第37話 決戦当日
それからの一週間、ソウタはリーナ、ライル、フィーネと一緒に出来る限りのレベル上げやスキルの強化などを行って過ごした。
朝から夕方まで休憩を挟みつつ狩りやクエストに挑み、一緒に夕食を食べて解散。そんなルーティーンを毎日続けた。
そして、そんなこんなであっという間にボス攻略本番の一月二十四日がやって来た。
現在のソウタのレベルは34。ボス攻略パーティの中で二番目にレベルの高いリーナでもレベル18なので、その突出度ははっきり言って異常である。
「ふあああ……」
そんな化け物じみた(というかもはや化け物)レベルのソウタは、集合場所に着くと一際大きなあくびをした。
先に到着していたライルがその様子を見て声をかける。
「何だソウタ。随分眠そうだなー」
「ん、ライルか。まあここ最近毎日深夜まで狩りしてたからな。昨日はさすがに早く寝ようと思ったんだけど、つい、な……」
「おいおい。深夜までってことは、俺たちとの狩りが終わってからもやってたってことかよ。いくらメインボス討伐に向けてとはいえ、無茶は禁物だぜ?」
「はは……、まあ今日の討伐に支障はないから大丈夫だよ」
「ならいいけどよ」
そんな会話を繰り広げていると、後ろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「おはようソウタ君。それにライルさんもおはようございます」
「おはようございますー」
「おお、リーナにフィーネ。おはよう。一緒に来たのか」
「うん。一緒に朝ご飯に行ったのよ。ね、フィーネ」
「はいっ。色々おしゃべりが弾んじゃいましたっ。えへへ」
リーナとフィーネは女の子同士というのもあるのか、この一週間で驚くほど仲良くなっていた。こんなにも心の距離を短期間で縮められるのかと、ソウタは素直に感心した。
そして、かなりお互いの物理的な距離感も近くなっており、その百合百合しい感じをソウタが微笑ましく見ていたところ、横から男の声が入り込んだ。
「やあ、ソウタくんじゃないか。おはよう」
声のした方を見やれば、そこにはミツルが立っていた。
「げっ、残念剣士!!」
「残念剣士!? そ、それはもしかして僕のことかい?」
「お前以外にいないだろっ。つーかお前も参加するのか」
「そうとも。僕の類まれなるゲームセンスを披露する時が来たようで嬉しいよ」
髪を掻き上げながらドヤ顔となるミツル。それを見たソウタは「ハハハ……」と渇いた笑いが口から漏れる。
(類まれねえ……。まあ確かにある意味類まれではあるか……)
「あれ、君がいるということはもしかしてリーナさんも……。――――ッ!!」
言いかけてリーナを視界にとらえたミツルは、瞬間移動でもしたかのように一瞬で彼女の正面へ移動した。そのスピードが戦闘でも出せればいいのにとソウタは思った。
「リーナさん! おはようございます!!」
「え、お、おはよう」
突然のミツルの登場にリーナは目をぱちぱちとさせる。
そんな様子などお構いなしにミツルは自身の胸に手を当て、
「今日は僕がこの戦線を勝利へと導いてみせますから、見ててくださいね!!」
「え、ええ……」
困り顔のリーナを眺めつつ、一体どこからそんな自信が出てくるのかとソウタはやれやれと軽く笑った。
ミツルのその純粋で真っすぐな性格はもはや天晴と言わざるを得ない。
色々面倒で残念なプレイヤーではあるが、どこか嫌いになれない奴だなとソウタは思った。
そこへリーナと話せて満足気味のミツルが再びやって来る。
「ソウタ君、パーティリーダーのニックさんがどこにいるか知らないかい? 挨拶しておきたいんだが」
「ん、ああ。あそこにいるよ」
すぐ近くにいたニックをソウタが指さすと、ミツルはスタスタとそこへ歩いていきしっかりと挨拶した。
なかなか礼儀正しいなとソウタが見ていると、挨拶を終えたミツルはいきなり「ぜひ僕を攻撃の中心にしてください」と言い出し、いつしかリーナにそうしたように素振りで剣の腕をアピールしだした。
修行したのかその時よりは上達していたが、まだ人並み程度の腕前といった印象をソウタは受けた。
ニックもすぐにミツルの剣の腕がそうでもないことを見抜いたようだったが、人のいい彼はお世辞で「良い振りですねー」などと言ってしまい、それを真に受けたミツルが気分を良くしてさらに激しくアピールし出す。
ニックがこりゃ参ったと顔を引きつらせ出したので、助けるべくソウタはニックとミツルの間に割って入った。
「よし、ミツル。ニックさんが困ってるから、そろそろあっちに行ってろ」
「え。し、しかしソウタ君。まだアピールが……」
「そういやなんかリーナがまたお前と話したがっていたぞ」
「ええっ!? それは本当かい!? これは一大事だ! すぐにはせ参じなければ!」
そう言ってミツルはリーナの元へと走って行った。
背中に「私で厄介払いするなんて後で覚えときなさいよ」というリーナの殺気立った視線を感じたソウタだが、気付かないふりをしてニックに声をかけた。
「おはようございますニックさん」
「どうも、ソウタさん。おはようございます」
「もう二十人以上集まってるみたいですけど、これで全員集まったんですか?」
「いえ、まだです。あと回復役の魔法使いプレイヤー四人が来るはずなんですけど……。あ、そう言えば槍使いの女の子も参加予定だったのですが、その子からは今朝キャンセルさせてくださいとメッセージが来てました。何か重大な問題が発生したらしく、凄く申し訳なさそうな文面でした」
「そうですか……」
攻撃役が一人減ったのはちょっと痛い。だが、一人くらいなら大丈夫だろうとソウタは気持ちを切り替える。
今重要なのはむしろ回復役の四人の方だ。
「その四人からは何かメッセージは来ないんですか?」
「それが全然来なくて……。あっ! 来ました!」
「おお、それは良かったです」
ニックはすぐにメッセージを開いて内容を確認し始めたのだが、
「そ、そんな……」
その口から掠れた声が漏れた。顔は完全に青ざめており、生気を失ってしまっている。
「ど、どうしたんです……?」
「それが……、急遽四人とも参加できなくなったみたいで……」
「ええっ!? 四人全員ですか!?」
「はい……」
「どうしていきなり……。理由は書いてないんですか!?」
「はい。今日は行けなくなりましたとしか書いてなくて……。ど、どうしましょう!」
狼狽えるニック。何事かと近くにやって来たリーナや他の参加者たちも事情を察し動揺が広がる。
(確か回復役は全部で五人の予定だったはず……。これはまずいぞ……)
つまりその四人が不参加ということになれば、残る回復役はフィーネただ一人ということになる。
それではとてもじゃないがボスに挑むことはできず、今日のボス攻略は中止せざるを得ない。
(でも、どうして急にこんな一気に……? そんなことがあり得るのか……?)
ソウタが訝しげな表情となって思考を巡らせていると、
「おうおう、何の騒ぎだこりゃ? お、ボス攻略パーティの集まりじゃねえか」
聞き覚えのあるガラの悪い声。それに反応し、ソウタは後ろを振り返った。
そこにはブラック・ファントムのリーダー、ラスターがいた。今日は後ろに魔法使いの仲間四人を連れているのみで、いつしかのように大所帯ではないようだ。
「ラスターてめえ、何しに来やがった」
そう言い放ったのはライルだ。攻略パーティとラスターをなるべく関わらせたくないといった様子が見て取れる。
「別に何かしに来たわけじゃねえさ。俺はただ仲間と街をふらついてたら、何やら騒がしい人だかりが目に入ったから様子を見に来ただけだ。何かあったのか?」
「べ、別に何でもねえよ。お前には関係ねえ」
「何でもない雰囲気ではなさそうだがなあ……。おい、そこのあんた。本当は何かあったんだろ? いいから教えろ」
ラスターはニックを指さし、命令口調でそう言った。
ニックはラスターの迫力に気圧され話し出す。
「あ、その、じ、実はですね……」
ニックが事情を話し終えると、ラスターはニヤリと笑った。
「そういう事なら俺たちが役に立てるぜ」
「役に立てる? どういうことです?」
「実は今ここにいる俺の部下の魔法使い四人は、我がギルドの回復の中核を担っているプレイヤーたちでねえ。回復魔法のスキルの熟練度はかなりのものなんだ。だから、俺とこの四人がパーティに加わってやってもいいと思ってねえ」
「ほ、本当ですか!?」
ラスターの発言にニックの顔に生気が戻った。
「ああ。ただし、一つ条件がある」
「じ、条件? 何です?」
「ボスのラストアタックを俺に決めさせろ。それが条件だ」
「なっ!? 身勝手が過ぎるぞラスター!!」
「そうよ! そんなこと許されないわ!!」
それを聞いたライル、リーナが同時に声を荒げた。声こそ上げなかったが、ソウタも同意見だった。
FLO大全によると、メインボスのラストアタックボーナスはメインボス専用のアイテムドロップと全ステータス上昇ボーナス(初期値が0のステータスは対象外)の二つらしい。
どちらもプレイヤーとしては喉から手が出るほど欲しいボーナスである。それを優先して取らせるなど許される訳がない。
「そう怒るなって。いいじゃねえかよぉ。ラストアタックボーナスくれるだけで、回復役を四人貸すって言ってんだぜ? こんないい話ないだろ?」
「そりゃそうだがよ……。……待て? なんかタイミングが良すぎねえか? いきなり参加予定だった回復役の四人がドタキャンして、そこにお前が回復が得意な仲間四人を連れてやってくるなんて。てめえ……、さてはこうなるように仕組んだな?」
ライルの推測は間違いなく当たりだ。いくらなんでも話が上手く運び過ぎている。
おそらく参加予定の四人を脅すか何かして辞退させたのだろう。目の前にいるこの男はそのくらいきっと平気でやる。
ラストアタックボーナスは魅力的だが、いくら何でもやっていいことと悪いことがあると、ソウタは内心激しく憤った。
「へっへっへ……、人聞きが悪いねえ……。俺がそんなことするような人間に見えるか? 偶然に決まってるだろう? それとも何だ、別にこのままこの場を去ってもいいんだぜ? 回復役不足でボス攻略を中止にすればいいさ」
ニタニタ笑いながら脅しじみたことを言ってきたラスターに、ライルは観念したといった顔となり、
「ちっ! 分かったよ。俺はリーダーでも何でもないし、決定権はリーダのニックさんにある。ニックさん、どうします?」
ライルに振られたニックは少しおどおどしながら、
「ま、まあ力を貸してくれるというならありがたいですし、ぜひ入ってもらいましょう。攻略が遅れるのは望ましくないですしね。ラストアタックの件は皆さん納得いかないかもしれませんが、ここは堪えてください」
「おーし、決まりみてえだな。くれぐれも条件を忘れないでくれよ? ギャハハハハ!!」
ラスターは下品な笑いを辺りにまき散らしながら、仲間の元へと歩いて行った。
その後ろ姿を睨みながら、ソウタはライルに声をかけた。
「おい、ライル。あいつを入れて大丈夫かなこのパーティ。俺、正直ちょっと不安だぞ」
「同感だな……。けどまあラスターの奴は実力は確かだし、しっかり戦ってくれるならいい戦力になるはずだ。そこまでのマイナス要素ではないと思う。つーかそう思うしかねえ」
「……そうだな」
「では、みなさん。人員も揃いましたので、そろそろ出発したいと思います!! 必ずボスを倒し、次なる島への道を開きましょう!!」
「オー!!」という掛け声とともに、何やら一波乱ありそうなボス攻略パーティはメインダンジョンへと進行を開始した。