絶望した!
その日以来、Iさんとは会っていません。
ふらふらと帰ってきて、暗い自室で灯りもつけず座り込む。
そして、部屋の片隅から、現れる影……
「いまどんな気持ち? ねえ、いまどんな気持ち?」
邪悪な仮面の私が、私に怒鳴ります。
「絶望した! お前には絶望したよ!」
「何があたえられる自由だ。何がつかみとる自由だ。
いざ青い鳥が現れたら、その羽をもごうとしたくせに!
鎖につないで、閉じ込めようとしたくせに!
Iさんの心が悲鳴をあげるまで、その痛みに気付かなかったくせに!
お前のくだらない価値観の、奴隷にしようとしたくせに!」
「いまどんな気持ち? ねえ、いまどんな気持ち?
絶対に奴隷はいらないと言ってたくせに、
いつのまにか奴隷を欲しがっていた自分に気付いたのは、
どんな気持ち?」
「きれいに別れたつもりだろうが、彼女は待っていたのかも知れないぞ?
お前の言葉を。
好きだ、愛してる、だから飛び立っていかないで、と!
それなら一発逆転だって、あったかも知れないなあ?
でも、言えるはずもないよなあ?
お前の中に、そんな言葉なんかなかったんだから!」
「惜しかったなあ。お前はツメが甘いなあ。
友達と親になんて言うつもりだ? 恥ずかしいなあ。
それとも親に当たるか?
なんで自営業なんてやってるんだ、そのせいでふられたぞ、ってな!」
バリバリバリ!
邪悪な仮面の指先から放たれた、黒いイナズマが私の胸にぽっかりと穴を開けました……
※ご注意 もちろん比喩的表現です。
胸の穴からこぼれ落ちる、キラキラと輝く私の武器と希望……
それを邪悪な仮面は踏み付け、粉々に砕いていく……
「ふんっ、始原なる力だと?
電認作戦?、夢の欠片?
いいトシこいてキモいこと言ってんじゃねえよ!
結果出せない人間が上から目線で語るんじゃねえよ!
そもそもお前が異性からの蔑視を恐れていたのは、
お前自身が異性を蔑んでいたからじゃないのかあ!?」
「結局、お前は結婚なんかできないんだよ。
結婚なんか望んじゃいけないんだよ!
世の中にはな、人並みの、普通の、ありふれた、ささやかな幸せなんて、
絶対望んじゃいけないヤツがいる。
それがお前なんだ!」
「クックー、クックー、クックー、クックー、クックー!
オタクだからお前は結婚できないんだよ!
チビだからお前は結婚できないんだよ!
デブだからお前は結婚できないんだよ!
中年だからお前は結婚できないんだよ!
長男だからお前は結婚できないんだよ!
自営業だからお前は結婚できないんだよ!
高卒だからお前は結婚できないんだよ!
低年収だからお前は結婚できないんだよ!
両親同居だからお前は結婚できないんだよ!」
「だから!だから!だから!だから!だから!だから!だから……!」
「だから……だから……」
ぶつぶつとそう呟く私の隣を、春が通り過ぎて行きました。
結局私と縁のなかった、人生の春、平成17年の春が……
自動的に再開された、Zからの書類が、ロクに目を通すこともないまま、机の上で重なっていきました。棺にかけられた土のように……
そして、若者たちが青春を謳歌する夏がやってきたとき……
とつぜん私は気付いたのです。
「だから」という言葉の、呪いと、祝福に。
次回、『「だから」という呪文』。お楽しみに。
(ダーリン、シャワー浴びたよー、お背中にシッカロール、
ぱたぱたプリーズ!)
ぱたぱたぱた……
君の背中は本当にきれいだね。
(ありがとダーリン)
ハニー、愛してる。
ご愛読、ありがとうございます。




