9. 襲撃
(マークとルシウスの場面です)
マギーが居なくなると、部屋にルシウスが現れた。ルシウスは気の毒そうな顔をして、マークに近付くと、目の前の椅子に腰掛けた。
「あぁ、そういえば、いたっけ」
マークはルシウスに言った。
「いたよ」
ルシウスも答えた。
それからしばらく二人は黙っていたが、やがてルシウスが、
「酒でも飲むか? 俺は飲みたい気分だ」
と言った。
マークは
「いらん、一人で飲め」
とぶっきらぼうに答えてから、
「どこまで聞いてた? 知ってたか?」
とポツリと聞いた。
「全部聞こえたさ。知らなかった」
とルシウスは答えた。
少し気まずい空気が流れた。
それから
「手を貸すぞ」
とルシウスが言った。
マークはゆっくりとルシウスを見た。
「おまえ、あのスコットってヤツと知り合いか?」
「知らん仲ではない」
とルシウスは少し遠い目をして答えた。
「あの男、ウェンディとの接点なんかあったのか?」
「いや俺は全く知らん。最近だろう。昔は別に恋人がいた」
「恋人?」
マークは思わず聞き返した。
ルシウスは頷く。
「ああ。昔の恋人には軽く挨拶したことがある。いい女だった。ウェンディとは真逆のタイプかな。男は全部私のものだといった顔をしていた。実際俺も言い寄られたよ。スコットがいるのにな」
「最低じゃねーか、その女」
「いや、今の傷心のマークなら靡くと思うね。俺も靡くかもな」
「うるせーよ。でも、そんなにいい女か」
マークはそう言ってから、違和感を感じた。
「で、その後どうしてウェンディなんだ?」
「だよな」
とルシウスも大きく頷いた。
ウェンディが聞いていたら、「失礼な」と怒るだろう。
「そのスコットってヤツは、騙されてたのかい?」
「それは分からない。でもスコットは期限付きの恋人だと言ってた。身分が違うからって」
「どっちが遊んだのかわからねーなー」
とマークはため息をついた。
「でも、俺が言えるのはさ、付き合っている最中から期限付きなんて言えるのは、結構冷めた関係だったんじゃないかってことさ」
とルシウスは言った。
マークはハッとした。
「おい、その女、今はどこにいるんだ?」
「さあ?」
「当たってみてもいいんじゃないか? 冷めた関係って、俺がそんな女を相手にするなら、何かに利用するときくらいだ」
マークはルシウスの目を見た。
ルシウスは大きなため息をついた。
「利用? どんな芝居だよ……」
「おまえが、よく言う。輸出禁止品目なんて、そっちの方がよっぽどスキャンダラスだ」
マークはルシウスを軽く睨んだ。
「言うなよ、大マジだから」
とルシウスはムッとした。
マークはルシウスの真剣な表情に、ちょっと茶化して悪かったなと反省した。
それで頭を掻きながら、
「ま、その女の事はボチボチでいいや。完全に当てずっぽうだしな」
と言った。
「俺はスコットに喋らせるのが一番だと思うけどね」
とルシウスが言った。
「簡単じゃないんだろ? そいつの性格的に」
マークは訊いた。
「ああ」
とルシウスは答えた。
ウェンディ、そんな性格の男、だいじょうぶか?
まあ、自分も人の事言える柄でもないけど。
二人はしばらく黙っていた。
しばらくしてマークが口を開いた。
「そんな事よりおまえ、これからどうするんだ。海軍から隠れるって言っても、スコットみたいな奴が出てきちゃ、ウェンディには頼りづらいだろ」
「ああ、そうだな」
ルシウスは少し考えた。
そして
「よく考えてんだが、少し危険でも、俺はポルトロー港に留まるべきなんじゃないかって思ってる。今こそ、あちこちの商店を見張るチャンスかと」
と言った。
マークは思わず目を上げた。
「見張る?」
「この港で輸出禁止品の取引があるなら、これから軍の幹部が、仲介の商人に接触する可能性があるかもしれない。仲介の商人は、まだ分かっていないんだ」
「ルシウス、でもまだ輸出禁止品の現物も見つけていないんだろう? この港じゃないかもしれない、あまり先走って危ないことするなよ」
マークは一応嗜めた。
どうせルシウスは聞かないと思ったが。
ルシウスは少し笑った。
「心配してくれてありがとう。でも最終目的は、現物だけじゃないんだ。軍の誰が、どんな経緯で、どこを経由して、どこに輸出してるのかって、一連の流れを暴いてやらないと」
「だが、民間の商人を使ってるのは本当なのか?」
「まさか軍港を直接使ったりはしないと思う」
「そりゃそうか」
「ああ。だから俺は大きめのこの港に来た」
「そうか」
マークは頷いた。
だが、ふと気になった。
「一個大事なこと聞くけど。お前の仲間はたくさんいるのか、信頼できるのか。お前は危なくないのか」
マークの言葉に、ルシウスは首を横に振った。
「危ない。だが、いざとなったら戦争する覚悟でいる」
「戦争って武力?」
「ああ」
ルシウスが頷いたので、マークは絶句した。
「戦争って、相手はおまえの親父さんだろ?」
「親父もその一人だろうね」
「それは大事だな」
「ああ。本当はマークたちにも世話になったから、この港の人は巻き込みたくないんだがな」
「ハハハ。戦争するときには言ってくれ。根回しするぞ。金になりそうだ」
「それは頼りになるな」
ルシウスは困り顔のまま、ありがたそうに言った。
それからマークがふっと笑った。
「戦争できるほどの仲間がいるなら、まぁ安心だ」
「ああ」
ルシウスもふっと笑った。
「しかしなぜ、おまえはこんなことやり始めたんだ? 目を瞑っとくこともできたんだろ?」
マークは聞いた。
「悩んださ。俺は弱い人間だから、結構長い間目を瞑っていたんだ。軍の敵になることが、どれだけ困難なことかもわかってたしね。でも結局仲間に引っ張られるまま、立ち上がってしまった。まぁ後悔はしていない」
ルシウスは答えた。
ルシウスの自嘲に、マークは「違うだろ」と目を上げた。
「おまえは強えよ。その風貌もしっかり板についてる。ウェンディが、ワイルドイケメンて呼んでた。昔のおまえよりいいってさ」
「それはウェンディがキラキラ人間が苦手なだけだろ?」
ルシウスはうんざりして言った。
それから二人は顔を見合わせて笑った。
「お互い、けったいな女に惚れたもんだよなぁ」
その時、微かに外で物音がした。
マークとルシウスはハッとした。そしてパタッと押し黙り、外の様子を窺った。
外は人の気配がした。よく耳をすませば、男たちの気持ちの悪い囁き声もする。そのうち、剣だか何だかの、金属の擦れる音もしてきた。
多分まともな用件では無い事は、すぐに分かった。
マークとルシウスは顔を見合わせた。
海軍か? 仲介商人の手の内の者か?
マークとルシウスがさっと物陰に身を隠した時、ばんっと勢いよく事務所の扉が蹴破られて、武装した5, 6人の男が入ってきた。
ドア壊すなよ、ウェンディが怒る、とマークとルシウスは意外と冷静に思った。
「出てこい、脱走兵っ! ここにいるのはわかっている!」
男たちは怒鳴った。
マークとルシウスは、そっと気配を殺したまま、ウェンディの取り扱う金属製の農機具を手に取った。
じっとタイミングを見計らう。
そのうち、一人の男が事務所の灯りに背を向けた瞬間、マークは急に飛び出すと、灯りを農機具で叩き消した。
男たちが驚いている間に、事務所の中は真っ暗になった。
「おおっ!?」
男たちの戸惑う声が聞こえる。
そして、その隙に、マークは一番近くにいた男を背後から殴りつけた。
男たちの位置を一瞬で把握していたルシウスも、暗くなったのを見計らって飛び出すと、農機具を振りかぶり、まず一人を一撃で打ちのめした。
「ううっ……」
その男は膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。
さすが、海軍総督の息子、武器の扱いは相当慣れてるじゃねーか、とマークは感心した。
しかし、相手の男たちも、こういった仕事に慣れているようだ。
一人の男が机の上の花瓶をマークに向かって投げつけると、その下を掻い潜って剣を突きつけてきた。
マークが危うく柄で剣を弾くと、その男はもう片方の手でマークの服を鷲掴みにし、薙ぎ払った。
マークは棚に叩きつけられた。腰や足に強い痛みが走った。
「くっ……」
マークは男の顔を見た。男はニヤリと笑った。
マークはカッとした。
「やろうっ」
マークは咄嗟に、棚に収められていた銀食器を複数個同時に投げつけた。男は避けたが、不揃いな食器に少し気を取られたらしい。その後にマークが投げた椅子には気が回らなかった。はっとした時には椅子は男の額に当たり、ゴッという鈍い大きな音がした。
男が思わず手を翳し呻いた瞬間に、マークは農機具を振りかぶった。鋭い金属の農機具は男の肉を深く割り、柔らかいのか固いのかわからない感触とともに、大量の血が飛び散った。
男は瀕死の怪我を負い、意識を失って倒れた。
「残り三人……」
マークは呟いた。
すぐに次のターゲットを探して周囲を見渡すと、ルシウスの足元に2人の遺体が転がっているのが見えた。
えっ、あいつ、いつの間に? すげぇ。
ルシウスは最後の一人と対峙していたが、倒れた男から奪ったのだろう、ルシウスは手に剣を持ち、背筋を正して構えていた。
その光景は安心感があった。剣を持ったルシウスは一分の隙もなく、もはや負ける気がしなかった。
ルシウスの剣は一振りが重く、安定感があった。相手が振り下ろした剣をルシウスは堂々と正面から受けたが、顔色一つ変えず押し退ける。
男は弾き飛ばされてビクッとなったが、懲りずにすぐに剣を構えると、ルシウスに向かって振り下ろした。
ルシウスは相手の剣先を軽く避け、相手の腕を膝で蹴り上げると、ふらついた相手の剣を叩き払った。
勝負はついたもの同然だった。
しかし、相手は懐に短剣を忍ばせていた。その男は諦めず短剣を抜くと、ルシウスの心臓目掛けて飛びかかってきた。
ルシウスは一瞬構えたが、片手で相手の手首を器用に捕らえると、捻り上げた。
「ぐあっ」
男は小さく叫び声を上げた。
しかし、いつの間にかもう片方の手にも短剣を隠し持っていたらしい。力を振り絞って、ルシウスの腹に突き立てようとした。
ルシウスはさすがにぎょっとして、足でその男を体ごと蹴り飛ばした。そして体当たりして押し倒し、その男の首に剣を突き立てた。
噴き上がった血が、ルシウスの全身をベットリと汚した。
「ぎゃっ!」
大きな一瞬の断末魔を上げて、男は事切れた。
ルシウスは顔を顰めて立ち上がった。
そして、すぐにマークの姿を探した。
「無事か?」
ルシウスは訊いた。
「無事なものか」
マークは笑った。
「ケツが痛ーよ。ぶつけた」
「それで済んだか。おまえ一般人のくせにやるな」
ルシウスはホッとしたように言った。
ルシウスは転がった六人を眺め、
「俺を狙ったんだろう。巻き込んで悪かったな」
とマークに言った。
「それはいいが、一体これは誰の差し金だ? 軍のやり方じゃねーな。仲介の商人の差し金か?」
とマークは聞いた。
「そうだろうな。ここで見たことのあるやつはいるか?」
「いや、いないな。港の人間じゃあない」
「そうか、じゃあ街のゴロつきに声をかけたんかな。それなら街に行けば少々噂が立っているだろう。当たってみる。運がよけりゃ黒幕が分かるかもな」
とルシウスは頷いた。
「にしても、どーする。おまえの素性、バレてるみたいだぜ、ルシウス」
「まいったな。もう港にはいられなさそうだ」
「これは、悠長に積み荷なんか調べている場合じゃないだろう。おまえもやり方を変えないと」
「そうだな。俺はこれから仲間のところへ戻る」
ルシウスは決心したように言った。
「ああ」
マークは頷いた。
「だが、ルシウス。その前にやることがあるだろ」
「何だ?」
「はあっ? 誰がウェンディにこの事務所の状況を説明するんだよ。こんだけここで暴れて、遺体が転がして、血だらけにしたのに、俺一人に弁解させる気か? 大した恩返しだぜ」
「あ……確かに」
ルシウスは呟いた。
「これは……、ウェンディも怒るどころの話ではないな」
「そうだよ!」
二人はため息をついて、顔を見合わせた。
すみません、あと2話、ヒロイン不在です(汗)
港がゴタゴタしちゃってます。