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百合の花  作者: ふみりん
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産めよ増やせよ

明治生まれの千代は10人の子供に恵まれる。大変な時代だからこそ教育の大切さを感じていた。

「おはようございます」

子供達の声が響く教室で師範学校を卒業した千代は働き始めた。

子供に勉学を教える事は生きがいだと思って教員になったが、暫くすると縁談の話がきた。子供好きで働くことは楽しかったがこの時代結婚して、子供を産み、育てる事こそ日本女性の手本となるべき姿と教えられてきた。相手は歯科医師、顔もなかなかのイケメンで断る理由も見つからなかった。当然先生を辞めて専業主婦になった。


千代の実家は父親は教員をしていたが、家にはお手伝いさんがいて食事や掃除、身の回りの世話をしてくれていた。嫁いだ先でも歯科医院ということもあってお手伝いさんを雇っていた。従業員の食事やお掃除等を手伝ってもらったり、一緒に買い物に出かけたりした。信心深い千代は毎朝お経を唱え、墓掃除も念をいれていた。


子宝にも恵まれて幸せな日々を過ごしていた。ハイカラな忠は出かける時は帽子を被り、口にはちょび髭を生やしていた。相撲が好きで巡業で力士が来ると嬉しそうに出掛けて、「頑張れよ」と背中をポンポンと叩いていた。また大の犬好きで大きな秋田犬を飼い、診察が終ると散歩に出掛けて、近所の川で泳がせたりしていた。医院の事は忠に任せて千代は家の事に専念していた。


「子供の一人が医院を継いでくれれば千代の役目は果たせる。」そう思った千代は自分が教師をしていた事もあって子供達の教育には熱心だった。

子供たちは皆大きくなり、長男が大学に行き始めた頃戦争が激しくなった。食べ物も手に入りにくくなり、大切な着物を農家に持っていき、野菜や米と交換して何とか工面して生活していた。食べるものがなければ治る病気も良くならない。長女が釘を踏んで破傷風になり、栄養状態が良くなくて息を引き取った時は自分を責めた。1個の卵を10人で食べるのが精一杯だったのだ。痩せ細る子供達を見て、早く戦争が終ることを願った。しかし戦争がますます酷くなり長男まで戦地で亡くした。


「子が親よりも先に旅立つ程親不孝はない」千代は今まで味わったことのない苦しみに耐えきれずにいた。しかし子沢山の千代には7人の子供とお腹の中には新しい生命が芽生えていた。

戦争が終っても千代の暮らしは目まぐるしかった。子供達の世話で毎日があっという間に過ぎてしまう。

「この子達を立派に育てなければ申し訳ない」

必死になって8人の子供を育てた。特に勉学には熱心に指導した。長男を亡くした千代は次男の将来を考えると歯学部へ行って後を継いで欲しかった。しかし思うようにはいかず、次男は医学部を受験した。本人が希望するなら仕方ないと三男に歯学部を目指すよう説得した。


子供は親の思うようにはならない事はわかっている。三男が歯学部受験に失敗した後「母さん、俺教員になるよ」と言ってきた。

誰もが親と同じ道を進むことが正しいとは限らない。ましてや子供にプレッシャーをかけていたのではと反省する。三男が楽しく英語教員になってくれた時はホッとした。


しかし心は裏腹で、四男が歯学部に入学したときは重い肩の荷が降りた気がしたのも事実だった。

「病院を継いでくれる人が出来た。これで繋がる」

嫁の大変さをしみじみ感じていた。

息子だけでなく娘達にも教育は大切だと話してきた。能力のあるものは大学まで行かせた。末の娘が教育学部に入った時に自分の務めが半分終ったような気がした。


三男の娘真由美に突然尋ねられた。

「お祖母ちゃんは、何で10人も子供産んだの?」

「何でだろうね~、産めよ増やせよの時代だったからかな」

真由美は不思議そうな顔をしていた。









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