表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/17

5. ワイルドイケメン

「ルシウス様」

 ウェンディは、ポルトロー港の船着場(ふなつきば)から少し離れたところで、腰を下ろして休憩(きゅうけい)していたルシウスに、小声で話しかけた。


「あ、ウェンディ様」

 ルシウスは振り返って微笑(ほほえ)んだ。


 ルシウスはここ数ヶ月、身分(みぶん)に似合わぬ肉体労働で肌は小麦色で引き締まり、髪が肩くらいまで伸び、(ひげ)()やしたまま、という野性味溢(やせいみあふ)れた労働者の風貌(ふうぼう)になっていた。これなら、一目(ひとめ)では海軍総督(かいぐんそうとく)の息子とは思えない。


 しかし、腰を下ろして(くつろ)いでいるといっても、片膝(かたひざ)を立て、その(ひざ)片腕(かたうで)を預けて空を見上げている(さま)は、ワイルドな色気(いろけ)(ただよ)っていて、かっこいいわ〜。


 ワイルドイケメン?


 でも(やぶ)れた服で小汚いから、あんまり緊張しないのよね。あの昔のキラキライケメンが見る影もない。今のルシウス様の方が、昔のキラキラしていたルシウス様より話しやすくていいわ〜。


 っていうか、話しかけたくとも、昔は『全く』話しかけられなかったんだけどね〜。


 ウェンディは心の(すみ)っこで思った。


「今日はどこの船の積荷(つみに)を?」

 ウェンディは()いた。


「今日はハワード・スミス商会の船で働かせてもらいましたよ」

 ルシウスはウェンディの顔を見て、やや嬉しそうに笑って言った。


 ルシウス様が笑いかけて下さった……。

 ウェンディは少しぽーっとなった。


「あ、あ、あの、何か珍しい積荷(つみに)とか見つけませんでした?」

 ウェンディはあられもない顔をしていた自分に気づき、(あわ)てて口を開いた。こうやって人夫(にんぷ)に話しかけては情報を得るのが、ウェンディの日課だったので。


 ルシウス様については、少し口実(こうじつ)にしてる部分もあるけれど。


「珍しい……。そうですね。セメントの質が良くなる火山土(かざんど)ってのを見かけましたよ。いや、土だったんで、積み下ろし、重くてかないませんでした」

 ルシウスは少し考えてから、健康そうな笑顔を見せて言った。


「土ですか」


「ええ。まあ話はすぐ市場に出ると思いますけど、買付先(かいつけさき)じゃ一般的に使われ出してるっていうので、手堅(てがた)いんじゃないでしょうか」

とルシウスは言った。


「ありがとうございます」

 ウェンディはルシウスに礼を言った。


 さすがルシウス様ね! 目の()(どころ)もいいわ!


 ウェンディは、火山土についてハワード・スミス氏に少し聞いてみるか、と思った。


「でも、ウェンディ様の興味のある分野じゃございませんよね。ウェンディ様の好きそうな物でしたら……」

 ルシウスは真面目(まじめ)な顔をして、また考え込んだ。


 ウェンディは、げっ、と思った。


「あ、いえいえ! いえいえ、ルシウス様、結構(けっこう)です!」

 ウェンディは恥ずかしくなって、(あわ)ててぶんぶんとかぶりを振った。


 ワイルドイケメンが私の趣味を知ってるなんて……。恥ずかしすぎるっ! ていうか、ワイルドイケメンに『私の趣味』とかいう、しょうもなさすぎる情報をインプットさせるなんて。


「え? どうしましたか?」

 ルシウスはキョトンとした。


「やめて下さい……。『私の趣味』がルシウス様の頭を一瞬たりとも満たしてしまうなんて、(おそ)(おお)すぎます」

 ウェンディは必死な顔で訴えた。


「ええ?」

 ルシウスは、余計に訳がわからないといった顔をした。


 あー、しまった。またルシウス様をドン引きさせてしまった。ウェンディは頭を抱えた。

「すみません……」


 それからウェンディは話題を変えようと、あたふたと頭の中で考えた。


 そして

「ルシウス様は、いつまでこのようなことをなさるおつもりですか?」

と聞いた。


 ルシウスはぎくっとした顔をした。


「仮にも海軍総督(かいぐんそうとく)の御令息ですのに。なんでこんな肉体労働者がするような下働きを……」

 ウェンディは続けようとする。


 それをルシウスははっと止めた。

「ウェンディ様、やめてください。この港にたどり着き、運良(うんよ)く拾ってもらったのがあなたで、私はたいそう幸運です。私は(わけ)あって家には戻れません。逃げた者としては、身がバレるのも困ります。肉体労働、上等(じょうとう)です。生きているだけでいいんです」


「いや、ダメです、ルシウス様。それでは(イケメンが)勿体(もったい)なさすぎます。(わけ)とは何ですか? 何かここにいる目的があるんではないですか? どうせ私も(かくま)った罪がありますから、手伝いますよ」

 ウェンディは言った。


「なんであなたはそんなに私に親切なんです?」

 ルシウスがため息をついた。


 それから、何か思いついたようにきっと目つきを鋭くして、ウェンディの方を向いた。

「マークが()いてうるさいんで、あんまり私に関わらないでください。これ以上巻き込みたくないし」


「は!?」

 ウェンディはムッとした。


「関わらないって、何様(なにさま)ですか、ルシウス様! とうに私はあなたっていう爆弾(ばくだん)を背負ってんですよ。できれば爆発する前に処理したいんです。そこんとこちゃんと考えといてくださいっ」


「あ、ちょっと、大きな声出さないで」

 ルシウスはびくっとなった。

「分りました、分りました。今度ちゃんと話しますから」


「お願いしますね」

 ウェンディはまだぷりぷりしながら、ツンとして言った。


 その時ルシウスが、あっ、と言った顔をした。


「急に思い出しました。ウェンディ様の好きそうな物。ハワード・スミス氏が娘にバッグを作ってやるとかで、珍しい(がら)のヘビを取り寄せてました。数匹いたんで……」


「ヘビは趣味じゃありません! 私の好きなのは『家畜(かちく)』です!」

 ウェンディは(さけ)んでしまってから、はっとした。


 ああ、しまった。ワイルドイケメンに、余計な情報をインプットしてしまった……。しかもいい年の女子(じょし)が『家畜(かちく)』が趣味って、(いた)すぎる! 恥ずかしいよ!


 なんとか彼の記憶から消去せねば、消去!


 と思っていたら、ルシウスは満面(まんめん)の笑顔になった。


「ああ、そうだったんですね! 漠然(ばくぜん)と珍しい生き物好きかと思ってました。『家畜(かちく)』だったんですね。なんかスッキリしました」


 ウェンディは泣きそうになった。

「いや、もう、忘れて……後生(ごしょう)なんで、どうか忘れて下さい……ルシウス様……」


「いえいえ、今度そういったものを積荷(つみに)で見かけたら、声かけますね!」

 ルシウスは明るい声で言った。


「ルシウス様……忘れて……」

 ウェンディの言葉は(むな)しく(くう)に消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪作者の他の作品はこちらから!≫(↓リンク貼ってます)
新作順

高評価順


≪イラスト&作品紹介♪!≫

【連載版】創造系ポンコツ魔女は恋の救済屋さん。恋は救済するけど、悪だくみしてのうのうと逃げ隠れている悪党は許しません!(作品は こちら

魔術師の小部屋
イラスト: ウバ クロネ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ