お茶の香り
千代は孫の真由美が大学に合格した時に何かお祝いしたいと考えていた。真由美は真面目で努力家である。希望の大学に進学できて自分の事の様に嬉しかった。
「女もやれば出来るのよ」
「真由美ちゃん、おめでとう」
親戚が集まってお祝いをした。
千代は教員になって直ぐに結婚した事を少しだけ後悔していた。夫が亡くなって子供達の助けを借りなければ生活出来ない事が心苦しく情けなかった。あの時仕事を続けて居たならと
自分の夢を真由美は叶えてくれるようで、若さと逞しさが羨ましかった。
人は誰でも年を取る。末の娘も嫁に行き、夫も旅立ち、自分の為に1日を過ごしていた。師範学校の同窓会も毎月出席していた。段々と集まる人が少なくなって今では数人になった。集まるとビールを飲んだ。この泡がたまらない。千代は糖尿病だったが、ビールを、飲む時は白米は食べないようにカロリーを調節した。若い頃から夜は本を読む。週刊誌や新聞をじっくり読むといつも時計の針は12時を越えていた。
しかし幸せなことに眠れないと言うことはなかった。
真由美は熊本で1人暮しするという。食事の支度とか大丈夫だろうか?心配だった。お祝いに真珠のブローチを渡した。
「お祖母ちゃん、ありがとう。大切にするね」
真由美はにこにこして受け取ってくれた。
4年間の大学生活を終えた真由美は地元に帰ってきて就職した。一年ほどすると結婚の話を聞かされた。相手は東京の会社に勤めているという。
「寂しくなるね。身体に気をつけてね。盆と正月には顔見せてね」
結婚式は大型バスを借りて、出席した。千代の6人の子供と伴侶も集まり賑やかな式になった。
真由美の幸せそうな姿を夫の忠にも見せたかった。
千代には2人の妹がいる。時々東京の2人の所に遊びに行く。ついでに真由美の所にも寄っていいか聞いてみた。
「大歓迎よ。お祖母ちゃん」
真由美の家に妹達に連れて行って貰った。
新婚の眞由美は旦那様に「家の事だけしてくれれば、僕が養う」と言われたそうだ。
誰も知っている人のいない土地で暮らすのは心細いのではないだろうか?
「お祖母ちゃん、朝起きて食事の支度して、掃除して、買い物して、夕飯の支度して、その繰り返しちょっと飽きちゃった。」
真由美はボソッと話した。その夜はすき焼きをご馳走になった。春菊の大きさにびっくりしたが、眞由美と飲むビールは格別美味しかった。
翌日は川越の五百羅漢に連れて行って貰った。孫と2人でのお出かけは楽しかったが、歩き疲れて帰りはタクシーで帰った。
何でもきちんきちんとする眞由美に声をかけて別れた。
「てげてげでよかど」
お中元とお歳暮の季節になると真由美に贈り物を届ける。その中にいつもお茶を入れる。真由美は鹿児島のお茶が好きだ。というかそのお茶を味わい、香りを嗅ぐと安心するという。今日も1日を頑張れると感じるそうだ。
「冷凍しておけば長持ちするからね」と教えた。それからお茶は冷凍保存しているようだった。
「お祖母ちゃん、いつもありがとう」
千代は眞由美からの電話を貰うのが楽しみだった。