第2話 Fiftyland Online
「こ、ここは……?」
蒼太は気が付くと、カプセル状の機械の中に座っていた。
カプセルは直径二メートル強の大きさで、全身を伸ばしてくつろげる程度のスペースが確保されている。
そしてその前面はガラス張りになっており、そこから外の様子が伺えそうだったので覗いてみる。
外には途方もなく広い真っ白な空間が広がっており、蒼太のカプセルと同じものが無数に等間隔で配置されていた。
カプセルの一つ一つには人が一人ずつ乗っているのが見える。おそらく自分と同じように、気付けばカプセルの中にいたという人たちなのだろうと蒼太は推測した。
「何がどうなってるんだ一体? とりあえずここから出て誰かに話を聞いてみるか」
蒼太はカプセルから出ようとし、前面のガラス部分を押したり横にスライドさせたりしてみるがびくともしない。
「何だよもう。どうやったら開くんだこれ。こんにゃろっ!!」
衝撃を与えれば開くんじゃないかと考え、カプセル下部の機械部分を思いきり蹴飛ばしてみるもやはり開かない。力加減を間違えたせいで、つま先が悲鳴を上げる。
「痛ってー。くそっ! どうすりゃいいんだ!」
もうお手上げだと髪をクシャクシャと搔き毟ったその時だった。
突然白い空間の空中に巨大なモニターが現れ、小学生くらいの男の子が映った。男の子は金髪で綺麗な青い瞳をしており、外国人のような容姿だった。
『みなさーん、どうもこんにちはー!!』
男の子の元気な挨拶が謎空間に響き渡る。
その声を聞いて、蒼太はさっき自分の部屋で聞いた声とこの少年の声が同じであると気付いた。
『いやー、突然こんなところに連れて来てごめんね。でも、ボクは今すっごく嬉しいんだ。何せボクが送ったメールに二万人もYESボタンを押してくれたんだからね』
(こんな子供があのメールの送り主? この子が全員をここへ連れて来た? 一体何が起きてるんです……?)
蒼太は自分が夢でも見てるんじゃないかと思った。
しかし、さっきカプセルを蹴った時に痛みを感じたことを思い出し、夢ではなく現実であることを再認識する。
『さて、何が起こっているのか分からない人ばかりだと思うから、今から説明していくね。まずはボクの自己紹介からかな。ボクの名前はフィフティ。神様だよっ』
「……は?」
蒼太は間抜けな声を出し、呆れ顔となった。他のカプセルに入っている者たちも同様のリアクションだった。
『あー、その顔は君たち信じてないなー。本当だよー。この異空間を作って君たち全員を連れて来たんだから、それが証拠になると思うんだけどなあ。まあ別に信じてくれなくてもいいけどさっ』
フィフティは若干いじけた顔になる。
(いきなり自分は神だと言って信じてもらえる訳がないだろ。というか神様なんているわけが……。いや……、この状況を作り出したのが本当なら、それもあながち否定できないか……? まあいいや、ここは信じてやるとしよう)
『さて、まずは君たちをここに連れて来た理由なんだけど、君たちの世界では今VRMMORPGが流行ってるでしょ? ボクは君たちの世界のゲームがとっても好きで、中でもVRMMORPGが大好きなんだよね。でも、ただやってるだけじゃつまらなくなってきてさ、ちょっと真似して作ってみたんだ。それがメールに書いたゲーム『Fiftyland Online』略して『FLO』さ』
フィフティはそこまで喋ると軽く俯き、
『ただねー、作ったはいいんだけど、ボクの神様仲間たちはそんなもの興味ないって言って一人もプレイしてくれなかったんだよね。せっかく頑張って作ったのに酷いでしょー?』
知らねーよと素直な感想を抱いた蒼太だが、そこでふとフィフティの目的が分かってしまった気がした。
―――――まさかこいつ。
『そこでボクは考えたんだ。だったら君たち人間にプレイしてもらえばいいじゃないかってね。だから、ゲーム好きの人間に一斉にメールを送って、YESボタンを押した人間をここに呼んだんだ。今からFLOのプレイヤーになってもらうためにね』
「やっぱりか……」
予想が当たり、蒼太はポツリとそう呟いた。
となるとこのカプセルはFLOをプレイするための機械といったところだろう。準備がいいもんだと蒼太は感心する。
そんな蒼太の感心をよそに、フィフティは話を続ける。
『そしてここからが重要なんだけど、FLOは一度ログインしたら自発的ログアウトは一切不可になるんだ。君たちにはFLOの世界の住人として生活してもらう。ログアウトできるのはFLOをクリアした時だけってことにするからよろしくねっ』
(…………は? こいつ、今なんて言った……? ログアウト不可? それはちょっと聞いてないぞ……)
蒼太や他のプレイヤーたちの間に動揺が広がり出す。
しかし、そんなことは一切意に介さず、フィフティの説明は続く。
『あと、あんまりダラダラとゲームをされてもボクが退屈だから、ゲームクリアに期限を設けさせてもらうよ。期限は今から三年。もし三年経ってFLOをクリアできなかったら、君たち全員にはこの空間ごと消えてもらうことにしよう。いやあ、スリル満点でワクワクだねっ。あ、心配しなくてもいいよ。一瞬で消しちゃうから痛くも苦しくもないし、存在そのものを消させてもらうから、君たちが死んでも家族や友達は一切悲しむことはないからさ。いいアイデアでしょ?』
「な……に……?」
蒼太の口から掠れた声が漏れた。
(クリアできなければ、消える……? それって死ぬって事だよな……。いや、さすがに笑えないんだが……)
異空間に沈黙が流れる。あまりのことに全員が完全に言葉を失っていた。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。一人のプレイヤーの罵声を合図に、そこまで大人しく話を聞いていたプレイヤーたちの怒りが爆発した。
「ふざけるな! ログアウト不可ってなんだよ! 今すぐ家に帰してくれ!」
「存在消すとか意味分かんねえよ! 馬鹿じゃねえの!?」
「モニターから出て来やがれ! ぶん殴ってやる!」
そんな怒号があちこちから飛び交った。
怒号は加速度的に大きくなり、収拾がつかなくなりかけたその時。
『うるさいなあ。あんまり騒ぐと今消すよ?』
フィフティが笑顔で放ったその一言に、騒いでいたプレイヤーたちは一瞬で静かになった。
消すよという言葉の意味以上に、フィフティの声色があまりにもその笑顔とはかけ離れ、冷たく恐ろしかったからだ。
『大丈夫大丈夫。クリアさえすれば、元いた場所の元いた時間にちゃんとみんな返してあげるからさ』
クリアさえすれば。
随分簡単に言ってくれるなと、蒼太はフッと薄く笑った。
メールで読んだFLOの概要によれば、プレイヤーたちは始まりの島『ファース島』をスタートして、各島にいるボスを倒し先に進んでいくことになる。
そして五十番目の終局の島『ラース島』へと辿り着き、そこにいるラスボスを倒せればゲームクリア。
二万人のプレイヤーは全員FLOから解放され、ハッピーエンドとなるわけだ。
もちろん島の一つ一つの探索自体も簡単にはいかないだろうし、ボスの撃破となれば尚更だろう。
それが五十だ。さらには三年の時間制限まである。
あまりに途方もないクリア条件に蒼太は気が遠くなった。
『あと、ゲーム内で死んだときのことなんだけど、ゲーム内での死イコール現実での死みたいなデスゲームではないからそこは安心してね。もしゲーム内で死んだ場合は、その時点で脱落。脱落したプレイヤーはFLOの世界から強制退場となって、ゲームがクリアされるか三年経って期限が来るまで、このカプセルの中でコールドスリープ状態になる。コールドスリープ中の身の安全はボクが保証するから、そこは心配しなくていいよ』
デスゲームではないという言葉に蒼太はひとまずホッとした。
だが、それにしたって死んだら一発退場という条件はシビアすぎる。ただでさえ厳しい条件なのだから、普通に死に戻りありの設定にして欲しいものである。
『ま、とにかくボクはあくまでプレイヤーの君たちに楽しくFLOをプレイして欲しいと思ってるだけなんだ。せっかく自分で作ったゲームなんだし、そう思うのは当然だろう? すべての島を楽しく遊びつくして欲しいんだよボクは。五十ある島はどの島も本当に丁寧に時間をかけて作ったし、特に森の島『フォレス島』、精霊の島『スピリ島』、幽霊の島『ゴース島』、極寒の島『フロス島』、そして砂漠の島『デザー島』の五つはボクのお気に入りで、その中でも…………あ、ちょっとおしゃべりが過ぎたね。ごめんごめんっ』
テンションが上がり、ついネタバレを喋ってしまったフィフティは舌をペロッと出して謝る。
制作者がネタバレするなど絶対にあってはならないことだが、今のFLOのことを夢中で語っていた姿から、フィフティは本当にゲームが心の底から好きで好きでたまらないのだと蒼太は感じた。
そして、FLOを楽しくプレイして欲しいという言葉は、紛れもない本心なのだと分かった気がした。
『ふう、ひとまず説明はこんなところかな。長々と喋って疲れちゃった。一応何か質問があれば少しは答えてあげるけど、ある人はいるかな?』
二万人のプレイヤーたちは誰一人質問しなかった。
今の状況を整理しきれず、誰もが絶句していた。言葉にならない絶望感を感じていた。
それは蒼太も同じだった。
謎の空間に連れてこられたかと思えばいきなりゲームをプレイすることになり、そのゲームはログアウト不可。
そして、クリアできなかったら全員が死ぬのだ。そんな状況で一切絶望しない人間などまずいない。当然の心境だった。
しかし、こんな状況になってもワクワクしている自分がいることに蒼太は気付いた。
もちろんクリア出来ずに死んでしまうのではないかという恐怖や不安も十分過ぎるくらいに感じている。
だがそれ以上に、今からFLOというゲームをプレイできることが楽しみで仕方がなかった。
メールにあったFLOの設定や画像、そしてPVを見た限りこのゲームは本物だ。
すべてのゲームが過去になってしまう完成度だ。
そんなゲームを今からプレイできるのだ。ワクワクするなと言う方が無理だった。
「いいぜ……、やってやるよFLO。ここには二万人ものゲーム好きが集まってるんだ。それでクリア出来ないわけがない!」
まだ現実を受け入れられないプレイヤーたちも多くいる中、蒼太はもう完全に現実を受け入れ、前を向いていた。
決意に満ちたその表情は、ゲーマーの顔そのものだった。
『質問はなしか……。まあいいや。さて、この後キャラメイクをしたら、いよいよゲームスタートだよ。じゃあ早速FLOを起動するね。君たちが無事にゲームをクリア出来ることを願ってるよ』
フィフティがそう言うと、二万のカプセルマシーンから一斉にウィィィィィィンという起動音が鳴り始め、プレイヤーたち全員の意識は暗転した。