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15. お父様と私、どっちの味方?

 しばらく(うつむ)いて考えていたウェンディは、やがて一つ何かを決めたように顔を上げた。


「スコット様……つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 スコットはドキッとした。

「何でしょうか」


 ウェンディはスコットの目をしっかりと見て()いた。

「あの、お父様と私でしたら、どちらの味方になります?」


「えっ?」

 スコットは驚いた。


「お父様は陸軍を動かして、海軍を頭ごなしに制圧することで違反者を捕えたのでしょう? それで被害が甚大(じんだい)になってしまいましたわ」


「そうですね。海軍の中の一部の違反者を(あぶ)り出すのでは、時間がかかり過ぎると思ったものですから」

とスコットは言い訳をした。


「私たちは被害が最小限になるように、ひっそりとやろうと思っていました」

とウェンディは反論した。


「そのようですね。それは……すみません」

 スコットは頭を下げた。


「まあ、お父様はこれだけのことをするだけの(ちから)がありますもの。違反者は見つけたでしょうし、今回の騒動が多少大袈裟(おおげさ)でも、お父様がそれなりの理由を述べればそれが()となるでしょ?」

 ウェンディはわざと堅苦(かたくる)しい言い方をした。


 スコットは(うなず)いた。

 武力衝突は正直やり過ぎだ。死傷者が出る。

 それでも、きっとクレイトン伯爵は批判されないだろう。うまく根回(ねまわ)ししてあるに違いない。


「軍の死傷者のことは、どういうものなのか私には分かりません。でも港の被害は、私も当事者なんです。少なくとも私の事務所は当分再開できなさそうですし、そもそも港自体が再開できるものなかも分かりません」

 ウェンディは(けわ)しい顔をした。


「ええ、それは……」


「だから、私、はっきりお父様に文句(もんく)を言ってやりたいと思ってますの!」

 ウェンディはぐっと(こぶし)(にぎ)った。


 スコットはこの突端(とっぴ)な言葉に驚いた。

「文句!?」


「ええ! 私ね、隣国の辺境地区の少数民族がずっと長年一緒に暮らしてきたっていう(ひつじ)が、欲しかったんです。その羊ってね、繁殖力も高めだし、毛も肉も乳もいけるんですって。毛はうちの国のより長いんですよ。絶対いい糸になります。それがね……」


 急にウェンディの長い(ひつじ)の話が始まった。


「その(ひつじ)、その民族もすごく大事にしてて、なかなか市場に出ないんですって。そしたらね、私、こないだポルトロー港で、隣国の少数民族の村を色々回ったって音楽家を見つけたんですよ! 話好きで親切で、いい感じの男でねぇ。少数民族の村々で仕事を手伝いながら、文化を学んで、民族音楽を集めているんですって。その男が羊の交渉できるかもって言ってくれたんです。その男の人にね……」


 ウェンディの(ひつじ)の話は、今度は民族音楽研究家の話になった。


「今度、その(ひつじ)の村に行ってくれるよう取り付けたばっかりだったんです。船も道程も決まって、私、ほくほくしてたんです。後は楽しみに待つだけだって。それがこんなことになってしまって、全部パァですよ。私、悔しくって悔しくって仕方ないんです!」

 ウェンディは、ずいっとスコットににじり寄った。


 すっげー(しゃべっ)ったなあ!

 スコットは心の中で突っ込んだ。


「しかもね、スコット様! パァになったのは、その羊だけじゃないんですよ! 今まさに船で運ばれている途中のニワトリの新品種や、新しく飼い慣らしたカモの仲間とか、すっっっごく楽しみにしていたのが、まだまだあったんですよ!」


「そ、そうですか」

 スコットはあまりの気迫に気圧された。


 ああ、ウェンディ様の家畜(かちく)好き……。そんなに(くや)しかったとは……こうして言ってもらうまで分かりませんでしたよ……。

 

 そしてスコットには、ある日のクレイトン伯爵の尋問(じんもん)が思い出された。

『娘の趣味にはどこまで付き合うつもりかね?』


 その時は「(えさ)くらいなら私も一緒にやります」と答えたけれども。

 (えさ)くらいで済むだろうか?


「スコット様、聞いてます?」

 ウェンディがムッとして言った。


「あ、はい」

 スコットは(われ)に返った。


「だから、お父様のところに怒鳴(どな)り込みに行きたいと思ってますの! やり過ぎですよって。やり過ぎなんだから補償(ほしょう)して下さいって。私だけじゃないわ、港の者みんなによ!」

 ウェンディは両手を広げて宣言した。


 スコットはごくりと(のど)を鳴らした。

 娘が王宮に怒鳴(どな)り込み……! クレイトン伯爵は精神的にキツいかもしれないな……。


「で、スコット様は私の味方をしてくださいますか?」

 ウェンディはすっと右手を差し出した。


 スコットは一瞬躊躇(ためら)った。

 (にぎ)る? この手を?


 スコットの頭を一瞬クレイトン伯爵の顔が(よぎ)った。

 あの人は怖い人だ。

 陸軍に海軍と戦争させた。港が一つ消えるくらいの大被害でも批判されない。それだけの(ちから)を持つ人だ。


 それから自分の父親を含め、王宮の貴族達のしらけた顔が浮かんだ。

 婚約者に()き付けられて物申(ものもう)しにくる侯爵令息に、彼らはどんなレッテルを()り付けるだろうか。


 で、スコットの目の前には、幼くて()()ぐなウェンディ様がいる。真正面から文句をぶつけに行くつもりの。


 スコットは笑けてきた。

 迷うことなんかないじゃないか。


御意(ぎょい)のままに……」

 スコットは(おだ)やかにウェンディの手を取った。


 ウェンディは顔を輝かせた。

「ありがとうございます、スコット様!」


「いえいえ、どういたしまして。こんなこと言うのもなんですけど、あなたに隠し事をしていた罪滅(つみほろ)ぼしになるなら、軽いものですよ」

 スコットは微笑(ほほえ)んだ。


 スコットには確信があった。

 だいじょうぶ。何にも悪いことは起こらない。

 どうせ、「ああその通りですね、市民の不満はもっともです、補償(ほしょう)検討(けんとう)しましょう」となるだけだ。

 『市民の苦言』の出処(でどころ)が、港の管理組合になるか、ウェンディ様になるかの違いだけだ。


 スコットの脳裏(のうり)に、王宮の皆の苦笑が目に浮かんだ。

 私はきっと後から「あれが婚約者? なんで止められなかったんだ」って言われるだろうな。

 ふふ。ちょっと変わった婚約(こんやく)披露目(ひろめ)になる。


 以前のスコットなら、こんな恥ずかしい茶番(ちゃばん)には付き合わなかっただろう。


 スコットは心を決めた。

 いいですよ。

 最高のウェンディ劇場にしてやりましょう。

さあ、ハッピーエンドを目指して!

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