第2話 護衛の聖騎士にバレた
「ああ〜やっと解放された」
私は一日目を乗り越えました。無言の圧力に耐えましたよ。そう、段々と時間が経つごとに威圧が増えてくる空間で、無言で耐えきることをです。
今は、今晩の宿となるそれなりに大きな街の教会にいます。その教会に併設してある宿泊できる建物の豪華な部屋のベッドの上に、私は寝そべっています。そして被っていたベールを投げ捨てました。
あのリカルドの所為で、馬車の中で横になることも出来なかったのです。
私は何があっても室内に入るなと言いつけて、朝まで引きこもるつもりです。
豪華な室内にある姿鏡の前に、私は立ちます。
真っ白としか言えない十四歳ほどの少女。
ええ、少女の姿なのです。これは理由があり、実は一年前に神託を受けた聖女がいたのです。聖女アンジェリカ。
そう、私が呼ばれている名前です。
その神託を受けた十三歳の聖女アンジェリカが逃げたのです。それも生まれた村から、帝都にくる途中でです。
普通は生まれた村や町から一生出ないのが一般的で、生活に苦しく出稼ぎに出たり、結婚の為に生まれた町から出るというのはあります。しかし、十三歳では村の外に出ることはありません。
泊まっていた宿から脱走したと私は聞きましたが、私の魔法で調べたところ、宿のベッドの下で身を隠し、教会の付き人や護衛の聖騎士が慌てて何処かに行ったところで、宿を抜け出したのです。
ですが、どこかもわからず外に出て、村に帰ろうとして、魔物に食べられたのです。
ええ、最初にロベルトから癒やして欲しいと見せられたのが、その聖女アンジェリカの亡骸でした。
流石に私は死者を蘇らすことはできません。それは別の魔女の役目。
まぁ、その魔女に頼んでも生き返ったものは生者ではないので、聖女となりうる存在では無くなっていたでしょう。
そんなことで、ロベルトの癒やして欲しい人がいるという言葉の綾に縛られて、私は十四歳のアンジェリカという名を名乗っているのです。
しかし、十四歳の体というのはなんというか窮屈で仕方がなく寝るときは元の姿に戻るのです。
私がパチンと指を弾くと、二十歳の私の姿を鏡が映し出します。
ふくらはぎまであった聖女の衣服は、娼婦が着ているような太もも丈の衣服になってしまいましたが、誰もいないので構いません。
「はぁ、胸が窮屈だけど、ロベルトが居ないからすぐに聖女の姿に成れるようにしておかないとね」
そう言いながら、私の荷物を開けます。箱型の旅行カバンの中を見ますと、ずらりと並んだ酒瓶が目に飛び込んできました。
「ロベルト。わかっているじゃない」
私はそう言って一本のお酒を取り出す。
聖職者はお酒を飲んではいけないという制約があるらしく、本来、私にも適用されるのです。
しかし、私は自分でお酒を作るほど酒好き。そんな私に我慢しろとは、聖職者が神に祈りを捧げるなと言っているのと同意義だとロベルトに言ったところ、別に祈らなくても問題ないですよと返されてしまいました。
そうですわよね。中身が悪魔なロベルトは神に祈る必要なんてないのでしょう。
ということで、私のわがままはこうして、叶えられているのです。
「ああ〜美味しい。生き返る。昼間の移動はこのお酒を飲む為に我慢していたようなもの」
血のような赤い色のワインを瓶にそのまま口をつけて飲み干した。
瓶を床に投げ捨て、次の酒瓶を取り出す。
私は魔女なので食事なんて必要ないのです。ロベルトがいたときはロベルトの為に食事の用意をしていましたが、食事は嗜好品であり、生きる糧ではないのです。
「このロゼのスパークリング。いいわ。また今度同じものを用意してもらいましょう」
三本目を手に取ろうとしたところで、扉をノックする音に阻まれてしまいました。
「どうかしましたか?」
私は聖女らしい声をだして、扉に近づくことなく尋ねます。
「聖女アンジェリカ様、お食事の用意が整っています」
リカルドの声だった。ロベルトが一緒のときは食べるけど、別に食べなくていい食事をあの視線に晒されながら食べるって苦痛でしかないわ。
「今日は食欲がないので、もう休みます」
私が断わると、更にリカルドの声が聞こえてきた。
「食欲がなくても、食べてください。これは神からの施……」
リカルドの声がウザいから、消音の魔法で扉の外と中を分断する。
何が神の施しよ。別に神なんて崇めていないわよ。
私は気分良く三本目の酒瓶に手を出すのだった。
私はバカだった。消音の魔法なんて使うから気づかなかった。
長椅子にクッションを背に寝そべり、魔法の研究を書き留めた分厚い書物を空中に浮かせている。そして、ああでもないこうでもないと、考えながら最後のお酒となってしまった蒸留酒を手酌する。大きな氷が入ったグラスを酒で満たして傾けて飲み干す。
この時間が一番幸せだったりするのです。
魔女という長い時を生きるには、好きなことをして生きていくのが一番いいのです。私はお酒と魔法の研究ですわ。
長い時をかければかけるほど、やりがいがあるというものです。
そして、クスクスと笑いながら、空中に文字や絵や陣を描いては消して、描いては消してとやっていると、ふと私の頭上に影がさしたのです。
それが気になり視線を上げると、黒い瞳と視線が合いました。
合いました? 合っています。私は瞬きをして焦点を合わせますが、どう見ても黒いです。
ロベルトの金色の瞳ではありません。
そのことを認識した途端、空中に浮いていた分厚い書物が落ちてきま……せん。
リカルドの手によって受け止められています。
これはロベルトの立場の危機です!
私はいいのかと? ええ、制約をされていなければ、人相手にどうこうされるような魔女ではありません。
「貴女が誰かと問いたいですが、先にその身なりをなんとかしなさい!」
この状態より先に身なりですか?
私はちらりと扉の方に視線を向けると、扉が閉まっているので、他の聖騎士の者の目には入っていないようです。
「まぁ、聖騎士リカルド。そのような大声をあげなくてもよろしいのでは? レディの部屋に勝手に入ってきたのは貴方の方なのですよ」
私はシレッと勝手に入ってきたリカルドが悪いと言いつつ、身を起こしながら体の大きさを十四歳の姿にします。
さて、ロベルトの立場を守るにはどう切り出すべきかしら? 知らなかったというには、ロベルトと私はよく一緒にいるから、言い訳には苦しいわね。
「レディとはよく言いますね。しかしその言い方ですと、聖女様には違いはない? 魔女が聖女に成り代わった?」
ん? 成り代わった? もしかしてリカルドは聖女行方不明事件を知らない? 知っていたら聖女を攫って殺したとか言われると思っていましたのに。
迎えに行った者がロベルトに泣きついたとは聞いたので、他の聖騎士には広まらなかったのですわね。
「まぁ、私が魔女だなんて証拠があって? 今まで従順に民に施しをしていましたのよ?」
「魔女には額に、位を示す魔石がある。よくも堂々とそんなことを言えますね」
あら? 知っていたの? 聖女をしているときは頭の上にベールを被っているので人の目にはつきませんし、魔女に詳しい人物ぐらいしか知らないと思っていましたわ。
「そんな魔女に頭を下げて、死なせてしまった聖女を生き返らせて欲しいと言ったのは教会の方よ」
「え? 死なせた」
「あら? 知らなかったのね? 見張りをしている聖騎士が無能な所為で、神託された聖女は死んだのよ? まぁ、その無能の聖騎士は全員始末されたようだけど」
私がここにいるのは教会公認であり、元々は聖騎士が聖女を守れなかった為に死んだと言う。
嘘と真実を混ぜ込むことで、それは限りなく事実に近づく。
「一年前に聖騎士の異動があって人員の補充があったはずよ」
「確かに、それで俺が帝都の配属になったのだが……しかし教会が魔女になど、神を冒涜していることに等しい。猊下がそれを許されたと?」
「貴方、神の言葉って聞いたことあるの?」
「……」
「無いのでしょう? 当たり前よだって、あなた達が崇める神って私より若いもの」
私はケラケラと笑いながら、真実を言う。
「そ……そんなことは……」
「無いって? 帝国が建国して何年経ったかしら? 千年前はアスディアール国だったわね。王が無能な所為で滅んだけど『500年前です』そう! 500年前。シュエーレン神教国を亡ぼして、新たな神を崇めるとか言って作り上げたのよね?」
「……」
「たった500歳。私からみれば赤子同然」
「しかし神託があるではないですか」
「神託というものは、信仰心を高めるために作り上げたもの。今回の聖女ちゃんは今までの貴族からではなく、平民から現れた奇跡の聖女の演出。これで民の心を掴み取る計画だったのよ」
というのをロベルトが教えてくれました。
あの子は私が色々教えた所為で、信仰心など皆無です。しかし、立場上枢機卿という役を演じなければならないのです。可哀想な子。
「愚かしい茶番劇でしょう? だから、魔女の私が聖女をやっていても、教会からすれば問題はないのよ」
私がここにいる正当性を説いてみせた。
これが私が何度もロベルトに確認していることに繋がるのです。いつになったら新しい聖女が決まるのかと。
「わかりました」
あ、この説明で納得したみたいです。
「魔女アンジェリカ様」
そう呼ばれて眉間にシワが寄る。気持ち悪い。私は全身で否定をする。まるで魔女を汚されたような感覚に陥った。
「それ私の名前じゃないから、聖女アンジェリカで呼んで欲しいわ」
「本当のお名前をお伺いしても?」
「人には発音出来ないから名乗らないの」
私の名は私がそうあるように作られた方から与えられたもの。人ごときでは聞き取ることも口に出すことも出来ない。
「それでは聖女アンジェリカ様。ひとつお尋ねしたいことがあります」
なに? 改まって?
それに何故、私の足元に跪いてるの?
私が魔女とわかったのだから、そんな態度をとる必要はないでしょう。
「なにかしら?」
「その……私は聖女アンジェリカ様が、不快に思われることをしてしまったのでしょうか」
「はい?」