第7話 ハッピーバタフライ
その夜のこと。
FLOには、メニュー画面の機能の一つに誰でも書き込みや閲覧が自由にできる『FLO掲示板』というものが存在しており、そこではゲーム開始初日から多くのプレイヤーたちが書き込みを行っていた。
書き込みの内容としては、全体の八割はいきなりゲームに閉じ込められたことに対する不満や愚痴。
残りの二割は、島の攻略に積極的なプレイヤーたちの情報交換やFLOをプレイしてみての感想などであった。
そして、その掲示板のとあるスレにて、ソウタの奇妙な行動が話題になっていた。
【速報】変な魔法使いプレイヤーを見かけた件
1名前:名無しのFLOプレイヤー ID:ttv3kkic
おい、誰かいないか
なんか今日草原エリアでおかしなプレイングしてる魔法使いのプレイヤーがいたぞ
2名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jgDoRnvr
おかしなってどうおかしかったんだよ?
3名前:名無しのFLOプレイヤー ID:ttv3kkic
それがどういう訳だか素手でモンスターを殴って戦ってたんだよ
4名前:名無しのFLOプレイヤー ID:JgDornvr
は? なんだそれw
5名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
マジかよw 魔法使いなんだから魔法使えよw
6名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
あ、それ俺もチラッと見たわ 黒髪の高校生くらいの少年だろ?
意味不明過ぎて笑ったわw
殴るにしたって魔法使いには初期武器として杖があるんだから、それで殴ればいいのにって思ったわw
ゲームセンスなさすぎw
7名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
ホントだわw
つーか困るよなあ……
この命がかかったゲームに、そんな下手糞プレイヤーが混ざってるなんてよ
勘弁してほしいぜ
8名前:名無しのFLOプレイヤー ID:JgDornvr
あ、もしかしてあれじゃね?
モンスターと魔法使って戦ってる途中でMP使い果たしちゃったんだよそいつ
そんでMP回復アイテムのマジックハーブも残量0で、仕方なく杖で攻撃してたら杖も壊れちまった
だから素手で攻撃してた どうよ?
9名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
名探偵現る
10名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
なるほどそれだ
じゃあ事件解決ってことで解散だなー
11名前:名無しのFLOプレイヤー ID:ttv3kkic
おいおい待てって! 勝手に解決にすんな
俺も最初そう思ったが、違うんだよ
だからスレを立てたんだ
12名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
は? どういう事だよ?
13名前:名無しのFLOプレイヤー ID:ttv3kkic
実はそいつせっかくモンスターを倒しても、すぐに別のモンスターのとこへ行ってまた素手で殴り出したんだよ
俺は丁度狩りを一休みしてる最中だったから五分くらい遠目に見てたんだが、その間何匹もずっとそれを繰り返してたんだ
……な? 変だろ?
14名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
確かに変だな……、どういう事だろう
これも推理してくれよ名探偵
15名前:名無しのFLOプレイヤー ID:JgDornvr
お、俺か? うーん……
MPが切れたんならモンスターを倒したら一旦街へ戻って、そこでアイテムを補充するなりしてMPを回復してから出直せばいいわけだしなあ……
それなのにその少年はずっと素手で戦い続けていたと……
……駄目だ、分からん!
16名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
おっと、名探偵殿もここに来てお手上げか
こりゃあ迷宮入りだなw
17名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
まあとにかくあれだな
ゲームセンス皆無のおかしなプレイヤーなんだろうさ、その魔法使い少年は
18名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
そうだな
つーか、きっと明日にでも脱落するだろ、そいつ
19名前:名無しのFLOプレイヤー ID:ttv3kkic
確かにそうかもな
まあなんか分かったらまた書き込むかも
じゃノシ
20名前:名無しのFLOプレイヤー ID:jifejvrK
おうノシ
21名前:名無しのFLOプレイヤー ID:e68Khxao
ノシ
22名前:名無しのFLOプレイヤー ID:JgDornvr
ノシ
自分がそんな噂になっているとは露知らず、ソウタは翌日以降も毎日素手メインの攻撃でレベル上げをし続けていった。
気が付けばゲーム開始から一週間ちょっと経過し、本日の日付は一月十日。この間にプレイヤーは五百人近く脱落した。
なんとか生き残り続けているソウタは現在レベル7になっている。
そして、ソウタはモンスターと戦ううちに二つのスキルを手に入れていた。
手に入れたのは【投擲】と【瞬速拳】のスキルだ。
【投擲】はその名の通り敵に物を投げて攻撃するスキルだ。
このスキルがあると、投擲用のアイテムであるピックやクナイやダーツ、その他フィールド上に落ちている石などを投げて攻撃ができる。
そしてもう一つのスキル【瞬速拳】は、システムによって加速された瞬速のパンチを放つことが出来るスキルだ。威力もそこそこでかく、かっこいいエフェクトも発生するため、ソウタはかなり気に入っている。
このスキルは本来なら職業が格闘家のプレイヤーに必須なものであり、魔法使いのプレイヤーが手に入れる必要などないスキルだが、毎日モンスターを素手でタコ殴りにしていたソウタは思いがけず条件を満たし、ゲットしてしまったのだった。
ちなみにFLOのスキルには、物理攻撃スキルや魔法スキルなど様々な種類が存在し、ソウタが手に入れた二つのスキルはどちらも物理攻撃スキルに該当する。
魔法スキルは魔法というだけあって発動にMPを使用するが、それ以外のスキルはSP<スキルポイント>を使用する。SPは魔法スキル以外のすべてのスキルで固有に設定されており、【投擲】は30ポイント、【瞬速拳】は10ポイントとなっている。
スキルを使う際にはその都度SPを1ポイント消費し、0となれば当然そのスキルは使用出来なくなる。
SPは日付が変われば自動的に満タンになるので、SP=一日の使用可能回数と言い換えても差し支えない。
そんなこんなでこの一週間程でスキルについての知識を身に付けたソウタは、今日は今までよりも少し強いモンスターの出現する川辺沿いの草原エリアにやって来ていた。
そして、現在そこにいるモンスターと交戦中だ。
モンスターの名前は『スマイルラクーン』。アライグマのモンスターである。
スマイルと言っても実際にニッコリ笑っているわけではなく、背中にある模様が人の笑った顔に見えるためそういう名が付いている。
攻撃は体当たりや引っ掻きが主な手段であり、注意していればくらうことはないのだが、鳴き声で仲間を呼ぶ習性があるらしく、仲間を三匹も呼ばれてソウタは困っていた。
「くそっ。同時に四匹もソロで相手をするのはさすがにきついな」
一匹に攻撃をくらわせると、攻撃後に出来る隙に合わせて他のスマイルラクーンが攻撃してくるため、どうしてもダメージを受けざるを得ない。
ポーションの数はあと残り一つ。
ギリギリ持ちこたえてきたが、さすがにこれ以上戦いを続けるのは厳しそうである。
ソウタは一旦その場を離れることに決め、ダッシュで逃げ出した。戦略的撤退である。
しばらく走ってスマイルラクーンをなんとか振り切り、ポーションを補充しに街へ戻ろうかと考えていたその時だった。
「……ん? 何だあれ?」
十メートル程先に金色に輝く美しい蝶々がひらひらと飛んでいるのが視界に入った。
頭上の表示を見ると、その蝶々は『ハッピーバタフライ』という名前のモンスターのようだ。
スマイルラクーンの代わりにこいつを討伐しようとソウタはダッシュで近づき、スキル【瞬速拳】を使用した。
派手なエフェクトとともに弾丸のようなパンチが繰り出され、ハッピーバタフライのHPは一気にレッドゾーンにまで減少する。
攻撃をくらったハッピーバタフライは、物凄い速さで上空へと逃げ出す。
「逃がすか!!」
ソウタは近くにあった直径五センチほどの石ころを拾うと、スキル【投擲】を使用。
バシュッ!という鋭い音を立て、石は見事にハッピーバタフライに命中。残りのHPをすべて削り取り、討伐に成功した。
そして経験値を得たその瞬間、ソウタのレベルが一気に7から10に上昇した。
「うおお!? なんか凄い勢いでレベルが上がったぞ。もしかして今のモンスターは経験値が豊富な激レアモンスターとかだったのか?」
ソウタの推測は正解で、ハッピーバタフライはフィフティランドの各島にごくごく稀に出現する超激レアモンスターである。
出現確率は0.001%とそうそう出会えるモンスターではないことに加え、攻撃を受けるとすぐに空へと逃げてしまうため、討伐はかなり困難だ。
そして、その出現率の低さと討伐の難しさから、このモンスターを倒すとご褒美としてそのプレイヤーのレベルが、倒した時点を基準として三つ上昇する分の経験値をゲットできる。
だから、ソウタは7から10に一気にレベルアップしたのである。
そして、このレベルアップがソウタのFLOでの生活に劇的な変化を与えることとなる。
レベルアップが終わった途端、突然ピロリン♪と耳障りのいい効果音が鳴った。
その音とともにソウタの目の前にウィンドウメッセージが現れる。
「な、なんだ? 何でいきなりメッセージが?」
突然のことに戸惑いつつも、ウィンドウメッセージに書かれた文字に焦点を合わせる。
そこにはこう書いてあった。
『ユニークスキル【EXPフィーバー】をゲットしました』




