17. 幸せの始まり
ウェンディとスコットは、クレイトン伯爵家の屋敷に帰ってきた。執事が出迎える。
もうあたりはすっかり暗くなっていた。
「色々ありがとうございます、スコット様」
ウェンディは馬車を降りながら礼を言った。
「いえいえ」
とスコットは笑顔で答えた。
王宮での件は、あんまり変な空気にならなくてよかった。
こんな風に婚約お披露目することになるとは思わなかったけれど。
そこへマギーが飛んできた。
「お嬢様、王宮に行ったと聞いたので驚きましたよ!」
「あらマギー! こっちこそ心配していたのよ! もっと早くに港の様子を聞きたかったのに、あなたは留守というのだもの。だいじょうぶだった? よほど港を駆けずり回ったのではない?」
ウェンディは声を上げた。
ウェンディは、本当は一刻も早くマギーの口から、港で何があったのか聞きたかった。
それに、マギーが父とも情報を共有していたのかということも。
まあ、でも、それは後でゆっくり聞けばいい。マギーが何をしていようと、それは咎めるつもりは全くないのだし。マギーのことは信じている。私に不利益なことは絶対にしない。
ウェンディはふうっと息を吐いた。
「ウェンディ様、後でゆっくりとお話しします。でも、とりあえず今は……」
とマギーはスコットをチラリと見た。
「どうかしましたか? マギー」
とスコットは聞いた。
「スコット様は今日はどうされるのです?」
とマギーは聞いた。
「クレイトン伯爵が帰らない以上、私はウェンディ様の側を離れませんよ。ウェンディ様のこと、任されていますので」
とスコットは答えた。
ウェンディはギクッとなった。
あの様子では、お父様はしばらく帰れないはずだ。まだまだ事の収拾に忙しそうだ。
ということは……スコットがまだしばらく側にいる……。
「そうですか」
とマギーは言った。
すると執事が
「では、スコット様。もう遅いですから、今夜はお部屋を用意しようと思います。主人にもそのように仰せつかっておりますので」
と恭しく言った。
「ああ、ありがたい。では、ウェンディ様と同じお部屋でお願いします」
スコットは堂々ととんでもないことを言った。
「えっ! いや、ダメですよ。こう見えても嫁入り前です!」
ウェンディはぶんぶんと手を振った。
「いや、あなたはどこからどう見ても嫁入り前ですよ……」
とスコットは苦笑してから、
「っていうか、夜抜け出して港の様子を見に行かれては困りますしね」
と言った。
ウェンディはかっと赤くなった。
「さすがにそこまではしません。信用しないなら、マギーに見張らせたらいいではないですか!」
「まあ、本当は私がそばにいたいんですよ」
スコットはじとーっとウェンディを見た。
ぎゃーっ、イケメンがまた訳分からんこと言ってる!
ウェンディはひっくり返りそうになった。
「よ、夜は……」
「手なんか出しませんって、たぶん」
「たぶんっ!?」
「ははっ」
スコットは楽しそうに笑った。
「でも、今日はあなたが面と向かってお父上に逆らってしまいましたでしょう。私もそれを分かってて、あなたを王宮にお連れしたんで、もしかしたら、クレイトン伯爵の方から、この婚約は破棄されるかもしれませんね」
ウェンディはドキッとした。
えっ?
ええっ!?
「ウェンディ様、そんな顔しないでください。一応想定しておかないと、といった話ですよ」
スコットは穏やかに言った。
そんな……婚約破棄? そんなの嫌……。
「スコット様……」
ウェンディは狼狽た。
「え、もしかしてウェンディ様?」
スコットはハッとした。
そっとウェンディの手を取る。
「は、はい……」
ウェンディは心臓がぎゅっと掴まれたような気分になった。
どうしよう、どうしよう……。
ウェンディは意を決して、スコットの方を向いた。
「ウェンディ様?」
スコットはもう一度聞く。
「あ、あの、父はきっと私のことが大好きですので、私が幸せになる方法には文句を言わないと思うんです。私がこの婚約を続けたいって言ったら、きっとお父様もスコット様のことを許してくださると思うの……」
ウェンディは真っ赤になって言った。
スコットは思わず目を剥いた。
まさか!
そして、込み上げてくる感情で堪らなくなり、ウェンディを引き寄せると口付けした。
ウェンディももう抵抗しなかった。
二人は長いことキスをしていたが、やがてスコットがウェンディの唇を離した。
スコットの目にはホッとした色が浮かんでいた。
「私を受け入れてくれてありがとう」
ウェンディは胸がずきっとした。
これが好きという気持ちなんだろうか。
「はい……」
ウェンディはスコットを見上げた。
スコットはウェンディが素直なので少し驚いたが、嬉しそうに微笑んだ。
ウェンディの手を取ったまま、もう一度キスしようとする。
その時、コホンっと咳払いの音がした。
控えていた執事だ。
「そういうことはお部屋の中でなさいませ。屋外でなど端のうございます」
マギーはというと、顔を顰めて他所を向いていた。
あのウェンディ様が男性とキスするところを見るなんて、小っ恥ずかしくて罰ゲームでしかない。
「これは、すみません」
スコットは丁寧に謝った。
「温かいお茶をお出ししますから、晩のお食事までゆっくりなさってください」
執事はお辞儀をしながら言うと、キビキビと屋敷の中へ二人を促した。
スコットはウェンディの手を自分の腕に絡ませて、エスコートする。
それからウェンディの耳元で
「港はもうありません。これからしばらく、時間は私とのデートに使ってくださいね」
と囁くと、いたずらっぽい目をしてチラリと執事を見てから、かがみ込んで一瞬のうちにウェンディの唇にキスをした。
「まあ」
ウェンディは小さく笑う。
ウェンディはスコットの暖かい手と唇に救われた気になり、この人と幸せになりたいとはっきりと思った。
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