第3話 認識
神社の敷地内、参拝するところ(「拝殿」って言うんだったかな?)には、一人の少女がいた。笛を奏でながら。
彼女が持つ笛は、決して大きくはない。むしろ、小学生用のリコーダーよりも小さいかもしれない。でも、確実にその音色は、耳を通して俺の心を打った。その音色に活力を与えられるようにして、俺という生命の存在を、俺自身は実感した。
拝殿に向かってただただ笛を吹く彼女は、何かに必死に縋るようにも見えた。それこそ、神に懇願するように。そんな彼女を前に、俺は声をかけようと、いや、動こうとも思えなかった。それだけの迫力が、彼女と笛の音にはあった。
30分、いやそれ以上だろうか。時間も忘れるほどに、俺はずっと彼女の奏でる音色に聞きほれた。そんな中で彼女は演奏を終え、神社の中に入ろうとしている。
「凄えええぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「うわぁ!?!?」
演奏が終わって現実世界にやっと戻ってきた俺は思わず叫びたくなっていて、つい叫んでしまった。いや、あれだけの音を聴ける機会は生きている中で一回あるかないかだろ!そりゃこんな大声も出るって!
「あ、え、え…………誰……ですか?」
目の前の少女は、突然勝手に入ってきて大声をあげる異常者の扱いに相当困っているようだった。まあ、当然だろう。
でも、彼女の演奏のことしか考えられていない俺は機関銃のように相手のことなどお構いなしで話し始める。
「いや凄い凄い凄い、スゴすぎる!!こんな音初めて聴いた!どこか切なく、頼りなさげにも思えるのに、芯が太く、強くて、心にダイレクトに響いてくる……!例えるなら、嵐の中にじっと立っている大木のような音!」
「あ、ありがとうございます……。」
明らかに不審者なのに、俺は追い出されなかった。まあ、10代の不審者ってのもおかしいしな。
「で‥あなたは誰でしょうか‥‥?ここに何をしに?」
「あー、俺は風早優。で、ここに来たのはなんとなく笛の音が聞こえたから、あー、綺麗な音色だなぁと思って。気付いたらここに向かってたみたいな‥、まあそういう感じ。」
「なるほ‥ど‥‥?」
少女は俺の説明に納得が行かなさそうだった。まあ、正直意味不明だもんな。
「取りあえず分かったんですけど、じゃあ、そもそもなんでこのあたり、笛が聞こえるあたりに居たんですか?そんなに笛の音は大きくないというか、なんならかなり消えちゃいそうなくらいだと思ってたんですけど。」
「え?」
彼女の話に俺は驚く。
「そんなことある?かなり大きな音が、身体の芯まで響いてきたように思ったけど。」
「そうですか……!いつも上手く音が出ていないと思っていたのでそれを聞いてビックリです。」
「また今度聞きたいくらい、凄い迫力だったよ!」
「ああ、まあ、またいつかにでも……。」
「って、質問からずれちゃってますよ。どうしてこのあたりに居たんですか?」
「あー、そうだね。」
俺はここに来るまでを思い返していく。
「繁華街に行ってからフラフラしてたら音が聞こえてきたんだけど‥ん?」
「どうかしましたか?」
「あれ、俺、なんで外出たんだ?あれ?なんで?」
頭がグルグル回る。わからない。自分のことがわからない。ワカラナイ。
「だ、大丈夫ですか………………
俺の視界がぐるりと回ると、俺の意識は途切れた。