国の為に
千代には2人の兄がいる。中学を首席で卒業した兄達は進学せずに兵学校へ行った。軍隊に入った兄達は昇進試験を受け、海軍中将、海軍少将になり国の為に尽力を尽くしていた。
誰の為に生命を捧げるかはその人次第。色んな考え方があって当然なのにこの時代はそれを口にすることさえ許されなかった。時代に翻弄され、大きな渦に飲み込まれていく。人の生命を国を守る盾にして散っていった人々の魂は今も海や空に漂っている気がした。
軍人である兄は国の為に立派に働いている。インドネシア独立に貢献した事もあって、インドネシアの人々には尊敬され慕われている。国は違えど決して憎まれる人ばかりではないことを知った。
戦争が終るまでは軍人は皆から崇められ、尊敬されていた。しかし戦後は兄達の事を悪く言う人も出てきた。そんな兄達を兵学校へ行かせた父は胸を痛めていた。
千代は思う。
「何故戦わなければならなかったのか?賢い兄達はこの戦争に疑問を抱かなかったのか?一刻も早く止めようと言う人は居なかったのか?」
もう少し早く終っていれば長男、長女を亡くす事もなかっただろうに。
国の為に散って戦死した人の墓がある。千代は高齢になってもこの戦死墓に鎌をもって行き、草を刈り、綺麗に掃除してお線香をあげていた。自分に出来ることは最後までやると心に決めていた。
もう1人の弟はデザイナーになった。兄達とは全く違う道を選んだ事が千代には救いだった。好きな仕事を東京で思いっきりする弟は父の心をほぐしていたに違いない。
兄達は本当は何をしたかったのだろうか?一度しかない人生を軍人になったことに後悔はなかったのだろうか?
いつの時代にも戦いは生まれる。戦国時代が終っても明治、大正、昭和と戦う事を止めなかった日本が受けた代償は余りにも大きかった。
原子力爆弾が広島と長崎に落ちて人々は一瞬にして変わり果てた町と死に絶えた屍の多さに哀しみと苦しみを背負う。落とした国とは仲良く付き合わなくては生きていけない。わかっているが何だか釈然としない。
ただ一つ出来ることは戦争を二度としない
この事を語り繋いでいくことだろう。