第29話 部屋がない
「いやー、結構話し込んじゃったな」
「そうですね。でも、とっても楽しかったです」
始まりの街に戻ったソウタたちは適当な店に入って食事へとありついたのだが、そこでの会話が非常に盛り上がり、気付いた時には時刻が二十二時を過ぎていた。
明日もあるのですぐに店を出て宿へと戻る手はずとなったのだが、ライルは南通りの宿、そしてフィーネはソウタと同じく東通りにある宿に泊まっているとのことだったので、ソウタとフィーネはライルと別れて現在一緒に東通りを歩いている。
「そういやフィーネは何ていう宿に泊まってるんだ? 良かったら宿の前まで送るぞ?」
「え、本当ですか。ありがとうございます。私は『涼月』っていうところに泊まってます」
「何っ!? 俺もそこに泊まってるぞ!」
「ええっ、そうなんですか!? 凄い偶然ですね……」
目を見合わせる二人。
始まりの街にある宿の数は、二万人というプレイヤー数を加味して膨大な数が用意されている。
その宿が被るなどまさに天文学的確率であった。
「ってことは送るまでもないってことか。ま、それはそれで都合がいいか。じゃあ行こう」
「はいっ」
十五分程歩くと、二人は涼月まで辿り着いた。
フィーネは一階の一〇三号室に泊まっているとのことだったので、ソウタはフィーネとともにその部屋の前まで移動する。
「じゃあ、明日は特訓頑張ろうなフィーネ」
「はいっ、明日はよろしくお願いします」
「おう。じゃ、おやすみー」
「はい、おやすみなさい」
フィーネと挨拶を交わして別れたソウタは、自室である二階の二〇一号室へと向かうべく階段を上る。
地味に段数の多い階段を上り終え、部屋の前まで来るとドアに手をかける。
「……あれ? 開かない……」
何故かドアが接着剤で固められたかのようにピクリとも動かない。
怪訝な顔となったソウタが部屋をよく見ると、二〇一号室にはすでに他の人が泊まっているようだ。
そこでソウタは自分のミスに気付く。
(し、しまった! 今日は一月十五日だから、部屋の借り入れ期間過ぎてるじゃん!!)
実はソウタは初日にこの宿を生活の拠点にしようと決めた際に、とりあえず二週間分の宿代を前払いして、この部屋に寝泊まりしてきたのだ。
ならば当然、昨日の十四日時点で前払い分の宿泊代は使い切られ、この部屋は今日一日空き部屋状態だったことになる。
そこをどこかのプレイヤーに先を越されてチェックインされてしまったというのが現状だろう。
「まずったな……」
どうやら他の部屋もすでに先客がいるらしく、本日の涼月は満室のようである。
「ハア……、こりゃ違う宿を探すしかないか」
今から他の宿を探して歩くのはだるいが、ソウタ自身の不注意が招いた結果なので受け入れるしかない。
となれば早速行動開始だと、ソウタは宿の外へ向かう。時間も時間なので一刻も早く探さないと、最悪その辺の道で野宿ということになりかねない。急がなければ。
せかせかと宿の入り口に向かって歩くソウタだが、一応今日は宿を変えるということをフィーネに伝えておこうと思い立ち、彼女の部屋に向かった。
ソウタは一〇三号室の前までやって来ると、急いでいたこともあってノックもせずにドアを開ける。
「フィーネ、すまんがちょっと話が……。あっ……」
ソウタはその場で石化魔法をくらったように固まった。
理由は簡単。フィーネが見事に寝間着へと着替え中で、下着姿だったからだ。
「きゃあああああああ!! そ、ソウタさん!! ノックくらいしてくださいよ! もうっ!!」
「へぶっ!!」
至極真っ当な意見を叫びながら、フィーネはベッドの枕を掴み取りソウタの顔面へと投げつけた。
それを見事にくらったソウタは「ごめん!!」と謝ると即座に部屋を飛び出した。
本来FLOの宿は部屋のドアに六桁の暗唱コードを設定することでロックをかけられるのだが、フィーネは忘れていたのかその仕様を把握していないのか、コードを設定していないようだった。
この件は鍵をかけていなかったフィーネにも非があるのではと一瞬考えたソウタだが、自分がノックせずに部屋に入ったことは全く正当化できないので、ただひたすら猛省した。
少しすると部屋の中から「入っていいですよー」との声が聞こえたので、ゆっくりと中に入った。
「さっきはその……、本当に悪かった。ごめん」
「い、いえ。私こそ枕を投げちゃってすみません。痛かったですよね……」
「い、いや。FLOに痛覚はほとんどないし、そこは大丈夫だけど」
「あ、そう言えばそうでした。じゃあ次はもっと強く投げても大丈夫ですね」
「えーっと、フィーネさん? 何やら物騒なことを口走ってますよ? もうやらかすことはないと思うけど、俺はなんだか今から内心ガクブルだよ」
「あ、すみません。ちょっとしたジョークですっ。えへへ」
「何だー、ジョークかー。びっくりしたー。ハハハ……」
ソウタは苦笑いしながら、この子は意外と過激な子なのかもしれないと、フィーネに対する認識を少し改めた。
「……あ、ソウタさん。その枕とってもらっていいですか?」
「ん? ああ、はいどうぞ」
ソウタは先ほど投げつけられて床に落ちていた枕を拾うとフィーネに渡した。
その枕はピンク色の可愛らしいデザインの枕で、ソウタの部屋にある備え付けの白い枕とは違うものだった。
「もしかしてその枕って自分で買ったのか?」
「そうです。前に買い物してた時に見つけたお気に入りの枕なんです。可愛くないですか?」
「まあそうだな、いいデザインだと思うぞ」
ソウタが同意すると、フィーネは「えへへー」と顔をほころばせる。お気に入りの枕を褒められたのが相当嬉しかったらしい。
「あ、それで何か御用でしたか?」
「おっと、そうだった。実は俺、今日の分の部屋のお金払ってなくて、ここに泊まれなくなっちゃったんだわ。だから、今から別の宿探すからそれを知らせとこうと思ってさ」
「あー、そういう事でしたか。……じゃあ、私の部屋に泊まります?」
「えっ!? い、いいのか?」
「はい。大丈夫ですよ」
フィーネはウェルカムオーラ全開でそう言った。
その気持ちは凄く嬉しかったが、ソウタは若干動揺する。
(な、何だこの展開は。つまりこれって、フィーネと二人きりの夜って事だよな。若い男女が一つ屋根の下に二人きり……、何も起きないはずもなく……、的なムフフなことが起きるかも……!? ……んな訳ないか)
「言っておきますけど、ムフフなイベントは起きませんからね、ソウタさん」
「なっ!? お、おま……! エスパーか!? 何で俺の考えてることが分かった!?」
「女の勘です」
「女の勘? 何だそりゃっ」
「冗談ですよ。なんだかソウタさんの顔が少しいやらしく見えたから言ってみただけです。まさか本当に考えてるとは予想外でしたけど」
「ハハハ……」
ソウタは渇いた笑いを漏らした。自分が無意識のうちにそんな顔となっていたことに普通にショックを受ける。
もしかして自分は欲求不満なのかなと、少し不安になるソウタなのだった。
その後、軽い雑談をしてから二人は床に就いた。
ベッドは一人分しかないので、フィーネがベッドで寝てソウタは床で寝ることとなった。
言うまでもないがムフフなことは当然一ミリも起きることはなく、夜はあっという間に過ぎていったのだった。




