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8 イカとパンツと子供の歯形


「ごめん、マズそうなんて言って。イカ最高、イカ最高!」


俺はイカをアミノ酸に分解して、たらふく吸収し手を合わせた。

ごちそうさま。

腹をさすりながら家に帰る。味はまあまあだった。


黒曜石のナイフで転移して、ネズミに窓を開けてもらい、寝室でドロのように眠る。

と思ったら、直ぐにブランケットを引っぺがされて、叩き起こされた。

え? もう朝なの!?


「サビィ起きなさいっ」

「このヤロ、いつまで寝てやがんだっ」

「サビィ、なんで裸で寝ているの?」


目を瞑っていても誰だか分かる。

俺の姉上のニュース、キリル、ファーの3人だ。

何で裸で寝ているかって?

決まってんだろ、服も「吸収(たべた)」からだよ。


イカの血だらけの服なんて証拠は、残さないぜ。

俺はプロだからな。

まったくもって俺って奴は、プ……プロフェ……すやあ~。


「こら、二度寝しない」

「てめー、良い度胸だなコラ」

「サビィ、何だかイカの匂いがする」


3人が俺を罵りながら、俺を立たせようとする。

ほんと、ちょっと待って。今朝だけは本当勘弁して。

昨日おそかったんだよ~。


「ね……ねむい……や~」

「やーじゃねえ!」


乱暴にパンツを履かされた。

俺はその間も、夢の世界に戻ろうと必死に目を瞑る。

ちょっとそれ後ろ前ですよ。

パンツの履き心地が、最悪じゃないか。

履かせたのは、ガサツなキリル姉だろ。


「も、ゆるして……すやあ~」

「朝の稽古をサボるなんて許さない」


バシャーンッ!


「ひゃ、冷たっ!」


気づいたら俺は中庭に引きずり出されて、井戸水をぶっかけられていた。

目の前には、逆さまの木桶を持ったニュース姉が、にっこり微笑んでいる。

目は笑ってない。鬼だなこの人は。


「ほらこれ着て」


俺はファー姉が差しだすシャツを、渋々と着た。

掛け間違えたボタンを、ファー姉が直してくれる。

ファー姉が3人いたらいいのに。

俺はその日、一日中パンツが後ろ前だった。



    *



闇の森に一番近い街「バベル」。

バベルは、いささか特殊な街だった。


闇の森は、魔物が跋扈(ばっこ)する危険極まりない領域だ。

けれどそれと同時に、貴重な薬草や肉、皮、各種素材が手に入る宝の山だった。


金のためなら、命を惜しまない者はどの世にも常にいて、そんな者たちが数多く集まれば、そこで生活に必要なモノを売る者も出てくる。

宿屋が建てば、酒も料理も必要になってくる。

春を売る者も集まり、ますます活気づいていく。


そうして生まれたのが、闇の森との境界の街バベルだった。

闇の森から養分を吸い取り、肥え太る異形の街。

国の根幹である王都からは、そう揶揄(やゆ)され蔑視されている。


このバベルには、コードウェル家が運営する「冒険者組合(ハンターギルド)」があった。

コードウェルの分家筋に当たる、ギルド長デイル・ネイト・コードウェルは、今朝上がってきたばかりの報告にうめいた。

横幅のある肉厚の肩を揺する。


「現場行ったら、終わってただとおっ」

「そうです。部隊(パーティー)がゴブリンの集落へ向かったら、とっくにデス・テンタクルは討伐されていました。その死骸の横で、偵察していた者が呑気に寝てたってわけで」


「呑気に寝ていたって、なんだ?」

「そのままの意味ですよ。叩き起こしたら、きょとんとしてましてね」

「で、そいつは何と言ってやがったんだ」


「それがアクセル・カメオに食われてから、記憶が飛んでよく覚えてねえと」

「カメオに食われたヤツが、何で生きてんだよ?」

「はあ、それが良く分からんのです」


「ちいっ、じゃあそのアクセル・カメオが、デス・テンタクルをか?」

「いやいや、いくらカメオでも、テンタクルを倒すなんて無理でしょ。

それにテンタクルの死骸に付いていいた歯形が、全然違いました」


「カメオに歯なんかあったかよ。アイツは丸吞み専門だろ?」


「そこなんですがね。デス・テンタクルは、ごっそり体が食われていたんですよ。

残ってたのは、頭ぐらいなもんで。

その頭の切り口が何とも妙で、こう……プティングにスプーンを差し込んだように、さくりとした綺麗な切り口が」


「お前、さっき歯形って言ってたじゃねえか」

「その切り口の端に、所々カジった歯形が残ってたんです」


「どんな?」

「聞いて驚かねえでくださいよ。それは人間の歯形だったんですよ。

それも小さくて、7~8歳くらいのガキがカジった(あと)が」


「はあ?」



    *



数日後。

朝の自主練習ではない、剣の師を交えての稽古が昼に終わった。


俺はやれやれと思いながら、姉たちと共に、師匠へ深々と頭を下げる。

師が中庭から去っていくと、俺は芝生に座り込む。


「お腹、すいたあ」

「サビィ、お前すぐ腹減るよな」

「だってキリル姉さま、僕は育ちざかりなんですよ」


「だったら座り込まず、さっさと火を起こしとけ。私らは鍋と材料もってくるから」

「はーい」


俺はよっこらと腰を上げ、中庭に備え付けられている簡易型のカマドに(まき)をくべ、火を起こす。

師匠との本稽古がある日は、昼飯はダイニングで食べず、野戦を想定して自炊することに決まっていた。


姉たちはコードウェル家のお姫様だけど、こういった事も自分で慣れていなければならないと言う、コードウェル家の教育方針だった。


どうせ良家の姫なんて、前線に出るわけないと俺は思うんだけどなあ。

それでも姉たちは、真面目にごった煮(シチュー)を作る。

師から、具は好きなモノ入れて良いよと、お許しが出ているので真剣だ。


今日はキリル姉の好きな、カモジカ肉のクリームシチューだった。

彩りに、そこら辺で摘んだ葉っぱが散らされるだけで、野菜は無し。


女の子は野菜が大好きなんてのは、幻想だなって思う。

人目がなけりゃ、肉、肉、肉である。

むしろ俺の方が体を気にして、野菜をこっそり持ち込む。


「あ、こいつまた野菜を入れやがったっ」

「キリル姉さま、プロコリーは体に良いんですよ」

「サビィお前、戦場で同じこと言えんのか? そんなもん戦場で手に入るかよ」


カモジカの肉だって手に入らないでしょ。

とは言わない。はたかれるから。

ぐつぐつ、ぽこぽこ、熱々の所を、皆で木のボウルのよそって食べる。


俺は黙々と食うけれど、姉たちは良く喋りながら食べた。

キリル姉が、姉に声をかける。


「なあニュース姉。本当かな、師匠が言ってた話」

「デス・テンタクルの話?」


「部隊が行ったらもう終わってたって、意味わかんねーだろ。ゴブリン共に、デス・テンタクルが狩れるわけねえよ」

「う~ん……その場にアクセル・カメオが居たらしけれど……」

「カメオにテンタクル倒すなんて、無理だっての」


ファー姉が、スプーンを高々と掲げた。


「偵察したヤツが怪しい」

「そいつがウソ付いてるって言うのかよ、ファー」


「徹底的に自白させるべき」

「だがよファー。偵察してたんは、『ヴィンセント』のオジキだったらしいぜ」


俺は黙々と食べながら思い出す。

ヴィンセントって確か、コードウェル分家筋の叔父だったかな?


ちょっとどこかで、見たような気がすると思ったんだよね。

養分にしなくて良かった。もぐもぐもぐ。


「キリル、ファー、それよりも私はテンタクルに残された、子供の歯形の方が気になるわ」

「ガキが、テンタクル倒したってのか?」

「ありえない」


まずったなあ。

よく覚えていないけど、イカをアミノ酸に分解しながら、カジってた気がする。

あのとき空腹過ぎて、夢中だったからよく覚えてないや。

俺は黙ってシチューを食べ続けた。


「おいサビィ。黙ってねえで、お前もなんか言え」


カモジカ肉の筋張ったところを、もきゅもきゅ噛んでたら、キリル姉が急に振ってくる。

俺は少し考えるフリをして、答えた。


「大宇宙の殺し屋大会からやって来た、スーパーカッコイイ、子供なんじゃないですかね」


そう答えたら姉たちがジト目になる。


「サビィ、それで気が利いた事を言ったつもりなの?」

「つまんねー弟だな、おい」

「熱がこもってない、やり直し」


俺は、空気を読め、黙って食ってろ、センスが死んでると罵られ、味のしなくなったスジ肉を飲み込んだ。

ごっきゅん。




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