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第33話 一大事

 三十分遅れで集合場所の噴水へ着くと、そこでライルが待っていた。


「悪い! 遅れた」


「遅いぞソウター、もう少し遅かったら今日はお前の奢りにするところだぜ……って、あれ? フィーネと一緒じゃないのか?」


「え? フィーネ? 一緒じゃないよ? 先に帰ってもらったからな」


「ぐあー、行き違いになったかー。実はお前が時間になっても来ないから、フィーネが場所を知ってるからって迎えに行ったんだ」


「マジかよ。じゃあフィーネは今も森で俺を探してるのか?」


「そうかもしれん。でもまあお前がいないと気付いてすぐに戻って来るんじゃね?」


「どうだろうな。フィーネのことだからずっと探し回ってるかも。ちょっと確認してみる」


 ソウタはフレンドリストを開いてフィーネの居場所を確認する。

 ダンジョンにいるプレイヤーにはメッセージを送ったりできないし、ダンジョン内のどの位置にプレイヤーがいるかまでは分からないが、単純な現在地だけは分かるのだ。


「……やっぱりか。現在地がミックの森になってる。もしかしたら俺を探してるというよりは、森で迷ってる可能性もあるな」


 ミックの森は迷ってしまうほど複雑な地形ではない。

 だが、フィーネのようなVRMMO初心者は、森系ダンジョンのような似た風景が続くダンジョンでは迷ってしまいがちなのだ。ましてや夜になればさらに迷う率も上がる。

 こりゃ迎えに行くしかないなとソウタが思っていると、


「……ん? ソウタ。今ミックの森って言ったか?」


「ああ、言ったけど」


「マジかよ……。森に迎えに行くって言ってたのは、ミックの森のことだったのか……! なんてこった……!!」


「ど、どうしたんだよ急に慌てて。別に低難度のダンジョンだし、そんなに焦らなくても……」


「違うんだよ! あの森は昼はザコしか出ない緩いダンジョンだが、夜になったらアックスゴブリンっていう強力なモンスターが出現するんだ!! フィーネ一人じゃすぐにやられちまう!!」


「何だって!!」


 素晴らしくゾクリとした。

 フィーネは今日すでに一回死んでいる。つまりもう次はないのだ。

 これは本当にシャレにならない事態だと、ソウタの本能が警鐘を鳴らす。


「くそっ、早く探しに行かねえと!!」


「待て! あの森は割と広い。仮にフィーネが迷って森をあちこちさまよってるとしたら、闇雲じゃあとても見つけられねえぞ!!」


「だけど探し回るしかねえだろ! 一大事なんだぞ!!」


「分かってる!! 一大事だからこそ冷静に効率よく探せる方法を考えねえと!!」


「…………ッ!! ……そうだな。お前の言う通りだ……」


 ライルの正論に少し冷静になるソウタ。フィーネを救うべく、可能な限り思考を巡らせる。

 しかし――――、


「駄目だ、全然思いつかない! ライル、なんかいい方法思いつかないか?」


「んなこと言ったって……。索敵スキルも特に上げてないし、人を探せるような便利アイテムもないしなあ。あるのは無駄に集めた木の実アイテムくらいか……」


 何気なくライルが放った最後の一言にソウタがピクリと反応した。


「木の実…………? そうかそれだ!! ファムの実で嗅覚を鋭くして、フィーネの匂いを辿って見つけりゃいいんだ!!」


「フィーネの匂いだあ!? お前、フィーネの匂いが分かるのか?」


「いや、分からん」


「ダメじゃねーか! まあ分かるって言われたら言われたでちょっと引いてたけどな……」


「くっそー、いいアイデアだと思ったんだけどなあ……。……いや待て? そうだ! いいこと思いついた! 来いライル!!」


「えっ、お、おう!」


 何かを閃き突然走り出したソウタをライルは困惑気味に追いかけた。






 ソウタとライルは宿『涼月』の一〇三号室へとやって来た。

 フィーネはソウタの予想通り今日もロックをかけていなかったので、あっさり入ることが出来たのだ。


「おいソウタ。何なんだここは?」


「ここはフィーネが寝泊まりしている部屋だ」


「ちょっ、おまっ。勝手に入っていいのかよ。不法侵入じゃねーか!」


「まあ気にするな。今は緊急事態だし、情状酌量の余地があるはずさ」


「何言ってんだか……。つーか情状酌量って、別に無罪になるって意味ではないからな? まあいいや。……で? ここで一体何をしようってんだ?」


「よくぞ聞いてくれた。ここにベッドがあるだろ? そしてこのピンクの可愛い枕。これはフィーネが愛用して毎晩使っている枕だ。これを使う」


 ソウタがそこまで話したところで、ライルがハッと息を呑んだ。


「おい……、お前まさか……」


「そう。この枕にはフィーネの匂いが染みついているはずだ。それを嗅いで匂いを覚えて探すんだ!!」


「ヘンタイじゃねーか!! 正気かお前!?」


「ああ、正気さ」


 ソウタはライルの両肩を掴み、真っすぐな瞳で見つめる。


「ライルよ、俺だって本当はこんな犯罪臭のすることしたくないんだ。でも、フィーネを助けるためにはもうこの方法しかないから仕方なく嗅ぐんだ。そう……、あくまで仕方なくだ、うん」


「ちょっと喜んでねーか、お前」


「なっ!? し、失礼な。だったらお前がやるか?」


「やらんわっ。とりあえず時間が惜しいから早く嗅いじゃってくれ」


「ああ」


 ソウタはファムの実を食べると、フィーネの枕を顔いっぱいに押し付けて匂いを嗅いだ。

 フローラルな女の子の香りが鼻いっぱいに広がる。

 その匂いを記憶すると同時に、何かこう戻れない道に足を踏み入れてしまった気がして、ソウタは少し悲しくなった。




「……よし、匂いは把握した」


「ソウタ……。お前、男だな……。いろんな意味で」


「それ、褒めてんの?」


「ああ、敬意を表するぜ」


 そう言って敬礼ポーズを決めるライル。


「まあ何でもいいや。じゃあ行くぞライル」


「え、俺も?」


「当たり前だろ」


「いや、森に出るアックスゴブリンは俺じゃ歯が立たないからな。俺が行っても足手まといになっちまう……。悪いが俺は留守番してるよ」


 心底申し訳なさそうにそう述べたライルに、ソウタは「そ、そうか。分かった」というシンプルな返事しかすることが出来なかった。

 ライルだって本当はフィーネを助けに行きたいのだ。力のない自分を悔いているその姿にソウタは少し心を痛める。

 だが、ライルはすぐにいつもの元気なライルへと戻り、


「ソウタ、必ずフィーネを助けて戻って来いよ!」


「ああ、約束する!」


 ソウタは部屋を飛び出し、全速力で森へ向かうのだった。

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