↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/13

聖女様と入れ子の罰

王都を発って二日目。豊かな山々に囲まれたのどかな農村トロワーヌに到着した。

 

「セシリア様、ご覧ください! あそこが古い封印の祠です!」

 

アルベルトが爽やかに指さす先には、苔むした小さな石造りの祠がある。最近わずかに魔王の瘴気が漏れ出し、周辺の魔物を刺激しているらしい。

 

「ふむ……確かに、祠の周囲に不穏な気配を感じますね」

 

俺が儚げな「聖女スマイル」を浮かべた、まさにその時だ。

 

ガサガサッと草むらが激しく揺れ、姿を現したのは馬ほどもある巨大な漆黒の蜘蛛――『大毒グモ』の群れだった。鋭い大顎を鳴らし、糸を吐き出しながらこちらへ殺到してくる。

 

「くっ、瘴気に惹き寄せられた魔物ですか! セシリア様はお下がりください! ここは私にお任せを!」

 

アルベルトが腰の聖剣を抜き放つ。

 

眩い聖光が閃いたと思ったら、次の瞬間には先頭の大毒グモが一刀両断されていた。そのまま流れるような連撃で、次々と巨大蜘蛛が切り伏せられていく。

 

(相変わらず無駄のない動きだ。分かってはいたが、やっぱりこの男はめちゃくちゃ強い)

 

「では、封印のほうは私がやりますね! この程度、聖女様が出るまでもありません♡」

 

妙に張り切った声とともに、レヴィが自ら祠へ駆け寄った。

 

「あー、ちょっと瘴気が漏れてるだけですねー。これくらいなら、ちょちょいのちょいですぅ♡」

 

祠へ小さな手をぺたっと当てる。淡い光が広がり、途端に祠から漂っていた禍々しい気配が綺麗サッパリ消え去った。

 

「ふぅ、完了です! アルベルト様、お見事でした!」

「ハハハ! レヴィ殿も見事な手際でした!」

 

爽やかに笑い合う二人。

 

戦闘開始から、わずか十秒。

 

(……あれ、俺いらなくね?)

 

俺はというと、胸の前でそっと両手を組み、後ろで優雅に佇んでいただけだ。

 

(指一本動かしていないし、汗一滴すらかいていない。『アルベルトTSUEEEE』って思っていたら、全て終わってしまった)

 

そこへ、物陰から様子を伺っていた村長たちが涙を流しながら駆け寄ってきた。

 

「おお……! なんというお力……! 聖女様が後ろで尊き祈りを捧げてくださっていたおかげで、勇者様の剣が冴え渡り、レヴィ様も無事に封印を修復できたのですね……! ありがとうございます、聖女様!」

「いえ……私はただ、皆さんの安全を祈っていただけに過ぎません」

 

完璧な聖女スマイルで応える俺。

 

(いやマジで祈ってすらねぇよ! ガチの無労働だよ!!)

 

まあいい。戦わずに済むならそれに越したことはないのだ。

 

過剰戦力パーティ万歳。

 

*

 

「さあ聖女様、勇者様! 我らがトロワーヌ料理をご堪能ください!」

 

村長宅で感謝の宴が始まった。

 

テーブルには香ばしく焼き上げられたパンや、ほくほくの蒸しジャガイモなど、ごくごく普通の素朴で美味しそうな料理が並んでいる。

 

(よし……普通だ! いつものクソ田舎料理みたいな罠はない!!)

 

ほっと胸を撫でおろす俺。

 

だがそこへ、村長が勿体ぶった調子で声を張り上げた。

 

「ただいま焼き上がりました! こちらが、我が村が誇る最高の腸詰め料理でございます!」

 

銀皿の上に鎮座していたのは、太くてこんがりとした素晴らしい焼き目のソーセージだった。粒マスタードが添えられていて、めちゃくちゃ美味そうだ。

 

「おお、これは素晴らしい! 実は私、腸詰めが大好物なのです!」

 

アルベルトが目を輝かせる。

 

「村長殿。今回、我々を導いてくださった最大の功労者はセシリア様です。ぜひ一番立派なものを!」

「おお、やはり! では聖女様にはこちらを!」

 

村長が感激しながら取り分けたのは、大皿の中でもひと際異彩を放っていた特大サイズだった。

 

(最大の功労者!? 俺が今日やった最大の仕事、馬車から降りたことだぞ!?)

 

とはいえ、目の前にあるのは美味そうなソーセージだ。

 

(まあいい。何一つ働かずに、一番デカい肉料理をタダで食う! これぞ転生聖女の醍醐味!!)

 

「まあ、美味しそうですこと。感謝していただきますね」

 

俺は優雅にナイフとフォークを手にとり、特大ソーセージへ刃を入れた。

 

スッと刃が通り、肉が切れる――その瞬間だった。

 

断面から、粗く刻まれた生々しい腸の断片がぐにゅりと姿を覗かせた。

 

それと同時に、熱気とともに怒涛の内臓臭が鼻腔を突き刺す。

 

(待て。ソーセージの中からソーセージになる前の内臓が出てきたぞ……!?)

 

俺が突如として漂い始めた悪臭に戦慄していると、村長が誇らしげに胸を張った。

 

「豚の腸を丁寧に仕込み、さらに豚の腸へぎゅうぎゅうに詰めて作る伝統料理『アンデュイエット』でございます!」

 

(腸を腸に詰めた!? 腸のマトリョーシカじゃねえか!!)

 

正体を知り、冷や汗が吹き出す。

 

だが、村長やアルベルトの視線が注がれる中、手をつけるのをやめるわけにはいかない。

 

俺は腹をくくり、一口大に切ったそれを口の中へ放り込み、噛み締めた。

 

プリッとした皮の破断音の直後、粗い内臓特有のグニグニとした生々しい食感が口内に広がる。そして熱によって増幅された猛烈な獣臭と腸臭が、津波のように鼻へ突き抜けた。

 

(臭っっっっっっっっっ! なんで普通のソーセージの顔して、噛んだら家畜小屋が開門するんだよ!!)

 

表面の香ばしい焦げ目とマスタードは確かに美味い。

 

美味いのだが、本体の猛烈すぎる個性がそれら全てを強引に轢き殺していく。

 

(ていうか俺、今日マジで何もしてねぇんだが!? 戦ったのはアルベルトで、封印をぺたっと直したのはレヴィだぞ!? なんで何もしてない俺がこんな拷問受けてんだよ!!)

 

何も働いていない日に食わされる特大の便所ソーセージ。

 

理不尽という言葉すら生ぬるい。

 

その時、隣のレヴィがそっと腹を押さえた。

 

「あのぉ……聖女様ぁ。私、さっきの瘴気封印でちょっと力を使いすぎちゃったみたいでぇ……なんだか食欲が♡」

「……え?」

 

レヴィはほとんど手をつけていない皿を、するりと俺の前へ滑らせる。

 

そして俺の耳元へ顔を寄せ、村人には聞こえない声で囁いた。

 

「聖女様、今日は何にもしてないんですから、ここくらいはがんばってくださいね♡」

 

(こいつ……!!)

 

にっこり笑うレヴィ。

 

その顔を見た瞬間、すべてを察した。

 

(さてはこの村の名物を最初から知ってやがったな!? だから封印だけ妙に張り切って仕事したのか!!)

 

「おお! なんと力強く、豚の生命力をダイレクトに感じる味わいだ! これぞ大地の滋味ですね!」

 

一方、アルベルトは目を輝かせながらパクパクとアンデュイエットを平らげていた。

 

(豚の生命力ってなんだよ! ただの洗浄不足だよ!!)

 

「聖女様、お味はいかがでしょうか……!?」

 

村長が期待に満ちた顔で感想を求めてくる。

 

俺は神域の顔筋コントロールで笑顔を維持しながら、必死に一言を捻り出した。

 

「……とても、ブタ味あふれるお味ですね」

 

こうして俺は、アルベルトが初手で寄越した特大サイズに加え、計画的犯行によって押し付けられたレヴィの分まで、涙目になりながら完食するハメになったのだった。

 

 

――数百年後。

 

【聖教本部・公式】

 本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第六篇「アンデュイエット(豚腸ソーセージ)」を一般公開いたしました。

 

 光の聖女セシリアが、魔王封印の異変を調査する旅の最初期に、トロワーヌ村を訪れた際に記したものとされています。

 

『悪魔の経典』

第六篇 アンデュイエット(豚腸ソーセージ)

 

【材料】

 豚の腸、胃袋などの内臓:どっさり(どこを切っても消化器官)

 豚の腸衣:さらに腸

 玉ねぎ、香草:適量

 白ワイン、粒マスタード:適量(頼むから頑張ってくれ)

 

【作り方】

1 内臓を下処理する

 豚の腸や胃をよく洗って下処理しろ。ここは真面目にやれ。死んでも手を抜くな。

 

2 細長く切る

 下処理した内臓を細長く切る。

 

3 腸に詰める(絶望ゾーン)

 切った腸や胃を、さらに豚の腸衣へぎゅうぎゅうに詰める。腸を腸に詰める。ここで「いま何を料理しているんだろう」と考えてはいけない。

 

4 煮込む

 玉ねぎ、香草などを加えた煮汁でじっくり火を通す。ここまでやると、だんだん普通の立派なソーセージに見えてくる。

 

5 焼く

 食べる前に表面を香ばしく焼き、粒マスタードや白ワインのソースを添えて完成。

 

【戒め】

 マスタードは悪くない。白ワインも悪くない。みんな頑張っている。ただ相手が強すぎた。ナイフを入れれば腸、噛めば腸、鼻へ抜けても腸だ。内臓の個性を残すのと、便所を連想させるほどの臭みを残すのは別物である。限度を覚えろ。

 

♡ 35.4万 ↻ 17.1万 返信 8.3万

 

 

 

@聖女様ガチ勢

 第六篇キターーー!!

 トロワーヌ村って、あの有名な祠がある村じゃん。

 

@トロワーヌ村民

 あの祠なら今も村の観光名所だよ。料理については……黙秘権を行使させていただきます。

 

@グルメレビュー転載 bot

 「腐っているわけではありません。ただ、土臭いというか、少し汚れたような独特のファンクがあります。好きな人にはこれが魅力なのだと思います」★2.0

 

@一般信徒

 汚れたようなファンクwww

 

@グルメレビュー転載 bot

 「見た目は普通の美味しそうなソーセージでしたが、切った瞬間、中から筋っぽい腸が見えてしまって無理でした。味以前に見た目で心が折れました」★1.0

 

@グルメレビュー転載 bot

 「皿が運ばれてきた時点で、私には便のような匂いに感じられました。申し訳ないですが、一口も食べずに下げてもらいました」★評価なし

 

@一般信徒

 食べる前に敗北してて草。

 

@トロワーヌ村民

 いやアンデュイエットは独特の香りはかなり強いけど、豚の旨味も濃いし、粒マスタードと合わせるとうまいんよ!

 

@グルメレビュー転載 bot

 「現地の専門店で食べました。表面は香ばしく、噛むほどに内臓らしい力強い旨味があります。好きな人にはたまらない料理です」★5.0

 

@一般信徒

 アルベルト様みたいなレビュー来たwww

 

@勇者研究会

 ちなみに勇者アルベルトのトロワーヌ奮闘記にも、「力強く、大地の滋味を感じさせる、人生最高の腸詰めであった」と残ってる。

 

@一般信徒

 いやー、いくら勇者様オススメでもうんこ臭いのはキツイっす。

 

@料理好き

 だから好みが極端に分かれるんだって。好きな人はあの強烈な香り込みで好きなんだよ。

 

@再現料理部

 つくレポ書いてみた!

 大腸の処理これでいいのか不安になったwww

 

@再現料理部

 粒マスタードを山盛りにして食べてみた。

 最初はマスタードが頑張ってくれるんだけど、噛んでると後ろから内臓臭が追いついてくる。

 

@一般信徒

 「マスタードは悪くない。みんな頑張っている」聖女様の評価、正しかったんだな。

 

@再現料理部二号

 換気せずに焼いてみたら部屋中がすごい匂いになった。

 

@一般信徒

 なぜ毎回余計なところまで再現するのか。

 

@レヴィ研究会

 料理より今回ヤバいのはこっち。「聖女セシリアは後方にて静かに祈りを捧げ、その尊き加護によって勇者の剣を導き、見習い聖女の結界を支えた」と記されたレヴィ伝『影の章』が新たに発見された。

 

@聖女様ガチ勢

 さすが聖女様……。

 

@歴史専攻

 いや、よく読め。つまり聖女はこの村では何もしていないんだ。それなのに料理をご馳走になって文句言ってることになる。

 

@一般信徒

 wwwwwwwwww

 

@聖女様ガチ勢

 やめろ!

 

@勇者研究会

 そういえばアルベルト様の奮闘記でも、大毒グモを討伐したのは勇者アルベルト、祠の瘴気漏れに結界を施したのは見習い聖女レヴィとなっていたな。

 

@歴史専攻

 だろ? 少なくとも残っている記録上、聖女様本人がこの祠に直接何かしたとは確認できない。

 

@一般信徒

 後方腕組み聖女wwwww

 

@旅動画勢

 【聖地巡礼】無労働の代償を完全再現!トロワーヌ村の封印祠跡を見学したあと、特大アンデュイエットを完食してみたwww #聖女巡礼 #クソ飯体験 #後方祈祷 #トロワーヌ村

 

@一般信徒

 お前は観光して飯食っただけだから、本当に無労働じゃねえか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今回は同行者への恨みを洩らさなかったのかw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。