稲村ヶ崎くん!
「おお勇者様、どうか我々を助けては頂けないでしょうか!」
なんというテンプレ。
夢にしたってタチが悪い。
きらびやかな衣装を纏った美形揃いの人々に囲まれながら、まず私が思ったのはそんなことだった。
そして、後のことはもはや、わざわざ書かなくてもいいのではないかと思う。
つまりは皆様のご想像通りである。テンプレートに則り、様式美を重んじ、世間にありふれ、手垢がつくほど使い古された設定のままだったのだ。
銀髪紫眼の美形神官様が仰ることによれば、「災厄の象徴である魔王が突如として現れ」「魔物が魔界から溢れ出し」「各国に襲いかかった」のだそうだ。「それにも関わらず利権争いを繰り広げる各国を纏める象徴として勇者が必要」なのであり、さらに付け加えるならば「異世界から召喚した勇者によってのみ魔王は倒される」のだとかなんとかかんとか。
そしてもちろん、私には色々な精霊の加護やら女神から授かったチートやら何やらがてんこ盛りなのだそうだ。さらにはパーティーメンバーは国内トップクラスの実力者たち(なぜだろう、見渡せば美形しかいない)になるのだとか何とか。
とにかくそこらのライトノベルの設定そのままである。だだ被りである。一体誰得だと言うのか。そこら辺の本でも読んでろ。ただただ胃が痛いだけだ。
閑話休題。
そんなことよりも、だ。
「……私は元の世界に帰れるんですか」
「そこはご安心下さい! そこにゲートがあるのが見えますでしょうか、大変失礼ながら、それは貴方様のお部屋と繋がっているのです」
いつの間にやら私の部屋と繋がっちゃったらしい。プライバシーとは何か。
「そもそも、貴方様の世界と我々の世界では、時空間の流れが違うのでございます。おおよそなのですが、こちらの世界で過ごした六日が、貴方様の世界での一日にあたります」
しかもとんでもなくご都合主義だった。やったね、これでお家に帰っても怪しまれないよ!
「つまり?」
「貴方様の普段の生活の妨げにならない程度で良いのです。どうかお手伝い頂けないでしょうか?」
さらには勇者稼業がアルバイト感覚だった。一日四時間。
「お給料は?」
「……これで如何でしょうか?」
もちろん時給も良かった。流石勇者様(笑)である。近所のビデオショップなんて目じゃないぜ。
「でも、怪我や病気の場合もあるでしょう? 私、これでも女の子ですし」
「もちろん! それは全てこちらでケアさせて頂きます。勇者様のお身体に傷を残すなんてこと、万一にもありません!」
福祉に労働保障、アフターケアまでばっちりだった。
となれば、である。
「こちらこそ宜しくお願いします」
──こうなるわけだった。
*
「稲ヶ崎くん」
「僕は稲村ヶ崎だよ」
「ごめん、稲ヶ村崎くん」
「稲村ヶ崎、ね」
「……君の名字は難しいよ」
「否定はしないけど」
ふ、と小さく笑う顔が中々に可愛い彼は稲村ヶ崎くんと言う。クラスメイトで、同じ図書委員で、席がお隣さん。現在一番話す機会の多い男子生徒である。しかし名字が長すぎて結構な頻度で間違えてしまう。申し訳ない。わざとではないのでどうか許してほしい。
「それで? 何か用事でも?」
「ああそうだった! あのね、稲村ヶ崎くん、この後の図書当番なんだけど、良かったら交換してもらえないかな?」
「ん? まあいいよ」
「ありがとう! 今日はちょっと外せない用事があったの!」
そう、何を隠そう今日は勇者の任命式なのだ。こちらの時間的に夕方までには家に帰らねばならない。
そんな面倒で恥ずかしいこと、本当はごめんだった。しかし、各国に対する体裁が必要なのですと美形さん達に頭を下げられてしまえば、そこはノーとは言えない日本人、気づけば頷いてしまっていた。初っぱなからこんな押しが弱くて大丈夫かしらと思わなくもない。
「ううん、それは確かに大事だもんね」
「え?」
「ほら、帰らないの?」
「えっあっ、うん、えっと……じゃあね!」
「うん、またね」
なんだか少し引っかかるところはあったが、確かに時間を見ればギリギリだった。バイトに遅刻は厳禁である。慌てて私は家へと駆け出した。
そして、自室のクローゼットをくぐり抜け、まるでコスプレのような衣装に体をぎゅうぎゅうと締め上げられた頃には、私はそんな些細な引っかかりなどすっかり忘れていたのだった。
「やあ、さっきぶりだね?」
──任命式の途中で現れた稲村ヶ崎くんを見るまでは。
なぜか息を詰まらせ、引きつった表情を浮かべる美形の人々の間を、稲村ヶ崎くんは悠々と通り抜けた。こつん、とローファーと大理石がたてる音が辺りに響く。学ランと黒ぶち眼鏡。さっき見たままの服装があまりにもこの場にそぐわない。私ですら、こんなよく分からない服を着させられていると言うのに。
「む、村ヶ崎くん?」
「稲村ヶ崎だよ」
「あ、ごめん! また間違えちゃった」
「いいよ。ところでその服可愛いね。……ちょっとコスプレみたいだけど」
「う、うるさいなあ、私だって別に好きで着てるわけじゃないよ……じゃなくて!」
「どうしたの?」
「い、稲村ヶ崎くんが、なんでここにいるのっ? どうしてっ?」
ああ、それはねえ、と稲村ヶ崎くんはいつもの笑みを浮かべた。なのに、あんまり、可愛くないのは何故だろう。
「僕が魔王様だからだよ?」
──その瞬間、辺りはパニック状態へと陥った。
逃げ惑う人々に突き飛ばされ頭を打ち付けた所為で、意識を手放すその瞬間、稲村ヶ崎くんがこっちでもよろしくねーなんて陽気に告げる声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思いたい。気のせいだと、思いたい!
フェードアウト。
「私」
普通の女子高生かつテンプレ勇者様。
稲村ケ崎くんの名字を良く間違える。
稲村ケ崎くん
「私」のクラスメイトかつ異世界の魔王様。
自分の名字について、みんな呼びづらそうだなあとか思ってる。




