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聖女様と朽木の晩餐

俺たちは、南洋王国スマラントの離島にある漁村――リマナ村にやって来ていた。


青い海と鬱蒼としたマングローブの森に囲まれたこの村では、近頃、泥沼から現れる『沼土巨蟹』が漁船や桟橋を破壊しているという。おまけに、森の奥にある魔王の封印からも瘴気が漏れ始めていた。


「ふっ!」


アルベルトの聖剣が一閃。

泥から飛び出してきた漁師小屋ほどもある巨蟹は、甲羅ごと綺麗に両断され、一瞬で沈黙した。

相変わらずこの男の戦闘力はオーバーキルにもほどがある。


だが、俺たちが封印の石碑へ近づこうとした、その時――


「……聖教の犬どもめ。余計な邪魔を」


現れたのは、赤黒く錆びた鎧に身を包んだ大柄な男だった。全身から禍々しい瘴気を漂わせ、手には無数の棘が突き出した、巨大な鋸のような剣を握っている。


「何者だ!」

「我が名は『糞食らい』。この世に呪いを撒く者よ……」


(…………は?)


俺は男と、真っ二つになった巨大ガニを交互に見た。


(どうなってんだこの世界!! 巨大ガニのところに不審者が現れて、しかもそれが『糞食らい』だと!? ギリギリの名前じゃねぇか!! あらゆる意味でこいつは危険すぎるぞ!!)


咄嗟にアルベルトが地面を蹴った。白銀の聖剣と、黒い棘剣が激突する。


ガギィィィンッ!!


凄まじい金属音とともに火花が飛び散り、アルベルトが素早く後退する。

だが、その手に握られた聖剣の刀身には、黒い亀裂のような傷が走っていた。


「なにっ……!?」


(おい待て!! あのチート聖剣が傷ついただと!? 魔物なんか豆腐みたいに切ってたくせに!!)


「フハハハッ! 神の加護など、我が呪剣の前では――」

「アルベルトさん、お下がりください!」


(冗談じゃねえ!! その剣が壊れたら今後の魔物退治、全部俺の仕事になるじゃねえか!!)


おまけに、さっきから敵の名乗りが妙に癇に障る。

俺は怒りを露わに右手を掲げ、限界突破した神聖力を解き放った。


(何が『糞食らい』じゃ、ボケェ!! こちとら、マジもんを食わされてんだぞォォォ!!)


「ぐおおおおおおおおっ!!?」


神聖光をまともに食らった糞食らいは、マングローブの木を何本もへし折り、泥沼の奥へと吹っ飛んでいった。


(……やっべ。またやりすぎたか?)


だが、泥煙が晴れたとき、男の姿はすでになかった。砕けた黒い護符が泥の上に転がっている。どうやら転移術で逃げたらしい。


「まさか、この聖剣に傷をつける者がいるとは……」


アルベルトの剣には、今も黒い傷から瘴気が滲んでいる。

さらに、泥に埋もれた封印の石碑には、真新しい解呪の刻み跡が残されていた。黒い棘剣で削りつけたような傷だ。


(……これ、タムトン村の封印にあった術式と似てねえか?)


あの不審者は、各地の封印に細工している何者かと関係がありそうだ。

俺は残った瘴気を慎重に浄化し、石碑を安定させた。


*


その日の夜、村の集会所。


「聖女様、勇者様、本当にありがとうございました! おかげさまで明日から安心して漁に出られます! ただ、こんな小さな漁村ですからな。ろくなおもてなしもできませんで……」

「お気になさらず。人々を救うのが私たちの役目ですからね。皆様の温かいお気持ちだけで十分です」


にっこり微笑む俺に、村長は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「ところで聖女様、つかぬことを伺いますが……貝はお好きですかな?」

「貝、ですか?」

「ええ。うちの村には『タミロック』という貝が採れましてな。生のまま酢や唐辛子、玉ねぎと合わせて食べたり、あるいは揚げたりするのです。異国の方には少し珍しいかもしれませんが……」


その瞬間、俺の脳裏で前世の記憶と現在の情報が高速で結びついた。


(ほう、貝ということは……つまり、生ガキやカキフライみたいなもんかな。今回の村長は話が分かるな。南国の蒸し暑さに酢の物なんて最高じゃないか、楽しみだぜ!)


「ええ、全く問題ありませんわ。海の恵みであれば何でもありがたくいただきます」

「おお! さすがは聖女様、お心が広い! では早速、自慢のタミロック料理をご用意いたしましょう!」


ウキウキと厨房へ引っ込んでいく村長を背に、俺は心の中でガッツポーズをした。


そして、運ばれてきた大皿。

給仕が蓋を開けた。

そこに鎮座していたのは――。


(……は?)


俺の思考が盛大にフリーズした。


透明な酢と刻み玉ねぎ、赤く熟した唐辛子の海。

そこに折り重なっていたのは、およそ貝とは思えない、灰白色のぬるぬるしたミミズの群れだった。


まるでメデューサのかつらを酢と唐辛子に漬け込んだような有様。一本ずつ見れば細長いイカのようでもあり、半透明の身体には黒っぽい筋が透け、表面を覆う鼻水のような粘液がヌラヌラと光っている。


(いや待て待て待て待て!! どこが貝だ!! エイリアンの幼生かよ!! どう見てもミミズの山盛りにしか見えねえぞ!!)


「あ、あの……村長さん。こちらがタミロックという貝なのですか?」

「ええ、そうです。マングローブの朽木の中で育つ、大変滋養に富んだ貝でして、腐った木を割りますと、中からこう、ニュルニュルッと出てくるんですな!」


…………。


(……腐った木の中から、ニュルニュルッと……? それって……ムシやろがァァァァァァッ!!!!)


「頭に小さな貝殻がついておりましてな。これで木を削って潜るのです」


(貝殻!? どこにあんだよ!! まさか頭の先っぽにちょびっとついてるアレか!? そんな申し訳程度の貝殻で貝を名乗るな!! 身体の九十九パーセントがミミズじゃねえか!!)


そう。俺の目の前に鎮座しているのは、前世でいうところのフナクイムシ。

名前こそ虫だが、分類上は二枚貝という、海の生物界が生み出した悪質なひっかけ問題だ。


「さぁ、我が村自慢の『キニラウ・ナ・タミロック』でございます! 新鮮な生が一番の絶品ですぞ!」


見れば、横のレヴィが白目を剥いていた。


「さ、聖女様ぁ……これ、本当に貝なんですかぁ……? どう見ても虫にしか見えませんよぉ……?」

「……落ち着きなさいレヴィ。これは貝よ。海の貝……」


こんなもの食えるかと叫べば、聖女の信仰力は暴落する。


(……いや待てよ? 先日、俺の神聖力は限界突破したばかりだ。ここらで信仰力を下げとくのも手じゃねえか? よし、今回は断って――)


「おお……! なんという生命力みなぎる姿! マングローブの強靭な木を食い破って育ったというこの身肉……! 大地と海のロマンを感じますな!」


アルベルトが大皿から一本つまみ上げ、ためらいなく口へ放り込んだ。


「これは美味い!! 濃厚な磯の香りとミルキーな旨味! 酢の酸味と唐辛子の辛さが完璧に調和しています! まさに海のミルクならぬ、海の髄液ですぞ!!」


(本当かよ……!? まあ貝ではあるし、一本くらい食ってみるか……)


「さあ、聖女様も!」

「……ええ、喜んで」


串で一本の個体をそっとつまみ上げると、ネバネバした粘液がいやらしい光沢を放っている。

俺はそれを口の中へ放り込み――噛み締めた。


(ぶはっっっっっっっっっっっっ!!!???)


脳内で警報ベルが全方位から鳴り響いた。

ぐにゅっ、と歯にまとわりつく尋常ではないぬるぬる感。牡蠣をさらに凶悪に生臭く、塩辛くしたような味が襲いかかり、腐った木のような後味が鼻の奥に残る。

酢も唐辛子もまるで役に立っていない!


(口の中が生製材所とドブ川のハイブリッドだぁぁぁぁぁっ!!)


だが、俺の顔筋は神域のコントロールを見せる。


「……とても、木味あふれる……素晴らしい海の恵みですね」


激しい吐き気を必死に堪え、俺は完璧な聖女スマイルのまま、メデューサの髪の毛みたいな悪夢を無理やり喉の奥へねじ込んだ。

ふと横を見ると、レヴィは大皿からそっと身を引き、ちゃっかり一口も食べずにやり過ごしていた。


(……なんとか一本食い終わったぞ。だが、まだこんなに残っていやがる……)


と、絶望に暮れかけたその時、アルベルトが爽やかな声を上げた。


「村長殿! 先ほど、このタミロックは揚げても美味しいと仰っておられましたな。ぜひ、そちらもいただけませんか! セシリア様にも、また違った味わいを楽しんでいただきたい!」


(……おっ? おおおおおおっ!! ナイスだアルベルトォォォォ!!!)


そうだ! 揚げ物だ!!

キモい食い物も、衣をつけて油で揚げちまえば何でも食えるもんだ! 天ぷら最高! フライ万歳!!


そして数分後。

運ばれてきたのは、こんがりと黄金色に揚がったタミロックのフライだった。先ほどの灰白色のミミズの面影は消え、どこからどう見ても立派な揚げ物である。


(勝った!! 今度こそ勝ったぞ!!)


俺は思わず隣のレヴィへ微笑みかけた。


「レヴィ。生の貝は少々苦手なようでしたけれど、揚げたものなら大丈夫でしょう?」

「えっ……?」

「ふふ。あなた、揚げ物は大好きでしたものね。せっかく村の皆様が用意してくださったのですから、ぜひいただきましょう」

「おお! ではレヴィ様には、特に大きなものをお取りしましょう!」


(ふはははは!! さっきは生酢和えから逃げやがって!! 今度はお前が先に食え!!)


レヴィは引きつった笑顔で、大ぶりのフライを口へ運んだ。


サクッ。


「……んごふっ♡」


一口かじった瞬間、レヴィの顔面から血の気が引いた。桃色の瞳を限界まで見開き、口元を押さえながら必死に飲み込んでいる。


(手下がやられた!? やはり……あかんかったか……)


だが、目の前にはこんがりとした黄金色のフライ。さっきの生よりはマシなはずだ。


(……南無三!!)


俺も覚悟を決めて口へ放り込んだ。


――噛んだ、瞬間。


(ぶっっっっっっっっ!!!!)


サクサクの衣を突き破った歯が、内側に潜むぐにゅぐにゅした身を押し潰した。加熱によって濃縮された強烈な磯の臭いが、油の重たさとともに鼻腔の奥へ突き抜けてくる!!


(くっっっさァァァァ!! 揚げても中身は熱々鼻水ミミズじゃねえかよ!!)


しかも、その直後。


ジャリッ。


歯の間で、何か硬い繊維が擦れ合った。


(木くずじゃねえかァァァァァッ!!!! なんで揚げ物食って口の中が製材所になるんだよ!!)


衣はサクサク、中身はぐにゅぐにゅ、おまけに木くずでジャリジャリ。

まさに食感の三重苦。

それでも俺は聖女スマイルを崩さなかった。


「……とても、香ばしくて……大地の恵みを感じるお料理ですね」

「おお! さすが聖女様! この島の恵みをよくお分かりで!」


村長が感激する横で、アルベルトだけが満足そうにフライを頬張っていた。


「まさしく森と海の滋味ですな! 時折感じる木の香りが、また素晴らしい!」


(それ木くずだよ!! 食材に混入しちゃいけねえやつだよ!! 何を優雅に風味として受け入れてんだ!!)


俺とレヴィは微笑みを張りつけ、黄金色の悪夢を飲み込むのだった。



――数百年後。


【聖教本部・公式】

 本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第十三篇「タミロックの生酢和えとフライ」を一般公開いたしました。

 光の聖女セシリアがスマラント王国南部の封印調査に訪れ、リマナ村にて記したものとされています。


『悪魔の経典』

第十三篇 タミロックの生酢和えとフライ


【材料】

 タミロック:大量(しっかり木くずを取れやボケ!!)

 酢・唐辛子・玉ねぎ:適量

 小麦粉・卵・パン粉・油:適量


【作り方】

1 朽木を割る(絶望ゾーン)

 マングローブの朽木をナタで割れ。灰白色のぬるぬるしたワームがニュルッと出てくる。「貝だ」と言い張られても虫にしか見えないが、ミルガイだって貝殻から身体がはみ出している。そう考えるとだんだん普通の貝に見えて……こない。


2 下処理をする

 体内に詰まった木くずや内臓を取り除いて洗え。ここをサボると、口の中で製材所が開業する。


3 生酢と和える

 酢、唐辛子、玉ねぎと和えるとキニラウ・ナ・タミロックの完成だ。なお、酢で和えず海水で軽く洗ってそのまま食べてもよいらしい。(よくない)


4 衣をつけて揚げる

 水気を切って衣をつけ、油で揚げろ。見た目だけは立派なフライになる。


【戒め】

 とにかく木くずを取れ。酢漬けの方は見た目は完全にアレであり、とにかく塩辛くぬめりが濃い。じっくり味わうより酒で流しこむのがよいだろう。そして後世の人類よ。キモい食い物も揚げれば何でも食えるなどと甘いことを考えるな。外はサクサク、中はぐにゅぐにゅ。そこへ木くずのジャリジャリが加われば、もはや食事ではなく拷問である。


♡ 73.5万 ↻ 31.2万 返信 14.6万




@聖女様ガチ勢

 第十三篇キタァァァ!! 「しっかり木くずを取れやボケ!!」で草不可避www


@一般信徒

 そもそも何で料理に木くずが入るんだよ。


@料理好き

 タミロックは木を食べる二枚貝なので、消化管に木の繊維が残ることがあります。調理時の下処理はとても重要です。


@グルメレビュー転載bot

 「生は見た目が無理でしたが、フライは牡蠣に似ていて美味しかったです! 衣もサクサクでした」★5.0


@グルメレビュー転載bot

 「フライにしたら余計に生臭くなりました。しかも中からジャリッとした食感が……。もう二度と食べません」★1.0


@再現料理部

 生は難しいですが、冷凍タミロックが手に入ったので、聖女様のレシピでフライを再現してみた! 下処理を省略して忠実に再現したら、口の中が木くずだらけになりました。


@再現料理部二号

 下処理をしっかりしたら普通に美味しいです! 味の濃すぎる牡蠣フライみたいです!


@一般信徒

 だからなんで毎回わざわざ失敗する方を再現するんだよwww


@歴史専攻

 当時の聖教史書には「聖女セシリアは南国の珍味を慈愛の微笑みとともに召し上がり、その芳醇な海の恵みを讃えられた」とある。ちなみに同じ史書には、リマナ村で『糞食らい』と名乗る謎の呪術師が一行を襲撃したという記録も残っている。勇者アルベルトの聖剣を損傷させた危険人物だったらしい。


@一般信徒

 糞食らいって何だよwww そんな名前の敵、本当にいたのかよwww


@勇者研究会

 アルベルト様の『南国遊記』より。「リマナ村にて、『糞食らい』なる凶悪な呪術師と交戦す。その禍々しき剣は聖剣にさえ傷を刻んだが、セシリア様の神聖光によって撃退された。聖女様は穢れを憎むあまり、かつてないほどの怒りを露わにされていた」


@一般信徒

 いやでも、本当にウンコ未満鍋食ってる聖女様と勇者様に比べるとなぁwww


@一般通過信徒

 聖女様が糞食らいに激怒した理由、今になって分かった気がするwww


@勇者研究会

 なお、同書の料理に関する記述。「リマナ村にて、タミロックの生酢和えと揚げ物を食す。聖女様はその美味しさに深く感動され、見習い聖女レヴィ殿にも熱心に勧めておられた。まことに慈愛に満ちたお姿であった」


@一般信徒

 本人の『悪魔の経典』には「食事ではなく拷問」って書いてあるんですがwww


@聖女様ガチ勢

 でもレヴィ様には熱心に勧めてたんでしょ? やっぱり後輩思いの聖女様じゃん!


@一般信徒

 自分が拷問だと思った料理を後輩に熱心に勧めてるんだがwww


@レヴィ研究会

 ちなみに『南国遊記』には、レヴィ様がフライを召し上がった後の感想は記されていない。


@一般通過信徒

 ……なんでそこだけ記録がないんですかね?


@旅動画勢

 【聖地巡礼】リマナ村でタミロック採集に挑戦した結果www ワニに襲われかけました! #聖女巡礼 #クソ飯体験 #タミロック #ワニワニパニック


@一般信徒

 お前らなんで毎度毎度、悪魔の経典のために命を張るんだよwww

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