4. 婚約者の恋人
「お嬢様、昨晩はとんだ体たらくでございましたわね」
翌朝、目覚めて一番、侍女のマギーがウェンディに言った。
「マギー、そんな言い方しなくても!」
「だって、健康第一のお嬢様が、舞台が始まる前に倒れかけて、すごすご帰ってくるなんて」
マギーは呆れた口調で言った。
マギーは侍女としてウェンディに仕えているが、それ以外にもウェンディの片腕としてあちこちで無理を聞いてきたこともあり、結構辛辣だった。
ウェンディは、マギーの歯に絹着せぬ感じが信用できて好きだったのだが、今日はさすがに心を抉られた。
「マギー。地味妖怪にイケメンと観劇行けって言うのは、無理ゲーです」
「そうですか? って、地味妖怪ってなんのことです。お嬢様の心に巣食ってる卑屈魂のことですか?」
「はい、そうです……」
「アホなこと言ってないで、鏡でもご覧ください。お嬢様は素材だけは悪くはございませんよ」
「嘘だ……。マギーの嘘つき」
「今日はそれでベッドから出ないおつもりですか?」
「今日も休んでいたら、昨日のことも本当に体調不良ってことで済みそうな気がして」
「お嬢様、それ、仮病ってやつですよ」
「いいもん……」
ウェンディは布団を頭から被った。
マギーは、はあっとため息をついた。
「お嬢様。ちゃんと調べて参りましたよ、スコット様のこと」
「えっ!」
ウェンディはガバッと跳ね起きた。
「早い! さすがマギーね!」
「お嬢様、だいぶお元気ですね……」
マギーは厭味を言った。
「厭味はいいから。それで?」
ウェンディは催促した。
「よほどスコット様のことが気になるようですね」
マギーはニヤッと笑った。
「ご、誤解しないでよね、マギー。私は事実を知りたいだけよ。裏があるに決まってるもの!」
ウェンディは慌てて言った。
「ええ。そうですよね。まあ単刀直入に言うと、いらっしゃいましたよ、スコット様に恋人」
マギーは淡々とした口調で言った。
「あ……。そうか」
ウェンディは急に現実に引き戻された心持ちがした。
私は、何を浮かれていたんだろう。
「お嬢様。でも彼女さんは貴族じゃございませんでした。お医者の娘かって噂は聞きましたけど、まだ素性は分かってません。それにここ一年は会ってらっしゃらないみたいです」
マギーは事務的に報告した。
しかし、ウェンディにはもう十分だった。
「お医者の娘かあ。賢いんだろうなあ〜。スコット様の好みってそっち系かあ〜」
うふふ、とウェンディは泣きながら笑う。
「お嬢様、キモくなってます」
マギーが嗜めた。
「いやいや、もう結構。そんなの私なんて敵いませんよ。そんなことだろうと思いました……」
「お嬢様! 自暴自棄にならないで下さい! ここ一年は、スコット様がそのお嬢さんと一緒にいるのを見た人はいないんですよ。それでこの婚約の申し込みです。別れたと考えるのが普通じゃないですか?」
「そう? そうなの? それが普通なの? よく分からないわ……ってゆーか、やけにスコット様の肩を持つわね、マギー」
ウェンディは諦観の笑みに涙目で、言った。
「こんな情けないお姿……。マークさんが見たらなんで言うでしょうね」
マギーはため息をついた。
「シャッキリしろ、そんな顔してると損するぞ、の一言」
「分かってるじゃないですか、お嬢様。しっかりなさってくださいませ!」
マギーは頷いた。
「でもマギー、恋人のことはいいとして、なぜスコット様は私に婚約の話を持ってきたのかしら」
少しシャッキリした顔に戻ってウェンディは言った。
「スコット様は、なんか仰ってたりしませんか?」
マギーは聞いた。
「港で私の噂を聞いた、と言っていたわ」
とウェンディは答えた。
マギーは一瞬止まった。
「あー……。お嬢様が『裏がある』って仰ってたのは、そういうことだったんですか。まあ、念のため調べておきます」
「ありがとう、マギー。じゃあ、私も昨夜の大事故は全部忘れて、やることやるとするわ」
「それでこそお嬢様。目が覚めたようで良かったです」
マギーは微笑んだ。