第7話 深紅に紛れた探しもの
かすかな朝日が小窓から差し込み、調合室の棚や器具を淡く照らしている。
その光の中で、遠出の支度に追われるリリアの姿を、俺は少し距離を置いて眺めていた。
ガラス器具が触れ合う小さな音が、静かな部屋に時折響く。
調合の名残なのか、薬草の乾いた匂いが部屋の中に漂っている。
俺は、既に黒とダークグレーの軽装革装備に着替え終えている。
動けばマントがかすかに揺れるが、腰の剣がそれを抑え込む。
袖を捲っただけでも、いつもの装いより随分と身軽で、肩の力が抜けた。
「花畑へ行く日って今日だよな?」
「ええそうよ、今日はルブルム平原の方に行くの」
リリアは大きなカバンに色んなものを入れていく。
ハサミにピンセットに空のガラス瓶。何かの液体に、よく分からない赤い石。
パンパンに詰まったそれは、人の胴体よりも大きい。
リリアはドレス姿ではあるが、いつものような華やかなドレスではない。
外出……それもフィールドワークをするための実用的に作られたドレスだ。
気品は落とさないようにしつつも、動きやすさや露出の低さ、布の厚さなどが調整された服だ。
裾は少し短くまとめられ、歩きやすいように工夫されている。
腰には小さな道具袋がいくつもついていて、何かの道具を収納しているのが見て取れる。
「準備は終わったか? それじゃあ、持っていくぞ?」
「うん、ありがとう」
右手で持ち上げてみると、普段より少し軽め……いや、変わらないか?
中の瓶がカチャリと鳴り、荷物がわずかに中で揺れる。
「重くない大丈夫?」
「全然平気だ。他に持っていきたいものがあるなら、もっと詰めていいぞ。
研究とかでどんどん忙しくなってるだろ? 色々現地で済ませれるなら、その方がいい」
訓練のおかげか、この程度の重さであれば軽々と持てる。
「ううん、大丈夫。持っていきたいものは全部持ったよ」
◇ ◇ ◇
馬車の1つの席に、リリアの大きなカバンをゆっくりと置くと、中のガラスがぶつかり合った音が聞こえる。
リリアはその隣のイスに座る。
一見おとなしそうだが、足先が落ち着きなく小さく揺れている。
俺は腰につけていた剣を外し、対面に座って、剣を隣に置く。
4人用の馬車だが、中には俺とリリアの2人だけだ。
他の護衛は馬に乗り、馬車に並走して向かうことになっている。
馬車の扉を閉めると、密室感が強くなる。
馬車の手狭さが、対面に座るリリアの近さを強調する。
思わずリリアを見つめてしまうが、揺れによって視線が外れる。
馬車がゆっくりと動き出すと、車輪が石を踏む音が小さく響いた。
「今回の目的地はルブルム平原だよな。……たしか、赤い花が一面に咲く花畑だったか?」
「その通り! 今が一番咲いているからね! きっと綺麗よ!」
「ふーん……今回はゆっくりできそうか?」
「たしかに花畑で過ごすのもいいわね。……ただ、今日の目的は調査や採取だから、ほどほどにしないとね」
「調査?」
「そう! ルブルムの花は基本的につるつるの葉っぱなんだけど、たまにギザギザの葉っぱの花がいるの。そのギザギザの方が薬効が高いから、出来れば安定して栽培したりしたいの!」
「そうか、……まぁ頑張れ」
俺は窓の外を一度見てから言った。
「俺が守るから、安心して好きなようにすればいい」
「なにそれー。……頼りにしてるよ!」
◇ ◇ ◇
他愛のない会話が途切れた頃、馬車が止まる。
御者の合図とともに扉が開く。
一歩踏み出した瞬間、視界が一面の赤に塗り替わった。
ルブルム平原。
馬車の中で固まっていた身体を伸ばすと、肺いっぱいに甘い香りが入り込む。
赤い花が地平線まで揺れていた。
緩やかな風が吹くたびに、花の波がゆっくりと平原を渡っていく。
背の高い木も岩もない。
隠れる影は少ない――魔物が来れば、嫌でも目に入る。
周囲を一瞥しながら進んでいると、リリアが早々に花畑に突っ込んでいく。
膝ほどの高さの赤い花が、走るたびに左右へ揺れた。
「わぁ! 久々に来たけど、やっぱり綺麗な花畑だね、ガルド!」
周りを見ないで走っていき、花畑に走っていく姿に幼少の頃のリリアを想起してしまう。
「…………はしゃぐのはいいが、もう少し警戒しながら進んでくれ」
「大丈夫よ、ここには魔物がいないもの。それにガルドや護衛の皆もいるからね!」
リリアの断言を聞き、その信頼の表れで護衛の皆は少し照れくさそうだ。
……まぁ、俺も少し照れてしまったが。
「じゃあ、私はルブルムの花を探していくのだけど、たぶん、集中してしまうわ」
「いつも通りと言えば、いつも通りだな」
「だから、ガルドのいう警戒は、ガルド達に任せたわ!」
「……わかったよ、安全の確保は任せろ。リリアは自由に……いや、離れすぎない程度に自由に調べまわってくれ」
「ふふ、ありがとう!」
輝くような笑みの後、すぐに背中を向け、周囲の花を調べていく。
俺は四方を軽く警戒しつつ、足元にも視線を向ける。
魔物は背の高い草に隠れるとは限らない。
こういう低い花畑でも、身を伏せれば見えなくなる。
踏み荒らされた跡がないか。
妙な揺れ方をしている場所はないか。
それにしても、この量の花を調べるのか……早めに見つかるといいが。
◇ ◇ ◇
日が昇っていき、正午に達する頃だが、探索はまだ続いていた。
結構な範囲を歩き回ったが、目当ての花は見当たらない。
俺は進行方向の先を歩きながら、目を細めて花畑を見つめる。
――違和感。
俺は花の間をゆっくり歩きながら、足元を確認していく。
違和感のあった場所で足を止め、しゃがみ込んで花の一株を指でつまむ。
「リリアー!」
俺は大きな声を上げてリリアを呼ぶ。
「どうしたの、ガルド?」
「こっちへ来てくれ!」
リリアは、頭に『?』と浮かべながら、近づいてくる。
そして、俺は地面の方を指さす。
「これ、リリアの探してたやつじゃないか?」
「え? ……あっ、本当だ!」
しゃがみ込み、葉を確認する。
「間違いない……!」
「ありがとう、ガルド!」
勢いよくリリアが飛び込んでくる。
思わず一歩よろけたが、反射的に腕を回して受け止めた。
胸元に顔を埋めたまま、リリアは嬉しそうに笑っている。
……近い。
近すぎる距離に、思わず視線を逸らした。
「……はしゃぎすぎだ」
小さくため息をつきながら、肩を軽く叩く。
「もういいだろ。離れろ」
「あっ、そうだ! ……ここらへん全部ギザギザのやつじゃん!」
俺の横を通り過ぎ、リリアの注目が赤い花に向けられる。
……まったく、子供の頃から変わらないな。
早めに見つけてやったのに、結局リリアは休まなさそうだ。
……楽しそうだし、まぁいいか。
他にもギザギザのやつがないか、また探さないとな。




