どこかで見たり聞いた事ある設定に対しての怒り
ピコリンに対しての恋心であろう認識で混乱状態に陥った翌日日曜日。
本日は仕事が休みの父も在宅、玄関は完全施錠をしているため、昨日のようにピコリンが吉原家内にいるという事はない。それは育代も認識しており、安心からか充分な睡眠で爽やかな起床をする。そして昨日同様、朝食催促のため目をこすりアクビをしながらダイニングへ。
ガチャ
「……起きた〜。お腹空いた〜」
その姿を見た父は待ってましたと言わんばかりに育代に問いかける。
「育代。お前昨日俳句教室に行かなかったらしいな」
「え? あっ!」
そうなのである。昨日はピコリンが帰り、散々選択肢を模索した後もあれやこれやと色々考えていた為、午後からの俳句教室の事は忘却の彼方に吹き飛んでいた。そして今、先生から報告を受けた父に指摘され思い出したという大失態を犯した。
「どうしたんだ? 今まで忘れたことなどなかっただろう?」
「ご、ごめんなさい……」
小学校三年生から月2回通っていた俳句教室。なんと、育代は今まで皆勤賞であった。
「具合でも悪かったのか?」
「ち、違うけど……」
(まさかピコリンについて悶々と考えていたなんて言えないよ……)
その後も色々勘ぐられ、質問攻めにあった育代であったが、日本史の授業で学んだ、戦国時代の女性武将について調べていたら夢中になったと大嘘をつきその場を凌いだ。
(と、とりあえず家にいたら、いつピコリンが来るか落ち着かないから散歩にでも行こう)
本来であれば今日はどこにも出かけず、誰にも会わずに落ち着いて過ごしたいと思っていたが、家にいればいつピコリンが来訪のチャイムを鳴らすか気が気でない。育代はとりあえず家からの逃亡を企てながら朝食を済ませ、自室に戻る。
ガチャ
「おい。今日こそは用件を言うのだろうな?」
「うわーっ! ピッ、ピッ! ピコリン!?」
逃げ道を見つけ、さあ行くぞ! と決めたばかりの育代にまたしても予想外のピコリン登場。今までで一番驚愕する育代であったが、しっかりと衣装を確認する。
「えっ?! なにその格好! 平安時代の服っ?!」
「なんだ? また服について聞きたいのか? 普段着の一部だが?」
「……」
(普段着? 嘘でしょ?)
今日のピコリンは平安時代における貴族の普段着である狩衣を着ていたのだ。しかも、初めて来た時の残念な毒々しい服同様に普段着と言い放つ。
「くだらん問答をしてる場合じゃないぞ。もう猶予はないからな」
「え? 猶予がない?」
「用件を聞きに来るのも明日までだ」
「え? 明日まで?!」
「ああ。地球付近に滞在するのは一週間と決めてあったからな。滞在にかかる燃料費もバカにならんからな」
「……」
恋心らしきを抱いたばかりの育代の頭は今にも『さよなら私の初恋……』と言いかねないくらい真っ白になってしまう。
「というわけだ。だから早速、用件を言え」
「……」
泣き出しそうな顔を必死にこらえる育代。
「どうした? なんか様子がおかしいが?」
「……」
当然ピコリンからしたら、なぜ泣きそうなんだ? という興味本位程度から発した言葉であったが、初めて見せるピコリンの疑問キョトン顔は育代にとって自分を心配してくれた……という優しさに見えた。
(なんなの? 次から次へと……急にやさしくしないでよ……)
しかし同時に、そもそも急に地球にやって来て、次から次へと現代の令和ではあり得ない未知の情報や知識を叩き込まれ、挙げ句の果てには自分の心にまで侵食し、惑星ギガメッシュの価値観を一方的に押し付けてくるピコリンに怒りを覚えた。
「ピッ! ピコリンのバカ!」
「は? 侮辱か?」
そこにいる育代は、ピコリンにあったらなんて返事しよう……などと乙女チックに考えていた姿は微塵もない、般若に成り下がっていた。
「うるさいっ! なんなのっ!? わけわからんちんの事ばかり言っちゃってさ! ピコリンにとっては当たり前の事かも知れないけど、私は説明してくれなきゃわからないよ! 自分の価値観を押し付けないでよ!」
育代は周囲に置いてあった服、ソファ、本、ペンなど、手に届くありとあらゆる物を投げつけた!
さすがのピコリンも育代をなだめようとする。
「お、おい! 落ち着け! どうした!」
「どうしたじゃないよ! なんで20分しか地球にいれないのよ! ふざけないでよ! もっと……もっと私の気持ちを見てよ!」
情緒混乱MAXの育代は、ピコリンへの気持ち、幼少期の黒歴史的願い、そもそもエイリアンという概念を持ちやって来たピコリンの存在――この作品の語り手でさえも整理しきれない想い、それらがいくつにも重なり、もはや何を言ってるのかわからなかった。
「わかった! わかった! だが、もう20分経つから明日また来る!」
育代の投物攻撃を全て受け止めたピコリンは、ベランダの窓を開けて飛び降りて消えていった。
(なんなのっ?! もう寝る!)
2階から飛び降り消えていったピコリンの身を案ずる事はなく、育代はベッドに飛び込み、布団を頭からかぶっていた。