第3話 魔女に家族って?
それはリカルドが私を嫌っているからでしょう?
「他の者から、聖女アンジェリカ様が部屋から出てこないのは、私の所為だと言われいまして」
半分当たっているわね。ロベルトがいないなら、共に食事を取る必要がないもの。
「はぁ、だからといって、部屋に入ってくるのは如何なものかしら?」
「それは閣下から、聖女アンジェリカ様のわがままは聞かなくていいと言われていたからです」
ロベルト! あれだけお酒を詰め込んだら、私が部屋から出ないことはわかっていたわよね!
食事をしないことがわがままだなんて、わがままの内に入らないわよ!
「閣下からいつもアンジェリカ様から家に帰りたいと言われて困っているとか、自然が豊な場所に行きたいとか、言われて困っていると」
それは本当のことだけど! 私は魔女だから、魔女の森に帰りたいと言っているに過ぎない。
「聖女として凛とされているアンジェリカ様からは、想像し難く思っていましたが、あのような姿が本来のアンジェリカ様だったとは」
……酒瓶を転がして、寝転がって本を読んでいるぐうたらな姿ってことね。まぁ、幻滅するなら大いにしてくれていいわ。
「なんて可愛らしいのかと」
「はい?」
かわいらしい? 聞き間違えたのかしら?
「閣下が側仕えから退いたあとは、ぜひ私を指名してください。アンジェリカ様の秘密も守りますし、多少のわがままもお聞きします」
「ちょっと待って、いろんなことを言われて、まとまらないのだけど、リカルド貴方、私を嫌っていたのではないの?」
「とんでもございません。そのようなことは一度もありません」
え? あの毎回会うたびに睨まれていたのはなに?
「いつも睨んでいたのは?」
「妹からも目つきが悪いと言われていたので、気を付けていたのですが……」
目つきが悪い。言われればそうね。
これは私を睨んでいただけではなく、普通がその状態だったと。
「お慕いしているアンジェリカ様にそのように思われていたとは……」
「は?」
何? お慕いって? 私はリカルドに何もしていないわよ。
ん?妹?
十五歳ぐらいの凄くやせ細っているのに眼力だけはとても強い子がいたわね。思い返してみれば、リカルドに似てなくもない。
「魔力欠乏症になっていた子かしら?」
「はい。アンジェリカ様には妹を助けていただいて、さらに聖騎士として精一杯務めさせていただこうと心に決めました」
魔力が少ないと生命維持にも関わるから、欠乏症になると一年ほどで人は儚くなるわね。
それよりも気になることが!
「ロベルトが私の側を離れるってどういうこと?」
「それはまだ正式には発表されていませんが、閣下が還俗されると」
そんなことは聞いていないわよ! 私は立上がって、ロベルトの魔力を探し当てる。
皇城から戻ってきて今は自分の部屋にいるようね。私は部屋の中を歩き、ながら足元に転移の陣を敷く。そして部屋を移動するように私はロベルトの部屋の中に出現した。
「おや?」
「ロベルト。還俗するとはどういうこと? それなら、この茶番に付き合う理由はないわ」
長椅子に座って本を読んでくつろいでいるロベルトに詰め寄る。
ロベルトの頼みでロベルトがここにいるから、制約により私がロベルトとこの場所に縛られている。
ロベルトがここを離れるというのであれば、私はロベルトとの制約はそのままで、教会に属する聖女というものには縛られない。
ということは制約は一旦リセットされ、ロベルトとの制約も解除される。
制約の抜け道なんていくらでもあるのよ。
「還俗と言っても、軍を率いる立場ですね」
「だから私は……」
もう森に帰ると言おうとした言葉をロベルトは手を上げて止めた。
「陛下は領土拡大をお望みのようでしてね。兄である私を還俗させて進軍したいようなのですよ」
「ロベルト。嫌なら私が全てを壊してあげてもいいのよ?」
ロベルトの立場は微妙な立場なのです。先代の皇帝と愛妾との間の子。それも皇帝の第一子として生をうけ、皇妃の手のものに森に捨てられた子。
「貴女を怒らせたアスディアール国のようにですか?」
まぁ、あれは王が私を愛人にとかバカなことを言ったから、プチッと壊してあげたのよ。
「陛下は聖女を率いての進軍をお望みです」
「聖女を軍に?」
「貴女はやりすぎたのです。帝国の皇帝よりも民に人気がある聖女は、排除対象にされたということです」
「私の後ろ盾であるロベルトと共に戦死してこいということね?」
「そ……そのような」
ん? ここにはいないリカルドの声が聞こえてきた。振り向くと、黒髪の人物が立っている。
もしかして私の転移に便乗してきたのかしら?
「そうなってくると、私が側にいることも少なくなりますので、聖騎士リカルドを側仕えにと思っていたのですが、さっそく仲良く来て驚いていますよ」
そうなの。今回のことはワザとこういう人選にしたのね?
「どうして彼なのかしら? 私が避けているのを知っていての人選なのよね?」
「おや? 聖騎士リカルド。まだ言っていなかったのですか?」
なに? まだ何か言われることがあるの?
私がリカルドを見ると、リカルドはピキッと固まって睨みつけてきました。
これは眼力だけが異様に強い子と一緒で、無意識だったのですね。
そしていつものように、威圧を放ちながら近づいてきます。
だから、これが嫌なのですわ。ロベルトが座っている長椅子の後ろに移動しようと足を引いたところで、ロベルトに右手を掴まれてしまいました。
ここから移動するなということ?
「聖女アンジェリカ様」
そう言ってリカルドは先程のように私の足元に跪いてきました。
なに? 凄く威圧を放ちながら、何を言われるのかしら?
「お慕いしております。どうか私と結婚していただけないでしょうか?」
「はい?」
え? 全く意味がわからないわ。なぜリカルドと結婚する必要があるの?それもこんなに威圧を放たれながら。
「ありがとうございます!」
「私は了承していないわ!」
「肯定の返事をしていましたよ」
「アレは意味がわからないと……ロベルト! また私を嵌めたわね!」
私は振り返ってロベルトの胸ぐらを掴む。そのニヤニヤとした顔がムカつくわ。
「貴女は突拍子もないことをいわれると、いつも『はい?』というクセがあるのを、いい加減自覚したほうがいいですよ」
あるわよ! それで何度か制約が発生してしまったもの。
「そもそもなぜ私が結婚する必要があるの!」
「聖女が教会の所属から離れる手段の一つです。それに家族というものを持ってみるのもいいかもしれませんよ?」
なにそれ? 私は魔女なのよ? そんなものは必要ないわ。
よく分からないことを言いだしたロベルトをバカな子を見る目で見下ろします。が、ロベルトの胸ぐらを掴んでいた手を離され、リカルドの方に引き寄せられてしまいました。
これはどういうことですか?
「これからは閣下を頼るのではなく、私を頼って欲しいです」
「あの? さっきから気になっていたのだけど」
「何でしょうか?」
「私との結婚の話はロベルトから出されたのよね?」
「はい。聖女様を還俗させる必要が出たため、伴侶の選出がされました」
伴侶の選出! 凄く大がかりな話になっています。
「立候補をしてきた者たちをすべて叩きのめして、アンジェリカ様の伴侶の座を勝ち取りました」
「なんだか、大変そうなことはわかったわ〜。でも私の姿が十四歳ということは問題にならないのかしら?」
聖騎士になるには、騎士の学校を出て見習い騎士を経てから、聖騎士になれると聞いていますので、普通に二十歳以上の者たちばかりです。
人として問題にならなかったのでしょうか?
「貴族で十歳差は普通です」
「そうなのね〜」
問題にはならなかったようです。
「たとえ貴女が何者であっても、私の想いは変わりません。初めて帝都に来て周りから嫌厭されている理由がわからず困っていると、地方独特の風習が帝都では通じないと教えてくださいましたね」
リカルドは北の地方の独特の風習を行っているなと思っていました。そう亡国シュエーレン神教国の祈り方です。それは帝都では邪神を崇めていると受け止められると教えたことがありました。
「そのおかげで私は聖騎士としてやっていけたと思っています。妹のこともそうですが、私は貴女を誰にも渡したくないと思っています」
ん? 何か凄く重いことを言われませんでした?
「あの、私は魔女ですよ?」
「はい。ですから、貴女が何者でも構わないのです。私を貴女の側においてください」
懇願するようにリカルドから言われ、私は困惑をあらわにしていると、ロベルトのクスクスという笑い声が聞こえてきました。
「森を追い出されるとき、泣いている貴女を見て思ったのです。悠久の時を生きる存在とはなんて孤独なのかと」
何を突然言いだしたのかと思えば、八年前のことですか。
魔女は孤独な存在。それは常識でしょう。
それから私は泣いていないわ。ちょっと目にゴミが入っていただけよ。
「ですから取り敢えず、どこの国の領土にもなっていない『深淵の森』を制圧することから始めようと思うのです」
「そこ元々私の家なので制圧も何もないと思うわ」
何が取り敢えずなのでしょう。それに『深淵の森』は魔物も多いので、制圧するのも普通は無理ですわ。
「そこを拠点に、帝国を攻めようと思うのですが、どう思いますか? 白のお母様」
その言葉に私の心がズッキュンと動かされた。ロベルトはいくつになっても、私を頼ってくれるのね。
「いいわね〜。私の可愛いロベルトを追い出す帝国なんていらないわね〜」
「二十三になるので可愛いという歳ではないですよ」
いいのよ。私には二十三なんて子供よ。
「アンジェリカ様。帝都を潰したらシュエーレン神を祀ってもいいですか?」
リカルドが宗教替えを言ってきた。私としてはどちらでも大差ないからいいわよ。
まぁ、シュエーレンの方が話ができる分ましってぐらいかしら?
「好きにすればいいわ」
「あと、いつまでもアンジェリカ様とお呼びするのも、如何なものかと思いますので、一度だけでも魔女様のお名前を教えていだだけますか?」
「それは私も気になります」
私の名前ね。聞き取れて名を呼べるのであれば、二人なら呼んでもいいわよ。
「――――――――よ」
……やはり人の耳には聞き取れなかったみたいね。
「ツァーヴァルマ。神の言葉で生命ですか?」
初めて人から呼ばれた名前にハッとして視線を向ける。
リカルド。貴方、神の言葉が聞けるの? ああ、そういうこと。
私が彼から発せられる気が威圧だと感じていたのは、シュエーレン神の神気だったのね。
神の言葉が聞ける家系。それがシュエーレン神教国の王族だったはず。
北の地に追われてもなお、その血と信仰は途絶えされなかった。
「そうね。生命を司る魔女それが私。ツァーヴァルマよ」
読んでいただきましてありがとうございます。
これからロベルトの帝国に対する復讐劇が始まることでしょう(怖)
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