第35話 惨敗
その後、街へと戻ったソウタたちをライルが入り口で出迎えてくれた。
ライルは良くぞ無事に二人で帰って来てくれたと、感極まってしばらく男泣きしていた。
なんとかライルが泣き止んだところで三人が料理店に行くと、ライルは「今日は俺の奢りだ! 何でも好きなもの食え!」と気前のいいことを言ってくれたので、ソウタとフィーネは遠慮せずに結構なお値段の料理を堪能させてもらった。
会計を払う際、ライルのメニューを操作する手が震えていたのは気のせいだったと信じたい。
その後、明日は三人でクエストにでも挑戦しようと約束し、ソウタは宿へと戻った。
ひとまずベッドに横になったソウタだが、時刻は現在午後九時を回ったところだ。
さすがにまだ寝るのは早いなと、最近日課になりつつあるFLO通信の閲覧タイムに入ろうと、メニューを操作する。
(そう言えば、メインダンジョンとかメインボスの攻略ってどうなってるんだろ?)
ソウタはふとそんなことを考える。
一応、三日前の攻略初日時点でメインダンジョンを半分以上進めたという朗報が入り、始まりの街が大いに沸いたのをソウタは覚えている。
だが、その後のことはソウタ自身があまり攻略関連の情報を収集していなかったこともあり、追えていない。
今日はまずメインクエスト攻略の続報を探すことから始めようと、脳内で予定を立てたソウタだったが、
(……ん? なんか今日はやたら重いな)
いつもならすぐに開くFLO通信がなかなか開かない。まるでフリーズしたかのように画面が遷移しないのだ。
こういう時はただひたすらに待つのみと、修行僧のごとき精神でソウタはじっと待つ。
数分後、無事にページが開きトップニュースの記事が表示されると、今度はソウタがフリーズした。
「なっ……!?」
そこには、数時間前にボス攻略パーティがファース島のメインボスに惨敗したというニュースが載っていた。
(ざ、惨敗……だと!? 嘘だろ……)
ボス攻略はそう簡単ではないとは思っていたものの、惨敗という事実には素直に愕然とした。
ただでさえ今日は色々あって疲労困憊しているソウタの頭は、その事実を中々受け止めきれない。
そしてその刹那、ソウタの頭に一人の人物の顔が思い浮かんだ。
「リーナ……!!」
ソウタは一瞬で顔面蒼白となった。
恐らくリーナはアタッカーとして前衛で戦うことになったはずだ。そこは間違いなく一番危険な立ち位置だ。
ボスに惨敗したというのなら一番犠牲者が出たのはアタッカーであり、リーナにもしもの事があったとしても何ら不思議ではない。
リーナの無事を確かめるべく、ソウタは震える指でメニューウィンドウを操作し情報を探す。
(リーナ頼む……! 無事でいてくれ……ッ!!)
しかし、さすがのFLO通信も情報が錯綜しており、いくらさがしてもどこにも生存者の情報が載っていない。
閲覧場所を変えようと、ソウタはFLO掲示板に移動してみるが、そちらもボスに惨敗したという情報ばかりでまともな情報がない。
(くそっ! どうしてこんなに情報が少ないんだ!?)
もしや惨敗というのは全員が死亡したということなのでは、という最も考えたくない事態すらソウタの頭をよぎり始めた。
攻略パーティが全滅したために情報が全くないと考えれば、この情報の少なさにも納得がいく気がする。
だが、ソウタはすぐにブンブンと首を振ってその考えを否定する。
(いや、全滅はきっとしてない。それなら惨敗でなく、全滅したというニュースになるはずだ。そもそも惨敗という情報が入っている時点で、誰か生き残ったプレイヤーがいるはずなんだ……)
希望を捨てずに情報収集を続けようとしたところに、突如メッセージの通知音が鳴った。
何事かとメッセージを確認すると、差出人の名前がリーナと書かれていた。
ソウタの全身からスッと一気に力が抜けた。
そして、同時に彼の口元に笑みがこぼれる。
このメールが届いたという事実が示すこと。それは。
―――――リーナは生きている。
「良かった……」
震えのおさまった指先でメニューを操作し、ソウタはメッセージを開いた。
メッセージには『ソウタ君、ちょっと話したいことがあるから、今から会えないかな?』と書かれていた。
悩むまでもなく、ソウタの答えは当然イエスだ。
話というのも何なのか気になるが、ソウタは純粋にリーナというプレイヤーに会いたかった。
なぜなのかは分からない。
ただ、無償にリーナの顔が見たかった。
ソウタは秒で『すぐ行く。場所はどこ?』と返信した。
リーナからの返信は即座に返ってきた。
『ありがとう。前に一緒に行ったカレー屋で待ってるわ』
ソウタは『オーケー。今から向かう』と返信し、すぐさま店へと向かった。
ソウタがカレー屋に入ると、リーナが奥のテーブルで待っていた。
リーナはすぐにソウタに気付くと、軽く微笑みを向ける。相変わらずの美少女っぷりにソウタは舌を巻いた。
「やあリーナ、久しぶり」
「うん、久しぶり。まあ久しぶりって言ってもそこまで間は空いてないけどね」
「あー、まあそれもそうか」
ソウタはそう言いながら席に着いた。
「いやー、しかしまた会えて嬉しいよ。さっき丁度攻略パーティがボスに惨敗したってニュースを見ててさ。マジで焦ったわー」
ソウタが頭を掻きながらそう言い放つと、リーナは嬉しそうに口を開いた。
「何? もしかしてソウタ君、私の事心配してくれたんだ?」
「えっ。い、いや、別に心配とかそういう訳じゃないけど……」
そういう訳はあった。ソウタはリーナの事が死ぬほど心配だった。
だが、本人の前でそれを認めるのは何となくこっ恥ずかしく感じ、ソウタは否定という選択肢を取ってしまう。
「えー、一度はパーティ組んだ仲なのに心配してくれなかったんだ。ソウタ君ひどーい」
リーナは膨れっ面になり、プイッとそっぽを向いてしまった。
それを見たソウタは前言撤回する。
「だああ、もうっ。はいはい、心配しましたよ。めちゃくちゃしましたとも。リーナが生きててくれて嬉しいですよ、こん畜生」
やけくそ気味にそう言い放ったソウタを見やり、リーナはクスクスと笑った。
「ふふっ、君って本当に反応が面白いね。でも、心配してくれてありがとね」
「お、おう。……で? 話したいことって何なんだ?」
「あ、それなんだけど、実は今ソウタ君以外にもう一人待ってる人がいるのよ。そろそろ来ると思うから、その人が来てから話すわ」
「ほう、他にも人が来るのか」
「うん。その人も攻略パーティに参加してて、私と同じくなんとか生き残った人なの。……あ、来たみたい。ニックさーん、こっちです」
リーナが立ち上がり、入口の方へ向けて手を振った。
それにつられて立ち上がったソウタが入り口の方を見やると、そこには物腰の低そうな青年の剣士が立っていた。
ニックと呼ばれたその男は、やせ形で長身、そして見るからに優しそうな顔立ちをしており、いい人オーラを辺りにまき散らしていた。
ニックはスタスタとソウタたちのテーブルの方へと歩みより、
「リーナさんすみません。遅れてしまって」
「い、いえ。大丈夫ですよ。ソウタ君も今来たとこですし」
リーナに名前を出されたソウタは軽い会釈をした。
「おお、あなたがソウタさんですか。リーナさんから少し話は伺っています。かなりの実力者だそうですね」
「え、いや、そうでもないですよ。ハハハ……」
「またまたご謙遜を。あ、自己紹介がまだでしたね。私は第二回攻略パーティのリーダーを務めさせていただきますニックと言います。どうぞよろしくお願いします」
「あ、どうも。改めましてソウタです。こちらこそよろしくお願いします……って、第二回攻略パーティ!?」
突如ニックの口から放たれたその単語に、数秒遅れてソウタは大きな声を上げた。周りの客がビクッとなり怪訝な顔でソウタたちを見る。
「ソウタ君驚きすぎ」
「ご、ごめん。まさかもう次の攻略の予定が立ってるなんて思わなかったからさ」
「まあそうよね。ニックさんの人望が凄かったからこそ出来たことだしね」
「恐縮です」
ニックが遠慮がちにそう言った。
ボスに惨敗したその日のうちに新たな攻略パーティを結成するなど並大抵のことではない。
まだ会ったばかりだが、ニックというプレイヤーに何か底知れないものを感じ、ソウタは感服した。
「ちなみに次の攻略はいつなんですか?」
「一週間後を予定してます」
「一週間後ですか。少し間を開ける感じなんですね」
「はい。その間にいくらかレベルを上げてから再度挑みたいと考えてます。あ、それでですね。実はそのことでソウタさんをお呼びしたのです。とりあえず詳しい話をしたいと思いますので、一旦座りましょう」
ニックに促され三人で席につくと、ニックは真剣な顔つきで話し始める。
「単刀直入に言います。もうお察しかもしれませんが、ソウタさん。ぜひあなたにも攻略パーティへ加わって欲しいのです」
「あー、なるほど。そういう話ですか」
クールな感じでそう答えたソウタだが、内心飛び跳ねるほど喜んでいた。一度は諦めたメインクエストに参加できるチャンスが舞い込んできたのだ。嬉しくないわけがない。
一週間後ならペナルティも消えているので問題なく参加は可能だ。
ソウタがぜひ参加させてくださいと言いだそうとしたところ、ニックが先に口を開いた。
「ただ、返事を聞く前に一つ話しをさせてください」
「話……ですか?」
ソウタが聞き返すと、ニックは一段と真剣な顔つきになった。
「はい。この話を聞いた上で参加の可否を決めてください。ファース島のメインボス『ブルータルオーク・レックス』の話を」




