11. お父様公認!
ヒロインに戻ってきました!
「マギー! 昨晩は大変なことがっ」
翌朝、ウェンディを起こしにいったマギーは、部屋に入るや否やウェンディに、どんっと抱きつかれた。
えっと、そういえばウェンディ様は、昨晩はスコット様と一緒に帰られたんだっけ?
なんか昨晩はいろいろあり過ぎて、ウェンディ様とスコット様のことなんか、すっかり忘れていたわ……。
あの後も結局……。
ううん、いけない、いけない。今は、ウェンディ様のことだったわ。何があったのかしら。
あのスコット様が何かしたとは思えないけど?
「どうしたんですか?」
本当にスコットがウェンディに手を出そうとしたなど微塵も疑わずに、とりあえずマギーは聞いた。
「あのねっ」
とウェンディが勢い込んで言いかけた時、
「やあ〜ウェンディ〜」
と、のほほん顔のクレイトン伯爵が部屋に入ってきた。
げっ、とウェンディが振り返る。
「あれ? 何かお取り込み中だった?」
とクレイトン伯爵は聞いた。
「あ、いえ、お父様。何でもありません」
ウェンディは決まり悪くなって、大人しく答えた。
「そうか。ならいいんだ」
クレイトン伯爵家はニコニコした。
「どうかしましたか、お父様」
「どうかしたじゃないだろう。昨晩のことを説明してもらわないと。ねえ?」
クレイトン伯爵は穏やかな顔をしていたが、その言葉の端々に穏やかならぬものを感じて、ウェンディはヒヤリとした。
「えっと?」
ウェンディは、秘密がありすぎて、何を話せるのか一瞬分からなくなってしまい、言葉が詰まった。
夜遅くなったこと? 港の商いのこと? 海軍兵に絡まれたこと? ルシウス様のこと? スコット様に迫られたこと?
どれだ〜!? ってか、隠し事ありすぎじゃん……!
クレイトン伯爵はニコニコ笑ったまま、何も急かさない。
これよ、お父様の戦法。こっちが気まずくなって白状するのを待っているのよ。
しかも、適当に隠そうと思っても、深く掘り下げてくるから途中で辻褄が合わなくなって、結局全部しゃべらされるのよね。
怖い、怖い。その手には乗るもんですか。
クレイトン伯爵は、ウェンディの抵抗姿勢に気付いたようだった。
「あれ? お父さんには話してくれないのかい?」
そして、クレイトン伯爵は少し残念そうな顔をした。
「かわいい娘にそんな顔されるなんて嫌だなぁ」
しかしウェンディが決意した表情で口を開かず、手を握り締めて突っ立っているので、クレイトン伯爵はため息をついた。
「そうかい。じゃあ、うん、彼から聞くことにするよ。スコット殿を客間にお通ししているからね。すぐに一緒に来なさい。マギーは来なくていい」
ウェンディは、げっと思った。
スコット様を呼び出してたの? お父様がスコット様を長いこと待たせるわけないし、最初からそのつもりじゃん! この腹黒親父!
ウェンディはすごすごと父親の後について、スコットの待つ客間へと歩いて行った。とても憂鬱だった。
スコット様がいるならもう筒抜けね。でも、ルシウス様のことだけは隠しておかないと。クレイトン伯爵家の名前に傷がつく。
クレイトン伯爵とウェンディが客間につくと、執事がそっと扉を開けた。
扉越しに、スコットの麗しい姿が飛び込んできた。昨日のことが、まざまざと思い出される。
ウェンディの頬がかぁっと赤くなった。
中で茶をもらっていたスコットは、すっと立ち上がり、ウェンディのもとへやってきて手を取った。
「ウェンディ様。よく眠れましたか。お加減はいかがです?」
「お、おかげさまで……」
ウェンディは気恥ずかしくて、慌てて手を引っ込めようとした。
するとクレイトン伯爵が、ウェンディとスコットの手の上に自分の手を重ね、うんうんと頷いた。
そして、
「ウェンディ、手はこのままでいいじゃないか。仲良くなってくれて、父は嬉しい……!」
とトンチンカンなことを言い出した。
スコットは
「ええ、伯爵様。それはもう」
と微笑んだ。
「えっ?」
ウェンディは絶句した。
父はニコニコしている。
ああああ〜! 父親公認になってしまった! そんなの普通アリ!? ってゆーか、普通が分からん……。今後スコット様のこの路線が増えるのかしら。心臓がもたないわよ!
ウェンディは頭がクラクラした。
クレイトン伯爵は目をうるうるさせてスコットの方を向いた。
「すまないねえ、スコット殿。うちの娘は港みたいなところに出入りするじゃじゃ馬で。しかも危うく海軍兵に手を出されるところだったと言うじゃないか。君が助けてくれて本当に助かったよ!」
ちっがーう! 助けてくれたのはルシウス様とマークだし!
とウェンディは、思わず口に出そうになったのを、グッと堪える。危ない危ない。ルシウス様のことは絶対にバレてはダメ。
スコットは微笑を浮かべたままだ。
クレイトン伯爵は続けた。
「しかし、ウェンディ。港で商いの遊びをするのはよいが、遅い時間まで一人でいては危ないぞ。スコット殿がタイミングよくいてくれなかったら……!」
ウェンディは、ハッとした。
あれ? 今『一人』って? スコット様、マークのことは黙ってくれている? それは、なんで? もしかして、都合の悪いことがあるかもしれないと思って、余計な事は話さないでおいてくれたの?
ウェンディは思わずスコットの顔を見た。スコットは優しい目でウェンディを見返す。
そんなウェンディの事情は全く知らず、クレイトン伯爵は大袈裟に腕を広げると、
「今日から私はぜんぶ公認するからね! もう父は感動して、明日にでもスコット殿と結婚してもらって構わないと思っている! おまえも、適当なところで港遊びを辞めなさいね」
と宣言した。
「はあっ?」
何を言い出すんだ〜!
ウェンディは真っ赤になった。
「じゃあ、そういうことだから、ウェンディ。今日はスコット殿とよろしくね」
クレイトン伯爵は急に口調を変えたかと思うと、二人の肩をぽんぽんと叩いて、笑顔のまま、いそいそと部屋を出て行った。
ウェンディはポカンとした。
何という怒涛の変わり身の速さ。
スコット様に気を利かせた……わけじゃないだろうな。あれは単純に仕事に出かけるときの顔だ。ウェンディは呆気に取られていたが、冷静に思った。
しかし、何だったんだ……? 公認と宣言するためだけにこの場を設けたの? 何か腑に落ちない。
そんなウェンディの様子を見て
「ウェンディ様。何か?」
とスコットが聞いた。
「あっ!」
ウェンディはスコットがいたことを思い出して、我に返った。
「お父上に公認していただけて、私は嬉しいです。これで堂々と手を出せますね」
とスコットはニコニコした。
「あ、そういうのはいらないです」
とウェンディは返したが、ふとマークの件のことを思い出し、
「スコット様。先程はマークの事は隠しといてくれたんですか」
と聞いた。
スコットはウェンディの唇に指を当てた。
「さあ。どうでしょう? でも他の男の話はやめてくださいね」
こっわ! 何、この人!
ウェンディはゾッとした。
「さて、今日は何をしましょうかね。せっかくあなたと二人きりなので……」
スコットは楽しそうだ。
「まずは、ゆっくりお話しでもさせてもらいましょうか。あなたの趣味の話とか、あなたの小さい頃の話とか、いろいろ聞きたいですね。人払いしてますから、二人でゆっくり過ごしましょう」
何、この強制的なおうちまったりデート感……。
そりゃこんな娘、親がお膳立てしなくちゃ、デートの一つもしないでしょうけど、おうちまったりデートまで父親にセッティングされるって、ヤバくない?
それからウェンディはハッとした。
この人、昨日私にキスしたんだっけ……。はじめてのキスだった……。
「ぎゃーっ!」
ウェンディは急に恥ずかしくなって、頭を掻きむしった。
「スコット様! 今日はキスとか無しですからね!」
スコットはウェンディのこういう反応も見慣れてきたので、特に驚きもせず、
「うーん、どうしようかな。今日は少々事情があって、強引なことできないんですけど」
と迷った顔をした。
「事情?」
ウェンディは訝しげに首を傾げた。
「あ、いえいえ。ウェンディ様は知らなくていいことですよ」
とスコットは美しい笑顔を崩さず答える。
『今日は決してウェンディを屋敷から出さないこと』
クレイトン伯爵は、スコットにそう言いつけていた。
『ウェンディの安全が第一』
スコットは目を細めた。
まだ疑惑の目を向けているウェンディを黙らさねば。色仕掛け? それも公認だ。私が触れたいし。
スコットはウェンディの腰に手を回して、ゆっくりと引き寄せた。
「ちょっと、そういうのは無しって言ったではありませんか!」
ウェンディがキーキー噛み付いてくる。
「いいでしょう、二人っきりなんですし」
スコットは黙らすにはコレ、と言わんばかりに、ウェンディに口付けた。