第40話 VSブルータルオーク・レックス2
「くそったれ……ッ!!」
怒りに満ちた声がソウタの口から漏れた。
ラスターの身勝手な行動が招いた結果は、最悪を超えていた。
パーティの陣形は完全に崩壊。
パニックになり逃げまどうパーティメンバーたちが、また一人また一人とボスに屠られていく。
さらに回復役はもう残りフィーネただ一人だ。
ここまで回復役が減っては、たとえこのまま戦っても前衛陣の回復が間に合わない。
「なんてことなの……」
ソウタの横でリーナが震える声でそう呟いた。
ソウタはもはや言葉すら出て来なかった。
そこに焦燥しきったライルが走って来る。
「ソウタ、やべえぞこれは!! シャレになってねえ!!」
「分かってる!!」
ソウタの口から想定していたより数段大きいボリュームの声が飛び出した。
ソウタはそこで初めて自分が想像以上に焦っていることを自覚する。
「ちっくしょう……!! こんな事になるんならラスターの交渉を何が何でも断るべきだった! くそっ!!」
ライルがそう吐き捨てた。
ソウタもそれには全面的に同意だ。だが、いまさらそんな事を言っても無意味だ。
とにかく現状を打破しなければパーティは五分と経たずに全滅する。
なんとか打開策を考えようと、ソウタはリーダーのニックに声をかける。
「ニックさん! 早く陣形を立て直さないとまずい! 全滅します!!」
「で、でも、一体どうすれば……!!」
ニックは完全にパニック状態といった様子で、ただオロオロするばかりだ。
「とりあえずボスの注意を一時的に反らせれば、その隙に作戦を立て直せそうですけど……」
「注意を反らす……。具体的にどうすれば……」
「それは――――」
そこでソウタは一瞬言葉を止めた。
現在、ほとんどのプレイヤーたちはボス部屋内にバラバラに分散して逃げまどっている。
そのプレイヤーたち各々の動きがボスを引き寄せ、その結果ブルータルオーク・レックスがあちらこちらに走り回り暴れまわっているのだ。
この大混乱の状況下で注意を反らすとすれば、方法は一つしかない。
その方法は――――、
「俺が囮になってボスを引きつけます。その間にこの後の作戦を考えてください」
「……………………!!」
ニックの顔が一気に強張った。リーナも凍り付いたような表情となっている。
きっと二人の脳裏にはジェラルドの姿が浮かんでいるに違いないとソウタは即座に察した。
そして、驚いてるのはニックとリーナだけではない。
ライルやフィーネも目を見開き、動揺を隠せないでいる。
囮。
この場におけるそれは、たった一度のミスも許されない危険な役だ。そんなものになればいくらソウタでも生きていられる保証はない。
だが、ソウタはそれでも囮役を買って出ることに躊躇いはなかった。
誰だって自分が可愛い。ジェラルドのようなプレイヤーが例外なだけで、メインボス相手に囮をやりたい人間などまずいない。
今は一刻を争う事態であり、誰が囮をやるか話し合ってる暇はない。
だったら一番高レベルの自分が担当するのが最善であると、ソウタはそう判断したのだ。
――――それにニックは言っていた。
ジェラルドや他の脱落したプレイヤーたちの想いを無駄にしたくないと。それはソウタも同じだ。
だからこそソウタは、自分がどうなろうともこの戦線に勝利を掴ませたい。
もうそれしか考えていなかった。
ソウタは覚悟を決め、ボスの方へと向かおうとする。
その時だった。
「ソウタさん、待って下さい。その囮役、私が引き受けます」
「なっ!?」
そう発言したのはフィーネだった。
ソウタは驚き、一瞬思考が停止する。
「作戦会議をするなら、ソウタさんみたいなVRMMOの事をよく理解している人が必要なはずです。だから今は囮役よりそっちをやるべきです。その点私はこういうゲームの事は全然分からないですし、この場にいたって何も出来ません。だから私が囮になって時間を稼ぎます」
真剣な目つきでフィーネが言い切ったその意見は正論そのものだった。そのおかげでソウタには反論すべき点が全く見つけられない。
だが、ソウタの中の感情がその口を開かせる。
「だ、駄目だフィーネ! これは危険な役回りなんだ! 死ぬかもしれないんだ! それを任せるなんて出来ない!!」
ソウタが必死で止めに入るが、フィーネの決心は揺るがない。
「大丈夫ですよ、ソウタさん。私、一回だけなら死ねますから。そういう意味でも、きっと私が適任です」
そこでフィーネは儚げに笑った。
その笑顔に込められた決意がどれ程のものなのかソウタには想像もつかない。
だが、彼女がどれだけ本気なのか。それだけは確かに伝わった。
それはソウタだけでなく、ニックやライル、そして誰よりもリーナに伝わったらしく。
「……私も行くわ。フィーネを一人にはさせない。私たち二人でボスを引きつける」
「えっ……。り、リーナさん……。でも……」
その先の言葉をリーナは言わせない。
「大丈夫。フィーネが名乗り出なかったら、私がソウタ君の代わりに囮を引き受けるって言おうとしてたしね。私もこういうゲームには疎いから、いい案は出せないだろうし。それに一人より二人の方がボスを引きつけやすいってもんだわ。だから、ね?」
「……はい、分かりました」
リーナの意思を汲んだフィーネが小さく頷いた。
ここでうだうだ悩んでいてもしょうがないと、ソウタも覚悟を決める。
「……分かった。こっちも出来るだけ早く話を済ませる。だからリーナ、フィーネ、何とか持ちこたえてくれ!」
「うん。こっちも出来るだけ長い時間引きつけてみるわ」
「ああ、頼んだ。というか何なら倒しちゃってくれると助かる」
「もうっ、無茶言わないでよ」
軽く笑いながらリーナはソウタの肩を軽く叩いた。
突っ込むだけの余裕はあるらしく、ソウタは少し安心した。
「はは、悪い悪い。じゃ、任せたぞ二人とも」
「うん」
「はいっ」
二人は頷くと一直線にボスの方へと走って行った。




