3 ネズミは養分、右腕は兵装
胸に伝わるズシリとした重み。
間違いない、こいつはデス・インダストリー社製のハンドガン「キラービー」だ。
それは「VRMMODGAWFSABTULS」の、賭け試合で使用されたゲーム、
「GALACTIC REAPER」に出てくるハンドガンだった。
ギャラクティック・リーパーは簡単に言うと、全宇宙から集まった殺し屋たちが、ナンバーワンを決めると言うゲームだ。
突然手元に現れたキラービーに、俺は混乱してしまう。
(どうなってんだ! ここはまさか、まだVRの中なのか!?
これ「ガルド13」の銃じゃねえか!)
ガルド13は、俺がギャラクティック・リーパーで使用するキャラ名だった。
宇宙を股に掛ける「ヴァルカ星人」の殺し屋。
それが、ガルド13だ。
(なにがどうして、どうなった!?)
混乱する俺を尻目に、ネズミがまたベッドの上へ戻ってくる。
胸に乗っている、ハンドガン「キラービー」の臭いを嗅いで一鳴きする。
何だこれはとでも、思っているのだろう。
ネズミを払い除けたいが、怒りが驚きで消えた途端、右腕がもう動いてくれない。
未だ心と体が乖離中だった。
ネズミが「このヤロウ驚かせやがって」とばかりに、ハンドガンにガジガジ嚙みついている。
気が済むと、また俺の口元に鼻を近づけてきた。
俺の唇をぺろりと舐めやがる。
どんなに睨みつけても、どこ吹く風だった。
俺は心を殺意に染め上げる。
(こいつめっ、ああいいだろう、唇なんぞくれてやる!
だが、ただじゃくれてやらねえぞっ、覚悟しろ!)
ネズミが俺の柔らかな唇に、鋭い牙を立てる。
遠慮なく咀嚼し、引き千切ろうとした。
しかし!
噛み千切ろうとするネズミの顎が、俺の唇と癒着して一体化していく。
パニックとなったネズミが、顎を外そうと踏ん張るその四肢も、俺の胸元にくっつき一体化を始める。
ネズミはまるで、トリモチに掛かったように俺の喉元で藻搔き続けた。
顎がくっつき、鳴きたくても鳴けず、くぐもった声で呻いている。
俺はその様子を、目だけニンマリして見つめてやった。
これぞ、ガルド13の特殊能力「融合」
俺の使用するキャラ「ヴァルカ星人のガルド13」は、あらゆるモノと融合し、そのものの能力を取り込んで武器にすることができた。
俺は今その能力を発動させ、ネズミと融合している。
今回は武器にせず、アミノ酸レベルまで分解して、すくすく育つための養分とした。
(ガルド13の融合が使えた! やってやったぜコノヤロウ!)
これがどう言うことなのか?
ここはギャラクティック・リーパーの世界なのか?
様々な疑問が浮かびつつも、俺は満腹中枢を刺激されまくって、更なる眠気の来襲で寝オチしてしまう。
そのまま朝まで、ぐっすりコースだった。
朝、乳母が部屋に入ってきて、悲鳴を上げた。
俺はその悲鳴で、ぐずりながら目を覚ます。
「ひゃあ、サビィさまの口元が血だらけに!」
乳母が慌てて、濡らしたナプキンで俺の口元を拭う。
けれどどこにも傷口が見つからず、首を傾げていた。
それは確かに俺の血だった。
唇を食われた時の血だ。
しかし裂けた唇は、ガルド13のデフォルトスキルである再生能力で、跡形も無く治っていた。
不思議がる乳母に、俺は最高のモーニングスマイルを送ってやった。
「うきゃう~」
*
――あれから7年が経った。
今日も、子供部屋で目を覚ます。
7年経て分かったことは、この世界はゲーム「ギャラクティック・リーパー」と、全然似ても似つかぬ場所だってこと。
じゃあ、ここは何処なんだってことになるんだけれど、それは良く分からない。
「ふああ……眠……」
俺は伸びをした後、窓際に立ってカーテンを開けた。
3階にある子供部屋からは、広い中庭が見える。
地名ならすぐ分かった。
ここは、アストリア地方と言う。
俺はその地方を治めている貴族「コードウェル家」の息子として生まれ変わっていた。
文字通り、俺は生まれ変わっている。
そうとしか言いようがない。
もちろんここは、VRじゃなかった。
生の世界だ。
見て、触れて、唇を噛まれれば痛みが走り、飯を食ったら満腹になって眠くなる。
そんなことVRじゃ有り得ない。
「……VRだとしても、元の体は、飲まず食わずで干からびてミイラだな。
ひょっとしてここは天国かな?」
天国にしちゃあネズミがよく出る。
なんてことを考えていると、ノックも無しに部屋のドアが勢いよく開けられた。
入って来たのは、姉のニュース、キリル、ファーの3人。
挨拶もなしに、3人が窓際の俺に詰め寄ってくる。
「サビィ、中庭から手を振ったでしょっ。何で降りてこないの!」
「ニュース姉さま、ちゃんと手を振り返しました」
「そじゃねえだろコノヤロウっ。さっさと剣持って降りてこい!」
「キリル姉さま、今降りる所でしたっ」
「サビィは噓をついているわ、まだ寝巻き姿」
「ファー姉さま、服を脱がさないで下さい。ちゃんと自分で着替えますからっ」
生まれ変わる前の俺には、兄弟なんていなかったが、今の俺には3人の姉がいた。
上から、ニュース(12歳)、キリル(11歳)、ファー(10歳)。
そしてこの俺が、サビィ(7歳)だ。
4姉弟とも母親ゆずりの銀髪に赤い目であり、なかなかの美形ぞろいだった。
歳の離れている俺は、良く3人のオモチャにされていた。
そして今も、オモチャにされている。
う~ん、美少女たちに脱がされても、ちっとも嬉しくない。
これが、リアル姉エフェクトってやつなのか?
年上のお姉さんシチュなど、男の憧れだが。
実際にいると騒がしくて、面倒くさくて、恐怖でしかない。
小突かれて、急かされて、俺はパンツ一枚で部屋の中を駆けずり、朝稽古の支度をした。
我がコードウェル家は、代々武勇を重んじる家系だった。
なぜかって言うと、ここアストリア地方は「ヨルデシア大陸」の東端にあり、すぐ隣が魔物の住む森だから。
コードウェル家は「アルデラント王国」の辺境伯として、魔物の侵入を防ぎ、東部を守る要となっていた。
だから女子だからと言って、優雅にお茶会を開いているばかりじゃいられない。
俺の姉たちは幼い頃から、剣と魔法の修行に明け暮れていた。
そして俺も、その朝の自主練習に付き合わされるのだった。
「自主なのに、強制なんですがそれは」
「何か言ったサビィ?」
「いえ、何も言ってませんニュース姉さま。ふああ……あふん」
「また、あくびしてっ」
「眠いんですもの」
「お前なあ、魔法が使えなくてポンコツなんだから、せめて剣はとか思わねえわけ?」
「思っていますとも、キリル姉さま」
そう、俺は魔法の素質がなくポンコツだった。
余りにもできない。
どれほどできないかと言えば、魔法指南の先生が頭を抱え、父上から給金を3割カットされる程のレベルだ。
だからその分、剣の修行を頑張る。
その理屈は分かる。
だけど朝は眠いんだって。
何も朝6時から、剣を振らなくても良いじゃないか。
「……剣は大事です」
「嘘、サビィはそんなこと思ってないわ」
「酷いですファー姉さま、やる気はありますから(昼から)」
「お前のやる気って、ナイフの方だろ」
俺はキリル姉に口を尖らす。
ナイフは最高だ。
超接近戦で、ナイフに勝てる武器なんかない。
なんでそれが分からないかなあ。
キリル姉が肩をすくめ、ニュース姉がやれやれと首を振る。
「サビィのナイフ愛って、本当に良く分からないわ。ナイフのリーチでは、剣に勝てないでしょう?」
「剣のリーチで戦わなきゃ良いんです、ニュース姉さま」
「そうね、剣が届かない距離から魔法を放てばいい。けれどサビィ、あなたは魔法が使えないじゃない」
「むぐうっ」
「むぐうじゃねえよコノヤロウ。遠、中距離は魔法。近距離は剣が定石じゃねえか。
お前は魔法が使えねえんだから、せめて剣の腕を磨けよ。なのに、何でそこでリーチのねえナイフなんだよ」
「むむむっ」
キリル姉の言うことは正しい。正しいけどー!
俺が膨れると、ファー姉がため息をつく。
「サビィ、ぜんぜん納得してない」
「もうこれで、何度目だよこの話」
「構わないわファー、キリル。サビィが剣に納得しないなら、納得するまでやってあげる。
でないとサビィは、剣の腕がいつまでも上達しない」
ニュース姉が腰の剣を抜いた。
「サビィ、掛かってきなさい。何度でもその体に教え込んであげる」
「むー」




