我儘お嬢様の様子が最近おかしい
短編二作目です!前作ともども楽しんでいただけたら幸いです!
ーーーーお嬢様の様子が最近おかしい。
私は長年公爵家に仕える執事だ。そんな私だが今、公爵家の屋敷では全く奇怪な事件が起きている。
それはーー
「あら、レイマン。今日も早いですわね。いつもありがとう」
お嬢様があまりにも優しすぎるのだ。いや、優しいのは当然いいことだ。そんなことは分かっている。だが、ただの性格の変化とは言えないくらいの豹変なのだ。
この発言一つとっても、本来のお嬢様ならこうだ。 「朝からあなたの顔を見るなんて最悪の一日になりそうですわ。そこに突っ立っていないで、早く視界から消えてくださらない?」
それが今ではどうだ。 私が返事を渋っていると、きょとんと首を傾げ、小さく手まで振ってくる始末である。
あまりにも現実離れしていて、思わず声が漏れた。
「意味が分からない……」
はっ、と自分の声に驚く。だが小声だったためか、お嬢様には聞こえていないようだった。
「朝食のお時間です。お嬢様、食堂へ向かいましょう」
「えぇ、わかりましたわ」
今までのお嬢様だったら自分の部屋で一人で食べていたはずだ。そのくせ何か買ってほしいものがあるときだけ食事に出てきてねだるのだ。しかしそんなお嬢様に買い与えてしまう旦那様と奥様は……親ばかというものだったのだろうか。
(いや、そんなことはどうでもいい。今大事なのはこれが本物のお嬢様なのかどうかだ)
もちろんお嬢様自体が完全に違う人物に入れ替わったというのは考えづらい。万に一つ、別人とすり替わった可能性もなくはないが、それならもっと外見や癖の不一致が見えるはずだ。
もっと懸念すべきは、悪い精霊が取り付いている可能性である。もしそうだったとしたらこのまま放置するとみんなこの優しいお嬢様に慣れきってしまい、そのタイミングで発覚するとお嬢様が社交場に出ることはかなり厳しくなるだろう。
現状、公爵家の子供はお嬢様だけだ。そのため、お嬢様の評価はそれすなわち公爵家の評価ということになる。決してほかの家からつけ入れられるような弱点を作ってはいけないのである。
そんなことを考えながらも執事長として慣れ切った所作でお嬢様を食堂に案内した。
「お父様、お母様、ごきげんよう。ロゼリアが参りましたわ」
スカートを少しだけ摘み上げてお辞儀をするお嬢様のカーテシー姿はすでに完璧といって差し支えないが、お嬢様が席に着く前に旦那様と奥様に挨拶をするなんて今までだったら考えられなかったことだ。
「おお、ロゼリアよ。もうすっかり学園気分だな。とっても似合っているぞ」
「ええほんとね、あなた。これなら学園に入学させても恥ずかしくない淑女だわ」
そうなのだ。来年の春からお嬢様は貴族学校に入学となるのだ。それが今までだったら何よりの心配であり、お嬢様が豹変する前であったら学園に通わせない選択肢すら出ていたほどだったのだ。
本来貴族たちの社交場の前段階ともいえる貴族学校に通わないなんてことはあり得ないのだが、それでも、通わせない方がいいのではないかと旦那様たちが考えていたことを私は知っている。本人は絶対に行くと言ってきかなかったであろうが。
ともかく、その状況が変わりつつある。もう旦那様も奥様も行かせてもいいのではないかと思っているようであるし、奥様に至ってはすでに制服を最高級の素材で発注したそうだ。
しかし私は旦那様が内心では心配していることを知っている。そこで私は旦那様にも奥様にも秘密で独自にお嬢様を調査することを決意したのだった。
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お嬢様の身辺調査その一、それはやはり聞き込みだ。公爵家でお嬢様と関わっているのは何も私だけではない。であれば私以外にもお嬢様に疑念を感じ、違和感に気づいているものがいるはずだ。
まずはお嬢様付きのメイドに聞きこんでみよう。
ちょうど休憩時間に廊下ですれ違ったので、周りに人影が見えないことをさりげなく確認して、呼び止める。
「ーーサーシャ、最近のお嬢様の様子はどうですか?」
以前のお嬢様はメイドが少しでも不手際を犯すとすぐにクビにしていたが、このサーシャというメイドがお嬢様についてからは長い間お嬢様付きとして業務を行っている。なかなか信用のおけるメイドだ。
なぜかサーシャは以前から元気にお嬢様と接していたが、今も元気そうに見える。とりあえず、話を聞いてみよう。
「お嬢様のお話でしたか!急に呼び止められたから私てっきり何か悪いことをして叱られるのかと思いましたよ」
「驚かせてすみません。それで、部屋などでお嬢様はどんな様子ですか?気づいたことがあれば何でもいいので言っていただきたい」
私が真剣な様子なのを見て、サーシャも真面目に話始めるらしい。そういった空気を上手に読めるところがお嬢様に長い間クビにされなかった理由なのだろう。
「そうですね……あるとしたら、お嬢様が最近急に私に優しくなって、私が少し涙ぐんでしまったぐらいですかね」
何ということだ。やはりお嬢様は私や旦那様たちの前だけでなく、私生活の中でもメイドに優しく接しているらしい。
「私の場合は以前からお嬢様に気にいっていただけるよう努めてきましたが、それでもあんなことやこんなことなど大変な要求をされることはたくさんありました」
あんなことやこんなこと、というのはよくわからないが、やはりそれなりに辛い思いをすることは多かったようだ。
「しかしそんな私につい先日、『今までつらい思いをさせてごめんね、サーシャ。私、変わろうと思うから、だからこれからも私だけのメイドでいてほしいの』っておっしゃってくださったんですよ。私この言葉を一生忘れません!」
何ということだ。優しくするどころか謝罪するだと?ありえな過ぎて笑えてくる。
「そ、そうですか…… それはよかったです……」
やはり、お嬢様に何か異変が起きたのは間違いない。その異変が何なのかはわからないが、次はコック長のところに行ってみよう。彼も、お嬢様に無理なお願いをたくさんされてきたのは知っている。そんな彼ならまた違う視点からお嬢様の異変を感じ取っているはずだ。
「まあ、でも私は可憐なお嬢様からならどんな仕打ちを受けても…… いや、むしろお願いしたいくらいなんですけどね」
サーシャが最後に何か言っていた気がするが、先ほどの衝撃的な話で頭がいっぱいで、上手く耳に入ってこなかった。
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「ーーえ?お嬢様の最近の様子?」
「そうだ、お前なら何か知ってるんじゃないか?」
私とコック長とはこのお屋敷に働きに入った時からの長いつながりで、いわば同期というやつだ。 お互いにそこそこ上の立場になった今でも、たまにどちらかの部屋でこうして二人で話すことがある。
「そんなの、俺じゃなくてお嬢様についてるメイドにでも聞いたらいいんじゃないか?ほら、サーシャとかいったっけ」
「もう聞いた。その結果が、優しくなったうえ、『今までつらい思いをさせてごめんね、サーシャ。私、変わろうと思うから、だからこれからも私だけのメイドでいてほしいの』……なんて言ったそうだ」
衝撃的過ぎて自分まで覚えてしまったではないか。
「ハっ!そりゃ確かに笑えるな。前のお嬢様を知っていればなおさら」
こいつ、自分で言った後も思い出したように笑っている。
「笑い事ではない。それに、仕える主人のご息女を笑うもんじゃないだろ」
「あーー、まあそれもそうだな。それでお嬢様の様子だっけか?最近のお嬢様の様子はすごいなんてもんじゃないぜ」
「だからどうすごいんだよ」
やけにもったいぶるので先が気になってつい少し怒気が混じってしまった。いったん落ち着いて話を聞かねば、公爵家の執事としてあるまじき失態だ。
「そう焦んなよ。お嬢様はな、最近健康志向に目覚めたみたいだ」
「健康志向……?」
お嬢様が健康志向とは……以前ならあり得なかっただろう。今までのお嬢様だったら葉物の野菜のことを草と呼んでほかの雑草と同じように扱っていたほどなのだから。
「ああ、今まではとにかく甘いものばかり命令されたものだが、最近はおやつに至っても甘さ控えめ、素材の味、なんてどっかから持ってきた言葉でお願いしてくる。それでこの前はキャロットケーキを作ったらたいそう喜んでもらえたぜ」
お嬢様のお口からそんな言葉が?どうにも現実味がなくて信用ならない。
「それだけじゃない。特に最近は身体づくりにいい食事が食べたいんだとよ。なんでも“自分の体は何をするにも頼りない”とか言っていたが、あれは驚いたぜ。」
「そんなことを……」
確かに私もそんなことを言われたらひっくり返りかねないだろう。それにしても身体づくりか、最近はランニングを軽くしているのは私も知っているが、食事から変えているとまでは知らなかった。
「俺たちのお姫様はどうしちまったんかねぇ……まあ、前も可愛かったが今はもっと可愛げがあるからな。あんまりとやかく言わずに見守ってやろうぜ。本人が変わろうって思ってるんだから」
何をのんきなことを、と思ってしまうが、私も同じように思いたいのも本当だ。しかし私はこの家の執事長として、問題が起きそうなら冷静に対処しなければならない。
「俺もこの家で雇ってもらえる前はなぁ……ダメな自分から変わろうと必死で……それで拾ってくれた旦那にはとっても恩が……」
いつの間に取り出したのか、酒を飲み始めてあーだこーだ言い出したコック長をしり目に、私は静かに退出することにした。語りだしたら止まらないのは昔からだが、これ以上付き合えば調査どころではなくなる。
色々落ち付いたらまた今度一緒に飲む時間を作ろう、そう思った。
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聞き込みをしたことで、お嬢様の身に明らかな変化が起こっていることが分かった。しかし、ここからの調査はさらにお嬢様のプライベートに踏み込むことになる……迷ったが、それがこの公爵家のためになると信じて、調査を続行しよう。
次にするのは尾行だ。午前中、お嬢様はお屋敷に来てくださる講師の方たちから算数やマナー、馬術、歴史など様々な授業を受けている。
以前と比べて格段に真摯に取り組んでくれるようになっただけでなく、物覚えも早いというような報告を受けているが、今回大事なのはそこではない。
午後のお嬢様は、コックに無理を言って、砂糖をふんだんに使ってもらったおやつを作ってもらう、というのがいつもの流れだった。
しかし、これはサーシャに聞き込みをしたことで知った事実なのだがごくたまに、お嬢様は一人にしてほしいとサーシャにお願いをして、庭園の人気のないところに行くのだそうだ。私はその時間が怪しいと睨んでいる。
(その決定的瞬間を目撃してしまえばどうなってしまうのだろうか)
もし私の憶測が当たってしまったら、と不安に胸が包まれそうになるが、それでもやらなければならない。私は決意を固めその時を待った。
そして、その時はやがて訪れた。
(きた!お嬢様がサーシャと離れて一人で庭園の方へ向かっていくぞ)
尾行をするタイミングを探っていた私は、ついに訪れたタイミングに緊張し、冷や汗が額をさっと流れるのを感じる。
お嬢様はいつも通りの歩調で庭園を進んでいく。いつも住んでいる屋敷の庭園なのだ。当然と言えば当然なのだが、今だけはそれが不気味に思えてしまった。
歩いた先には、周囲を手入れされた大きな木々に囲まれた神秘的な泉があった。
ここは確か、奥様の趣味でどうしてもとお願いされて作った泉だったはずだ。お嬢様はこんなところに何の用があってきたのだろうか。
「ーーこの声が聞こえるなら姿を見せて頂戴」
っ!尾行がバレた、のか?いや、そうとは限らない。しかしここで姿を見せなければそれこそお嬢様、ひいては旦那様への背信に……!
逡巡をしているとお嬢様の周りにポワポワと明滅する光が浮かび始める。
あまりの非現実感に息をのんだ。
あれは、精霊?
黄色や赤、青などに光るいくつかの光が表れ、お嬢様が立てた指に誘われるようにその周りを浮かんでいる。
や、やはり私の心配は当たってしまった、と思った。お嬢様は悪しき精霊とつながっていて、今こそその精霊と交信している時だ。そうに違いない。だが一旦は私の尾行がバレたわけではないようで助かった。
「来てくれてありがとう、今日は少し寒いわね」
お嬢様は続いてその光たちに話しかける。お嬢様が変わったのはこの精霊たちの影響であろうという事実をどのように旦那様たちに伝えればよいのか、と頭の中で思考が渦巻く。
そのまま見ていると赤い光がお嬢様によっていって、お嬢様の周りがとても見えにくいが淡い赤色に光っているように見えた。
(これは、精霊の行使!?)
ばかな、そんなはずがない。そもそも精霊は魔力を食べる生き物だが、その精霊を行使しているということはお嬢様は魔力を操っていることになる。そんな技術、一体どこで習って、……いやそもそも精霊との交流ができること自体知らないはずだ。
しかし精霊の行使という行動自体はおかしくはない。もちろんお嬢様がしていることには違和感が尽きないが、どこかで知った可能性も全くないとは言い切れないだろう。
「温かい……いつもありがとね」
やはりお嬢様はこうやって一人のタイミングを作るたびに精霊と対話をしているようだ。本来精霊は危険な存在でもあるので貴族学校に通い始めてから教える流れのはずだが……
そのまま観察していると、一つの黄色い光が揺れ動きながら私の方に近づいてきた。
(ま、まずい!)
逃げるか?いやここで慌てて逃げだせばよりバレる確率が高まるだろう。ここは一旦……
ーーしかしこの行動は結果から言えば取れる選択肢の中で最悪のものだった。
私は精霊を手で払おうとして……私の手が精霊に当たった瞬間、昼間だというのにあたりが一瞬白く染まった。
(くっ!!)
「えっ、そこにだれかいるの!」
お嬢様の声が後ろで聞こえた時には私は既に光の中で走り出していた。
お嬢様も目がくらんで見えてないといいが、なんてことを考えながら私は方向感覚を頼りに屋敷の方へ向かって走り、慌てて屋敷の影へ飛び込む。
(今のは危なかった、まさかあの黄色い精霊が光の精霊だったなんて……)
光の精霊は人の心を読むのが得意だという。私の感情を読み取って寄ってきたのだろう。
とにかく精霊の光で私の姿が見えなかったことを祈り、私は息を整えた後、何事もなかったかのように屋敷の中に戻った。
ーーその後、それとなく確認したが、あの光は屋敷へ届くほどは大きくなく、大きな問題にはなっていないようだった。お嬢様が私の姿を見たかどうかはわからないが…… 見られていないことを祈るしかないだろう。
しかし、今回のような失態はもう起こせない。公爵家の執事として冷静に、調査をやり遂げなければ。
今回尾行したことでお嬢様が本来知らないはずの精霊との対話の技術を知っていることが分かった。あと少しでなぜお嬢様が豹変したのかまでわかるはずだ。
私は内心、自分が焦りすぎていることを理解しながらも、それでも調査を続行するしかないと結論づけていた。
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最後の調査、それはお嬢様の部屋に忍び込むことだ。
……正直これだけはしたくなかった。そんなことをしてしまったら執事としてどころか人として終わりだと思ったからだ。
しかしここまで来たからには必ずお嬢様の豹変の原因を突き止めなければならない。サーシャへの謝罪、コック長への健康的なお願い、ついこの前の精霊との対話、そのどれもが以前のお嬢様だったらあり得ない言動ばかりだ。
その答えの一端が部屋に入ればつかめるかもしれない。
(私は、公爵家と、旦那様のためなら不審者にでもなってやる.......!)
決意を固めた私は、お嬢様が授業をいつも通り受けることを確認してからお嬢様の部屋へと向かった。今の授業は馬術だ。馬術の授業は約90分とはいえ、あまりゆったりしている時間はないだろう。
私は事前に準備しておいた黒い外套を深くかぶってお嬢様の部屋へと歩き始める。明るいお屋敷の中、しかも昼なのに黒い外套……?となるかもしれないが、正体がバレるよりはいいのだ、きっと。
人目がないことを確認しながら慎重にお嬢様の部屋へと近づいていく。もし誰かに見られたら怪しいこと間違いなしだろう。
少しするとお嬢様の部屋の前へとついた。想定と違うエリアをメイドが掃除しているなどのアクシデントもあり、少し遠回りになってしまったが、まだ余裕はあるはずだ。
緊張しながらもなるべく冷静に、扉に手をかける。そしてさっと戸を開け、中に滑り込む。
(ーーここまでは順調だ)
ようやくお嬢様の部屋に入ることができた。きっとどこかにお嬢様に何ものかが取り付いている証拠があるはずだ。戻ってくる前に素早く調査をしなければ。
部屋に入ると何か違和感を覚えた。何の違和感だ、とふと考えると思いいたる。部屋がきれいすぎるのだ。以前のお嬢様の部屋はもっと散らかっていたが、それらがきっちり整頓されている。心持の変化か、それとも……
一息ついて緊張を落ち着けた後、もとの部屋の配置を覚えながら、部屋の探索を始める。
初めに目についたのは机に積みあがった本だった。見るところこの国の歴史と地理について書かれている本が多いようだが、中には隣国について書かれた本もある。きっと屋敷の図書室から持ってきたのだろう。
(もしかしたら中にいる存在が、話している内容に齟齬が生まれないように調べているのか……?)
いや、まだ断じるには早い。貴族として確実に知っておいた方がいい知識であることも間違いないだろう。それに、まだどこかに決定的な証拠があるはずだ。
机に目を向けると、ほかの本とは明らかに違う、本というよりかはノートのようなものが置いてあった。お嬢様の日記だろうか、だとしたらお嬢様の豹変の秘密が書かれているかもしれない!
しかしノートに書かれていた内容を読む前に問題が起きた。文字が読めなかったのである。
古代文字…… だろうか、以前少しだけ目にした文字に似ている気がする。これがもしも古代文字だったとしたらお嬢様は古代の存在に操られているのかもしれない。
外れていた方がはるかに幸せだったであろう予想の証拠の一端を見つけてしまったのだろうか。冷静に努めようとしたが、急に冷や汗が出る。
パラパラめくっていくと文字が中に書いてある円と円が矢印でつなげられているページが出てきた。これは何を表しているのだろうか。いやあまり思案している時間はない。ほかにも証拠を見つけられるはずだ。
引き出しを開いてみるといくつかの紙の束が出てきた。これは手紙だろうか?
詳しく見てみると旦那様や奥様、サーシャや私宛の手紙も出てくる。
一体何が書かれているのか気になった私は恐る恐る私宛の手紙を開く。
『執事のレイマンへ
いつも私の世話をしてくれてありがとう。
小さい頃、私がお庭の木に登って降りれなくなったことがあったのを覚えていますか?
その時のあなたはその場に来てすぐに私を安心させて、汚れも気にせず助けてくれましたね。
とても怖かったのが安堵に変わったのを覚えています。
思えば私はいつも周りに助けられてばかりでした。
だというのに私の態度はひどいものでした。
しかし、最近ようやく自分の愚かさに気づいて、変わろうとしているところなんです。
少しでも成長して、あなたや屋敷のみんなの支えになりたいと思っています。
きっと驚くこともあるかもしれませんが…… どうか温かく見守ってください。
あなたの働きはいつも助かっています。
これからもよろしくお願いします。
ーーロゼリア』
読み終わった後の私の眼には涙が浮かんでいた。
これは誰かに操られて書いた文章ではない、勘だが、そう思ったのだ。
むしろ今まで疑ってきたことが間違いだったのだ。信じて見守ることこそ先達の役目だったのだ。
「……レイマン?私の部屋で何してるの?」
ばっ、と後ろを振り向くとお嬢様がいた。手紙に夢中になるあまり気が付かなかったようだ。
「ーーお嬢様、本当に申し訳ございませんでした」
お嬢様のお姿を見た途端、私の中の罪悪感が沸き上がり、気づけば何の言い訳もせず土下座をしていた。
「えっ、何してるんですの⁉ 顔を上げてください!」
こうなったら洗いざらい話してしまおう。今のお嬢様なら、きっと受け入れていくれるから。
「実は私は、お嬢様の変化に何らかの不穏なものを感じ取り、旦那様に黙って調査をしていたのです」
「そうでしたの⁉」
お嬢様の目が驚愕に見開かれる。
「えぇ。しかしお嬢様には申し訳ないのですが私宛の手紙を見てしまい、そして思い直しました。お嬢様は何者にも操られてなどいないと」
「み、見ましたのね。それで操られてないと結論付けたと。ふ、ふ~ん」
私は勢いのまま話を続ける。
「私はお嬢様の変化を最後まで見届けますぞ!何卒、この私の身が使い物にならなくなる時までおそばにおいてください!」
「わ、わかりましたから落ち着いて。でも私に疑問を、ね…… 何か聞いておきたいことはありますか?疑問は全部解決した方があなたとしても生活しやすいですわよね」
お嬢様は私を気遣って何も秘密などないということを証明しようとしてくれている。
「それは…… そうかもしれません。では、庭で精霊との対話をされていましたよね?そのような技術はどこで身に着けたのですか?」
あの技術は魔力を自在に操れるようになった者だけの技術のように思えた。それをお嬢様が使えるというのはどうしても違和感が残ったのだ。
「あれは……向こうから何か意志のようなものが送られてきてそれに応えた形ですわね。それからは私の魔力を気に入ったのかたまにあげる日を作っていますの」
な、なんと…… 精霊の意志を感じることができるとは…… そんな芸当、話に聞いたことはあっても実際にできる人間がいるなど考えたこともなかった。もしかしたらお嬢様は精霊との親和性が非常に高い、つまり天才と呼ばれる類の人間なのかもしれない。
「で、ではこちらのノートは」
私は先ほど見た古代文字で書かれているように見えるノートをお嬢様に差し出す。
「こちらはいったい何が書かれているのですか。私にはどうやら古代文字で書かれている、程度にしかわからなかったのですが」
「古代文字…… あ、あぁ、古代文字ね。それなら私が書いたわ。その…… 信じてもらえないかもしれないけど図書室にあった古代文字の本を解読して、試しにそれで文章を書いてみた、というか.......」
な、なんと…… 古代文字すら独学で学んだとは…… 古代文字は今はもう一部しか使われなくなった言語を記した文字で、まだ未解読領域がたくさんあるという古代の遺物だ。それを独学で…… お嬢様は神が遣わした使いか何かなのだろうか.......
「御見それしました....... お嬢様。お嬢様がいるならば公爵家は安泰であること間違いなしでしょう。そんな方にお仕えすることができるなど、私にはもったいない名誉です」
「ちょっ、頭を上げてください。そんなすごいものじゃないですわ。それでも、この家に仕えてくれようというその思いにはとても感謝しますわ」
やはりコック長の言っていたことは正しかったのだ。私がするべきことはお嬢様を見守ることだったのだな、と思う。
「これからもよろしくお願いします。お嬢様」
「えぇ、よろしくお願いしますわ!」
その時のお嬢様の顔は誰が見ても一片の曇りもなかったことだろう。
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(あ、危なかったわ....... 私が転生者とロゼリアの人格が混ざり合った存在だと気づかれなくてよかった……)
別の世界線では悪役令嬢と呼ばれた少女は、のちに学園にて、脳筋公爵令嬢と呼ばれる日々を歩み始めていたのだった。
ご拝読いただきありがとうございました!よろしければ評価や感想などよろしくお願いします。
ちなみに、お気に入りのキャラはコック長です。




