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第3話 シルフィムの咲く庭で

 3ヶ月後、親父の雇い主の元で見習いすることになった。


 雇い主は、この地域の領主フローレンス家だ。

 フローレンス領は、農耕や薬草の栽培が盛んな領地。

 そして、フローレンス家はそこの領主ってわけだ。


 親父が領主と友人だとかで、俺にも声がかかったわけだ。

 なんでも親父は兵士長として働いているらしい。


 「……てなわけで、言葉遣いには気をつけろよ。子供とは言え、限度があるだろうからな」


 俺は雇われるまでの3か月の間、重点的に敬語であったり、処世術を学んでいた。

 

 「わかったよ……ていうか、その子供を雇うものなのか?」

 

 「ああ、フローレンス家の令嬢も年頃でな。同年代くらいだし、友達になれるだろうって説得したんだ」

 

 「友達って……」


 スラム出身の俺と温室育ちの令嬢が?

 

 「まぁ、深く考え過ぎんな! 徐々に覚えていけ!」


 ばしばし、背中を叩かれる。

 その遠慮のない接し方も、今では少し心地いい。

 

 「ああ……」


 それでも、貴族と馴れ合えるかは心配だ。



 ◇ ◇ ◇



 フローレンス家の屋敷にたどり着く。

 目の前には鉄製の門扉が俺たちの侵入を阻む。

 人の背丈の二倍はあろうかという高さで、黒い鉄格子は槍の穂先のように尖っていた。

 

 扉の横に伸びる外壁は、遠くまで続いている。

 端は木々の向こうに消えており、その土地の広さを物語っていた。

 

 鉄門前の門番がこちらを見る。

 槍を持ったまま微動だにしないその姿に、思わず背筋が固くなる。


 「おう、お疲れ、ディエゴだ」


 親父の声には妙な気安さがあった。

 門番はゆったりと頷き、ほほ笑み返す。


 「お疲れ様です、ディエゴ兵士長。その子が件の子供ですか?」


 まるで値踏みされているようで、思わず睨み返す。

 軽装の皮鎧だが、腕や首の太さを見るだけで強さが分かる。

 

 「そうだ、これから一緒に過ごすんだ。仲良くな」

 

 「はい! ……少年もよろしくな」


 「……よろしく」


 警戒心はまだ抜けないが、少なくとも敵意は感じなかった。


 「それじゃ、門を開けますね」

 

 鉄製の門扉が、軋む音を立ててゆっくりと開く。

 重たい鉄の動く鈍い音が、静かな庭に響いた。


 色鮮やかな花々の咲く花畑が出迎えてくれる。

 赤や黄、紫の花が整然と並び、まるで色彩を並べた絵画のようだ。

 フローレンス家の庭園は大きく、丁寧に整えられている。

 手入れの行き届いた芝は一片の乱れもなく、ここが裕福な家であることを無言で語っていた。


 きょろきょろと庭を見回しながら歩いていると、いつの間にか屋敷の前まで来ていた。

 正面に立つと、その建物の大きさに思わず息を呑む。

 三階建ての白い建物が、空を背負うようにそびえていた。


 「でっかぁ……」

 

 「どうだ、ガルド。フローレンス家の屋敷は凄いだろう」


 全体的に白い壁と金色の装飾が美しい建物だ。

 窓枠や柱には繊細な彫刻が施され、陽の光を受けた金細工が眩しく輝いている。


 扉を抜けると、またしても絢爛(けんらん)とした内装が広がる。

 赤い絨毯(じゅうたん)がまっすぐ奥へ続き、壁には大きな肖像画や燭台が並んでいた。


 自分の場違いさに、居心地の悪さを感じてしまう。

 靴についた土が、この屋敷の床を汚してしまうのではないかとさえ思えた。


 親父は慣れた様子で屋敷の中を歩いていく。

 迷いのない足取りだ。

 

 廊下をいくつか曲がったところで、親父が足を止めた。

 どうやら、目的地であろう扉の前に辿り着いたらしい。


 「ここが領主の執務室だ、大丈夫そうか?」

 「あ、ああ……大丈夫だ」


 心臓の鼓動が速い気がする。

 

 ゆっくりと、そして、親父に気づかれないように深呼吸をする。

 親父が扉を数回ノックする。


 「入れ」

 

 中に入ると、(きら)びやかな服装を着た貴族が立っていた。

 親父と違って細身だが、その佇まいからは言い表せない威圧感を感じる。


 「よくぞ来た。私がフローレンス家領主、ルチアーノ・フォン・フローレンスだ」

 

 親父、ほれ、と催促する。

 

 「始めまして……ガルド、です。……よろしくお願いします」

 

 そう言って、軽く会釈する。

 

 「ああ、よろしく。……ガルドくん、君の話はディエゴから聞いている。なんでも剣や戦いの才能があるのだとか」

 

 「……ありがとうございます」

 

 よい返答が浮かばず、それっぽくお礼を言ってしまう。

 

 「是非とも、リリアーナ……私の娘とも仲良くしてやってくれ」

 

 「はい、よろしくお願いします」

 

 ふむ、とその貴族は指先を顎に当て、こちらを見る。

 ……その後、ぱっと親父の方を見る。

 

 「ほう……聞いていたより礼儀があるな」

 

 「いえいえ、今日まで色々教えたんですよ。ははは」

 

 「そうか、リリアにも見習って貰いたいものだ。娘は少々……お転婆なのでな……」


 「それはそれでいいじゃないですか。しがらみのない子供のうちくらい自由でないと。礼節が完璧な子供を見たら、逆に心配になりますよ」


 「ふむ……たしかに、そうかもしれないな」

 

 親父と貴族が笑い合う。

 貴族相手に気分を害さずに、会話出来ている。

 礼儀正しい……というより、ただ単に仲がいいように見える。

 

 「そうだ、ガルドくん。リリアーナにも会っていってくれたまえ。今は裏庭にいる。……ディエゴ、案内を頼んでいいか? まだ、仕事が残っていてな……」

 

 机には資料が積み重なっていた。

 目に入った紙にはびっしりと文字が書かれている。


 よく見ると、この部屋の壁一面には大量の本が飾られている。

 いや、これは装飾ではなく、目の前の貴族の力の一部なのだろう。

 

 「了解です。では、失礼します!」

 

 「ああ、またな」


 親父に連れられて、執務室を後にする。


 「どうだ、緊張したか?」

 

 「別に、どうってことなかったよ……」

 

 ……とは、言うものの肩の力が抜けた。

 

 「ははは、まぁ初めてにしては十分な接し方だ! これからも頑張ってくれ!」

 

 「ああ……」

 

 これからも……か。

 これからも誰かの下で、尻尾を振るように生きていくのか。


 物思いに沈んだまま歩いていると、気づけば庭園の奥まで来ていた。


 陽光に満ちた花壇の中、ひときわ白く咲き揃う一角がある。

 花に囲まれるように、その令嬢は立っていた。


 名を呼ぶ前に、彼女が振り向く。


 ふわり、と純白の髪が揺れる。

 まだ肩ほどの長さだったそれは、光を受けると淡く金色を帯びた。


 黄金の瞳がまっすぐこちらを捉え、無垢な輝きを宿していた。


 

 ◇ ◇ ◇


 

 リリアーナ・フォン・フローレンス。

 

 フローレンス伯爵家の令嬢であるはずの彼女は花畑で走っている。

 純白の髪も合わせてなびき、そのお転婆さが気のせいでないと感じさせる。

 初めて見た時は可愛らしいと思ったのだが、貴族の令嬢なのにハチャメチャだ。


 何かあったときに彼女を守れるように、後ろから追いかけていく。


 たまに、リリアーナはこちらを振り返る。

 黄金の瞳が俺を見た上で――また走り出す。

 なんでだよ!

 追いかけられるのが好きなのか、逃げるように急に方向転換しつつ走る。


 …………。


 ……。


 しばらくの間、走った後、彼女は花畑で花を愛でている。

 座っている姿は少し令嬢っぽく見えるな……。


 「見て、この花! シルフィムって言うの! 私の一番好きな花なの!」

 

 リリアーナの手には白い花がある。


 「この花はね~とても枯れにくい花なの! それにね、薬効もあるらしくて色々研究されてるんだって!」

 

 「はぁ……そうなんですか」

 

 「でもでも! やっぱり好きなのは花言葉!」

 

 熱を帯びたリリアーナの目はとても輝いている。


 「この花が持つ特徴から付けられた意味は『変わらぬ永遠の恋』! ロマンチックだよね~! 私もいつかこの花を贈られつつ告白されてみたいー! キャー!」


 リリアーナは顔を手で覆い、くねくねと悶えている。

 女子ってこういうのが好きなのか?

 食べ物でもないのに、そこまで入れ込むのか。


 「ガルドって……なんか無口ね」

 

 「敬語ってやつを勉強中だが……まだ得意じゃないんだ。……そういうときは、『何もしない』方がいい」

 

 『分からない内は何もしない』という教えは、親父から学んだ。

 社会を学べていない俺は失礼を働くかもしれない。

 そして、そういう失礼は命に関わる。


 『常に適切な対応をするのが難しいのは分かる。

 だから、分からない内は何もせず、観察だけに留める、というのも手段だと覚えておけ。

 そうすれば、多少なりとも社会を歩けるようになるさ』

 

 「ふぅん? よく分からないわ……いっぱい行動して学んだ方がいいんじゃないの?」

 

 「……俺もまだよく分かってない。学んでいる途中なんだ」

 

 「そうなの? なら、私と一緒ね!」


 「一緒? 俺はスラム出身だぞ」

 

 「細かいことはいいじゃない! これからはフローレンス家で過ごすんでしょ! 一緒に学んでいきましょう!」


 この世の嫌な部分を知らないような輝くような笑顔に圧倒されてしまった。


 「ふふ、私たちどんな風に成長するのかしら」

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