ティアは恋人にひた隠す〜彼は、私のことをただの平民だと思っています〜
久しぶりのデートに心が躍る。おそらく、今私は人に見せられないような顔をしているだろう。
「あら、ティアちゃん!」
「おばさん!こんにちはー!」
商店街を通ると、出店のおばさんに声をかけられた。本来であれば立ち止まってきちんと挨拶を交わすべきだ。しかし、ここで止まると永遠に終わらない世間話に付き合わされるため、おざなりに声をかけ捕まる前に全力で走り去る。
「ん?どこへ行ったのかしら。おかしいわね。居たと思ったのだけど。」
(よし。捕まらずに済んだ…)
おばさんから逃げ、約束の場所へ近道を使って街を進んでいく。
最速で着くために道なき道を通っていると、自分の身長よりも大きな壁が行先を塞いでいた。
(どうしよ。ここ通らないと、だいぶ遠回りなんだよなぁ…)
しかし悩んでも仕方ないので、力技で解決することにした。少し助走をつけ、脚をうまく引っ掛けてそのまま勢いで飛び越える。タンッと音を立て一瞬の浮遊の後、壁の向こう側へ着地する。
「はっ!?おい、じょーちゃん。どっから出てきた!?」
「ごめんなさーい!今急いでるの!」
壁を越えた先にいた男がいたらしく、突然現れた私に驚いて呼び止めてきた。返答している時間が惜しいので無視して走っていく。
その後も壁を飛び越え、穴を潜り抜け、橋を横目に川を慣れた動きで飛び越える。
石畳を進み街並みが大きく変わっていき、ひらけた大通りが見えてきた。
(待ち合わせ場所まで、もうすぐね。)
街の時計台を見るが約束の時間はまだ遠い。毎回、自分より早く着いている彼をびっくりさせるため、約束よりもずっと前に家を出てきた。先に着いている私を見て驚く姿を想像して、にまにまと顔が緩んでいく。
(おしゃれしてきたし忘れ物もない。完璧ね。)
そんなことを考えていると、目的地の噴水が見えてきた。広場の中心にある噴水に近づくと、人混みに紛れた約束の人を見つけた。
(あ、また先に越されちゃった…)
「あ、ティア!久しぶり。」
「ノアさん久しぶり!もう来ていたのね」
「偶然だよ。早く仕事が終わったからね」
「残念ね、今日は先に私が着くと思ったのに。」
約束のしていた場所には、すでに恋人が待っていた。どうやら早く来た私よりもずっと早く来ていたらしい。今回こそは驚かせようと思っていたのに、失敗してしまった。
けれど、サプライズが失敗したというショックは久しぶりに会えたという喜びで吹き飛んでいった。
「じゃあ、行こうか。」
「ええ!」
ゆっくり歩き出した彼の隣をピッタリとくっついていく。歩幅を合わせてくれているのか、身長の低い私でも歩きやすい。
「今日は寒いね。まだ秋なのに冬みたいだ。」
ほら息が白い、と笑う彼を見て覚悟を決めた。おそらく今私は耳まで真っ赤になっているだろう。
「……ねえ、ノアさん。手寒くない?」
(終わった…)
彼はいつも革手袋をつけているため寒いはずがない。それなのに正直に手を繋ぎたいと言えず、変なことを言ってしまった。
自分の失態に恥ずかしくて彼の顔を見れなかった。
「ふふっ、うん。とっても寒いかな」
隣から優しい声がした。顔を上げると、彼が嬉しそうに微笑んでいた。落ち込んだ気持ちが一瞬で引き上がりその場で踊り出したくなる。
勇気を出して自分の手を伸ばし、彼の手をそっと握る。優雅な彼の長くゴツゴツとした手にギャップを感じてしまい、心がバクバクと騒がしくなる。
(手、手があああ!ダメ。落ち着け、私の心臓。今死んだら一生悔やむ)
「ありがとう。これで暖かいよ」
彼に微笑まれ、繋いだ手をしっかりと握り込まれた。私から言い出したことなのに顔に血が昇っていくのを感じる。自分の手から伝わる革越しの温度に思わず死を覚悟した。
「ん?ティア、この指輪って…」
瞬時に判断し、指から外して近くの下水道に投げ飛ばす。
国宝と言われる指輪が遠くでぽちゃと音を立て水に沈んでいくが、気にしてはいられない。
「あ!私あそこ気になる。行きましょう!」
(指輪を突っ込まれるとまずい。確実にボロが出る。)
顔は笑っているが、内心は冷や汗でダラダラだ。心臓が先ほどとは別の意味で音を立てはじめた。
「え?ちょっと!?」
話題を逸らすために適当なお店を指し彼を引っ張る。後ろから静止の声が聞こえたが無視して進んでいく。
(…なんとか意識を逸らそう。)
無理矢理腕を引いてお店に駆け込む。我ながら古典的で拙い誤魔化し方だと思うが、幸い彼には効いたようだ。
「…わぁ。すごい素敵な場所だね。」
「え?」
焦りで何も見ずに飛び込んだため、どんなお店か知らなかったが、入ると暖かく柔らかなカフェだった。所々に置いてある植物がより雰囲気が出ている。
(…なんだか心が安らぐな。)
「いらっしゃいませ。お席好きなとこに座ってくださいね。」
奥から優しげなおじいさんが顔を出し、声をかけてくれた。
店内はガランとしていて私達以外の人はおらず、席はほとんど空いていた。
(こんな素敵なお店なのに、なんでお客さんがいないんだろう?)
「ティア、ここはどう?」
「あ、うん?」
指された席は日当たりがよく、こぢんまりとしていて落ち着く空間になっていた。
(…すごい、葉っぱが凛々としていて綺麗。)
植物の色やツヤ良く、この店はきちんと手入れしていることが分かる。
ホクホクと吸い寄せられるように席に近づき、彼と向き合うように座る。
「なんだか嬉しそうだね」
「ええ、緑が多くて気持ちがいいの」
植物が多い場所では自然と力が湧いてくるおかげか、居心地がいい。
「それは良かった。君のおかげで周りの植物も元気になったように見えるよ。」
(……まずい。やらかしたのかもしれない。)
普通であれば歯が浮くようなセリフだが、私の場合は話が違ってくる。実際に植物が育っている可能性が高い。
「い、いい、いやそう?」
「…うん。少し恥ずかしいこと言ってしまったよ」
キザだったかな、と頬をかく彼を前に全身から冷や汗が出始めている。
(はやく、はやくこの席から離れないと…!)
このままだと、植物が成長し続けて森のように生い茂るかもしれない。どんなメルヘンだよとは思うが、残念ながら私の体質はそういうものだ。
焦りで顔色が悪くなってきた頃、大きな音を立ててドアが開かれた。
「おい!じじい、いい加減金返すか土地を売れ!!」
「踏み倒せると思うなよ?俺らはどこまでも追いかけてやるからな」
ガラの悪そうな男2人がズカズカと入ってきた。会話の内容からおそらく借金返済の催促だろう。ここ最近、街で違法な利息をふっかけ、苛烈なまでに追い立てる業者がいると聞いた。先ほどの店主も被害者の1人らしい。
「これって…」
「最近噂になっていた業者みたいね。」
(他のお客さんがいないのもこれのせい、か…)
視界の端で、店主が怯えて身動きが取れなくなっている姿がある。度々、営業時間中に押し掛け客足を遠のけさせたのだろう。
「…ティア気をつけて」
「もちろん。ノアさんも」
(まずは店主の安全確認かな。)
短い会話をしつつ、席を立って移動する。彼と別れ店主の元へ急いだ。
「おじいさん、大丈夫?」
「あ、ああ。すみません。せっかくの楽しい時間を…」
「いいのよ。気にしないで」
怯えて震えている店主を深呼吸させ、ゆっくりゆっくり落ち着かせる。
(…特に大きな怪我はないわね。さっきの脅しで腰を抜かしたくらいかな。)
入り口近くから話し声が聞こえる。彼が男達の相手をしてくれていた。
(怪我だけはしないで…どうか、無事でいて。)
「ねえ、君たちはどうして来たんだい?」
「は?どけ。お前に用はねえんだよ」
「まあまあ」
彼が2人に近づき、小声で話し始めた。
何やら話し込んだ後、なぜか男達の表情が抜け落ちた。どこか怯えているようにも見える。
「──っ、!…今日のところは帰ってやる」
「それは良かったよ。」
(……よかった。)
最悪の場合自分が前に出ることも考えたがその必要はなく、彼に怪我もない。特に暴れることもなく男達は引き返してくれるようだ。
(でも、何であんなに怯えて?)
彼は2人が帰ったことを確認すると、私達の元へ駆けつけてくれた。
「ティア、ご店主、怪我はない?」
「ええ。ないわ」
「すみません、ありがとうございます…」
無事であることを伝えた瞬間、彼が膝をついた。
「良か、ったよ…」
「大丈夫?!もしかして、どこか怪我を…!」
私と彼の距離が少しあったため、見えない部分で傷を負っていたのかもしれない。そんなことが頭によぎり、焦りで頭が埋め尽くされる。
「ううん、なんだか安心してね。」
「本当は堂々とあいつらを追い払って、君にかっこいい姿を見せたかったんだけどね。これじゃ、格好がつかないや。」
思わぬ方向からの衝撃に天を見上げ、私は膝から崩れ落ちた。
(……今世に一片の悔いなし。)
穏便に借金取りを追い返しただけでもかっこいいと言うのに、こんな事まで言われてしまうと、もはや愛おしい。
「ティア!?」
「ごめんなさい。少し森羅万象に祈りをしていたわ」
「うん?」
一旦ひと呼吸した後、自分を落ち着かせ、私達は椅子のある場所へ移動した。
(ここなら植物も近くにないわね…よし。森林化は避けられそうだわ。)
ぺこぺこといつまでも店主が私達に頭を下げる。
「本当に、本当にありがとうございました。」
「いいんですよ。気にしないでください。」
「何かお礼をさせてください。お金はあまりありませんが、かき集めれば何とか。」
「じゃあ!お店でおすすめのメニューを頼みたいな。ノアさんもいいでしょ?」
「ええ。お金ではなくお料理をいただけると嬉しいです。」
借金をするほどお金に困っているのに謝礼金なんてもらえない。勝手に断ってしまったが、彼も同じ気持ちだったようだ。
「何と…もちろんです。すぐに、ご用意させて頂きます。」
店主は少し涙を滲ませながら、バタバタとお店の奥へ行ってしまった。
(…重心が右に少し寄ってる。左足を庇ってる?もしかして、)
「ごめん。知り合いを見つけて、席を外してもいいかな?」
「もちろんよ!私は待ってるわね」
「ありがとう。すぐ戻ってくるよ」
彼が用事があると出て行った後、私も席を立ち、店の奥へ向かった。
「少し、いいかしら?」
「ああ!もうすぐお料理が完成しますよ。何か問題でもありましたか?」
「ええ。ちょっと左膝を見せてもらってもいいかしら。」
突然押しかけてきた私に困惑して、固まっている店主を無視して椅子に座らせる。
膝を見るとあざになっていた。おそらく借金取りが来た時、驚いた拍子に転んでしまったのだろう。
「ごめんなさいね。すぐに終わるから。」
「え?」
(天の女神よーー我、聖女セレスティアの名において、この者を癒したまえ。)
祈りを捧げると、手のひらから柔らかな光が溢れた。おじいさんの膝へ光が注がれ吸収されていく。その光景は、どこか神秘的で店主からも感嘆の声が聞こえた。
「いたみが……」
「うん。ある程度は治ったと思うけど、酷くなったらお医者様か神殿に行きなさいね。無理は禁物よ。」
聖女であることがバレるリスクを侵してまで、治さなくてもいいのかもしれない。けれど、統治者である私達が組織を取り締まれなかったことで起きた怪我だ。それを無視することは自分の倫理に反した。
「もし、かして、あなたは…」
「これは内緒よ。彼にも言わないでね。」
「っ…ええ、ええ。もちろんでございます。この事は一生誰にも言いません。自分の中だけの大切な思い出にします。」
「ありがとう。じゃ、私は席に戻るからゆっくり作ってね!」
(こそばゆいなぁ。人から感謝されるのは何度経験しても、嬉しい。)
◇◇◇
ティアを置いて店を出る。少しカフェから離れ、付けさせていた従者に合図を送った。周りを注意しつつ裏路地に入り、人を待つ。
「はいはーい。なんでしょうか。」
近くに待機させていた従者が不満げな顔で駆けつけてきた。
「何?またティアちゃんに失言でもしたんすか?それとも惚気?」
「彼女を名前で呼ぶな」
「うーわ。醜い嫉妬だ。束縛おとこー」
(チッ、早くティアの元へ帰りたいと言うのに。)
「待て待て待て。その拳を下ろして。わかった、わかったから!」
「最近この街で違法な金貸業者がいたはずだ。」
「ああ、陛下も手を焼いてたやつね。」
「潰せ」
「……は?ついに恋人に振られて八つ当たり?」
「デートの邪魔されたんだよ。あのカフェがそこに借金してるらしく押しかけてきた。」
「え、どうしたんですか?彼女さんの前で投げ飛ばしたりできないでしょ?」
「ティアの死角で腹にナイフを突きつけた。」
「こっわ。」
「うるさい。おそらくハイス伯爵が関わっていたはずだ。脱税をついてそこから摘発しておけ。」
「え、あの古狸が黒幕なの!?というか、なんで知ってるんですか!?」
「あと、あの店から出て行った男2人がいるはずだ。そいつらを探し出して、うちの地下に入れておけ。」
「ああ、そっちはすぐにでも。人を付けてあるから。」
(相変わらず、勘が働く男だ。)
目の前の男はいつも軽薄な態度だが、ものすごく優秀だ。おそらく店に入ってく借金取りを見て、怪しく思ったのだろう。
「じゃ、俺は戻るから帰れ。」
「えぇ人使い荒い。」
「うるさい。彼女を待たせてるんだ」
「今度、俺にも紹介してくださいよ。」
「ダメだ。ティアに惚れられでもしたら困る。」
「えぇ。面倒な…」
「じゃあ、頼んだぞ。」
「はーい。主人、キルシェール・ノーディア公爵のために。」
従者を置いて、裏路地を足早に抜ける。思ったよりも時間がかかってしまった。
駆け足で道を戻っていると、ある物が目に止まった。
(……これ、ティアに似合いそうだ。)
「すみません。これをひとつください。」
「あいよー!銅貨6枚だよ。」
葉の模様が入った髪留めを買ってしまった。先ほどの彼女の周囲に置いてあった植物を思い出し、笑ってしまう。彼女が座ると、途端に葉が艶を取り戻し、近くの蕾が開きいくつもの綺麗な花が咲いた。
(ティアを花が祝福しているようで、とても美しかったな…)
惚れた弱みだろうか、彼女が本物の女神のように見えた。その光景に目を奪われて、思わず気取ったセリフを言ってしまった。
(昔、好きな女性の周りには花が見えてくると聞いた。その時は嘘だと一蹴したが、真実だったようだな。)
「…喜んでくれるといいが。」
そんなことを考えていると、すぐにカフェに到着した。
入り口で立ち止まり、深呼吸をする。
(今からは、公爵でなくただのノアになるんだ。)
「ごめん。少し待たせてしまって」
◇◇◇
店主の怪我を治し、ゆっくりくつろいでいると彼が帰ってきた。
「ごめん。待たせてしまって」
「ん、全然よ!」
(彼も大変だなぁ。商会で会計や営業をしているんだっけ。)
汗を拭う姿に見惚れていると店主がお皿を持って現れた。
「失礼します。お料理が完成いたので、お持ちしました。」
こと、と置かれたものはお洒落なパンケーキだった。
「わぁ…美味しそうね!」
「だね。早く頂こうか。」
「お熱いので、お気をつけくださいね。」
食欲のそそる香りに、体が早く食べろと信号を出している。ふわふわのパンケーキにそっとナイフをいれ、口に運んだ。
(んん〜!!おいしい。蜂蜜が甘くて手が止まらないわ…)
「んはっ、そんなに美味しかったの?」
「ええ!口の中が幸せよ…」
その後、2人でデザートを堪能して楽しいひとときを過ごした。
「本当に、お礼はこれでいいんですか?」
「おじいさん、良いって言ってるでしょ。十分美味しいものを貰ったんですから。」
「そうですよ。こうやって素敵な時間を貰ったんですから。」
せめて代金くらいはと渋る店主を押し切り、会計をしたあとお店を出た。
「じゃあ、また来るわね!」
「…ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております。」
ゆっくりと彼の隣を歩く。
「いいお店だったね。ティアが入らなければ気が付かなかったよ。」
「私も何も考えずに飛び込んでよかったわ。」
「…ねえ、さっきこれを見つけて買っちゃったんだ。」
彼に差し出されたものは、綺麗な葉がモチーフの髪留めだった。
「すごい。素敵ね…」
日に翳すとガラス玉がキラリと光り、周りの葉と合わさってとても美しかった。
一つに結んでいた髪を解き、貰ったばかりの髪留めを着けてみる。残念ながら自分ではどうなっているかわからないが、彼の選んだものだ。似合っているだろう。
「どうかな?何だか少し恥ずかしいね」
「ああ……綺麗だよ。まるで女神みたいだ。」
「ふふっ、なにそ」
突然体が引き寄せられ、顔が暖かい何かに埋まった。頭がまっさらになり、心臓が止まった。
(ん?…え、は?私今、…え?)
「ごめん、なんか急にすごく抱きしめなきゃって思って、」
そう言いながらもガッチリと回した手を離してくれない。自分の香りとは違う、爽やかで心落ち着く香りに意識が飛びかける。
(無理。死ぬ。)
聖女の力を総動員して飛び出しそうな魂を押さえ込み、深呼吸をする。
(落ち着け、落ち着くのよ。ティア、)
「…ねえ、ノアさん。私あなたのことが好きよ」
恥ずかしくて仕方がないけれど、今伝えるべきだと強く思った。
私の告白を聞いた彼は、破顔して嬉しくてたまらないという目をしていた。そんな顔を見ると私の勇気は無駄ではなかったんだと思える。
「っ、ああ。私も、ティアのことが好きだよ」
もう帰る時間が迫ってきている。名残惜しさを感じながらも、そっと体を離した。
「…じゃあ、また今度会いましょう!」
「そうだね。今日は楽しかったよ。ありがとう」
「私もよ!素敵な1日だったわ」
噴水の前で別れる。ついつい何度も後ろを振り返りながらも、手を振って帰路についた。
(今日のノアさんも、かっこよかったなぁ。)
今だに自分があんな人と付き合えたことが信じられない。夢かと思い、何度も頬をつねってみたが痛みはしっかりとあった。
「そういえば、抱きしめられた時に体にいくつも傷があったような…?」
服の厚みで分かりづらかったが、ほんの少しぼこぼことしたものを感じた。形状からして、剣などの刃物による傷だろう。最近できた、というよりは古くからのものに感じる。
念のため気が付かれない範囲で治癒を祈っておいたので、今後古傷が痛んだりはしないだろう。職業柄、人を診て治癒を施しているせいか、日常生活でも人を観察して怪我や病気がないか探してしまう。
(それに、思ったよりも筋肉質だったなぁ。)
仕事は文系と聞いていたため騎士並に筋力があることは驚いた。あれだけの量があれば、人相手に実戦をすることも可能だろう。
「うーん。会計の仕事って大変なんだなぁ。」
私が思うよりも、会計は肉体労働なのかもしれない。
(今日は楽しかったなぁ。髪留め大事にしよう。)
頭によぎった違和感はすぐに忘れ、私は次のデートへ想いを馳せた。
「あ、指輪どっかいっちゃった。まあいっか。」
恋は盲目。
※投げ捨てた指輪は聖女の証(国宝級)ですが、自動追尾型なので翌日には戻ってきます。ご安心を。




