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第34話 ヒーロー

「ハアッ……ハアッ……!!」


 フィーネは息も絶え絶えに夜の森を走っていた。

 ちらりと後ろを振り返れば、そこにいるのはおびただしい数のアックスゴブリンの群れだ。

 ソウタのことを迎えに行ったがもういなかったため、すれ違ったのだと考えてすぐに街へと戻ろうとしたところまでは良かった。

 しかし、その道中でアックスゴブリンの群れと遭遇してしまったのは完全に想定外だった。


 明らかに強そうなモンスターだったが、この森のモンスターは弱いモンスターばかりだからなんとかなるだろうと、最初は戦って倒そうとした。

 だが、アックスゴブリンからのたった一度の攻撃でHPが一気にレッドゾーンにまで減少したことで、今の自分ではとても敵わないことを悟り、逃げに転じたのだ。


 もうどれくらい走っただろうか。実際はそこまで長い距離は走っていないはずだが、何十キロも走ったような気分だった。

 そして、一体ここは森のどの辺なのだろうか。


 相当奥まで進んでしまっているのは間違いない。

 なんとか入り口を目指したいが、日が暮れて真っ暗な森の中をパニックになりながら走り続けたフィーネは、もはやどちらが森の出口かさえも分からない。

 さらには、ずっと走り続けているせいで足の疲労が限界を突破しており、たとえ入り口の方角が分かったとしてもそこまで走れる自信もない。


「きゃあっ!!」


 その疲労が原因なのか足がもつれ、フィーネは派手に転んでしまった。慌てて起き上がろうとするも腕に上手く力が入らない。

 ふと後ろを見ると、もう目の前にアックスゴブリンたちの群れが迫っていた。三十体近くいるアックスゴブリンたちはあっという間にフィーネのことを取り囲む。


 そして、一番近くにいたアックスゴブリンが斧を大きく振り上げた。

 フィーネは走り疲れて反撃するだけの体力はもはや残っていない。

 そんな無抵抗のフィーネにアックスゴブリンは無慈悲に斧を振り下ろす。この攻撃をくらえば自分は間違いなく死ぬ。あまりの恐怖にフィーネは目を瞑った。


「――――――けて……」


 そして最後の力を振り絞り、フィーネは一人のプレイヤーの名前を叫んだ。


「助けてよ、ソウタさあああああん!!」



 届くはずなどなかった。この広い森の奥底でいくら叫んだところで、誰にも聞こえはしないとフィーネ自身が一番分かっていた。

 ただ、それでもフィーネは叫ばずにはいられなかった。

 あのソウタという規格外の少年なら、こんなところにでも颯爽と駆け付けて、助けてくれる気がしたから。


「グギャアアアアアア!!」


 突如、斧を振り上げていたアックスゴブリンが断末魔の叫びを上げた。


「…………え?」


 その声に驚いてフィーネは思わず目を開けた。

 その目に飛び込んできたのは、飛散したアックスゴブリンのポリゴンと一人のプレイヤーの後ろ姿だ。

 辺りの暗さでその姿がまだよく見えないが、どうやらこのプレイヤーがアックスゴブリンを仕留めたようだった。それも一撃でだ。

 アックスゴブリンのHPはMAXだったはずだ。それを一撃で倒してしまうなんてまずあり得ない。絶対不可能だ。


 だがその瞬間、一人そんな離れ業をやってのけそうなプレイヤーが思い浮かんだ。

 それは、たった今自分が叫んで助けを求めたプレイヤー。

 フィーネが今、一番会いたかったプレイヤー。

 そこに立っていたのは―――――



「おう、フィーネ。無事だったか?」


「ソウタさんっ!!」


 フィーネは歓喜の声を上げた。


「ギリギリだったけど、今度は間に合って本当に良かった……。とりあえず今全員片付けるから。ちょっと待っててくれ」


「はいっ!!」



 そこからは無慈悲なまでの一方的な虐殺だった。

 昼間のこともあったので、万に一つもフィーネにモンスターの攻撃が当たることのないよう、ソウタは全神経を目の前の敵に注ぎ、戦いを進めていく。

 その結果、一撃も攻撃を浴びることなく、ソウタはアックスゴブリンを狩り尽くしたのだった。


「よーし、これで討伐完了ー。……うおっと」


 ソウタが額の汗を拭っていたところ、フィーネがいきなりソウタに抱き着いてきた。フィーネはソウタの胸のあたりに顔をうずめる形となる。

 あまりの密着度にソウタは動揺したが、そこでフィーネの体が小さく震えていることに気付く。


「うう……。私、怖かったです……。ぐすっ……」


 フィーネの瞳から光の粒がぽろぽろと零れた。

 その姿を見て、ソウタは謝罪の言葉を述べる。


「……悪かったな、行き違いになっちゃったみたいで。俺が狩りを続けずに一緒に帰っていればこんなことにはならなかった。また危険に晒しちゃって本当にごめん……」


「い、いえ、ソウタさんのせいじゃないです。私が余計な気を回してここに来たのが悪いんです。気にしないでください」


 フィーネはそこでソウタに微笑みかけた。


「あと……、助けてくれて本当にありがとうございました。さっきのソウタさん、ヒーローみたいで凄くかっこよかったです」


「ひ、ヒーロー? そ、そりゃまあ、どういたしまして」


 まさかのヒーロー扱いにソウタは少し困惑した。だが、もっと困惑している状況をそろそろ打破すべく、ソウタは言葉を続ける。


「えーっと……。フィーネ、そろそろ離れてもらっていいかな? さすがにずっとこの体勢はちょっと……」


「…………へ? ――――ッ!! す、すみません!!」


 フィーネは自分がソウタに思い切り抱きついていることにようやく気付き、顔を真っ赤にして距離を取った。

 そして、視線を下に落として黙り込んでしまった。

 どう声をかけるべきか悩んだソウタは、ひとまず帰路につくことを提案する。


「あー……。ま、まあとにかく早いとこ街へ帰ろう。またモンスターが出ても困るし、ライルを待たせちゃってるからな」


「そ、そうですね。そうしましょう」


 フィーネが同意してくれたので、歩き出そうとしたソウタだったが、そこでフィーネが不思議そうな顔でソウタに一つ質問を投げかけた。


「それにしてもソウタさん、よく私のこと見つけられましたね。かなり森の奥の方まで来ちゃってたのに……。どうして私の居場所がこんな正確に分かったんですか?」


「……え? せ、正確にって……?」


「だって……、私の叫び声を聞いてから、ソウタさんが現れるのにほとんど間がなかったですよね? それって私の声を聞く前からかなり近くにいなきゃ無理じゃないですか。どうしてこの広い森で、私の近くまでやって来られたのかなーってちょっと思っちゃって……」


「あー……」

 

 もっともな疑問だった。変なところで鋭い子だなとソウタは困り果てる。


「ソウタさん、どうしてですか?」


 黙り込むソウタにグイと顔を近づけて聞いてくるフィーネ。答えてもらうまでは絶対に逃がしませんといった様子である。


 だが、正直にフィーネの枕の残り香を嗅いで、その匂いを辿ってきたなどとは口が裂けても言う訳にはいかない。そんなことを言ったが最後、ソウタの好感度は地の底まで落ち、二度と口をきいてもらえないだろう。

 しかしながら、いつまでも何も言わずに黙っているのはおかしいので、ソウタはただ一言こう言うのだった。


「男の勘だ」

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