13. 逮捕
(婚約者の元恋人と、ルシウスの場面です)
その頃、港の便利屋テレーズ・シュワルツはハワード・スミス商会の屋根裏部屋で、頭を抱えていた。
急に陸軍がやってきて海軍と戦争を始めた。一体どういうことなの!?
この件と関わりがあるのかしら。まあそうかもしれないけど、でも、ここまでやる!?
ちょっとした違反のつもりだったのに、こんなに大事だったなんて。
バレても罰金くらいかと思ってたわ。
いえ……海軍自らってところがダメだったのかしら?
まあどっちにしろ、海軍がこんな状態では、計画はおじゃんだ。私たちは速やかに手を引くだけ。
テレーズは証拠になりそうな文書を片っ端から蝋燭で燃やしていった。
セメントを改良させる火山土を入手した。途中でそれを、この国の扱いやすく調合された最新の火薬とすり替える予定だった。火薬の出どころは海軍の研究所……。
その時、階下で物音がした。
陸軍兵か!?
テレーズは身構えた。
この騒動で商店は機能しておらず、下にはほとんど人がいない。ここへの階段を見つけられてはお終いだ。
階下の物音は続いている。話し声も聞こえた。
テレーズは急いで残りの文書を燃してしまった。
そのタイミングで、
「おい、ここだな!」
と男たちが数人押し入ってきた。
「何よ、誰?」
テレーズは文書を燃やしきったことに安堵しながら、平静を装って言った。
しかし、テレーズは踏み込んできた男の一人を見て、狼狽した。
「ル、ルシウス様……! ってことは、これは脱走兵たちっ!?」
「そうだよ。あんた、テレーズって言ったっけ? 何年ぶりかは忘れたが、昨晩はどうも。俺を殺そうとしただろう」
ルシウスはテレーズを睨みつけた。
テレーズは顔色を変えた。
「えっ、え? あいつら失敗したのね!」
「そうだ」
「もう!」
テレーズは怒りにワナワナと震えた。
「おまえが怒ることじゃねーだろ! 怒るのは俺の方だろうが!」
ルシウスはドンっと壁を叩いて怒鳴った。
「何よ! 脱走兵!」
「あんただとは思わなかったよ。でも知り合いから聞いたんだ、あんたの名前を」
「知り合いって……。まさか、マギー?」
「さあな。だが、複数の人間の口からね」
テレーズは歯軋りした。
マギーは何も知らなかったのに、あの後何を知ったのかしら? なぜルシウス様と接触した?
マギーに接触したのが裏目に出たの? ルシウス様を消すのに正当な理由があることを、マギーに証人になってもらおうと思っただけなのに。ウェンディ様が騒いだりしないよう。それが良くなかった……のかも。
そして、ルシウス様は複数人と言った……。他は誰なの? まさかスコット様!? 他には? 他には、誰が?
ルシウスは、テレーズが混乱しているのが見て取れた。それで、小気味良く笑った。
「あんたが俺のことを知っていたみたいだから、俺がよく働かせてもらってる商店の関係者かと思ったのさ。軍以外で俺の脱走を問題視するヤツは、後ろめたいことがあるヤツだ」
しかし、テレーズはキッとルシウスを睨んだ。
開き直ってやる!
「後ろめたいこと? 私には何のことだか分かりません」」
「そうか? ではなぜ私を殺そうとした?」
「そ、それは……あなたが脱走兵で、港の秩序を乱そうとしていたからよ」
「普通は軍に通報して終わりだろう?」
「じ、自治、ですわ!」
テレーズはあくまでしらばっくれる気だった。
腹立つ女だな、とルシウスは思った。
「そうか。では、もっと具体的に言おうか。ハワード・スミス商会の荷に、輸出禁止品が入っていたよ。本来なら火山土の筈だったものだ」
ルシウスは追い詰めるようにゆっくりと言った。どんな些細な綻びも見つけ出してやるといった空気を纏っている。
「そんなこと、知りません」
テレーズは唇を噛んだ。
だが、心の中では狼狽していた。
なぜ、火山土のことを知っているのかしら? それに、おかしい! なぜ、もう、火山土と入れ替わっている?
何か手違いがあったの? 私の知らないところで? 誰かがはやまった? それはあんまりいい状況じゃないわ……。
テレーズの余裕のない表情を見て、ルシウスは後一息だと思った。
ルシウスはもう一度ゆっくりと口を開いた。
「ハワード・スミス氏は罪を認めたよ。そして彼が証言した。あんたが仕組んだって」
テレーズは目を見開いて息を呑んだ。
畳みかけるようにルシウスは言った。
「さっき、彼が証拠となる手紙を見せてくれた。あんたが先刻彼に渡したヤツだ」
「あっ!」
テレーズは小さな悲鳴を上げた。
確かに渡した。危ないから書類を片付ける、と。
これはもう、観念するしか無かった。
まあ……最初から、ハワード・スミス氏に裏切られては、私はお終いなのだ。
テレーズは目を閉じて歯を食いしばった。それから、ゆっくりと頭を垂れた。
ルシウスは大きく息を吐いた。
よし、終わった。
その時、テレーズが口を開いた。
「一応聞くけど、私を見逃してくれる気は?」
「全くないね」
とルシウスは素っ気なく答えた。
「昔の馴染みじゃない」
「おまえみたいな知り合いはいないな」
「昔も今も、釣れないのね。私はスコット様よりはあなたの方が好みだったのに」
テレーズは、くっくっと笑いながら言った。
ルシウスは軽蔑する目でテレーズを見た。
「スコット様のことは打算? 酷い女だな」
「あら、男女の間に打算って付き物でしょ? 特にあなた方貴族様の婚姻事情なんか」
「そう言い切る程ではない」
「そう? じゃぁ、いいじゃない? 彼には今ウェンディ様がいるし。まあ、ウェンディ様は、人間より牛の方が好きかもしれないけど」
「……」
ルシウスは不愉快そうに黙った。
そんなルシウスを見て、テレーズは楽しそうに笑った。
「あら、もしかしてルシウス様もウェンディ様が好きだったりするの?」
「……くだらんことを言うな。俺には待たせている婚約者がいる。……決して、裏切るような真似はしない」
ルシウスは顔を背けた。
テレーズの真っ赤な服が鼻につく。
「ふーん?」
テレーズは納得しない顔をした。
それからテレーズは
「最後に聞きたいのですけれど、あの陸軍兵はなんですか? 誰が呼んだんです?」
と訊いた。
ルシウスは首を振った。
「俺も分からない。ただ、今回動いた陸軍兵は、アダム・フォックス将軍の部隊のようだ。フォックス将軍は、クレイトン伯爵の派閥の中枢人物だ。もしかしたら、な」
「ああ、そうか。そうですわね。クレイトン伯爵はウェンディ様の父上ですもの。あの娘命な伯爵が、港を監視しないはずがなかったわ。全く気づかなかった。遣り手って噂は本当だったのね」
次話からヒロイン、彼女なりに頑張ります!