10 姉の聖域と弟の庭
星降る晩に――
俺はコードウェル家の屋根上で、黒曜石のナイフをいじくりながら、頃合いを見計らっていた。
「そろそろいいかな?」
そう呟いて、黒曜石のナイフを起動させる。
魔力を持たない俺は、アイテムと「融合」して、アイテム自身の魔力でアイテムを起動させるのでした。
いつもこの手を使ってる。
ナイフと融合して起動させるものだから、俺は毎回ナイフの気持ち? になって転移していた。
ざっくり言うと、空間を切り裂く感じ。
あと異空間の中で、へんにょり体が歪む。
そうして気づけば、またいつもの砦前にある、石畳の広場に転移してる。
もう砦はほったらかしなので、石畳のすき間から草がぼーぼーに生えていた。
俺はしゃがみ込み、草に紛れて暫くじっとする。
耳を澄ませる。姉たちの気配はない。
もう砦の中へ入ったのだろう。
「ふう、タイミング間違えると、広場で姉きたちとバッタリだもんな」
俺は黒曜石のナイフを腰に戻し、留め金をぱちんと掛けた。
もう少しだけじっとして、ちらりと砦を見上げた。
星空をバックに、砦のシルエットが黒々と見える。
砦はちょっとした小さな城だった。
石造りの高い塔があって、その周りを城壁がぐるりと囲んでいる。
俺は城壁を軽々とよじ登り、音もなく内側へ飛び降りた。
内側の敷地も草ぼーぼーだ。
砦内は塔以外にも、住居棟が棟へ寄り添うように幾つか建てられている。
俺はそのひとつに、背中をピタリとくっつけた。
そのまま石壁と融合する。
俺の体から「銀色の融合管」が何本も伸びて、壁の中で毛細血管のように広がっていった。
その状態で聞き耳を立てると、壁自体が俺の耳となった。
どこか近くで、カタツムリが石壁をザリザリ齧ってる。
風に揺れる草が、石壁をなでる擦過音も聞こえた。
その中に、元気ハツラツな少女たちの足音が聞こえてくる。
「いた」
さて、鼻息の荒い姉たちは何をしているのか。
俺はそのまま、聞き耳を立てることにする。
キリル姉の上機嫌な声が聞こえた。
『へー、意外と綺麗じゃねーか。住める住めるっ』
『でしょう、他の部屋には、家具とか武具とか置きっぱなしよ』
『ん? ひょっとして、まだ誰か使ってんのか?』
『ハンターギルドが、月に2回見回ってるの。ゴブリンや賊が住み着かないように』
『それ、大丈夫なのかよ? ここ使えねえんじゃ?』
『そうね、ここは使わない』
『え?』
「え、使わないの!?」
思わず聞き耳を立てる俺も、聞き返していた。
ここに籠城するんじゃないの?
『ここから西に行ったところに、ゴブリンの集落があるらしいの。そこに住む』
『はあーっ、何考えてんだよニュース姉、正気か!?』
『信じられない。ニュース姉が、王都に行きたくなくて壊れた』
『キリル、ファー、おかしくなんかなってないわ。
私はもう何度も、そこのゴブリンたちと接触しているの。
なぜかそこのゴブリンだけ、人に友好的なのよ。
それだけじゃない。
ゴブリンたちは外敵に襲われないよう、アクセル・カメオと共存しているの』
『うっそだろ!?』
『ゴブリンはカメオの餌。ありえない』
「あれ?」
俺はその集落に、思い切り心当たりがあった。
壁と一体化しているから、小首を傾げられない。
『何度もって、ニュース姉いつからここに来てんだよ!?』
『私はもう半年以上も前から、ここに来ているわ』
「半年!?」
俺としたことが、一々声に出してしまう。
壁を内耳にしていると、まるで耳元で囁かれているようで、くすぐったい。
どうやらニュース姉は、半年以上前から家出の準備をしていたらしい。
話を聞いてると、朝の自主練習の前に、ちょくちょくこの砦に来ていたという。
真夜中に使っている俺とは時間がズレていて、俺はそのことに気がつかなかったわけか。
くっそ、なんて間抜けなんだチクショウっ。
気づかないなんて、俺は殺し屋失格だ。
ニュース姉の話は続く。
『初めて会ったのは、去年の秋よ。
早朝、砦の近くに流れている川で、ばったり出くわしたの。
そのときゴブリンは、アクセル・カメオにまたがって、馬のように乗りこなしていたわ』
『そんなわけあるか!』
『妄想?』
『妄想なんかじゃないって。私そのとき死を覚悟したの。
私の位置は、充分カメオの伸びる舌の射程内だったから。
それでも一矢報いようと、腰の剣を抜いたの』
『ニュース姉カッケエ!』
『夢?』
『夢じゃないわ、ファー。
そうしたら次の瞬間、ゴブリンとカメオが、私にお辞儀したのよ』
『うそクセー!』
『嘘』
『ゴブリンを乗せたカメオは、川の水をぺろりと飲んで、森の奥に去っていったの。
それをきっかけにして、私はその後何度も、アクセル・カメオに乗るゴブリンと出会ったわ。
ゴブリンもカメオも、私を全く敵視していなかったの。
言葉は通じないけれど、身振り手振りで、何とか意思を通じ合えたわ』
『やべーっ、聞いてて私の頭の方がおかしくなる! まじかよ!?』
『まじよ、キリル』
『ファー、お前どう思うよっ、ニュース姉ぜってえ頭がやべえって!』
『ニュース姉、もし本当なら、何で今まで黙っていたの?
キリル姉と私に、半年も黙ってるなんてヒドイ』
『ごめんなさい、ファー。
でもね、それだけ私がこの家出を、本気で考えていたと思ってちょうだい。
この家出には、私の人生が掛かっているの。
途中で計画が漏れるなんてことは、絶対あってはならないの。
聞いてキリル、ファー。
私はね、この誰にも知られていなかった、ゴブリンとアクセル・カメオの共生をちゃんと調べたい。
ちゃんとまとめて紙に書いて、バベルの魔道学園へ報告するつもりなの』
『報告? なんで?』
『それ、もしかしてニュース姉』
『そうよファー。私はその報告を手土産に、バベルの魔道学園へ行くつもり。
特別枠を狙っているの。すぐれた者には学費免除。
それが得られたら、私はお母様を無視して、魔道学園へ転がり込むわ!』
『わー! 最高だぜニュース姉!』
『すごい……ニュース姉』
『だからギリギリまで黙っていたの。ごめんなさい、キリル、ファー』
『気にすんなそんな事!』
『すぐいく?』
『いいえ、夜の森は危険だわ。明日、日の出と共に行きましょう』
『分かったぜ! 寝るぜ!』
『ニュース姉、かっこいい』
「まじかー!?」
俺は壁との融合を解除し、夜の森を駆けた。
思念波で呼ぶと、融合管を埋め込んだアクセル・カメオの一匹が、森の奥から近づいて来るのが分かる。
「俺が帰るまで、砦の周りを警護してて!」
「GARARA!」
すれ違いざま指示を出しながら、俺は森の奥へと突き進む。
目指すのはゴブリンの集落。
場所は分かっている。
めちゃくちゃ知っている。
なぜならそこは、砦に続く俺の「秘密基地2号店」だからだった。
「くーっ」




