は神だ…力だ、力が欲しくは無いのか?」
思ったよりも仕事が簡単だったせいか、あっさりとおふざけモードへと移行した山本さん。暇か、暇なのか。
「力より、はよ この間貸した金返せよ神。」
「こ、この前…銀英伝の小説とか原盤とか他にも色々買ったから、もうちょっと待ってくださいっ!」
目にも止まらぬ神様のジャンピング土下座である。
神に勝った。
この山本さん。ちょっと浪費癖があり、借金はしてないがいつもカツカツの生活をしているのであった。そんな彼女が先日、以前から予約していたアニメの原盤を購入。給料日前という事と、さらに続けて衝動買いした結果は金欠。唯一、仲も良く、お金を使う予定が全く無い自分に白羽の矢が立ったのだった。
おい、神。ちょっとジャンプしてみろよ、小銭無いのか小銭。こっちも金欠なんだよと言いたい。
ちなみに、朝のメールで『件名:プレイベートで遊べるように、観光地の開発はよ』とか送ってきた人である。
「山本チーフはともかく。貴方でしたら問題ありませんので、アイテムも含めてそのままでも別に構いませんよ?」
「ならお言葉に甘えて。他は戻して構いませんが《土魔法》と《MP最大値上昇》はスキルレベル30にしてもらえますか?」
忘れていたが、この里中さん(51歳)は獣人のおんにゃのこのスクリーンショットを送った人です。後、すっごい紳士的ですが中身はアレです。
だって……頭に猫耳と尻尾がありますよ? 外見は白衣のロマンスグレー風味なのに。
「それくらいでしたらお安いごようです…はい。これで大丈夫です。SPは先日のお礼の意味も込めてキリの良い数字で100にしておきますよ。」
「ありがとうございます。けど、今回のバグは大丈夫ですか?」
「今回は不幸中の幸いとして、このエリアにまだ人が到達していないおかげで色々と楽に済みそうです。念の為に50階から100階の一定区画をデータから復元すれば応急処置も楽ですから。確認しましたが、ボスの方は転移魔法陣を発動させればすぐに復活しますから安心してください。」
「人が居る状態だと色々と面倒そうですからね。お手間を取らせましてすいませんでした。」
「いえいえ、おかげで早期にバグの対処が出来ましたからね。いつもながら他の方に比べて非常に発見率が高く、こちらこそ助かりました。」
ルールの抜け穴探しは大好きである。そのせいか、こういうバグを発見する功績は高めであった。
「しーたんや。気になるんだが、何で土魔法? もっと便利なのありそうだけど中途半端じゃね?」
復活したのか神。だが、もう神とは呼ばん。
おい、毛虫。お前随分と言うじゃないか、蜘蛛の巣に突っ込ませるぞ。
土魔法は不遇じゃないお! すっごい便利なんだお!!
「土地開発に便利だから。今は五月の連休でしょ? せめて夏までに砂浜エリアの購入と開発、一部は一般開放して小銭稼ぎに海の家にしたかったんだけど…まぁ、資金も鉱石も時間も足りないし。今年も無理か―――」
ガッ
ぬるぽ?
いきなり両肩を山本さんと里中さんに掴まれました。
なんぞ? こっちはもう予定以上にホクホクだから帰るんだが―――――
「約束通りに素材とアイテムを提供しよう。制限時間は24時間…先程のバグの影響を調べるついでだ。この階層のマップは一度破棄するから自由に採取してくれたまえ。どうせこの階層じゃボス以外のモンスターなんて出ないからな、採取ツールが無いなら24時間壊れない頑丈なのくれてやるから。なっ?」
「去年は無理でしたが今年こそ夢を実現しましょう。都心の港区は港町になっていますし、湘南方面までは開発は進まないでしょうから…この都市ならきっと…っ! ケモ耳尻尾の女の子がっ! 夢も希望もあるんですよ!?」
人の事は言えないけど、人間の欲望って怖いですよね…独身とケモナーか…業が深いな。
色々とストレスもマッハで溜まっていたんでしょうね…
この時点で、ハンニバルの目からは光が消えていた。
偉い人(開発スタッフのチーフ)と偉い人(開発スタッフのリーダー)から死ぬほど働けという命令が出ました。三ヶ月で土地面積増やしてビーチ開発とか無理ゲーじゃないですか嫌だー。
地球と同サイズのマップともなれば開発は一苦労です。東京エリアだと現在は川崎市…くらいまでがギリギリのプレイヤー達の活動範囲という所。大阪だと道頓堀も有名ですが…泳ぎたいとは思わないなぁ。一応は綺麗な川にはなっているはずだけど…あっ、四国、九州…関東エリアが活動の中心地点なので知りませんよ? ハブるつもり無いんですが本当に知らないのです。
ここで間違っても「開発スタッフならただの砂浜をリゾートビーチにするくらい簡単でしょ?」とか言ってはいけません。簡単に出来るんだったら苦労は誰もしないのです。野菜を作っている農家の人に畑を耕して種を蒔いたら出来るんでしょって言うのと同じレベルの発言です。
「無理です無理。大体、森の整地作業だって―――――灯油缶を勝手に鞄の中に入れるなよ!!?」
このキチ毛虫。こっちに近づいてきたと思ったら鞄の中に灯油缶を入れましたよ!? 放火!? 燃やせと!?
「ぶーっ。ならNPCに開発させるから色々と手伝ってよ。建築関係は専門のヤツにさせるから、モンスター狩るくらいなら良いでしょ?」
「それくらいで…良いなら?」
おや…あっさりと話が通った……だ、大丈夫だよね。小心者なんで疑心暗鬼ですよ私。
「元々は夏用のイベントに用意してたプログラムだしね~。この都市だけはやく場所が決まったようなもんかな?」
なるほど納得。イベントで集客は基本です。
「こっち終わりましたよー。明日の10時には更新するんで、9時頃には居ないようにしてくださいね。」
作業をしていたスタッフは終わったようだ。
「はーい、ありがとうございました。」
「そうだ、忘れる所でした。いつもの新規スキルのモニターを御願いします。」
これで終わりと思っていたが、スキル系の開発に関わっている里中さんから声をかけられる。
「あ、こっちも聞きたかったんですが。《尻尾》とか増えてましたよね。」
スキルは導入が決定されると開発スタッフの方で一通りの実験が行われ、実装前にシミュレーターでテストが行われ。テスターで不具合等を確かめ、それが終わると複数のモニターへと配布される。
「製品版前ですね。手足のように動かしたり、育てば鞭のように自在になりますよ。操作方法はかなりシビアですが………このようになります。」
嬉しいネタバレでした。
だがおっさんが尻尾を動かすんじゃない!!ハートを作るなっ!!
「んで。新作は何ですか?」
「試して欲しいのは《変化》です。《変化》は進化しない特殊スキルです。自分の身体を部分的に変化出来ますし、MPをかなり消費しますが物質の形状を変化する事も出来ます。」
渡されるのは注射器。
これを使うと特定の個人にだけスキルを覚えさせる事が出来るプログラムの入ったお薬である。
注射器なのは…彼の趣味なんだろうなぁ。
「随分とまたトリッキーな…狐なんでロールプレイと考えると欲しいですね。」
「先の話になりますが、種族限定スキルのテストですのでレポートは急ぎません。」
「了解です。忙しい所すいません、お疲れ様でした。」
「はい。では私共はこれで。また何かあればご連絡ください。」
「んじゃねー。またメールするからー」
こうして、別れの挨拶を済ませて無事に厄介事が終わる。
「はぁ………………灯油缶、どうしよ…」
最後の最後に、押し付けられた灯油缶が魔法の鞄の中に入っており…返し忘れたと頭を抱える事となった。
スキル12/12
《農業入門Lv2↑1UP》《林業入門Lv5↑2UP》《木工入門Lv3↑1UP》《石工入門Lv2↑1UP》
《MP最大値上昇Lv30↑29UP》《危機察知Lv2↑1UP》
《身体能力強化Lv4》《隠蔽入門Lv3↑1UP》《初級斧Lv3↑1UP》《尻尾Lv1》
《初級水魔法Lv3↑2UP》《初級土魔法Lv30↑MAX》
スキル控え
《料理入門Lv1》《初級死霊魔法Lv1》《錬金術入門Lv1》《初級槌Lv3》
《初級火魔法Lv1》《演技入門Lv2》《鍛冶入門Lv1》《変化Lv1》
SP 100