第一話
いつか王子様が私のことを、この辛い現実から連れ去ってくれると思っていた。
勿論、白馬に乗っていて豪華な服を着て金髪を靡かせて爽やかに微笑む美男子である、とまでは夢見ていなかったけれども。
できれば、普通の顔をしていて、普通に優しくて、普通に稼げる人が私を愛してくれる、と。
毎朝の通勤列車。ひといきれで電車の窓は白く曇り、ぼんやりと映る顔たちはどれも等しく無感動を貼り付けてスマホを眺めている。
灰色の朝。大半がスーツに包まれた人混みは、見た目通り色が無く、葬式の参列のように静かに、各々の僅かばかりのパーソナルスペースを隔てて立ち並んでいる。
私は朝のこの窮屈な鉄の入れ物に乗り込むことが嫌いではなかった。朝は憂鬱だったが、この時だけ人と温もりを共有することができた。見知らぬおじさんと体をくっつけ合って、それは年頃の青少年にはたいそう気持ちが悪いことかもしれないが、大人になり切った身分にとっては、個として異分子でなく見做されている安心感すら与えてくれた。
あれから1ヶ月だ。彼氏にフラれてから、特に何かドラマがあるわけでもなく1ヶ月が経とうとしていた。
私は思ったよりも淡々と別れを受け入れ、人の世の繋がりの儚さにしみじみするくらい他人事に感じていた。
フラれた3日後には、マッチングアプリに登録していたし、自分で自分は強いんだなぁと感心するほどだった。
通勤列車に揺られて職場へ行く。そしていつも通り仕事をこなし、夕方になったら、そこからが私の最近の始まりだった。
お手洗いの鏡で入念にメイクをチェックする。アイラインを引き直して、口紅を綺麗に塗って、すこしだけおおめにチークをはたく。最後に髪の毛を整えたら、完成だ。