現実っていうやつ?
人は泣きながら生まれてくる。
辛く悲しい世界に生まれたことを知ったからだ。
だから、泣きながら生まれてくるのだ。
そう言う人がいます。でも、誰がそれを確かめたのでしょうか?
「君は辛くて悲しくて、だから泣いているんだよね」と、
誰がそれを赤ん坊に聞いたのでしょうか?
確かめようがないなら、聞いたことがないなら、
こう考えることはできないでしょうか?
人は、この世に生まれた感激に、泣きながら生まれてくる。
驚異と喜びに満ち溢れた世界に生まれたことを知ったからだ。
だから、泣きながら生まれてくるのだ。
「君はびっくりして感激して、だから泣いているんだよね」と、
赤ん坊に聞いてみてください。否定の答えは返ってこないと思います。
そのとき、私が泣いた理由のように。
さて、みたび繰り返しますが、このテキストは事実を元にしています。
古来より、事実は小説より奇なり、と申します。
まさかあ、と普通なら思うようなことが、私の婚活には起きていました。
小説なら起きそうだけど現実には起きそうもない出来事がそれでも起きるとしたら、現実に起きそうな出来事なら、なおさら起きると思いますよね?
前話にて、私はLさんの言葉に泣いてしまうほどに感動しました。
思わず、好き、と言ってしまうほどに。
これを読んだ人は誰もが、ああ、これで尻鳥はLさんを好きになったのか、その気持ちにLさんは応えたんだな、って思うでしょう?
ところが、そうじゃないんだなコンチクショー!
確かにLさんを素敵な人だと思いました。
ずっとつきあっていきたいな、結婚できたらいいな、と思いました。
でも、本当の好きにはならなかった。
「好きです」って言ったのは、その場の勢いと、姑息な計算も少し入っていたかな。
Lさんは結婚したいランキングのトップに躍り出たけれど、でも、Lさんでなきゃダメだとは思わなかったのでした!
(アハハハハハッ、ひっどーい!)
これが、現実っていうやつ?
自分の気持ちさえ、思う通りにはならないんだからね!
割れてしまったお愛想仮面を、ガムテープ(もちろん想像上の)で補修した私は、自分の言ってしまったことを思い返しては、恥ずかしさのあまりゴロゴロと部屋の中を転げまわるという醜態を繰り返すのでした。
それでも、Lさんは確かに、私の言葉に心を動かされました。
私が思ってもみなかった方向に……
「私、考えたんですけど……」
それは吉祥寺の一件から、数日後の夜のこと。
電話口から聞こえてくる、Lさんの真剣な声……
「尻鳥さんとは、やっぱり結婚できません……」
「えっ、どっどういうこと?」
Lさんは言いにくそうに、年齢的に子供は難しいこと、義両親との同居はできないこと、だから私の希望(私的には「できるといいな」程度でしたが)は、自分ではかなえられないことを話しました。
そして、他の人を探したほうがいい、ということも……
「……じゃ、じゃあ」
「じゃあ、もういいよ」
耳元で声が響きました。携帯を耳に押し付けたまま、横目で見たそいつは……
私の鏡餅がごとき頬にくっつかんばかりに寄りかかる、邪悪な仮面……!
電話が掛かってきたとき音を消したTVの画面は、一時停止ボタンを押した録画のように静止し、電話口からは声どころか、雑音さえ聞こえない……!
「お前は平気なのか? 恥ずかしいんだろう?」
「な、何がだ」
「男がさんざんコケにされて、バカにされて、笑われて……」
「Lさんは、そんなこと……」
「どうだかな? 言えよ、言っちまえよ。
おまえなんて、こっちからお断りだ、俺もヒマじゃない、時間をムダにした、
もういいよ、そう言って電話を切れよ。どうせ好きじゃないんだろう?」
「そんなこと、できるもんか」
「いいや、お前はできる」
恐ろしいことに、邪悪な仮面の言葉は真実でした。
今の私は、それができる。ほんの少しだけどレベルがあがった私は、それなりに大変ではあるけれど、そういう行動をとることができる。
あえて、そういう道を、選ぶことができる……!
Lさんの存在は貴重だけれど、かわりがいないとは言えない……!
そして、何よりも、私の気持ちは……
Lさんの言葉に苛立ちを感じていないと言えばウソになる……!
私は、はあっと息を吐きました。
邪悪な仮面は消え失せ、そして時はまた動き出す。
「Lさん、あのね……」
私がLさんに話した答えは……次回に持ち越したいと思います。
(ずっるーいっ!)
何その態度、続きは知ってるくせに。
(そういう問題じゃないよっ!)
そうだね。
ハニー、愛してる。
ご愛読、ありがとうございます。