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第4話 運命を動かす白い薬

 フローレンス家に仕え初めて数年後。

 鏡に映る俺は、背も順調に伸びて、立派な青年になれた。

 それもこれも、親父が俺を拾い、飯を与えてくれたおかげだ。


 それに鍛錬の成果もあって、筋肉もついている。

 岩のように太い筋肉というよりは、しなやかな肉食獣の筋肉といった感じだ。


 ――そう、俺は兵士としての修練を積んで、副兵士長になった。

 兵士長は親父のままだが、超える日も近いと思っている。

 ……いまだに、ディエゴ兵士長と呼ぶのは違和感を感じてしまう。


 フローレンス家から支給された服に袖を通していく。

 サイズぴたりと仕立てられた白シャツは肩に沿い、黒のパンツは無駄なく脚線をなぞる。

 きっちりと留められた立ち襟は、まるで首輪のようだ。

 

 その上から金糸で縁取られた黒のベストを纏う。

 控えめな刺繍(ししゅう)で、胸元には小さなフローレンス家の家紋。

 主を示す印が静かに光る。


 最後に、自前の剣を腰へ差した。

 牙だけは、誰のものでもない。

 それだけは譲れなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇


 

 屋敷の廊下は、静けさを保つように長く伸びていた。

 日は既に高く上り、窓から指す光がベージュ色の壁を照らしている。


 「あっ! ガルド!」


 小さな手をぶんぶんと振りながら、一直線に駆けてくる。


 幼いころは肩口で跳ねていた純白の髪も、いまは腰まで伸びていた。

 走るたびに金糸をあしらった白のドレスも揺れている。


 「……今日の授業はもう終わったのか?」

 

 「うん! ……やっぱり、礼儀作法を学ぶの大変~。ダンスや音楽はまだ楽しいんだけどね~」


 リリアは令嬢として、礼儀作法、歴史、詩、――そして錬金術を学んでいるらしい。


 錬金術。

 それは魔力という特別な資質のある人間が高度な知識を学習することで、特殊な道具を作り出す技術。

 魔力や希少な薬草、鉱物を使うことで、薬師では作れない薬などを作ることができる。

 つまり、貴族だけの専売特許ってやつだ。


 ルチアーノ様曰く、リリアには錬金術の才能があるらしい。

 親父が延々と自慢話を聞かされ、げんなりしていたのを思い出す。

 

 「この後はもう予定無いからね。温室で過ごすつもり!」

 

 「そうか、そこまで送るよ」

 

 温室まで一緒に向かう間、リリアーナは隣で色んな会話を話しかけてくれる。

 俺はいつも聞いてばかりだが、それでもいいらしい。

 リリアは表情をコロコロさせながら話している。


 リリアは特に植物関連の錬金術が得意だとかで、ルチアーノ様が温室を用意した。

 温室では薬効のあるハーブや薬草が育てられている。

 俺にとっては雑草に見えるが、リリアにとっては宝物みたいだ。


 温室には調合室も隣接していて、最近はそこで研究にかかりきりだ。

 以前、近くで待機することがあったが、よく分からないし、それ以降は止めた。

 その時間で、訓練した方がリリアのためになる。


 「あ、お父様!」

 

 「リリアーナか、ガルドも一緒か」

 

 ルチアーノ様が目に入り、俺はリリアの少し後ろで足を止めた。

 右手のひらを胸に当ててながら軽く頭を下げ、静かに礼を尽くす。

 ルチアーノ様と話すとき、基本は空気になるように徹する。

 こちらから話しかけるのは身分的に控えるべきだ。


 「リリアーナはこれから研究か?」

 

 「はい! 試作段階の創薬の目途がつきまして、そろそろ商品化できる予定です!」

 

 「見事だ。ここまで仕上げるとは……予想以上だぞ、リリアーナ。やはりお前には才がある」

 

 顎に手をやり、感心したように息を漏らす。


 「そんなそんな、皆々様の教育のおかげですわ!」

 

 ぱたぱた、と赤い顔に風を送る。

 

 ルチアーノ様が向き直り、俺を見つめる。

 その瞳は、俺に対しても優しげだ。

 

 「ガルド君も訓練が順調だとか?」

 

 「はい、研鑽の甲斐があり、日に日に力がついていると感じます」

 

 「それはなによりだ。なんでも、すでに兵士の中で群を抜いているとか」

 

 「はい。いずれはディエゴ兵士長をも越えていく所存です」

 

 「いい意気込みだ。今後もリリアーナを守ってやってくれ」

 

 「はい、この身に変えても」

 

 「色々と話したいところだが……書類が溜まっているのでな、これにて失礼する」


 そう言い、ルチアーノ様は去っていく。

 俺は頭を軽く下げ、立ち去る音を待つ。


 「ふふ、ガルドの敬語を聞くと、やっぱり面白いわ」

 

 「……間違えてたか?」

 

 「んー間違えてはなさそうだけど……なんかおかしくて」

 

 「なんだそりゃ……それを言うなら、リリアだって敬語になってたろ」

 

 「私は貴族だから仕方ないもーん」


 ルチアーノ様が去った後は、いつもの口調に戻ってしまう。

 本当はリリアにも敬語を使った方がいいのだろうが、中々直せない。


 「ガルドは結構変わったね。口数も増えたし、雰囲気も落ち着いた」

 

 「最初は色々慣れてなかったからな。常にうかつに話せなかったんだ。……リリアはあまり変わってないな」

 

 「ええっ!? 結構、成長してるんだよ!? その成長した部分を見せる場にガルドがいないだけだから!!」

 

 「ふーん」


 可愛く頬を膨らまし、むぅ、と唸るリリア。

 

 「信じてないでしょー。……これから、調合室で研究するから、見せてあげてもいいんだよ!」

 

 「訓練があるから、また今度な」

 

 「ほら、避ける!」

 

 以前、研究しているリリアのそばにいたことがあったが、分からない話ばかりで大変だった。

 

 研究するリリアに寄り添っても力になれることはない。

 だったら、訓練した方がいざってときにリリアを守れる。


 職務としてではなく、心の底から守りたいと思う。

 もちろん、そんなことは口には出さないが……。


 「いいから、ちょっと調合室に寄って! 見せたいものがあるの」

 

 「それってもしかして……」


 「そう! 開発中の傷薬!」

 

 「開発中なのに使えるのか?」

 

 「効果の実験は終わって、今は生産の調整をしてるとこなの。だから、品質は問題ないわ」


 リリアに手を引っ張られ、調合室へ向かうことになる。



 ◇ ◇ ◇

 


 庭園を進むと、ガラス張りの温室が見えてくる。

 全面ガラス張りという豪華な建物で、白く塗装された金属製のおしゃれなフレームが機能性の中に美しさを醸し出している。

 温室の中は日光によってかなりの暑さになるため、専任の研究員が換気しなければならないほどだ。


 そんな温室を通り過ぎ、隣接する調合室に向かう。

 ガラス張りの温室と対照的に調合室はレンガ造りで小さめの窓しかない。

 何でも、薬を保管する際には日光を避けた方がいいのだとか。


 調合室の中は、想像通り少し暗い。

 しかし、掃除が行き届いているおかげか陰鬱さは感じられない。

 久しぶりの調合室を見回していると、木製の棚から何かを取り出して、こっちに走り寄る。

 

 「はいこれ、シルフィムの花で作った傷薬!」


 受け取った銀色の丸い入れ物は装飾が一切ないシンプルな入れ物だった。

 蓋を開けると、白いドロドロとした傷薬が入っている。

 独特な匂いもしていて、調合に使われた花が頭に浮かんだ。


 「シルフィムの花っていうと、アレか……庭園にもある白い花か」

 

 「そうそう! この傷薬は特に保存性にこだわったの。腐りにくいから常備できて、非常時にも使えるの!」

 

 「へぇー、それはいいな」


 戦場で傷ついて死ぬことはある。

 ……が、要因はそれだけでなく戦場から帰還して死ぬこともある。


 その多くは、適切な薬がないことによる死だ。


 リリアのこの傷薬は錬金術で作ったはずだから、治癒力も高いだろう。

 これがあれば、大分安心感があるはずだ。


 ……もっとも、貴族用のはずなので購入するには金が足りないが。

 

 「実はガルドを呼んだのは、この傷薬あげるためなの。……みんなには内緒だよ」

 

 「……え? いいのか?」

 

 「うん、いつも守ってくれてるお返し!」

 

 「いや、見返りとして給料貰ってるから。……それに、他の皆も守ってるだろう」

 

 「細かいことはいいから、受け取って! 感謝の気持ち!」

 

 「そうか……ありがとう」

 

 「どういたしまして!」


 輝くような笑顔が向けられる。

 自然と俺の口元も緩んでしまう。


 そう、俺はリリアの兵士――彼女を守るためにいるのだ。


 

 ◇ ◇ ◇

 


 その数日後、シルフィム軟膏は売りに出され、貴族の間で大きな注目を浴びた。

 

 連日のように発注書が届き、フローレンス家は慌ただしく対応していた。

 そして、発注書に紛れて、何通もの貴族からの便せんがフローレンス家に送られる。

 

 ――このシルフィム軟膏がリリアの運命を大きく変えることとなった。

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