【短編】遠すぎる距離
「雨降らないかなぁ。」
私は、授業中に先生の言葉も聞かずにそうつぶやく。しかも小雨であってはいけず、是非大粒の雨が沢山降り注いで欲しかった。一時間目から曇天だったけど、今日の雲は気分を変えることなくずっと私たちのはるか上に留まり続けていた。
私の彼はとても恥ずかしがり屋だ。私たちはいつも一緒に下校している。でも、周りからの目線を気にしている彼は私と少し距離をとって歩いている。私はその事が不満だ。女子高生というブランドは今年の4月にはなくなってしまう。是非、それまでに彼との距離をもう少しだけ近くしたい。雨が降れば1つの傘で身を寄せ合う事が出来る。相合傘は最近彼との関係に物足りなかった私にとってのささやかな楽しみだった。是非私たちを近づける為に今日こそ傘に水のベールを付けて欲しい。
キンコン……カンコン キンコン……カンコン
私が祈りを捧げているうちに授業は終わってしまったらしい。今日も願いは叶わなかったようだ。どことなくしょんぼりしつつ、彼と約束しているロッカー前の空きスペースに向かう。窓ガラスに反射する自分の顔で彼と会う前に笑顔と上目づかいの練習を少しだけする。今日もばっちりだった。でも、自分がかわいいと思ってしまった事に対して少し反省する。
「お待たせ、待った?」
出来るだけ明るい声で明るく可憐な少女を演出した。彼はこんな私が彼女で満足してくれているのだろうか。心配で少し心が折れそう。でも、変わらない彼の笑顔を見て少し安心する。いつもと変わらず内容の無い会話を堪能する。彼と一緒にいる間は気持ちが洗われるようだ。一緒の下校の道はたった30分程だ。でも、その時間の為に私は学校に来ていたし、受験生だが6時限の授業よりもより濃密な時間だった。
丁度、半分まで来た。その時、ぽつぽつと雨が降って来た。恵みの雨だった。私はこれ見よがしに手提げバックの中に出しやすいように収納されていた黒い折りたたみ傘を広げようとする。わざわざ彼が入りやすいように一週間前に買ってきた、黒くてシック?な傘だ。私はこれでもかという程の太陽のような笑顔で言う。
「雨降ってきちゃったね?」
それに対して彼は……
「まだ、小雨じゃない?」
小雨も私にとって立派な雨だった。
「小雨って漢字に雨含まれてるじゃん。」
少し言葉につまりつつも……
「小火は漢字に火が入っているけど、必ずしも火の手が上がっている訳ではないよ?」
その通りだった。彼の言うとおりだった。この程度の雨では周りの人たちは少し駆け足になる程度で傘をさす人はほんの一握りしかいないだろう。でも私の伝えたい事はそんな事ではないのだ。少し鈍い彼に対して少しいらいらがつのり、言葉に出そうになる。結局、今日もカバンから傘を出す事ができないまま、30分の道のりを終える事になってしまった。
……彼と別れてから1人で自宅まで帰る道のり。いつもは彼と話した内容を思い出しつつにやにやしながら帰るのだが、今日はそんな気分ではなかった。なんで素直に相合傘がしたいと言えなかったったんだろう。反省が何度も何度も頭をよぎる。
ぽち、ぽち ぽち、ぽち
ぽつ、ぽつ ぽつ、ぽつ
ざぁ、ざぁ ざぁ、ざぁ
彼と別れてから3分程経過してからの急な土砂降りだ。あと少し、ほんの少しだけ、早く降って欲しかった。雨が降っていたが傘を使う気にはなれなかった。また、なぜか、悲しくて目からは涙がこぼれ落ちた。
ざぁ、ざぁ ざぁ、ざぁ
ざぁ、ざぁ ざぁ、ざぁ
ざぁ、ざぁ ざぁ、ざぁ
雨をシャワーのように浴びる。恥ずかしい涙も雨の力でかき消され、周りの人からはただの傘を忘れてきた女子高生として映っている事だろう。彼と歩いた前半の楽しい道のりが台無しだった。
ちゃん、ちゃん、ちゃん
ちゃん、ちゃん、ちゃん
水面を駆ける様な、軽やかな音が耳に届く。そして、私の周りだけ雨が降るのが止んだ。
「ごめん、ノート借りたままだった。それと、傘忘れちゃったのか?」
予想だにしない、彼から差し出された傘だった。いつも彼には笑顔ばっかりを見せてきた。でも、今日の私の顔は雨の水分とは違う水分で濡れていた。彼はなにも言わず、雨でぐっしゃぐしゃに濡れた私を抱きしめてくれた。雨で濡れた私にとって彼はとても温かかった。その後、傘をさして家までついて来てくれたのだった。
「じゃあね。また明日。 風邪に気をつけなよ。」
今日の彼はとても格好良かった。
次の日、なんで泣いていたのかを聞かれてしまった。でも、恥ずかしくてその理由を言える訳が無かった。でも、私たちの距離は自然と近付いていた。それは、私が彼に綺麗な面だけを見せる必要が無くなったからだった。今、思い返せば距離をとっていたのは自分の方だったのだろう。さて、今日の天気はなんだろう。
2作目。
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