どこかで見たり聞いたりした事ないシチュエーション
両親に対して「その後ピコリンは現れてない」と、盛大に大嘘をかました後、黒歴史になりかねないツンデレをベッド内で披露した翌日は土曜日。
朝一にピコリンがチャイムを鳴らす事も視野に入れていた育代はあまり深い睡眠が出来なかった。
そして起床。
(よかった……とりあえず何も異変なしだね……)
本日の育代の予定はというと、午前中はダラダラと過ごし、午後は駅近くの喫茶店で行われている俳句教室に参加する予定。月1回行われるこの俳句教室は、父親の勧めでもあり小学校3年生の時から通っている。
(まさか俳句教室には現れたりしないよね)
特に根拠があるわけではないが、なんとなくそんな感じがしていた育代。
とりあえずいつもの様にパジャマ姿、髪ボサボサという休日仕様で、2階の自室から朝食催促のため1階に降り、目をこすりながらダイニングのドアを開ける。
ガチャ
「お母さん〜起きた〜なんかある?」
「おい。用件を言え」
「え…………ギャ〜!!」
自宅のダイニングにピコリンという、全く想定していない不意打ちを喰らった育代は、生涯発した事のない奇声をあげる。
「ピ! ピ! ピコリンっ?!」
「おい、急にデカい声を出すな! びっくりするだろ! ショック死したら責任とってくれるのか?」
「びっくりはこっちだよっ!! なんで家の中にいるの?」
「そりゃ、家の中に入ったからに決まってるだろ。くだらん問答で時間を無駄にするつもりはない。早く用件を言え」
「……」
(またお母さん玄関のカギ閉め忘れて買い物に行ったな……)
育代の予想は図星であった。
母親には前科があった。その為、不用心だと父親に叱られた事も多々あり、その光景を育代も目撃していた。その時は、そんなに怒らなくても大丈夫じゃない? と母親の肩をもっていたが、今日ばかりは父親の叱責を真の意味で理解した。
育代は昨夜あれだけ楽しみにしていたピコリンの服装を認識するのを忘れ、咄嗟に髪を手ぐしで整える。つまり、自然と身だしなみを気にしていたのだ。
しかしすぐにピコリンの様相に手ぐしの手が止まる。
(え? 洋食屋のコックさん?! しかも帽子も?!)
そう。今日のピコリンは、すぐにでも吉原家のキッチンでオムライスを作る事も可能なまでの白衣のコック服を着ていた。しかも高い帽子をかぶっている。
「……」
「おい。早く、用件」
「あの……ちょっと……」
「なんだ?」
「なんでいつも服装違うの?」
「どういう事だ?」
「初めてウチに来た時の服は……」
「普段着だが? 着替える時間がなかったのでな」
「じゃ、じゃあ……2回目の黒い服……」
「礼服だが? つまり育代のために正装したまでだが?」
「き、昨日の野球の……」
「ユニフォームだが? 近くの惑星での野球教室に参加していたのを抜け出して来ただけだが?」
(え? 野球って他の星にもあるの?!)
「今は……」
「調理服だが? ここに来るまで宇宙船で朝食を作っていただけだが?」
「……」
「おい。なんで毎回毎回、お前の質問に答えねばならんのだ? 聞きたいのはこっちだ!」
「……」
(ピコリンって実はバカなの?)
「おい。また20分経ってしまうじゃないか? 明日こそ頼むぞ」
「……う、うん」
ピコリンは慌てて吉原家を後にした。育代は尾行しようとも考えたが、今の自分はとても外に出ていける姿ではない。それを考えた時に育代は、カーッと全身が火照った。
(こんな格好見られて恥ずかしい……まさか、私ピコリンの事意識してる? いや! 絶対ない! 訳の分からないエイリアンだよ? あり得ないよ……あっ!!)
一生懸命否定思考を重ねる育代だったが、その刹那、記憶の扉が勢いよく開いた。