第4話 絶望のステータス
光が収まり閉じていた目を開くと、ソウタは大きな広場の真ん中に立っていた。
そして、目の前に広がるファンタジー系VRMMOでは定番の中世ヨーロッパ風の街並みに思わず目を奪われた。
そこには石造りにレンガ造り、そして木造といった風情ある建物がズラリとどこまでも建ち並んでおり、街の大きさに圧倒されてしまう。
地面はもちろんアスファルトではなく石畳。現代日本ほど舗装は行き届いておらず、ところどころに凹凸が見られるのがまた味がある。
後ろを振り返れば大きな噴水があり、澄んだ水を絶え間なくその口から吹き出し続けていた。
そんな街並みを一通り眺め終え、ソウタは本当の異世界にやって来たかのような錯覚に陥った。『ゲームの中だと思った? 実は異世界でしたー』と言われたら信じてしまいそうな勢いである。
(うわあ……、マジでこれはゲームのグラフィックの域を完全に超えてるな……。現実そのものだよこれ)
そして、現実そのものなのは何もグラフィックだけではない。
両手を閉じたり開いたりしてみるも、動きの感触も現実との差は全く感じられない。
頬を撫でる緩やかな風。頭上に輝く太陽の眩しさ。近くのパン屋から漂ってくる焼き立てのパンの香しい匂い。そんな五感に訴える感覚も、ゲームの中とは到底思えなかった。
「これがFLOの世界……。凄い、凄すぎる……」
ソウタが感無量といった様子でその場に立ち尽くしていると、その間にも続々とキャラメイクを終えたプレイヤーたちがログインしてきていた。
プレイヤーたちを見れば、ソウタのように目を輝かせる者。虚ろな目をして呆然とする者。あっけらかんとしている者。その場で泣き崩れている者といったように様々なリアクションを見せている。
しばしプレイヤーたちの様子を伺っていたソウタだったが、そこでプレイヤー以外の存在に気付いた。NPCの存在である。
NPCのグラフィックも非常に精巧できており、動きも表情も人間そのものといって差し支えない。ぱっと見ではプレイヤーと判別がつかないほどである。
判別を可能にしているのは、NPCたちの頭上に表示されているグレーのアイコンだ。プレイヤーの頭上にはブルーのアイコンがあるので、色の違いで区別できる仕様のようだ。
そんなNPCたちは街を自由に歩き回っていたり、NPC同士会話を楽しんでいたり、何か商売を営んでいたりといったように様々な姿が見られる。
営んでいる店としては武器屋、防具屋、アイテム屋、食材屋、料理屋、素材屋、鍛冶屋といった冒険を進めていく上で必須ともいえる店だ。
ただ、中には占い屋やらアクセサリー屋などというソウタにはあまり縁がなさそうな店も存在しており、その他にも多種多様な店があるようだ。
どんなものが売ってるか気になるので、そのうち色々見て回ろうと思惑するソウタだった。
「さて、と。いつまでもここに突っ立っててもしょうがないし、行動を開始しよう。とりあえずステータスでも確認しておくかな」
ソウタはウィンドウを操作し、ステータス画面を開いた。
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【名前】ソウタ
【レベル】1
【職業】魔法使い
【所持金】1000フィース
【HP】60/60
【MP】0/0
【STR】16
【DEF】12
【INT】22
【MDF】20
【DEX】10
【AGI】10
【LUK】8
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「……………………んん?」
ソウタはすぐに自分のステータスの異変に気付いた。
(MPが0……? どゆこと?)
ソウタは先程のキャラクターメイクで魔法使いを職業に選んだ。そして、職業欄の表示もちゃんと魔法使いとなっている。
それにも関わらず魔法使いのステータスの要であるMPが0表示。全く意味が分からなかった。というより分かりたくなかった。
だってこれは魔法が使えないことを意味しているのだから。
「おいおい何がどうなってる……。魔法使いのステータスじゃねえだろこれ!」
魔法使いというのは、魔法が使えるからそういう名前が付いているのだ。
魔法が使えない魔法使いなど、母国語以外話せない通訳。はたまたカナヅチのライフセーバーみたいなものだ。職業の意味がない。
予期せぬ事態に頭を抱えていたソウタだが、そこで気付く。
「待てよ、俺は今レベル1じゃないか。つまりこのステータスはあくまで初期状態。レベルが上がれば、MPだって普通に上昇するんじゃないか?」
魔法使いの初期ステータスでMPが0というのがそもそもおかしい訳だが、そこはもうスルーした。ソウタにとって今重要なのは、今後MPがちゃんと上昇するかどうかなのだ。
「つーかFLOのレベルアップの仕方はそもそもどういう仕様なんだ? 自動上昇か? それともポイント割り振りか?」
ソウタはそれを調べるべくアイテムボックス画面に移動し、先ほど貰ったFLO大全を開く。
「えーっと、レベルアップとステータスについて書いてるのはどのページだー? ここでもないか。うーんと…………あった!」
知りたい情報が書いてあるページを見つけたので、早速読んでみる。
そこにはステータスはポイント割り振りではなく、職業ごとに定められた上昇幅でレベルアップごとに上がっていくと記載されていた。つまりはレベルさえ上がればしっかりMPは上昇するということらしい。
何とか最悪の事態は免れたと、ホッと胸を撫で下ろすソウタ。
そして、用が済んだのでページを閉じようとしたその時だった。
「んんっ!?」
何やら不吉な文章が一瞬視界に入った気がして、その部分を恐る恐る凝視する。
そこには米印でこう書かれていた。
『※初期ステータスで値が0のステータスはレベルが上がっても上昇しませんので、ご注意ください』と。
「嘘だろ!?」
ソウタは思わずその場で叫んだ。
近くにいたプレイヤーたちがその声に反応して全員ソウタの方を見たが、本人に気付く余裕はもはやない。
MPがこのままずっと0で固定というまさかの事実に、ソウタは脱臼するんじゃないかというレベルで肩を落とした。
(いやいやおかしいだろ。何でこんなことになった? もしかしてバグか? 神様のくせにこんな致命的なバグがあるゲーム作りやがってどういうつもりだ?)
不満たらたらのソウタは何とかしてフィフティにクレームを入れようと、メニューウィンドウからGMコールがないか探す。
神様にGMコールとかシュールすぎるだろと考えつつメニューをスクロールしていったが、そんなものは存在していないようだった。
どうやらフィフティは神様というだけあって、遥か高みからプレイヤーたちを観察するのみであり、一切の干渉をしない心積もりのようだ。
「ヤバいよヤバいよ……」
打つ手がなくなり、どこかのリアクション芸人のようなセリフを吐くソウタ。こんなステータスでゲームを進めていけるわけがない。せっかくこれほどのゲームをプレイできる機会を得たのにあんまりだ。
もうこのステータスでゲームを進めていくしかないのだろうか。
そう諦めかけた時だった。
「いや、ちょっと待てよ?」
ソウタは不意にナビ子の言っていたある言葉を思い出した。
『ステータス画面のスキル欄を確認してギフトタイプのユニークスキルを持っていたら、内心ガッツポーズでもしてください』という言葉をだ。
「そ、そうか! ユニークスキルだ! このステータスは何かとんでもないギフトタイプのユニークスキルを持っている代償に違いない! さっきステータスを見た時、スキル欄は確認しなかったからな。早速確認だ!」
ソウタはステータス画面を再度開き、ステータス欄を下にスクロールしていく。
するとスキル欄が見えてきた。
【スキル】
なし
「まあスキルはなしでも問題ない。まだゲームを始めたばっかだし」
さらに下にスクロールする。ユニークスキルの欄が見えてくる。
【ユニークスキル】
なし
『なし』。
何度見ても『なし』。
ゴシゴシと目玉が削れてなくなるんじゃないかというくらいよーく目を擦って、もう一度見るも『なし』。
「お、終わった……」
たった二文字のその言葉に、ソウタは言い表せないショックを受けた。
最後の希望を打ち砕かれ、その場に崩れ落ちる。
いくら何でも状況が最悪過ぎた。
魔法使いという職業は魔法が使えるというアドバンテージがある代わりに、STRやDEFなどのステータスは他の職業に比べ低い値となっているものだ。
だが、ソウタはMPが0で今後上がる見込みもないため、そのアドバンテージである魔法
を使うことが出来ないわけであり、頼みの綱のユニークスキルもなしだ。
つまりこれは、ソウタは二万人のプレイヤーの中で最弱のプレイヤーになってしまったことを意味していた。
「どうすりゃいいんだああああああ!!」
ソウタの心からの叫びが広場に虚しく響き渡るのだった。




